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28 悪い警官(クラウス視点)

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 皇帝の到着を告げるフリッツの報告に、顔がこわばる。我ながら小心者だ、それもそのはず━━ほんの数年前まで、私はグレッツナー家の家宰にすぎなかった。そのグレッツナー家も、いまのように豊かではなかったし、私が三十代で家宰にひきたてられたのも、俸給がやすかったからというのが主な理由だったろう。

 すべては御前さまがグレッツナー家に引き取られてからはじまったのだ。私は主人であるコンラートさまに秘密で、御前さまとともに数々の事業をにしてきた。そしてついにカーマクゥラの四天王と呼ばれるまでになった。

 私ごとき小物が、世界を支配する手伝いをしている━━だから失敗するわけにはいかないのだ。ついに皇帝までをも手にかけることになったとしても。御前さまのおおせは絶対だ。だから私は、これから皇帝に

 馬車が屋敷の前に到着した。まずは護衛の騎士が馬車の周りを固める。そしてディートハルト皇子が、続いて皇帝が馬車から降りてきた。皇帝の態度はさすがというしかない。紙と土と木材でできた前衛的なこの屋敷を見て、とくに戸惑うそぶりがない。対してディートハルトはキョロキョロとあたりを見回していた。

 帝都のはずれ、小さな湖のそば、森にかこまれた1000エーカーにもおよぶ敷地には、黒き瓦と白き土壁の豪壮な屋敷がある。その名をカーマクゥラと呼ぶものは、人類のごく一部。貴族と呼ばれる人種だけだ。その社会の影の頂点に、ついに皇帝が行幸したのだ。

 私は皇帝に向かって距離を詰め、あえて無造作に手を差し出す。

「御前さまにお目見えするにあたり、護衛は認められない。それから━━ヴィルヘルム12世および、その子ディートハルトは、武器を預からせてもらう」

 私の傲然とした口調に、ディートハルトがいきりたった。

「無礼なっ、護衛の件はさておき、皇帝陛下から剣をとりあげるなど、礼を欠くにもほどがある。我らは亡国の降将ではないのだぞ!」

「どこが違うというのかね?」

 私が失笑すると、剣のつかに手をかけたディートハルトを、皇帝が手で制した。

「我が子ディートハルトが失礼した。貴殿を信頼して、剣を預けよう」

「陛下!」

「そなたは黙っておれ、ディートハルト。カーマクゥラの幹部に対し、余はひざをつかねばならない立場なのだ」

 ふむ、皇帝はいまの情勢をきちんと理解している。私は御前さまに抱くそれに近い畏敬を、皇帝に感じた。だがここで態度をゆるめるわけにはいかない。

「もっと詳しく教えてやったらどうかね?」

 私の言葉に、皇帝の眉がわずかに反応する。

「ディートハルトが御前さまと対面して、暴発するようなことがあっては困るのだ。あなたが教えられないなら私の口から説明してやっても良い。帝国がすでに滅んでいることを」

「なにっ」

 顔をしかめるディートハルトに、私は懇切丁寧な侮辱をくわえる。

「帝室といえど、もとをただせば山師の子孫。初代高祖皇帝は、王族とも貴族ともいえぬ卑賤の身から出て国を奪い、口八丁に手八丁で諸侯を丸め込んで、世界の頂点に君臨したのだ。そもそも累代の高貴な血統であらせられる御前さまに対し、ひざをつくのは当たり前のことだ。たかだか700年の歴史を誇るとは、愚かなこと。帝家をのぞくほかの諸侯は、神代より続く数千年の歴史を背負っている。いまでこそ貴族と呼ばれてはいても、そもそも王族だった者たちなのだ」

 血統の原理などが、この際、侮辱にあたる言葉ならなんでもいい。わなわなと震えるディートハルトをまえに、演説を続ける。

「だからあなたがた皇族は、諸侯に対して、つねにご機嫌をうかがい、媚びへつらって、下僕のように働かねばならなかった。それだというのにディートハルト、あなたはなにを勘違いしたのか、東の大国アードルングの子孫に対し、糞尿を浴びせかけるような無礼をはたらいた。貴族たちが連帯して帝室に否を突きつけたのも、当然のことだろう。彼らは言っている━━あなたがたは我々貴族を統めるのにふさわしくないと」

 皇帝は沈痛なおももちで私の発言を聞いている。私の言うことが、なかば真実を告げているのだとわかっているからだ。

「あなたがたは担がれた神輿に過ぎない。あなたがたに自己主張などは必要ない。真に国を治めているのは貴族なのだから。その貴族が担ぐのをやめた瞬間、帝家の天下などあっというまに終わる。流血すら必要ない。だから言っているのだ━━帝国はすでに滅んだと」

 ディートハルトの手が、ついに剣のつかから離れた。いまはだらりと脱力している。当然だろう━━自分の先走った行動のせいで、国を滅ぼしてしまったのだから。

「御前さまは真に貴族の頂点に立つお方。そして慈悲深くもある。だから御前さまは、貴族たちの心中をおもんばかって、心を痛めておいでになる。謝罪をするなど、当たり前のことだ。帝家にとって今日この日の意味とは、神の怒りに触れたことに対する、罰を受けることだ。言い訳をするのも、再発防止を誓うのも、アードルング家への保障をおこなうのも、すべてあなたがたのための振る舞いでしかない。ステージはすでにそんな段階ではないのだ」

「それでは、御前さまは帝家をご赦免くださらぬと…」

 皇帝が苦痛に満ちた表情で問う。この数日でずいぶん老け込んだのだろう、目の下のくまといい、土気色の顔色といい、ほとんど死にかけの病人だ。だが私は、この哀れな男に安らぎを与えたりしない。私の役割はそんなことではない。

「さて、御前さまのお心はわからないが━━ふつうに考えれば、いちどでも人の手を噛んだ犬は害獣だ。害獣は駆除しなければならない。ゆえに帝国はいったん幕を降ろすだろう。再開するとしたら、担ぎあげられるのは別の神輿ではないかね?」

 侮辱をあたえ、絶望をあたえる。それこそが私に与えられた役割だ。まるで悪役ではないか。だが舞台にはそれぞれ配役というものがあり、誰かがこの役を演じなければならない。そしておそらく、この役を演じられる俳優は、現在の世界情勢において、私をおいてほかにないのだ。

 剣を預けて屋敷の中に入っていくふたりの後ろ姿を見つめながら、私は自分の役割をきちんと演じきったことに、ほっと胸をなでおろした。
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