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変わりゆく王宮(1)
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王宮にいる人間を把握し、現在の役目と配置を把握し、姉との接触時間と非接触時間を突き合わせて、魅了の効果の深さを計算する。
効果がありすぎるようなら配置変更。魅了のかかりの浅い他の誰かを姉の傍にやって、しばらくの間休ませる。
ひっきりなしに人を見て、ひっきりなしに状況を確認し、思いがけない姉の行動があれば再計算。
必死に頭を悩ませ、屋敷に帰る暇もなく考えて、どうにか姉の魅了の進行を抑えこむ。
それでも、日を追うごとに王宮は魅了に染まっていき――。
〇
ふふ、と笑い声が聞こえる。
中庭に面した長い回廊。その半ば。
根を詰めすぎて頭が回らなくなり、気分転換に外へ出た私は、笑い声に目を向けた。
中庭では茶会が開かれている。
城に出仕する令嬢たちと、給仕をする使用人たち。その中心で笑っているのは――姉だ。
女性には比較的魅了が効きにくいけれど、それは効かないというわけではない。
長く傍にいるほど魅了の効果は強くなり、同性さえも虜にするようになる。
姉が来てからは、もうじきひと月。
姉の行動を抑えられる人員はもういない。今は逆に、無事な人々を姉から遠ざけ、どうにか王宮を維持している状況だ。
姉は今や自由に王宮を歩き回り、王宮の主のようにふるまっていた。
「…………」
茶会に参加する令嬢たちは、みんな顔見知りばかりだ。
いつもなら、挨拶をしに顔を出したかもしれない。少しばかり言葉を交わして、なんならお茶会に参加させてもらうこともあっただろう。
だけど今は、私は黙って顔を背けるだけだ。
背けた先。再び歩き出そうと前を向く私は、やはり顔見知りの令息の姿があることに気が付いた。
こちらに向かって早足で歩いてくる令息に、私は反射的に表情を作った。
可憐と評判の笑みを浮かべ、礼儀正しくドレスを摘まみ、挨拶の声をかける――けれど。
「ごきげんよう、トマス様。お急ぎですか?」
「…………」
令息から返ってくる言葉はない。
彼は一度だけ私を見て、中庭の姉を見て――それだけだ。
私に視線を戻すこともなく、無言で立ち去っていく。
挨拶の姿勢を取ったままの、私を残して。
中庭からは、相変わらず姉の笑い声が響いていた。
まるで、憂いなどすべて忘れたかのような声だ。今の状況を楽しんでいるような、なにも後ろめたいことなどないようなその声に、私はきつくドレスの裾を握りしめる。
握り込んだ手が震えていた。肩が強張り、表情を作れない。慣れ親しんだ胃の痛みさえ、今は感じられなかった。
――……ヴァニタス卿が戻られるまでの辛抱だわ。
それでも、もうじき一か月。本当に、あと数日だった。
ヴァニタス卿が戻ってくるまで、王宮をギリギリ維持できるだけの人間は残っている計算だ。
ヴァニタス卿さえ戻れば、この日々も終わる。
終わるはずなのだ。
この先なにも起こらなければ――卿が、予定通りに帰って来ることができるのであれば。
効果がありすぎるようなら配置変更。魅了のかかりの浅い他の誰かを姉の傍にやって、しばらくの間休ませる。
ひっきりなしに人を見て、ひっきりなしに状況を確認し、思いがけない姉の行動があれば再計算。
必死に頭を悩ませ、屋敷に帰る暇もなく考えて、どうにか姉の魅了の進行を抑えこむ。
それでも、日を追うごとに王宮は魅了に染まっていき――。
〇
ふふ、と笑い声が聞こえる。
中庭に面した長い回廊。その半ば。
根を詰めすぎて頭が回らなくなり、気分転換に外へ出た私は、笑い声に目を向けた。
中庭では茶会が開かれている。
城に出仕する令嬢たちと、給仕をする使用人たち。その中心で笑っているのは――姉だ。
女性には比較的魅了が効きにくいけれど、それは効かないというわけではない。
長く傍にいるほど魅了の効果は強くなり、同性さえも虜にするようになる。
姉が来てからは、もうじきひと月。
姉の行動を抑えられる人員はもういない。今は逆に、無事な人々を姉から遠ざけ、どうにか王宮を維持している状況だ。
姉は今や自由に王宮を歩き回り、王宮の主のようにふるまっていた。
「…………」
茶会に参加する令嬢たちは、みんな顔見知りばかりだ。
いつもなら、挨拶をしに顔を出したかもしれない。少しばかり言葉を交わして、なんならお茶会に参加させてもらうこともあっただろう。
だけど今は、私は黙って顔を背けるだけだ。
背けた先。再び歩き出そうと前を向く私は、やはり顔見知りの令息の姿があることに気が付いた。
こちらに向かって早足で歩いてくる令息に、私は反射的に表情を作った。
可憐と評判の笑みを浮かべ、礼儀正しくドレスを摘まみ、挨拶の声をかける――けれど。
「ごきげんよう、トマス様。お急ぎですか?」
「…………」
令息から返ってくる言葉はない。
彼は一度だけ私を見て、中庭の姉を見て――それだけだ。
私に視線を戻すこともなく、無言で立ち去っていく。
挨拶の姿勢を取ったままの、私を残して。
中庭からは、相変わらず姉の笑い声が響いていた。
まるで、憂いなどすべて忘れたかのような声だ。今の状況を楽しんでいるような、なにも後ろめたいことなどないようなその声に、私はきつくドレスの裾を握りしめる。
握り込んだ手が震えていた。肩が強張り、表情を作れない。慣れ親しんだ胃の痛みさえ、今は感じられなかった。
――……ヴァニタス卿が戻られるまでの辛抱だわ。
それでも、もうじき一か月。本当に、あと数日だった。
ヴァニタス卿が戻ってくるまで、王宮をギリギリ維持できるだけの人間は残っている計算だ。
ヴァニタス卿さえ戻れば、この日々も終わる。
終わるはずなのだ。
この先なにも起こらなければ――卿が、予定通りに帰って来ることができるのであれば。
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