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一年前の再演(9)
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扉の先にいたのは、まだ年若い――幼いとさえ言える少年だった。
護衛らしきオルディウスの兵数人と、フィデルの兵を従えたヴァニタス卿を背に従え、少年は扉から一歩進み出る。
大広間は、水を打ったように静かになった。
幼い少年の足音は軽いのに重く、周囲の注目を一身に集めるだけの力がある。
張り詰めた空気の中、無数の視線を浴びながら、しかし少年は怖じる様子もなく顔を上げた。
「――――ヴァニタス卿から、話は聞きました」
静けさの中に、声変わり前の高い声が響き渡る。
穏やかで落ち着いていたその声は、決して大きいものではない。
なのに、不思議なくらいに耳を引いて、離さない。
「卿が急使としてオルディウスを訪ねられたとき、私はすぐに魔道具の保管庫を調べました。国宝であり、歴史を示す貴重な遺物であり、失われた技術を再生するための資料でもある魔道具の保管庫へ自由に出入りできるのは、皇族の他にいません。――私は、疑惑を晴らすつもりで調べたのです」
ですが――と少年は首を振る。
利発そうな顔が、この瞬間だけわずかに悲しげに歪んだ。
「保管庫からは、魅了を封じた魔道具が一つ、失われていました。精巧な模造品を一つ、残して」
壇上から、ぐ、とかすかな呻き声が漏れる。
誰の声であるかは、確かめるまでもなくわかっていた。
視界の端で、青ざめたテオドールが怯えたように足を引いている。
「私は卿に頼んで、フィデルへ同行させていただきました。オルディウスの人間が必要だと思ったのです。それもきっと、誠意を示せるだけの立場の人間が」
「…………あ、ぐ……」
「フィデルは友好国です。長らく、円満な関係を築いてきました。それを一方的に裏切れば、周辺諸国のオルディウスに向ける目も変わるでしょう」
「ぐ、う…………」
「オルディウスが今の国土を維持できているのは、この円満な関係のためです。土地は奪えばいいというものではありません。それを維持することの方がよほど難しいと、あなただって知っているはず。兄弟を出し抜くというのなら、魅了をかける先を我々にすればよかったのです」
「………………ぐ」
「それなのに他国を巻き込むなんて。それもこんな強引な、人の心を踏みにじるような、後先も考えないやり方をするなんて――――」
少年の顔が壇上へ向く。
聡明な視線が射貫くのは、少年によく似た色の目をした男。
「なぜ――なぜ、こんなことをしたのですか、兄上!」
驚愕と屈辱に歪むテオドールを見据え、オルディウスの後継者たる第七皇子、リオネル殿下が叫んだ。
護衛らしきオルディウスの兵数人と、フィデルの兵を従えたヴァニタス卿を背に従え、少年は扉から一歩進み出る。
大広間は、水を打ったように静かになった。
幼い少年の足音は軽いのに重く、周囲の注目を一身に集めるだけの力がある。
張り詰めた空気の中、無数の視線を浴びながら、しかし少年は怖じる様子もなく顔を上げた。
「――――ヴァニタス卿から、話は聞きました」
静けさの中に、声変わり前の高い声が響き渡る。
穏やかで落ち着いていたその声は、決して大きいものではない。
なのに、不思議なくらいに耳を引いて、離さない。
「卿が急使としてオルディウスを訪ねられたとき、私はすぐに魔道具の保管庫を調べました。国宝であり、歴史を示す貴重な遺物であり、失われた技術を再生するための資料でもある魔道具の保管庫へ自由に出入りできるのは、皇族の他にいません。――私は、疑惑を晴らすつもりで調べたのです」
ですが――と少年は首を振る。
利発そうな顔が、この瞬間だけわずかに悲しげに歪んだ。
「保管庫からは、魅了を封じた魔道具が一つ、失われていました。精巧な模造品を一つ、残して」
壇上から、ぐ、とかすかな呻き声が漏れる。
誰の声であるかは、確かめるまでもなくわかっていた。
視界の端で、青ざめたテオドールが怯えたように足を引いている。
「私は卿に頼んで、フィデルへ同行させていただきました。オルディウスの人間が必要だと思ったのです。それもきっと、誠意を示せるだけの立場の人間が」
「…………あ、ぐ……」
「フィデルは友好国です。長らく、円満な関係を築いてきました。それを一方的に裏切れば、周辺諸国のオルディウスに向ける目も変わるでしょう」
「ぐ、う…………」
「オルディウスが今の国土を維持できているのは、この円満な関係のためです。土地は奪えばいいというものではありません。それを維持することの方がよほど難しいと、あなただって知っているはず。兄弟を出し抜くというのなら、魅了をかける先を我々にすればよかったのです」
「………………ぐ」
「それなのに他国を巻き込むなんて。それもこんな強引な、人の心を踏みにじるような、後先も考えないやり方をするなんて――――」
少年の顔が壇上へ向く。
聡明な視線が射貫くのは、少年によく似た色の目をした男。
「なぜ――なぜ、こんなことをしたのですか、兄上!」
驚愕と屈辱に歪むテオドールを見据え、オルディウスの後継者たる第七皇子、リオネル殿下が叫んだ。
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