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人生って、ままならないものよね
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翌朝、馬車に荷物を積み終えたリリアナは、門前で見送りに来ていた両親と使用人達に別れを告げた。
「それじゃあ、行ってきます」
「何かあったらすぐに連絡するんだぞ」
父は目を潤ませ、寂しそうにリリアナを見つめている。
「わかりました」
「リリアナ、気をつけてね」
母はそう言うと、リリアナを軽く抱きしめた。
思えば長期間屋敷を離れるのはこれが初めてだった。
しばらく会えないと思うと、リリアナの胸にも寂しさが込み上げる。
母を抱きしめ返しながら、母の後ろに控えていたマイカを見ると、彼女はいってらっしゃい、と言うように、ニコリと微笑んで頷いた。
母から腕を放し、少し離れたところで並んでいる使用人達に「皆も元気で」と声をかける。
一様に頭を下げた彼らを感慨深く見つめながら、彼はもうすぐ来るだろうか──と考えていると、後ろから声が聞こえた。
「お嬢様!」
振り返ると、大きな荷を背負った黒髪の若い男が、息を切らしながらリリアナに駆け寄ってきていた。
「あらマイケル。遅かったわね。もう少しで出発するところだったわ」
彼はマイカの二つ下の弟で、子爵家の商会で闇魔法師として働いている。
リリアナの兄と同い年のマイケルは、小さい頃から兄と仲が良く、子爵家に呼ばれてはよく二人で遊んでいた。リリアナも暇なときは二人に相手をしてもらっていたため、マイケルとは幼なじみのような関係だ。
よほど急いできたのだろう。いつもはきっちりと束ねている黒髪が乱れ、膝に手をつきながら、ぜぇぜぇと肩で息をしている。
「昨日の、夜に、はぁ、姉さんから、聞いて、はぁ、急いで、準備、したんですけどっ」
息も絶え絶えなマイケルを横目に、マイケルの雇用主である父がリリアナに問いかける。
「マイケルも連れていくのか?」
「マイケルは私のことが大好きだから、置いていってもどうせ付いてくるわ」
「ちょっと! お嬢様!」
マイケルは顔を真っ赤にして声を上げた。
マイケルはリリアナが好きだ。
小さい頃はリリアナを妹のように思っていたが、思春期を迎えると一人の女性として彼女に愛情を抱き始めるようになった。リリアナを目で追いかけ、時には熱い視線を送り、話しかければ顔を赤くしながらしどろもどろになるマイケルを、リリアナは「マイケルはそんなに私のこと好きなのね」と事あるごとにイジるようになり、告白こそしたことはないがマイケルのリリアナへの愛は子爵家や商会関係者の周知の事実となっていた。
「あらあら。マイケル、リリアナをよろしくね」
ロマンス小説好きな母は、婚約者がいるリリアナを一途に思い続けるマイケルに好感を抱いている。
「リリアナを頼むぞ。でも変な真似だけはするなよ」
父もマイケルの実直な性格は好ましく思っている。
だが子爵家から隣国までは馬車で三日の道のりだ。その間、マイケルがリリアナに手を出さないよう念のため、と釘を刺した。
それに答えたのは姉のマイカだ。
「ご安心ください。弟はヘタレなんでその心配はありません」
「姉さん! なんてこと言うんだ!」
姉からの悔しくも正しい指摘にマイケルは声を上げるが、それに構うことなくリリアナは出発を告げる。
「さぁ、さっさと行くわよマイケル」
「はぁ……行ってきます」
マイケルは溜息まじりにそう告げると、馬車に乗り込むリリアナの後に続いた。
「それじゃあ、行ってきます」
「何かあったらすぐに連絡するんだぞ」
父は目を潤ませ、寂しそうにリリアナを見つめている。
「わかりました」
「リリアナ、気をつけてね」
母はそう言うと、リリアナを軽く抱きしめた。
思えば長期間屋敷を離れるのはこれが初めてだった。
しばらく会えないと思うと、リリアナの胸にも寂しさが込み上げる。
母を抱きしめ返しながら、母の後ろに控えていたマイカを見ると、彼女はいってらっしゃい、と言うように、ニコリと微笑んで頷いた。
母から腕を放し、少し離れたところで並んでいる使用人達に「皆も元気で」と声をかける。
一様に頭を下げた彼らを感慨深く見つめながら、彼はもうすぐ来るだろうか──と考えていると、後ろから声が聞こえた。
「お嬢様!」
振り返ると、大きな荷を背負った黒髪の若い男が、息を切らしながらリリアナに駆け寄ってきていた。
「あらマイケル。遅かったわね。もう少しで出発するところだったわ」
彼はマイカの二つ下の弟で、子爵家の商会で闇魔法師として働いている。
リリアナの兄と同い年のマイケルは、小さい頃から兄と仲が良く、子爵家に呼ばれてはよく二人で遊んでいた。リリアナも暇なときは二人に相手をしてもらっていたため、マイケルとは幼なじみのような関係だ。
よほど急いできたのだろう。いつもはきっちりと束ねている黒髪が乱れ、膝に手をつきながら、ぜぇぜぇと肩で息をしている。
「昨日の、夜に、はぁ、姉さんから、聞いて、はぁ、急いで、準備、したんですけどっ」
息も絶え絶えなマイケルを横目に、マイケルの雇用主である父がリリアナに問いかける。
「マイケルも連れていくのか?」
「マイケルは私のことが大好きだから、置いていってもどうせ付いてくるわ」
「ちょっと! お嬢様!」
マイケルは顔を真っ赤にして声を上げた。
マイケルはリリアナが好きだ。
小さい頃はリリアナを妹のように思っていたが、思春期を迎えると一人の女性として彼女に愛情を抱き始めるようになった。リリアナを目で追いかけ、時には熱い視線を送り、話しかければ顔を赤くしながらしどろもどろになるマイケルを、リリアナは「マイケルはそんなに私のこと好きなのね」と事あるごとにイジるようになり、告白こそしたことはないがマイケルのリリアナへの愛は子爵家や商会関係者の周知の事実となっていた。
「あらあら。マイケル、リリアナをよろしくね」
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「リリアナを頼むぞ。でも変な真似だけはするなよ」
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だが子爵家から隣国までは馬車で三日の道のりだ。その間、マイケルがリリアナに手を出さないよう念のため、と釘を刺した。
それに答えたのは姉のマイカだ。
「ご安心ください。弟はヘタレなんでその心配はありません」
「姉さん! なんてこと言うんだ!」
姉からの悔しくも正しい指摘にマイケルは声を上げるが、それに構うことなくリリアナは出発を告げる。
「さぁ、さっさと行くわよマイケル」
「はぁ……行ってきます」
マイケルは溜息まじりにそう告げると、馬車に乗り込むリリアナの後に続いた。
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