えっ「可愛いだけの無能な妹」って私のことですか?~自業自得で追放されたお姉様が戻ってきました。この人ぜんぜん反省してないんですけど~

村咲

文字の大きさ
上 下
39 / 58

一年前の再演(11)

しおりを挟む
 テオドールは開き直ったように顔を上げると、周囲を憎々しげに睨みまわした。
 すぐ傍のジュリアン、ジュリアンの近くの側近たち。扉から歩み出たリオネル殿下とその護衛。少し離れて控えるヴァニタス卿と、卿とともに戻ってきたフィデルの兵たち。大広間に集められた重臣たちと、離れてぽつんと一人立つ私。
 全員の顔を確認するように順に目に映し、それから傍らの姉を引き寄せる。

「ルシア、君の出番だ」

 引きつった笑みを浮かべて、テオドールは姉に囁きかけた。
 指先は、髪に隠れた姉の首筋へ。まるで恋人のように、無遠慮に肌を撫で上げる。

「ここにいる全員を、君の魔術で始末するんだ。――フィデル王国は、国外追放した魔術師の復讐によって壊滅した。強力な魔術に抗うすべはなく、気の毒なことに王太子も重臣たちも、たまたまフィデル王国を訪ねていた第七皇子も含めて全員が死亡。生存していたのは、運よく難を逃れた僕一人だけ。この話は、それでおしまいだ」

「兄上……!」

 リオネル殿下が悲痛な声を上げた。
 殿下の護衛たちは前に出て、テオドールから守るように背にかばう。
 もはや護衛たちにとって、テオドールはオルディウスの皇子ではない。主に害をなす敵とみなされたのだ。

 それを見て、テオドールが嘲笑う。
 たとえ魅了が効かなくとも、姉が強力な武器であることは変わらない。姉の力をもってすれば護衛の一人二人わけはないし、本当に本気で姉が望むのであれば、ここにいる全員を相手取っても負けはしない。

 腹立たしいけれど、それは紛れもない事実。
 最初からテオドールが強硬手段をとっていた場合、そもそも私たちになすすべはなかったのだ。

「犯人の魔術師は逃亡して行方知れず。オルディウスにはいられないだろうが、その魅了魔術を使えば他の国を落とせるはずだ。そこで今度こそ王妃となって、僕の役に立ってくれ――ルシア!」

 ――そう。

 最初から・・・・であれば。

 勝利を確信し、朗々と声を張り上げたテオドールが、期待を込めて姉を見る。
 嘆き、縋りつき、ずっと寄り添ったまま離れなかった姉を――この男は、ここでようやく目にしたのだ。

 震えながら、目を潤ませながら、拒むように首を振る姉を。

「いや……いやです。他の誰かと結婚なんて……」
「――ルシア?」
「私は、あなたのために尽くしてきたのです。国のため、人のため、だけじゃない。あなたがいたから、私は」
「どうした、ルシア。ずいぶんと強情じゃないか。いつもの君はもっと聞きわけがいいだろう?」

 テオドールは訝しむように眉根を寄せながら、首を振り続ける姉の顔を覗き込む。
 手は、まだ首筋に触れている。
 魅了の効果を強めようというのだろう。魅了の魔道具の力か、それともテオドール自身の力か知らないけれど、かすかに魔力の流れる気配がした。

「これは君と僕のためなんだ。必要なことなんだ。君は物分かりの良い女性だ。わかってくれるだろう?」
「――――いいえ」

 それでもなお、姉は首を縦には振らない。
 困惑するテオドールの前で、ただ否定の言葉を繰り返す。

「いいえ、違います。違うの。私はそんな、物分かりのいい女じゃない……!」

 同時に、チリ、と空気が張り詰める。
 肌を刺すような、痛みにも似た気配に、私は無意識に息を呑んだ。

 ――――魔力!

 テオドールが流した魔力とはわけが違う。大広間の空気すべてを塗り替えるほどの力が、姉から噴き出している。

 吹き抜ける魔力の圧に、壇上のテオドールが呆然と立ち尽くした。
 ジュリアンと側近たちも、強張った表情で距離を取る。

 だけどそれは、姉には見えていない。
 テオドールもジュリアンも、姉の目には映らない。

 解けかけの魅了・・・・・・・に捕らわれたまま、姉は過去を探すようにぐるりと大広間を見回し、悲鳴じみた叫び声を上げた。

「強情だっただけ。意地を張っていただけ! 本当は聞き分けなんて、よくなかったのに――――」
しおりを挟む
感想 72

あなたにおすすめの小説

私と結婚したくないと言った貴方のために頑張りました! ~帝国一の頭脳を誇る姫君でも男心はわからない~

すだもみぢ
恋愛
リャルド王国の王女であるステラは、絶世の美女の姉妹に挟まれた中では残念な容姿の王女様と有名だった。 幼い頃に婚約した公爵家の息子であるスピネルにも「自分と婚約になったのは、その容姿だと貰い手がいないからだ」と初対面で言われてしまう。 「私なんかと結婚したくないのに、しなくちゃいけないなんて、この人は可哀想すぎる……!」 そう自分の婚約者を哀れんで、彼のためになんとかして婚約解消してあげようと決意をする。 苦労の末にその要件を整え、満を持して彼に婚約解消を申し込んだというのに、……なぜか婚約者は不満そうで……? 勘違いとすれ違いの恋模様のお話です。 ざまぁものではありません。 婚約破棄タグ入れてましたが、間違いです!! 申し訳ありません<(_ _)>

妹に全部取られたけど、幸せ確定の私は「ざまぁ」なんてしない!

石のやっさん
恋愛
マリアはドレーク伯爵家の長女で、ドリアーク伯爵家のフリードと婚約していた。 だが、パーティ会場で一方的に婚約を解消させられる。 しかも新たな婚約者は妹のロゼ。 誰が見てもそれは陥れられた物である事は明らかだった。 だが、敢えて反論もせずにそのまま受け入れた。 それはマリアにとって実にどうでも良い事だったからだ。 主人公は何も「ざまぁ」はしません(正当性の主張はしますが)ですが...二人は。 婚約破棄をすれば、本来なら、こうなるのでは、そんな感じで書いてみました。 この作品は昔の方が良いという感想があったのでそのまま残し。 これに追加して書いていきます。 新しい作品では ①主人公の感情が薄い ②視点変更で読みずらい というご指摘がありましたので、以上2点の修正はこちらでしながら書いてみます。 見比べて見るのも面白いかも知れません。 ご迷惑をお掛けいたしました

【完結】『妹の結婚の邪魔になる』と家族に殺されかけた妖精の愛し子の令嬢は、森の奥で引きこもり魔術師と出会いました。

蜜柑
恋愛
メリルはアジュール王国侯爵家の長女。幼いころから妖精の声が聞こえるということで、家族から気味悪がられ、屋敷から出ずにひっそりと暮らしていた。しかし、花の妖精の異名を持つ美しい妹アネッサが王太子と婚約したことで、両親はメリルを一族の恥と思い、人知れず殺そうとした。 妖精たちの助けで屋敷を出たメリルは、時間の止まったような不思議な森の奥の一軒家で暮らす魔術師のアルヴィンと出会い、一緒に暮らすことになった。

その発言、後悔しないで下さいね?

風見ゆうみ
恋愛
「君を愛する事は出来ない」「いちいちそんな宣言をしていただかなくても結構ですよ?」結婚式後、私、エレノアと旦那様であるシークス・クロフォード公爵が交わした会話は要約すると、そんな感じで、第1印象はお互いに良くありませんでした。 一緒に住んでいる義父母は優しいのですが、義妹はものすごく意地悪です。でも、そんな事を気にして、泣き寝入りする性格でもありません。 結婚式の次の日、旦那様にお話したい事があった私は、旦那様の執務室に行き、必要な話を終えた後に帰ろうとしますが、何もないところで躓いてしまいます。 一瞬、私の腕に何かが触れた気がしたのですが、そのまま私は転んでしまいました。 「大丈夫か?」と聞かれ、振り返ると、そこには長い白と黒の毛を持った大きな犬が! でも、話しかけてきた声は旦那様らしきものでしたのに、旦那様の姿がどこにも見当たりません! 「犬が喋りました! あの、よろしければ教えていただきたいのですが、旦那様を知りませんか?」「ここにいる!」「ですから旦那様はどこに?」「俺だ!」「あなたは、わんちゃんです! 旦那様ではありません!」 ※カクヨムさんで加筆修正版を投稿しています。 ※史実とは関係ない異世界の世界観であり、設定も緩くご都合主義です。魔法や呪いも存在します。作者の都合の良い世界観や設定であるとご了承いただいた上でお読み下さいませ。 ※クズがいますので、ご注意下さい。 ※ざまぁは過度なものではありません。

幼い頃、義母に酸で顔を焼かれた公爵令嬢は、それでも愛してくれた王太子が冤罪で追放されたので、ついていくことにしました。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 設定はゆるくなっています、気になる方は最初から読まないでください。 ウィンターレン公爵家令嬢ジェミーは、幼い頃に義母のアイラに酸で顔を焼かれてしまった。何とか命は助かったものの、とても社交界にデビューできるような顔ではなかった。だが不屈の精神力と仮面をつける事で、社交界にデビューを果たした。そんなジェミーを、心優しく人の本質を見抜ける王太子レオナルドが見初めた。王太子はジェミーを婚約者に選び、幸せな家庭を築くかに思われたが、王位を狙う邪悪な弟に冤罪を着せられ追放刑にされてしまった。

成人したのであなたから卒業させていただきます。

ぽんぽこ狸
恋愛
 フィオナはデビュタント用に仕立てた可愛いドレスを婚約者であるメルヴィンに見せた。  すると彼は、とても怒った顔をしてフィオナのドレスを引き裂いた。  メルヴィンは自由に仕立てていいとは言ったが、それは流行にのっとった範囲でなのだから、こんなドレスは着させられないという事を言う。  しかしフィオナから見れば若い令嬢たちは皆愛らしい色合いのドレスに身を包んでいるし、彼の言葉に正当性を感じない。  それでも子供なのだから言う事を聞けと年上の彼に言われてしまうとこれ以上文句も言えない、そんな鬱屈とした気持ちを抱えていた。  そんな中、ある日、王宮でのお茶会で変わり者の王子に出会い、その素直な言葉に、フィオナの価値観はがらりと変わっていくのだった。  変わり者の王子と大人になりたい主人公のお話です。

見知らぬ子息に婚約破棄してくれと言われ、腹の立つ言葉を投げつけられましたが、どうやら必要ない我慢をしてしまうようです

珠宮さくら
恋愛
両親のいいとこ取りをした出来の良い兄を持ったジェンシーナ・ペデルセン。そんな兄に似ずとも、母親の家系に似ていれば、それだけでもだいぶ恵まれたことになったのだが、残念ながらジェンシーナは似ることができなかった。 だからといって家族は、それでジェンシーナを蔑ろにすることはなかったが、比べたがる人はどこにでもいるようだ。 それだけでなく、ジェンシーナは何気に厄介な人間に巻き込まれてしまうが、我慢する必要もないことに気づくのが、いつも遅いようで……。

初耳なのですが…、本当ですか?

あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た! でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。

処理中です...