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姉、居座る(6)
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ライナスはそのまま部屋を後にした。
彼の重たい足音も早足に遠ざかり、すぐに聞こえなくなる――。
「――で、実際のところ、ジュリアンはあの二人をどう考えているの」
と同時に、私は再び椅子に腰を下ろしてジュリアンへと詰め寄った。
王太子への礼儀もなければ、淑女としての適切な距離感もない。
作った令嬢の顔も消した今、私が浮かべるのは疑惑の表情である。
「オルディウスが戦争を仕掛けるとは思えないわ。あそこ、本当に穏健派でしょ。『武力での併合は火種にしかならん』とかなんとか言って」
「ほんとすっごいな、君のその変化」
涙の痕跡も消えた私を見て、ジュリアンは呆れと感心交じりにつぶやく。
今さらなにをと思いつつ、私はジュリアンの言葉を無視して話を続けた。
「併合した土地も、その方針に賛同したところが大半でしょう。今さら方針変換なんて反発を招くわ。オルディウスの現皇帝もその後継者も、そのあたりを分かっていないとは思えないわ」
オルディウスの現皇帝は優秀な人物だと聞く。
その後継者に選ばれたのは、まだ少年ともいえる年若い第七皇子だ。
上に六人も兄を持ちながら、皇帝自らが後継者に指名したという若き天才皇子の名は、この隣国フィデルにも届いている。
賢く優秀で、思慮深い穏健派。そう伝え聞く皇子も、その皇子を後継者に指名した皇帝も、わざわざ併合した土地を手放すような選択をするとは思えなかった。
「だとしたら、戦争以外に目的がある? それともテオドール皇子の独断で、『オルディウス帝国』は関係ない? そもそもあの皇子、どうしてお姉様と一緒にいるのよ?」
先回り先回りして考えるジュリアンのことだ。
このあたりのことは、とっくにあれこれと考えを巡らせているだろう。
そのあたりを全部吐かせようと前のめりになる私に、ジュリアンはたいして考える素振りもなく肩をすくめた。
「どうなんだろうねえ」
「どうなんだろうねえ……って」
「正直なところ、僕にもさっぱりわからないんだよ。オルディウスとは普通に交流があるし、あっちの皇帝と父上も仲が良いし。敵に回す理由もなければ、敵に回した旨味も特にない。あれこれ考えてみたんだけど、筋の通ったまっとうな理由が思いつかないんだよね」
となると、筋の通らないまっとうではない理由で姉とテオドールはこの国に来たことになってしまう。
「まさか……本当に、お姉様の主張を信じて乗り込んできたんじゃないでしょうね」
「ルシアに同情して? それとも恋人として? ……一国の皇子が、ねえ」
いくらなんでも、それはないだろうとジュリアンは首を振る。
仮にもテオドールは一国の皇子。どれほど姉に同情しても、どれほど姉と親密になっても、ただ一人の女性のためだけに他国で騒ぐとは考え難い。
でも、それではあの騒ぎはなんだったのだろう。
事実としてテオドールは、姉の無実を皇子の名で宣言したのだ。
「今考えてもわからないなら、情報を集めるしかないよ。とにかく、まずはオルディウスに使者を送ろう。急げばひと月かからずに使者も帰ってこれるはずだ」
む、と私は口をつぐんだ。
ひと月。
少なくともその間は、姉がこの王宮にいるということになる。
彼の重たい足音も早足に遠ざかり、すぐに聞こえなくなる――。
「――で、実際のところ、ジュリアンはあの二人をどう考えているの」
と同時に、私は再び椅子に腰を下ろしてジュリアンへと詰め寄った。
王太子への礼儀もなければ、淑女としての適切な距離感もない。
作った令嬢の顔も消した今、私が浮かべるのは疑惑の表情である。
「オルディウスが戦争を仕掛けるとは思えないわ。あそこ、本当に穏健派でしょ。『武力での併合は火種にしかならん』とかなんとか言って」
「ほんとすっごいな、君のその変化」
涙の痕跡も消えた私を見て、ジュリアンは呆れと感心交じりにつぶやく。
今さらなにをと思いつつ、私はジュリアンの言葉を無視して話を続けた。
「併合した土地も、その方針に賛同したところが大半でしょう。今さら方針変換なんて反発を招くわ。オルディウスの現皇帝もその後継者も、そのあたりを分かっていないとは思えないわ」
オルディウスの現皇帝は優秀な人物だと聞く。
その後継者に選ばれたのは、まだ少年ともいえる年若い第七皇子だ。
上に六人も兄を持ちながら、皇帝自らが後継者に指名したという若き天才皇子の名は、この隣国フィデルにも届いている。
賢く優秀で、思慮深い穏健派。そう伝え聞く皇子も、その皇子を後継者に指名した皇帝も、わざわざ併合した土地を手放すような選択をするとは思えなかった。
「だとしたら、戦争以外に目的がある? それともテオドール皇子の独断で、『オルディウス帝国』は関係ない? そもそもあの皇子、どうしてお姉様と一緒にいるのよ?」
先回り先回りして考えるジュリアンのことだ。
このあたりのことは、とっくにあれこれと考えを巡らせているだろう。
そのあたりを全部吐かせようと前のめりになる私に、ジュリアンはたいして考える素振りもなく肩をすくめた。
「どうなんだろうねえ」
「どうなんだろうねえ……って」
「正直なところ、僕にもさっぱりわからないんだよ。オルディウスとは普通に交流があるし、あっちの皇帝と父上も仲が良いし。敵に回す理由もなければ、敵に回した旨味も特にない。あれこれ考えてみたんだけど、筋の通ったまっとうな理由が思いつかないんだよね」
となると、筋の通らないまっとうではない理由で姉とテオドールはこの国に来たことになってしまう。
「まさか……本当に、お姉様の主張を信じて乗り込んできたんじゃないでしょうね」
「ルシアに同情して? それとも恋人として? ……一国の皇子が、ねえ」
いくらなんでも、それはないだろうとジュリアンは首を振る。
仮にもテオドールは一国の皇子。どれほど姉に同情しても、どれほど姉と親密になっても、ただ一人の女性のためだけに他国で騒ぐとは考え難い。
でも、それではあの騒ぎはなんだったのだろう。
事実としてテオドールは、姉の無実を皇子の名で宣言したのだ。
「今考えてもわからないなら、情報を集めるしかないよ。とにかく、まずはオルディウスに使者を送ろう。急げばひと月かからずに使者も帰ってこれるはずだ」
む、と私は口をつぐんだ。
ひと月。
少なくともその間は、姉がこの王宮にいるということになる。
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