上 下
38 / 46

37 大貴族の落日7(ハーロルト視点)

しおりを挟む
 カリーナを手に入れるための策謀は着々と進行しつつあった。儂はこの日、屋敷の執務室に4人の人間を招き入れた。ひとりは御用商人デニス・ガイガー。さらにラングハイム派の両翼、カウニッツ侯とアメルハウザー公。そして嫡男のアルフォンスだ。

 だが意外なことに執務室は紛糾した。

「ありったけの資金を用意するのだ。大丈夫だ、ラングハイム家が保証する。南部はこの儂がおさえておるのだ、なんの心配もいらん!」

 儂が力説するも、デニスの表情は晴れなかった。

「しかし公爵閣下、ほんとうに南部全域の統制がとれているのでしょうか」 

「なんだ、貴様はラングハイム家の━━この儂の影響力を軽んじておるのか?」

 ジロリと睨むと、デニスは恐縮する。だが儂の腹の虫はおさまらなかった。

「貴様、汚らわしき商人の分際で、儂を侮るつもりなのか。このハーロルト・フォン・ラングハイムの判断に、疑念をもつのか!」

「そ、そのようなつもりは」

「父上、ガイガーどのの言うことをもう少し聞いてやってください」

 ふいにアルフォンスが口をはさんだので、儂は虚をつかれた思いだった。

「なんだ、アルフォンスまで」

「父上、これは私がつかんだ情報なのですが、近ごろ帝国内の伯爵家が結託し、物価をコントロールしているフシがあるのです」

 このアルフォンスの発言には、さすがの儂も驚愕した。まさか賢いアルフォンスが、そのようなことを言い出すとは思ってもみなかったのだ。

「アルフォンス、何を言い出すのだ。言うに事欠いて伯爵家だと?やつらは建国前、土豪も同然だった小領主で、いまも祝儀不祝儀の費用を捻出するのにも、いちいち困るような貧しい連中だ。儂に逆らうような度胸があると思うか?また、逆らってみたところで何が出来るというのだ」

「一頭の獅子に率いられた羊の群れは、一頭の羊に率いられた獅子の群れを駆逐すると申します」

「獅子などどこにいる」

「カーマクゥラの御前を名乗る男がおります」

「なんだそいつは」

 はじめて聞いた名に、戸惑いを隠せなかった。だがアルフォンスは真剣な表情だ。

「私も最近になってようやくその正体を掴んだのです。伯爵家を扇動し、物の値段をつりあげて、利益を吸い上げている黒幕。その組織をカーマクゥラというのです」

「バカバカしい、とんだ陰謀論に取り憑かれたものだな、アルフォンス。賢い人間ほど、思春期になるとそういった陥穽かんせいにはまり込むのだ」

「これは陰謀論などではありません!」

 必死になるアルフォンスを見ていると、笑いがこみあげてきた。すまし顔の優等生かと思えば、意外とかわいいところがあるではないか。

「父上、カーマクゥラの御前は実在します。かの組織は、高い能力を有した四天王をかかえており…」

「わかったわかった、その話は後で聞いてやる。それよりもアメルハウザー公、デニスに言ってやれ!南部諸侯はラングハイム家のもとにまとまっていると。完全な一枚岩なのだとな!」

 ところがアメルハウザーの魯鈍ろどん野郎は、なにやらモジモジしていた。

「あのう、そのう、な、南部は、南部の貴族は…」

「なんだ、いつにもましてトロいではないか。馬鹿に磨きがかかったか?」

 せせら笑うと、今度はカウニッツ侯が口をはさむ。

「ラングハイム公、そのおっしゃりようは流石に。アメルハウザー公は、官職こそ帝国宰相よりも下位ですが、公爵ですぞ」

「ふん、そやつがプライドを踏みにじられて、儂を裏切るとでも言うのか?アメルハウザー公にそのような気概があれば、儂は10年はやく今の立場を手に入れておったわ。そいつは役にも立たぬ腰抜けよ」

 少し前まではアメルハウザーにも気を遣っていた儂だが、それも地位が盤石になるまでのこと。いまや敵がいなくなった儂がアメルハウザーごときに気を遣う道理がない。

 するとアメルハウザーは流石に顔を真っ赤にしたが、次に飛び出したやつのセリフがケッサクだった。

「な、南部諸侯はラングハイム家のもとにまとまっていますっ。完全な一枚岩でございます!」

「クハハハっ、聞いたか、あれだけ馬鹿にされて、ラングハイム家に従うとな。アメルハウザー家を含む、南部諸侯は一枚岩だと宣言しおったわ!」

 馬鹿だがその忠誠心は信用してやってもよい。とくに最近、この屋敷に日参にっさんして、ご機嫌うかがいをしてくる姿は殊勝しゅしょうなものだ。これだからアメルハウザー公を切り捨てられぬ。誰だって自分になついてくるペットは、かわいいものなのだ。

 儂はデニスに向き直った。

「どうだ、諸侯の地盤固めを任せておるアメルハウザー公もこう言っている。南部の綿花は儂の号令があるまで出荷を見合わせるわ。これで市場の綿花を買い占めれば、あとはグレッツナー伯に、こちらの言い値で売ることができる。近ごろ豊かなグレッツナー家から、すべての財産をしぼりとることができるのだぞ」

 絶対に儲かる話に乗らない馬鹿はいない。儂はデニスに詰め寄った。だがまだやつは渋い顔をしている。

「…南部の統制が本当に完全であるか、やはり確信がもてないのです。アメルハウザー公爵さまのご判断では、いささか不安が多うございます」

「ウハハハっ、アメルハウザー公、おぬしはいち商人にまで馬鹿にされておるわ!」

「いえ、けしてそのようなつもりは…」

「そのようなつもりだろうが。だが安心せよ、アメルハウザー家は南方貴族の名家だ。わがラングハイム家以上に、諸侯とのつながりは深く、豊かなのだ。それにアメルハウザー公がこのとおりのでも、その家来まで馬鹿ぞろいではあるまい。実務を取り仕切っている家令のエルマーは優秀な男だぞ」

 結局、儂は渋るデニスを押し切って、ラングハイム家のもつ家財を担保に現金を用意させた。いくらラングハイムが豊かとはいえ、常に現金をたくわえているわけではないのだ。たいていは土地や美術品として、財産を保有している。

 全財産を抵当にいれたのは過剰かもしれないが、この大勝負でいざというときに種銭を切らすわけにはいかない。デニスの情報によれば、意外なくらいグレッツナー家の資産は多いのだ。勝てば賭金は倍にもなって戻ってくる。そして必ず勝つのだからなんの心配もいらない。

 なによりも━━追い詰められたグレッツナー伯が、カリーナを差し出して許しを乞う姿を想像するだけで、儂の全身に高揚感がみなぎった。

 儂にはもはや、手に入れられないものなどないのだ。儂は神に選ばれた、特別な人間なのだから。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

悪役令嬢、第四王子と結婚します!

水魔沙希
恋愛
私・フローディア・フランソワーズには前世の記憶があります。定番の乙女ゲームの悪役転生というものです。私に残された道はただ一つ。破滅フラグを立てない事!それには、手っ取り早く同じく悪役キャラになってしまう第四王子を何とかして、私の手中にして、シナリオブレイクします! 小説家になろう様にも、書き起こしております。

完結 嫌われ夫人は愛想を尽かす

音爽(ネソウ)
恋愛
請われての結婚だった、でもそれは上辺だけ。

完結 若い愛人がいる?それは良かったです。

音爽(ネソウ)
恋愛
妻が余命宣告を受けた、愛人を抱える夫は小躍りするのだが……

【完結】転生地味悪役令嬢は婚約者と男好きヒロイン諸共無視しまくる。

なーさ
恋愛
アイドルオタクの地味女子 水上羽月はある日推しが轢かれそうになるのを助けて死んでしまう。そのことを不憫に思った女神が「あなた、可哀想だから転生!」「え?」なんの因果か異世界に転生してしまう!転生したのは地味な公爵令嬢レフカ・エミリーだった。目が覚めると私の周りを大人が囲っていた。婚約者の第一王子も男好きヒロインも無視します!今世はうーん小説にでも生きようかな〜と思ったらあれ?あの人は前世の推しでは!?地味令嬢のエミリーが知らず知らずのうちに戦ったり溺愛されたりするお話。 本当に駄文です。そんなものでも読んでお気に入り登録していただけたら嬉しいです!

悪役令嬢が死んだ後

ぐう
恋愛
王立学園で殺人事件が起きた。 被害者は公爵令嬢 加害者は男爵令嬢 男爵令嬢は王立学園で多くの高位貴族令息を侍らせていたと言う。 公爵令嬢は婚約者の第二王子に常に邪険にされていた。 殺害理由はなんなのか? 視察に訪れていた第一王子の目の前で事件は起きた。第一王子が事件を調査する目的は? *一話に流血・残虐な表現が有ります。話はわかる様になっていますのでお嫌いな方は二話からお読み下さい。

悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!

ペトラ
恋愛
   ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。  戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。  前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。  悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。  他サイトに連載中の話の改訂版になります。

バグ発見~モブキャラの私にレベルキャップが存在しなかった~

リコピン
恋愛
前世の記憶を持ちながら、「愛と冒険」の乙女ゲームの世界に転生したミア。モブキャラなことを自覚して一人ダンジョンに挑む日々。そこで出会ったのは、ゲーム主人公でも攻略対象者達でもなく、一番馴染み深いキャラ、ブレンだった。 ひたすら強さを求めるブレンの姿にミアの中に生まれた感情。溢れる衝動が、彼女を突き動かす。 彼女が彼に求めたもの。彼が彼女に求めるもの。 歪な形で始まった二人の関係は、歪なままに育っていく― ※序章、前編6話、後編5話、終章くらいの予定です  (1話は書けた分からアップするので、1-1,1-2のように分割になります) ※R15は残酷描写(人を奴隷扱いする)が含まれるためです ※結果的に「ざまぁ」になる人が居るので大団円ではありません。お気をつけ下さい。

処理中です...