12 / 58
姉、居座る(5)
しおりを挟む
「――ライナス。オルディウス帝国のことは知っているだろう?」
ジュリアンは椅子に座り直すと、真面目な顔でライナスを見上げた。
普段は飄々としていても、こういうときはさすがに王子だ。
ジュリアンの変化に部屋の空気が張り詰める。
自分を見据える紫水晶の瞳に、ライナスも緊張したように身を強張らせた。
「あの国は領土の拡大に熱心だ。あまり強引な手段は使わず、穏当な併合をすることが多いとは聞くが、次もそうとは限らない」
――次。
その言葉にライナスが息を呑む。
オルディウスは友好国だ。交易も盛んで、国家間の交流もある。
オルディウスがフィデル王国を狙う理由はないはずだ――が。
「テオドール皇子はなんのためにフィデルに来た? どうしてルシアを連れて、どうして神経を逆撫でするような騒ぎを起こしている? ……まるで、こちらを怒らせようとしているみたいに思わないか?」
狙う理由は『作る』ことができる。
言葉を失うライナスに、ジュリアンは畳みかけるように続きを口にし――。
「もしも怒り任せに手を出して、相手に『不当な扱いを受けた』と主張されたら――――」
「…………戦争、ですのね」
一呼吸。
ジュリアンが口を閉ざしたタイミングで、最後の言葉を私が引き取る。
「自国の皇子が害されては、オルディウス帝国は黙っていませんわ。……たとえわざと手を出させるように挑発したのだとしても、戦争を仕掛ける大義名分になりますもの」
言いながら、私は両手でぎゅっと体を抱いた。
そのまま目を伏せて、瞬きをしてから三秒。じわりと目に涙を浮かべれば、怯え悲しむ令嬢だ。
「瘴気に苦しむこの地が、戦火にも苦しむことになりますのね。……まだ、一年前の傷跡も治っていないのに」
か細い声に、震える語尾。自分ではなく、国が荒れることを恐れる言葉。
国のために心を痛める令嬢に、ライナスが「む……」と小さく唸る。
ライナスは騎士だ。争いを恐れず、剣を取ることにためらいはない。
誇りのためであれば、大国の皇子だって敵に回すことだろう。
だけど、そのせいで涙する令嬢がいるのであれば――。
ライナスは騎士の誇りがあるからこそ、引くしかないのである。
「気持ちはわかるけど、今は抑えてくれ、ライナス」
ライナスの激情が落ち着いたのを見て取ったのだろう。
私に預けていた会話を戻し、彼は再び口を開いた。
「すぐにオルディウスに使者を出して目的を確かめる。あの二人のことはそれからだ」
「…………」
「もちろん、その間ここで好き動き回らせるわけにはいかない。賓客扱いではあるけど、怪しい動きがないかはよく見ておく必要がある。――わかるな、ライナス?」
ライナスは口をつぐんだまま、ジュリアンを見て、肩を震わせる私を見た。
まだ迷いはあるのだろう。完全に納得はしていないのだろう。
それでも、彼は長く深い息を吐いた。
「承知いたしました。あの二人の監視はお任せを。――――もう二度と、あの魔女にこの国を荒らさせはしません」
瞳に姉への怒りを残したまま、ライナスはジュリアンに向けて騎士の礼をした。
ジュリアンは椅子に座り直すと、真面目な顔でライナスを見上げた。
普段は飄々としていても、こういうときはさすがに王子だ。
ジュリアンの変化に部屋の空気が張り詰める。
自分を見据える紫水晶の瞳に、ライナスも緊張したように身を強張らせた。
「あの国は領土の拡大に熱心だ。あまり強引な手段は使わず、穏当な併合をすることが多いとは聞くが、次もそうとは限らない」
――次。
その言葉にライナスが息を呑む。
オルディウスは友好国だ。交易も盛んで、国家間の交流もある。
オルディウスがフィデル王国を狙う理由はないはずだ――が。
「テオドール皇子はなんのためにフィデルに来た? どうしてルシアを連れて、どうして神経を逆撫でするような騒ぎを起こしている? ……まるで、こちらを怒らせようとしているみたいに思わないか?」
狙う理由は『作る』ことができる。
言葉を失うライナスに、ジュリアンは畳みかけるように続きを口にし――。
「もしも怒り任せに手を出して、相手に『不当な扱いを受けた』と主張されたら――――」
「…………戦争、ですのね」
一呼吸。
ジュリアンが口を閉ざしたタイミングで、最後の言葉を私が引き取る。
「自国の皇子が害されては、オルディウス帝国は黙っていませんわ。……たとえわざと手を出させるように挑発したのだとしても、戦争を仕掛ける大義名分になりますもの」
言いながら、私は両手でぎゅっと体を抱いた。
そのまま目を伏せて、瞬きをしてから三秒。じわりと目に涙を浮かべれば、怯え悲しむ令嬢だ。
「瘴気に苦しむこの地が、戦火にも苦しむことになりますのね。……まだ、一年前の傷跡も治っていないのに」
か細い声に、震える語尾。自分ではなく、国が荒れることを恐れる言葉。
国のために心を痛める令嬢に、ライナスが「む……」と小さく唸る。
ライナスは騎士だ。争いを恐れず、剣を取ることにためらいはない。
誇りのためであれば、大国の皇子だって敵に回すことだろう。
だけど、そのせいで涙する令嬢がいるのであれば――。
ライナスは騎士の誇りがあるからこそ、引くしかないのである。
「気持ちはわかるけど、今は抑えてくれ、ライナス」
ライナスの激情が落ち着いたのを見て取ったのだろう。
私に預けていた会話を戻し、彼は再び口を開いた。
「すぐにオルディウスに使者を出して目的を確かめる。あの二人のことはそれからだ」
「…………」
「もちろん、その間ここで好き動き回らせるわけにはいかない。賓客扱いではあるけど、怪しい動きがないかはよく見ておく必要がある。――わかるな、ライナス?」
ライナスは口をつぐんだまま、ジュリアンを見て、肩を震わせる私を見た。
まだ迷いはあるのだろう。完全に納得はしていないのだろう。
それでも、彼は長く深い息を吐いた。
「承知いたしました。あの二人の監視はお任せを。――――もう二度と、あの魔女にこの国を荒らさせはしません」
瞳に姉への怒りを残したまま、ライナスはジュリアンに向けて騎士の礼をした。
37
お気に入りに追加
2,015
あなたにおすすめの小説

私と結婚したくないと言った貴方のために頑張りました! ~帝国一の頭脳を誇る姫君でも男心はわからない~
すだもみぢ
恋愛
リャルド王国の王女であるステラは、絶世の美女の姉妹に挟まれた中では残念な容姿の王女様と有名だった。
幼い頃に婚約した公爵家の息子であるスピネルにも「自分と婚約になったのは、その容姿だと貰い手がいないからだ」と初対面で言われてしまう。
「私なんかと結婚したくないのに、しなくちゃいけないなんて、この人は可哀想すぎる……!」
そう自分の婚約者を哀れんで、彼のためになんとかして婚約解消してあげようと決意をする。
苦労の末にその要件を整え、満を持して彼に婚約解消を申し込んだというのに、……なぜか婚約者は不満そうで……?
勘違いとすれ違いの恋模様のお話です。
ざまぁものではありません。
婚約破棄タグ入れてましたが、間違いです!!
申し訳ありません<(_ _)>

妹に全部取られたけど、幸せ確定の私は「ざまぁ」なんてしない!
石のやっさん
恋愛
マリアはドレーク伯爵家の長女で、ドリアーク伯爵家のフリードと婚約していた。
だが、パーティ会場で一方的に婚約を解消させられる。
しかも新たな婚約者は妹のロゼ。
誰が見てもそれは陥れられた物である事は明らかだった。
だが、敢えて反論もせずにそのまま受け入れた。
それはマリアにとって実にどうでも良い事だったからだ。
主人公は何も「ざまぁ」はしません(正当性の主張はしますが)ですが...二人は。
婚約破棄をすれば、本来なら、こうなるのでは、そんな感じで書いてみました。
この作品は昔の方が良いという感想があったのでそのまま残し。
これに追加して書いていきます。
新しい作品では
①主人公の感情が薄い
②視点変更で読みずらい
というご指摘がありましたので、以上2点の修正はこちらでしながら書いてみます。
見比べて見るのも面白いかも知れません。
ご迷惑をお掛けいたしました

幼い頃、義母に酸で顔を焼かれた公爵令嬢は、それでも愛してくれた王太子が冤罪で追放されたので、ついていくことにしました。
克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
設定はゆるくなっています、気になる方は最初から読まないでください。
ウィンターレン公爵家令嬢ジェミーは、幼い頃に義母のアイラに酸で顔を焼かれてしまった。何とか命は助かったものの、とても社交界にデビューできるような顔ではなかった。だが不屈の精神力と仮面をつける事で、社交界にデビューを果たした。そんなジェミーを、心優しく人の本質を見抜ける王太子レオナルドが見初めた。王太子はジェミーを婚約者に選び、幸せな家庭を築くかに思われたが、王位を狙う邪悪な弟に冤罪を着せられ追放刑にされてしまった。

【完結】領主の妻になりました
青波鳩子
恋愛
「私が君を愛することは無い」
司祭しかいない小さな教会で、夫になったばかりのクライブにフォスティーヌはそう告げられた。
===============================================
オルティス王の側室を母に持つ第三王子クライブと、バーネット侯爵家フォスティーヌは婚約していた。
挙式を半年後に控えたある日、王宮にて事件が勃発した。
クライブの異母兄である王太子ジェイラスが、国王陛下とクライブの実母である側室を暗殺。
新たに王の座に就いたジェイラスは、異母弟である第二王子マーヴィンを公金横領の疑いで捕縛、第三王子クライブにオールブライト辺境領を治める沙汰を下した。
マーヴィンの婚約者だったブリジットは共犯の疑いがあったが確たる証拠が見つからない。
ブリジットが王都にいてはマーヴィンの子飼いと接触、画策の恐れから、ジェイラスはクライブにオールブライト領でブリジットの隔離監視を命じる。
捜査中に大怪我を負い、生涯歩けなくなったブリジットをクライブは密かに想っていた。
長兄からの「ブリジットの隔離監視」を都合よく解釈したクライブは、オールブライト辺境伯の館のうち豪華な別邸でブリジットを囲った。
新王である長兄の命令に逆らえずフォスティーヌと結婚したクライブは、本邸にフォスティーヌを置き、自分はブリジットと別邸で暮らした。
フォスティーヌに「別邸には近づくことを許可しない」と告げて。
フォスティーヌは「お飾りの領主の妻」としてオールブライトで生きていく。
ブリジットの大きな嘘をクライブが知り、そこからクライブとフォスティーヌの関係性が変わり始める。
========================================
*荒唐無稽の世界観の中、ふんわりと書いていますのでふんわりとお読みください
*約10万字で最終話を含めて全29話です
*他のサイトでも公開します
*10月16日より、1日2話ずつ、7時と19時にアップします
*誤字、脱字、衍字、誤用、素早く脳内変換してお読みいただけるとありがたいです

婚約白紙?上等です!ローゼリアはみんなが思うほど弱くない!
志波 連
恋愛
伯爵令嬢として生まれたローゼリア・ワンドは婚約者であり同じ家で暮らしてきたひとつ年上のアランと隣国から留学してきた王女が恋をしていることを知る。信じ切っていたアランとの未来に決別したローゼリアは、友人たちの支えによって、自分の道をみつけて自立していくのだった。
親たちが子供のためを思い敷いた人生のレールは、子供の自由を奪い苦しめてしまうこともあります。自分を見つめ直し、悩み傷つきながらも自らの手で人生を切り開いていく少女の成長物語です。
本作は小説家になろう及びツギクルにも投稿しています。

皆さん、覚悟してくださいね?
柚木ゆず
恋愛
わたしをイジメて、泣く姿を愉しんでいた皆さんへ。
さきほど偶然前世の記憶が蘇り、何もできずに怯えているわたしは居なくなったんですよ。
……覚悟してね? これから『あたし』がたっぷり、お礼をさせてもらうから。
※体調不良の影響でお返事ができないため、日曜日ごろ(24日ごろ)まで感想欄を閉じております。

【第一章完結】相手を間違えたと言われても困りますわ。返品・交換不可とさせて頂きます
との
恋愛
「結婚おめでとう」 婚約者と義妹に、笑顔で手を振るリディア。
(さて、さっさと逃げ出すわよ)
公爵夫人になりたかったらしい義妹が、代わりに結婚してくれたのはリディアにとっては嬉しい誤算だった。
リディアは自分が立ち上げた商会ごと逃げ出し、新しい商売を立ち上げようと張り切ります。
どこへ行っても何かしらやらかしてしまうリディアのお陰で、秘書のセオ達と侍女のマーサはハラハラしまくり。
結婚を申し込まれても・・
「困った事になったわね。在地剰余の話、しにくくなっちゃった」
「「はあ? そこ?」」
ーーーーーー
設定かなりゆるゆる?
第一章完結

家族に裏切られて辺境で幸せを掴む?
しゃーりん
恋愛
婚約者を妹に取られる。
そんな小説みたいなことが本当に起こった。
婚約者が姉から妹に代わるだけ?しかし私はそれを許さず、慰謝料を請求した。
婚約破棄と共に跡継ぎでもなくなったから。
仕事だけをさせようと思っていた父に失望し、伯父のいる辺境に行くことにする。
これからは辺境で仕事に生きよう。そう決めて王都を旅立った。
辺境で新たな出会いがあり、付き合い始めたけど?というお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる