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34 鎌倉四天王(カリーナ視点)

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 御前さまの乗った馬車がグレッツナー家の上屋敷に到着したとき、私は安堵のため息をもらしました。

 さっそくコンラートさまと共に、御前さまを出迎えます。そしてこの目で御前さまの無事な姿を確認したとき、思わず涙がこぼれたものです。

「まあまあ…ご無事で本当にようございました」

「ハッハッハ、カリーナはずいぶん心配性だね。ハンナは街へ買い物に出かけただけだろう?」

 妹君の正体を知らないコンラートさまが、朗らかに笑います。もし御前さまが暗殺未遂事件から生還したばかりだと知ったら、優しいコンラートさまは、卒倒そっとうしてしまうのではないかしら。

「お義姉さま、心配をおかけしました。ですがこの通り、私はピンシャンしております。たかだか帝都の中を移動するだけで、大げさなのですよ?」

 ひどく冷たい目をして、御前さまがおっしゃいました。私たち『四天王』の判断で裏影を動かしたことをとがめてらっしゃるのです。

「ハンナさまがいつも護衛はいらないとばかりおっしゃるから、今回は勝手をいたしました。申し訳ございません」

 私が深く頭を下げると、コンラートさまが割って入ります。

「おいおい、なんの話かはわからないが、家族同士で頭を下げるなんて、水くさいじゃないか。ハンナも、義姉に頭を下げさせるものではないよ。それじゃ、悪い小姑そのものだ」

「お兄様にはかないませんね。それではこの件はこれで水に流しましょう」

 御前さまの言葉に偽りはないでしょう。このお方は、兄であるコンラートさまにだけは驚くほど素直なのです。

 それだけコンラートさまの人徳が優れているからなのですが、御前さまのコンラートさまに向ける感情は、もはや信仰といって良いほどのものです。コンラートさまの前でだけ従ったふりをすることはありえません。私たちが勝手に裏影を使った件は、完全に不問となったようです。

 コンラートさまとともに歩みだした御前さまの背中を見送りながら、私は『辣腕』に問います。

「クラウスどの、本当に御前さまに危険は及ばなかったのですね?」

「当然でしょう、『全知』が直接、護衛の指揮をとったのですから」

 クラウスどのがフリッツどのに向ける信頼も、この1年でずいぶん高まったようです。二つ名を肯定するくらいには。

 御前さまはこの1年、帝国中から様々な人材をカーマクゥラに登用しましたが、結局、二つ名で呼ばれ、四天王と目されることになったのはでした。

 すなわち━━

『辣腕』クラウス・ベッケラート

『全知』フリッツ・ギンスター

『手配師』フーゴ・クレッチェマン

 そして…。

「『相場の神様』カリーナ・フォン・グレッツナーとしてはどう思われますか?ノイマイヤー家について…」

 クラウスどのが問います。私もカーマクゥラの仕事を手伝ううちに、大げさな二つ名で呼ばれるようになってしまいました。

「砂糖の相場はあと半年かけて、さらに5割ほど下がりましょう。ノイマイヤー侯は、暗殺者を雇う余裕すらなくなるでしょうね。これが最期のです。ずいぶん無駄なあがきでしたけれど」

 ですが無駄に終わったのは、私たちが御前さまに黙って裏影を動かしたから…。もし御前さまの意に素直に従っていたら、いまごろノイマイヤー侯のほうが祝杯をあげることになっていたでしょう。

「問題は御前さまのこれからの安全についてです」

 私が指摘すると、クラウスどのがうなずきます。

「御前さまとて、ご自身の置かれた状況を理解していないはずはないのでしょうが、どうしてあれほど護衛を嫌がられるのか」

「護衛だけのことではありません」

 私がため息をつくと、これまたクラウスどのがうなずきました。

 そう、問題の根本にあるのは、御前さまがご自分のことを大切にしてくれない、ということなのです。

 御前さまの身体は少し痩せすぎています。そして14歳の少女としては、背丈も低い。それはあの方が、ろくに食事をとっていないせいなのです。

 1日1食、パンをひとつ、スープをひと皿というような食事を、ずっと続けています。もう少し召し上がるようにすすめても「アタシはいらないんだよ」とひとこと言ってしりぞけられてしまう。

 おまけに朝から晩までずっと仕事をしどおしで、『全知』からの報告によると、夜中も本を読んで過ごしているそうなのです。ようやく朝方になってうつらうつらとしたかと思えば、すぐに目を覚まして、屋敷のメイドよりも早く仕事をしはじめる。

 すでにカーマクゥラは人材を育てはじめておりますから、少しは組織の人間に仕事を任せて休まれるようにとすすめたのですが、御前さまはやはり「アタシは眠たくないんだよ」とだけ言って、しりぞけられてしまうのです。

「あんな調子では、御前さまはいつか倒れてしまわれますわ」

「さて、それが難題です。旦那さまからひとこといさめていただこうかともかんがえたのですが、御前さまにはひどく嫌がられましてな」

「なんと?」

「コンラートに言ったらアンタたちは全員クビだ、と」

「でしたらクビになる不安がない、義姉の私がコンラートさまにお願いしましょうか?」

 提案すると、クラウスどのは首を横に振ります。

「どうやら御前さまは、旦那さまに知られたくないと、切実に思ってらっしゃるようで。…ずるいものです、こういうときだけは隠し事をする14歳の子どもの顔になられる。あの顔を見たら、御前さまのご意思を無視することははばかられましてな」

 これだから殿方は…。

「ですが、あまり根を詰められるようなら、甘やかしてばかりもいられないでしょう?私の方からコンラート様に申し上げることにします」

 その夜、私はコンラートさまに相談しました。結果はてきめんで、翌日から御前さまは少し眠られるようになったようです。

 そのかわり私はずいぶんお叱りを受けることになったわけですが…。
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