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不穏の予兆(1)
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「オルディウスへの使者はヴァニタス卿に頼もうと思ってる。すぐに連絡を取るから、ルシアのことでなにか伝えたいことがあるなら今のうちに聞いておくよ」
む、と唸っていた私は、続くジュリアンの言葉に顔を上げた。
ヴァニタス卿とは、瘴気の浄化が追い付かない国境付近で魔獣狩りの指揮を執る優秀な指揮官だ。
基本的には前線に出て剣を手にしているが、彼は決して武だけの人物ではない。
聡明で他国の事情に明るく、頭の回転が早くて交渉ごとに強い。オルディウスには彼の知人も多く、今回の使者としては最適と言えるだろう。
そんな彼に伝えたいこと――と言われて、すぐに思い浮かぶことがある。
ただし、伝えたいというよりは、聞きたかったことだ。
「ヴァニタス卿、今はオルディウスの国境付近の警備をされているのよね。あの方、いつも一番の危険地帯にいらっしゃるはずだから」
ヴァニタス卿は、ジュリアンでも予測できない瘴気の発生に対処する最後の防衛線だ。
国境付近で魔獣の出現に備え、魔獣が出たと報告があるとすぐに駆け付ける。そして魔獣を殲滅するとまた、別の場所へと移動する。
現在の彼の拠点は、オルディウスとの国境付近。つまりは、姉が国境を超えるときに見た光景が、この国で一番『荒れている』と言える場所なのである。
ここで気になるのは、姉が『ヴァニタス卿』の警備する付近を通ったということだ。
魔獣狩りに昼も夜もない。
国境付近は常に見張りの兵がいて、動くものを見逃さないはずだった。
「……だとしたら、どうしてお姉様は国境を越えられたの?」
フィデル王国の国境には、明確な関所といったものはない。
通行手形や身分の証明が必要になるのは都市に入るときのみ。
国境を超えるための許可は必要なく、基本的には旅人や商人の通行を自由に認めていた。
とはいえ、もちろん警備をしていないわけではない。
瘴気に荒れた地は、人も荒れやすい。魔獣狩りの兵たちは魔獣のみならず、夜盗や山賊、荒廃に乗じて逃走を企てる犯罪者といった人間にも目を光らせている。
国外追放された姉も、彼らにとっては警戒する人間の一人だ。
オルディウスの国境を超える際に、彼らの目に留まらないはずがない。
特に、ヴァニタス卿の警備をかいくぐるなど、不可能としか思えなかった。
だけど、現に姉はここにいる。
ヴァニタス卿が守っているはずの、国境を越えて。
「それ、気になるよね」
私の疑問を予期していたように、ジュリアンは口元を曲げた。
笑っているような、どうにも笑えないと言いたげな顔だ。
「実は、卿から連絡があったんだよ。ルシアが王宮へ来る直前くらいかな。大至急って、鳩を飛ばしてきた。内容はルシアを見逃したこと。王都に向かっていること。それと――」
そこで、ジュリアンは一度言葉を切る。
息を吐き、一瞬だけ目を伏せ、それから――。
「どうして見逃したのか、卿たちにもわからない――ということ」
悪い冗談でも聞いたように、肩をすくめてそう言った。
む、と唸っていた私は、続くジュリアンの言葉に顔を上げた。
ヴァニタス卿とは、瘴気の浄化が追い付かない国境付近で魔獣狩りの指揮を執る優秀な指揮官だ。
基本的には前線に出て剣を手にしているが、彼は決して武だけの人物ではない。
聡明で他国の事情に明るく、頭の回転が早くて交渉ごとに強い。オルディウスには彼の知人も多く、今回の使者としては最適と言えるだろう。
そんな彼に伝えたいこと――と言われて、すぐに思い浮かぶことがある。
ただし、伝えたいというよりは、聞きたかったことだ。
「ヴァニタス卿、今はオルディウスの国境付近の警備をされているのよね。あの方、いつも一番の危険地帯にいらっしゃるはずだから」
ヴァニタス卿は、ジュリアンでも予測できない瘴気の発生に対処する最後の防衛線だ。
国境付近で魔獣の出現に備え、魔獣が出たと報告があるとすぐに駆け付ける。そして魔獣を殲滅するとまた、別の場所へと移動する。
現在の彼の拠点は、オルディウスとの国境付近。つまりは、姉が国境を超えるときに見た光景が、この国で一番『荒れている』と言える場所なのである。
ここで気になるのは、姉が『ヴァニタス卿』の警備する付近を通ったということだ。
魔獣狩りに昼も夜もない。
国境付近は常に見張りの兵がいて、動くものを見逃さないはずだった。
「……だとしたら、どうしてお姉様は国境を越えられたの?」
フィデル王国の国境には、明確な関所といったものはない。
通行手形や身分の証明が必要になるのは都市に入るときのみ。
国境を超えるための許可は必要なく、基本的には旅人や商人の通行を自由に認めていた。
とはいえ、もちろん警備をしていないわけではない。
瘴気に荒れた地は、人も荒れやすい。魔獣狩りの兵たちは魔獣のみならず、夜盗や山賊、荒廃に乗じて逃走を企てる犯罪者といった人間にも目を光らせている。
国外追放された姉も、彼らにとっては警戒する人間の一人だ。
オルディウスの国境を超える際に、彼らの目に留まらないはずがない。
特に、ヴァニタス卿の警備をかいくぐるなど、不可能としか思えなかった。
だけど、現に姉はここにいる。
ヴァニタス卿が守っているはずの、国境を越えて。
「それ、気になるよね」
私の疑問を予期していたように、ジュリアンは口元を曲げた。
笑っているような、どうにも笑えないと言いたげな顔だ。
「実は、卿から連絡があったんだよ。ルシアが王宮へ来る直前くらいかな。大至急って、鳩を飛ばしてきた。内容はルシアを見逃したこと。王都に向かっていること。それと――」
そこで、ジュリアンは一度言葉を切る。
息を吐き、一瞬だけ目を伏せ、それから――。
「どうして見逃したのか、卿たちにもわからない――ということ」
悪い冗談でも聞いたように、肩をすくめてそう言った。
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