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22 謁見(ディートハルト視点)
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皇子というのはままならん身分だ。12歳を過ぎると父親に会うのにも申請が必要で、しかも父親の側には親衛隊の護衛がついている。
「第3皇子、ディートハルト殿下の御成ーっ」
かけ声と同時に、謁見の間の重い扉が開く。場所が謁見の間だったのは、皇帝陛下に対する報告があるという申請をしてあったからだ。普段であれば庭園やサロンなどで会うことができる。
「よう参った、ディートハルト。して、今日は何用があったのだ」
45歳になる陛下の声は、たいていの貴族よりも重く響く。あえてそういった発声をされているのだ。権威を示すために。いまは儀式ではないので帝冠こそ身につけていらっしゃらないが、豪奢な服装は一分の隙もなく、高い位を表現していた。少し太った身体も、たくわえられた髭も、すべてが皇帝らしく見える。
皇帝とはすなわち、地上の最高権力者。五爵百官十六士の頂点に立ち、全人類を統治する絶対の存在。生きながらにして神に等しい身分なのだ。俺は緊張混じりに頭を下げる。
「陛下におかれましては、ごきげんうるわしゅう━━」
「よい、挨拶ははぶけ」
鷹揚におっしゃられたのは、ひとえに親子の情愛を示したものだったろう。俺はこの父が嫌いではなかった。幼い頃にはずいぶん可愛がられた記憶もある。
「されば━━ご報告したき儀があり、まかりこしてございますれば、そのまえにひとつ、陛下にお訊ねしたいことがございます」
「なんだ」
「陛下はご存知でしょうか、『カーマクゥラの御前』という存在を」
ピクリと陛下の頬が反応した━━知っているのだ。だが陛下は首を横にふった。
「そのような存在を、帝国政府は公式に認めていなかったはずだが、ディートハルト、そちはよもや、世迷言を述べるためにこの場をもうけたのか?」
知らぬていをなさっているだけだ。だが俺とて引くわけにはいかない。この場で手柄をたてて帰らないことには、自分自身の身のふりかたさえおぼつかなくなる。
「…私は『カーマクゥラの御前』の正体をつきとめましてございます」
「まて、ディートハルト」
「きゃつの正体は━━」
「ディートハルトォ!」
陛下が唐突に立ち上がり、謁見の間に雷声を響かせた。はっと驚き身動きできずにいると、陛下は怒りをにじませた声でおっしゃられた。
「それ以上は聞きたくない。下がれ!」
そう言われて、さすがに食いさがれるものではない。また、食いさがったところで、衛兵につまみ出されるのがオチだ。俺は頭を下げて退室するしかなかった。
だが━━謁見の間を出たあとで気づく。あのやりとりは、あからさまに異常だった。
なぜああまで怒りを見せる必要があったのだ。陛下の性格以前に、そもそも皇帝は感情を表に出したりしないものだ。陛下がそれをおわかりにならないはずがない。だとしたら━━。
「ディートハルト殿下」
廊下にたたずむ俺に、そのとき声をかけてきたのは侍従長のシュルマン子爵だった。
「別室にご案内いたします」
言われるがままにあとをついていくと、やがて俺は内裏(皇帝の居住スペース)にある部屋へ通された。部屋の中でソファに腰かけてしばらく待っていると、やがてそこに皇帝陛下が現れた。
驚く俺を前に、陛下は重いため息をつかれた。
「なんという軽率な真似をしたのだ、ディートハルト」
「け、軽率、ですか」
「親衛隊や衛兵のいる場所で、カーマクゥラの名を出すとは」
「…!やはりご存知だったのですか」
「知らぬわけがなかろう。帝国最大の権力者を」
ソファの対面に腰かけて、陛下は首をふった。俺は阿る意図なく、思わず言ったものだ。
「最大、というのは誇大でしょう。帝国最大の権力者は、陛下ご自身であらせられます」
「最高権力者と、最大の権力者では意味が違う」
その陛下の発言をはかりかねて、俺は考え込んだ━━考え込もうとしたところで、陛下が驚きを混じえて言う。
「ディートハルト、そなた、まさか本当にわかっていないのか?」
はあ、と陛下がため息をついた。
「それで今日のあの謁見か。なるほど、そうか…」
「いったい、なんだというのです」
「ディートハルト、そなたは第3皇子、それも側室の子だ。そなたが帝位を継ぐことは決してあるまい。そう思って、余は帝位の代わりに、できる限りの自由をそなたに与えたつもりだ。好きなことを学ばせ、好きなように過ごすことを許してきた。だが━━それは余の誤りであった」
俺はいま、陛下に失望されているのか?
俺の気持ちを察して、陛下は優しく首をふる。
「いや、そなたに責のあることではない。ただ、少なくとも帝室のもつ権力について、それくらいは学ばせるべきだった」
「それは━━」
まったく話が見えないでいる俺に対して、陛下はやがて、深くうなずいた。
「…うむ、今からでも遅くはない。軽く教えておくとしよう」
それから陛下が話してくださった内容は、俺を驚愕させるのに充分なものだった。俺は結局、なにもわかっていなかったのだ。陛下のおっしゃるように、俺は自由と引き換えに、政治を学ぶ機会を失してきたのだ。
そのことを俺はこの日、思い知ることになる。
「第3皇子、ディートハルト殿下の御成ーっ」
かけ声と同時に、謁見の間の重い扉が開く。場所が謁見の間だったのは、皇帝陛下に対する報告があるという申請をしてあったからだ。普段であれば庭園やサロンなどで会うことができる。
「よう参った、ディートハルト。して、今日は何用があったのだ」
45歳になる陛下の声は、たいていの貴族よりも重く響く。あえてそういった発声をされているのだ。権威を示すために。いまは儀式ではないので帝冠こそ身につけていらっしゃらないが、豪奢な服装は一分の隙もなく、高い位を表現していた。少し太った身体も、たくわえられた髭も、すべてが皇帝らしく見える。
皇帝とはすなわち、地上の最高権力者。五爵百官十六士の頂点に立ち、全人類を統治する絶対の存在。生きながらにして神に等しい身分なのだ。俺は緊張混じりに頭を下げる。
「陛下におかれましては、ごきげんうるわしゅう━━」
「よい、挨拶ははぶけ」
鷹揚におっしゃられたのは、ひとえに親子の情愛を示したものだったろう。俺はこの父が嫌いではなかった。幼い頃にはずいぶん可愛がられた記憶もある。
「されば━━ご報告したき儀があり、まかりこしてございますれば、そのまえにひとつ、陛下にお訊ねしたいことがございます」
「なんだ」
「陛下はご存知でしょうか、『カーマクゥラの御前』という存在を」
ピクリと陛下の頬が反応した━━知っているのだ。だが陛下は首を横にふった。
「そのような存在を、帝国政府は公式に認めていなかったはずだが、ディートハルト、そちはよもや、世迷言を述べるためにこの場をもうけたのか?」
知らぬていをなさっているだけだ。だが俺とて引くわけにはいかない。この場で手柄をたてて帰らないことには、自分自身の身のふりかたさえおぼつかなくなる。
「…私は『カーマクゥラの御前』の正体をつきとめましてございます」
「まて、ディートハルト」
「きゃつの正体は━━」
「ディートハルトォ!」
陛下が唐突に立ち上がり、謁見の間に雷声を響かせた。はっと驚き身動きできずにいると、陛下は怒りをにじませた声でおっしゃられた。
「それ以上は聞きたくない。下がれ!」
そう言われて、さすがに食いさがれるものではない。また、食いさがったところで、衛兵につまみ出されるのがオチだ。俺は頭を下げて退室するしかなかった。
だが━━謁見の間を出たあとで気づく。あのやりとりは、あからさまに異常だった。
なぜああまで怒りを見せる必要があったのだ。陛下の性格以前に、そもそも皇帝は感情を表に出したりしないものだ。陛下がそれをおわかりにならないはずがない。だとしたら━━。
「ディートハルト殿下」
廊下にたたずむ俺に、そのとき声をかけてきたのは侍従長のシュルマン子爵だった。
「別室にご案内いたします」
言われるがままにあとをついていくと、やがて俺は内裏(皇帝の居住スペース)にある部屋へ通された。部屋の中でソファに腰かけてしばらく待っていると、やがてそこに皇帝陛下が現れた。
驚く俺を前に、陛下は重いため息をつかれた。
「なんという軽率な真似をしたのだ、ディートハルト」
「け、軽率、ですか」
「親衛隊や衛兵のいる場所で、カーマクゥラの名を出すとは」
「…!やはりご存知だったのですか」
「知らぬわけがなかろう。帝国最大の権力者を」
ソファの対面に腰かけて、陛下は首をふった。俺は阿る意図なく、思わず言ったものだ。
「最大、というのは誇大でしょう。帝国最大の権力者は、陛下ご自身であらせられます」
「最高権力者と、最大の権力者では意味が違う」
その陛下の発言をはかりかねて、俺は考え込んだ━━考え込もうとしたところで、陛下が驚きを混じえて言う。
「ディートハルト、そなた、まさか本当にわかっていないのか?」
はあ、と陛下がため息をついた。
「それで今日のあの謁見か。なるほど、そうか…」
「いったい、なんだというのです」
「ディートハルト、そなたは第3皇子、それも側室の子だ。そなたが帝位を継ぐことは決してあるまい。そう思って、余は帝位の代わりに、できる限りの自由をそなたに与えたつもりだ。好きなことを学ばせ、好きなように過ごすことを許してきた。だが━━それは余の誤りであった」
俺はいま、陛下に失望されているのか?
俺の気持ちを察して、陛下は優しく首をふる。
「いや、そなたに責のあることではない。ただ、少なくとも帝室のもつ権力について、それくらいは学ばせるべきだった」
「それは━━」
まったく話が見えないでいる俺に対して、陛下はやがて、深くうなずいた。
「…うむ、今からでも遅くはない。軽く教えておくとしよう」
それから陛下が話してくださった内容は、俺を驚愕させるのに充分なものだった。俺は結局、なにもわかっていなかったのだ。陛下のおっしゃるように、俺は自由と引き換えに、政治を学ぶ機会を失してきたのだ。
そのことを俺はこの日、思い知ることになる。
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