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「さあ、僕は帰る! そこを通してくれないか?」
もはや今のテオドールに恐れるものはなにもない。
この男はジュリアンに顎で命じると、見せつけるように姉を抱く手に力を込めた。
――盾にするつもりね。
姑息さに、内心で頬が引きつる。こぶしを握る手にさらに力が入る。
腹立たしいけれど、テオドールの傍に姉がいる限り、私たちは下手に手出しをできないのは事実。それをこの男も理解していて、存分に利用しようとしているのだ。
「…………いや、まいったな。すごいね君」
そこを通せ――と言われながらも動かずに、ジュリアンは困ったように頭を掻いた。
姉とテオドールを見比べながら、顔に浮かべるのは苦笑にしても苦すぎる表情だ。
本当に弱りきったような、情けないくらいの態度で、彼は窺うようにテオドールの顔を覗き見た。
「前にオルディウスで会ったときとは印象が全然違う。君ってもっと大人しくて、平凡な感じじゃなかったっけ?」
「真に能力があるものは、自分の実力を隠すものさ」
ジュリアンの態度を小馬鹿にするように、テオドールは「はっ」と鼻で笑う。
使者はいない。姉は手の内。自分の優位性を認識し、失った自信も取り戻したのだろう。浮かべる表情もまた、自信に満ち溢れたものだった。
「大人しいふりをして、機を窺っていたということだよ。僕の本当の実力を示して、兄弟どもを出し抜くためにね」
「そりゃたいした忍耐だ」
その自信を、ジュリアンも素直に肯定する。
目を丸くして驚き、感嘆の声を漏らし――それからすぐに、弱った顔に戻ってうなだれる。
「だけど、それで狙われたこっちはたまらないな。……目的は、フィデル王国の属国化とかかな? ルシアを王妃にして、思い通りに操るつもりだったみたいだし」
「ふん、それくらいは考える頭があるみたいだな」
「これでも、未来の名君だって評判だからね」
テオドールの貶すような誉め言葉にも、満更でもない笑みを返す。
自慢げに『名君』と口にすれば、テオドールが見下したように失笑した。
「この程度で名君か。小国は楽でいいな。フィデル属国化など誰でも考えつくことだろうに」
へえ、とジュリアンが相槌を打つ。言葉を促すように、にこやかに。
「そんなにお得な土地かな? 瘴気に満ちているのに?」
「瘴気さえ除けば豊かな土地だ。だというのに、友好国だからと誰も手を出そうとはしない。馬鹿らしいと思わないか?」
「へえ、なるほど? でも友好国を属国化なんて、穏健派なオルディウス皇帝の方針には合わないんじゃないかなあ?」
「だから、『穏健な手段』で属国にしてやろうとしたんだと、わからないか? 下らない方針だが、皇帝はそれでしか後継者を評価しない。仕方がないから、僕も合わせてやったというわけだ。――もっとも、君たちはその穏健な手段を、自ら捨てたようだけどね」
テオドールの最後の言葉は、まぎれもないフィデル王国への脅迫だ。
憐れみと侮蔑を込めたテオドールの視線を向けられて、ジュリアンはやはり困ったように腕を組む。
それから、長く深い息を吐き――――。
「いやあ、本当にすごいよ、君」
今度こそ本心から感心したように、こう言った。
「この期に及んで、まだそんなことが言えるんだ」
「は」
ジュリアンの視線が、瞬くテオドールから移動する。
向かう先は、大広間――に隣接する部屋への扉だ。
本来なら、使用人たちの使う控室。常に大広間の様子を窺い、なにかあればすぐに駆け付けるための――。
声も物音も筒抜けの部屋の扉が、音を立てて開かれる。
もはや今のテオドールに恐れるものはなにもない。
この男はジュリアンに顎で命じると、見せつけるように姉を抱く手に力を込めた。
――盾にするつもりね。
姑息さに、内心で頬が引きつる。こぶしを握る手にさらに力が入る。
腹立たしいけれど、テオドールの傍に姉がいる限り、私たちは下手に手出しをできないのは事実。それをこの男も理解していて、存分に利用しようとしているのだ。
「…………いや、まいったな。すごいね君」
そこを通せ――と言われながらも動かずに、ジュリアンは困ったように頭を掻いた。
姉とテオドールを見比べながら、顔に浮かべるのは苦笑にしても苦すぎる表情だ。
本当に弱りきったような、情けないくらいの態度で、彼は窺うようにテオドールの顔を覗き見た。
「前にオルディウスで会ったときとは印象が全然違う。君ってもっと大人しくて、平凡な感じじゃなかったっけ?」
「真に能力があるものは、自分の実力を隠すものさ」
ジュリアンの態度を小馬鹿にするように、テオドールは「はっ」と鼻で笑う。
使者はいない。姉は手の内。自分の優位性を認識し、失った自信も取り戻したのだろう。浮かべる表情もまた、自信に満ち溢れたものだった。
「大人しいふりをして、機を窺っていたということだよ。僕の本当の実力を示して、兄弟どもを出し抜くためにね」
「そりゃたいした忍耐だ」
その自信を、ジュリアンも素直に肯定する。
目を丸くして驚き、感嘆の声を漏らし――それからすぐに、弱った顔に戻ってうなだれる。
「だけど、それで狙われたこっちはたまらないな。……目的は、フィデル王国の属国化とかかな? ルシアを王妃にして、思い通りに操るつもりだったみたいだし」
「ふん、それくらいは考える頭があるみたいだな」
「これでも、未来の名君だって評判だからね」
テオドールの貶すような誉め言葉にも、満更でもない笑みを返す。
自慢げに『名君』と口にすれば、テオドールが見下したように失笑した。
「この程度で名君か。小国は楽でいいな。フィデル属国化など誰でも考えつくことだろうに」
へえ、とジュリアンが相槌を打つ。言葉を促すように、にこやかに。
「そんなにお得な土地かな? 瘴気に満ちているのに?」
「瘴気さえ除けば豊かな土地だ。だというのに、友好国だからと誰も手を出そうとはしない。馬鹿らしいと思わないか?」
「へえ、なるほど? でも友好国を属国化なんて、穏健派なオルディウス皇帝の方針には合わないんじゃないかなあ?」
「だから、『穏健な手段』で属国にしてやろうとしたんだと、わからないか? 下らない方針だが、皇帝はそれでしか後継者を評価しない。仕方がないから、僕も合わせてやったというわけだ。――もっとも、君たちはその穏健な手段を、自ら捨てたようだけどね」
テオドールの最後の言葉は、まぎれもないフィデル王国への脅迫だ。
憐れみと侮蔑を込めたテオドールの視線を向けられて、ジュリアンはやはり困ったように腕を組む。
それから、長く深い息を吐き――――。
「いやあ、本当にすごいよ、君」
今度こそ本心から感心したように、こう言った。
「この期に及んで、まだそんなことが言えるんだ」
「は」
ジュリアンの視線が、瞬くテオドールから移動する。
向かう先は、大広間――に隣接する部屋への扉だ。
本来なら、使用人たちの使う控室。常に大広間の様子を窺い、なにかあればすぐに駆け付けるための――。
声も物音も筒抜けの部屋の扉が、音を立てて開かれる。
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