上 下
24 / 46

23 逢瀬

しおりを挟む

 連合の会長と会談といったって、立場的にはこっちが上だ。なんせ相手は中小の商人をまとめるギルドの会長なわけで、たいして資金力があるわけじゃない。

 むしろ免税札を与えることで、こっちが恩を売れる立場なんだ。だから、多少、遅れていくぶんには問題ない。

 だからといって、あまり待たせすぎると、中小をあなどる尊大な態度を嫌われるだろうし、約束をスッポカスなんざ問題外さ。これから友好関係を築いて、互いに大きくなっていこうという間柄なんだしね。

 そんなわけで急いで馬車に乗り込んだアタシの、その隣には━━なぜかカリーナがいる。

「その殿方とはいつお知り合いになりましたの?」

 目をキラキラさせながらカリーナが聞いてくる。恋人の話は全部嘘っぱちなんだが。

「そ、そんなことより、大丈夫なんですか?一緒に屋敷を抜け出したりして…」

「いつも抜け出してますから、大丈夫ですわ。バレたことなんかありませんもの!」

 こいつも同じ穴のムジナかい!

 しかしナンだねえ、十代の娘ってのは、どうしてこう色恋沙汰が好きなんだろう。恋人と逢瀬するってデタラメを吹き込んだら、付いていくといって聞かないんだから。そりゃもう、蹴飛ばさないかぎり振り払えないような勢いだったよ。

「相手のかたは、どういうお方ですの?」

 カリーナが好奇心丸出しで質問してくる。だけどアタシはこの状況に混乱していた。まともに答えられる精神状態じゃない。そんな有様で答えをひねり出すとこうなる━━。

「…ええと、49歳の男性で、職業は実業家。妻と5人の子どもに恵まれ、このあいだ初孫が生まれたとか…」

「大丈夫なんですの、そのひと!」

 あっ、これから会うオスカーの情報を喋っちまった。カリーナが目をむいて迫ってくる。

「孫までいらっしゃるのに、13歳の娘に手を出すなんて…。ハンナさま、あなた騙されているのでは」

「あ、いや…。み、道ならぬ恋なればこそ燃えあがるものですから」

「これはもう、相手の殿方を確かめずにはいられませんわ!」

 無理もない反応を示すカリーナを横目に、アタシゃため息をついた。どうしよう。このままついてこられちゃ、鎌倉の御前の正体がバレちまう。頭を抱えたくなったアタシの耳元に、ささやき声がきこえた。

「…御前さま、もしかして、お困りなのですか」

 ん?この声は、フリッツだ。

「…緊急のご様子なので、失礼させていただきました。この声は御前さまにしか聞こえないはずです」

 言われて、アタシはキョロキョロと見回したが、フリッツがどこにいるのかまったくわからない。本物の忍者だよ、こりゃあ。

 だけどフリッツなら…。フリッツならなんとかしてくれるかもしれない。よくできた部下だよ、本当に。アタシゃ、涙が出そうになったねえ。

「…御前さま、色々訊ねますので、イエスなら1回、ノーなら2回、座席の背もたれを叩いてください」

 フム、それならカリーナに不自然に思われずにすむ。アタシは背もたれを1回叩いた。

「御前さまはお困りですか?」

 1回叩く。

「この女が邪魔なのですか?」

 やはり1回叩く。

「……しますか?」

「馬鹿かお前は!」

 思わず大声で怒鳴っちまった。カリーナが心配そうにアタシを見ている。どうしよう、この空気。アタシはもうしどろもどろだ。

「いえ、その、最近すこしストレスが溜まっていて…」

「すとれす、というのが何かはわかりませんが━━やはり相手の殿方に問題があるのでは」

「ええと、そ、そういえばカリーナさまには、良いお相手がおりませんの?」

 話題を変えるんだ、とにかく話を━━。

「…私はつまらない女ですから。ハンナさまのように、貴族社会の外に居場所をみつけることができませんでした」

「は、はあ」

「貴族にとっては、色恋なんて物語の中の出来事ですわ。親が決めた縁談に従い、良き妻になることに努める。それが正しいことだと、信じるしかありません」

 あぁ…。これは良くわかる話さ。日本でも、ほんの7、80年前まではそれがあたりまえだった。アタシだって、前世の夫とは親同士の話し合いで結婚した。有り難いことに、夫は尊敬できる人だったけど、あれは色恋じゃなかったねえ。思えばアタシは、恋をしたことがない。

「それならせめて、お父様と、アスペルマイヤー領の民たちのためになる結婚をしようと思ったのですが」

 その結果、自分が不幸になるのだとわかっていても、か。カリーナはまるで聖女さね。皮肉じゃなく、アタシはそう感じた。こういう女には、幸せになってほしいもんだ。

「━━それが恋じゃなくても、せめて尊敬できるような殿方に、お心当たりはありませんか?」

 アタシゃなんだか、世話焼き婆さんの気持ちになっていた。いずれアタシが昇りつめたら、カリーナの縁談を世話してやろう。するとカリーナは少し考え込んだあと━━

「そうですわね、それなら、グレッツナー伯爵さまでしょうか」

 ━━と言った。

「ウーン、私が妹だからといって、なにもそんなお世辞は…」

「いいえ、グレッツナー伯さまは素晴らしいお方です。温厚で誠実、しかも名君でおられるわ」

 『名君』はアタシの作った虚像だけど、その他はまあ、的を得ている。お世辞ならこういう言葉が出てくるだろ。

 だけどカリーナの眼差しは真剣だった。

「私は先日のパーティーでグレッツナー伯にお会いしたとき、驚きましたの。父がグレッツナー伯に、カーマクゥラの御前を紹介してくださったお礼を言ったとき、グレッツナー伯はただただ、父の成功を喜んでらしたわ。これは出来そうで出来ないことですのよ。グレッツナー伯は、アスペルマイヤー家の救世主ですから。常人であれば、恩を売ろうとするか、そうでなくても自らの功をほこって尊大になるものです。けれどグレッツナー伯は、ただ『よかったですな』と微笑まれて…」

「わかります」

 それしか言葉が出てこなかった。アタシと初めて会ったとき、コンラートはただ喜び、ただ泣いた。

━━これからはこの屋敷がおまえの家だ。

 アタシを伯爵家に迎え入れ、それでいて少しも恩着せがましいことは言わず、グレッツナー家の財政にかかわろうとするアタシに自由裁量を与えた。

 こんな貴族は、たぶん他にいない。コンラートはカリーナに負けず劣らずの善人さ。アタシはね、こういう人間が損をするのはガマンならないんだよ。

 彼らを救うことが、前世の罪滅ぼしになんかならないってわかっていても。

「ハンナさま、どうしましたの?お顔が怖いですわ」

「あ、いえ…」

 ハッとしてとりつくろおうとすると、ふいに馬車が止まった。窓の外を見ると、そこに会談場所の高級宿が建っている。

「しまった!」

 つい話し込んでいるうちに、目的地に到着してしまった。どうしよう、カリーナをそのまま連れて歩くわけにはいかない。

「…御前さま、大丈夫です」

 耳元でフリッツの声が聞こえた。

「…御前さまはこのまま、一目散に宿へ飛び込んでください。あとはこちらで処理します」

 処理って、まさかカリーナを殺す気じゃないだろうね。不安をぬぐいされないアタシの目に、窓の外に待機するの姿が飛び込んできた。ヨシ、それなら宿へ飛び込もう。

「ハンナさま!?」

 馬車から降りるなり、駆け出したアタシにカリーナが驚く。だけど振り返ることなく、宿の建物に入ってしまうと、外でなにやらもめごとが起きていた。

「カリーナさま、ようやく見つけましたぞ。こういうことをなさっては困ります!」

 たぶんフリッツが連絡していたんだろう、クラウスの声だ。

「で、ですけどハンナさまがっ」

「ハンナお嬢様は別の者に保護させております。さあ、カリーナさまもお屋敷にお戻りください。あなたの身になにかあれば、わがグレッツナー家の信用問題になります」

 クラウスがうまいことカリーナを言いくるめているのを確認して、アタシは予約してある部屋へと向かう。いずれカリーナとは話をする機会をもうけよう。

 盛大な誤解も解かなくちゃならないしねえ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!

ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、 1年以内に妊娠そして出産。 跡継ぎを産んで女主人以上の 役割を果たしていたし、 円満だと思っていた。 夫の本音を聞くまでは。 そして息子が他人に思えた。 いてもいなくてもいい存在?萎んだ花? 分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。 * 作り話です * 完結保証付き * 暇つぶしにどうぞ

悪役令嬢、第四王子と結婚します!

水魔沙希
恋愛
私・フローディア・フランソワーズには前世の記憶があります。定番の乙女ゲームの悪役転生というものです。私に残された道はただ一つ。破滅フラグを立てない事!それには、手っ取り早く同じく悪役キャラになってしまう第四王子を何とかして、私の手中にして、シナリオブレイクします! 小説家になろう様にも、書き起こしております。

【完結】復讐に燃える帝国の悪役令嬢とそれに育てられた3人の王子と姫におまけ姫たちの恋愛物語<キャラ文芸筆休め自分用>

書くこと大好きな水銀党員
恋愛
 ミェースチ(旧名メアリー)はヒロインのシャルティアを苛め抜き。婚約者から婚約破棄と国外追放を言い渡され親族からも拷問を受けて捨てられる。  しかし、国外追放された地で悪運を味方につけて復讐だけを胸に皇帝寵愛を手に復活を遂げ。シャルティアに復讐するため活躍をする。狂気とまで言われる性格のそんな悪役令嬢の母親に育てられた王子たちと姫の恋愛物語。  病的なマザコン長男の薔薇騎士二番隊長ウリエル。  兄大好きっ子のブラコン好色次男の魔法砲撃一番隊長ラファエル。  緑髪の美少女で弟に異常な愛情を注ぐ病的なブラコンの長女、帝国姫ガブリエル。  赤い髪、赤い目と誰よりも胸に熱い思いを持ち。ウリエル、ラファエル、ガブリエル兄姉の背中を見て兄達で学び途中の若き唯一まともな王子ミカエル。  そんな彼らの弟の恋に悩んだり。女装したりと苦労しながらも息子たちは【悪役令嬢】ミェースチをなだめながら頑張っていく(??)狂気な日常のお話。 ~~~~~コンセプト~~~~~ ①【絶対悪役令嬢】+【復讐】+【家族】 ②【ブラコン×3】+【マザコン×5】 ③【恋愛過多】【修羅場】【胸糞】【コメディ色強め】  よくある悪役令嬢が悪役令嬢していない作品が多い中であえて毒者のままで居てもらおうと言うコメディ作品です。 くずのままの人が居ます注意してください。  完結しました。好みが分かれる作品なので毒吐きも歓迎します。  この番組〈復讐に燃える帝国の悪役令嬢とそれに育てられた3人の王子と姫とおまけ姫たちの恋愛物語【完結】〉は、明るい皆の党。水銀党と転プレ大好き委員会。ご覧のスポンサーでお送りしました。  次回のこの時間は!! ズーン………  帝国に一人男が過去を思い出す。彼は何事も……うまくいっておらずただただ運の悪い前世を思い出した。 「俺は……この力で世界を救う!! 邪魔をするな!!」  そう、彼は転生者。たった一つの能力を授かった転生者である。そんな彼の前に一人の少女のような姿が立ちはだかる。 「……あなたの力……浄化します」 「な、何!!」 「変身!!」  これは女神に頼まれたたった一人の物語である。 【魔法令嬢メアリー☆ヴァルキュリア】○月○日、日曜日夜9:30からスタート!!    

悪役令嬢が死んだ後

ぐう
恋愛
王立学園で殺人事件が起きた。 被害者は公爵令嬢 加害者は男爵令嬢 男爵令嬢は王立学園で多くの高位貴族令息を侍らせていたと言う。 公爵令嬢は婚約者の第二王子に常に邪険にされていた。 殺害理由はなんなのか? 視察に訪れていた第一王子の目の前で事件は起きた。第一王子が事件を調査する目的は? *一話に流血・残虐な表現が有ります。話はわかる様になっていますのでお嫌いな方は二話からお読み下さい。

【完結】悪役令嬢になるはずだった令嬢の観察日記 

かのん
恋愛
 こちらの小説は、皇女は当て馬令息に恋をする、の、とある令嬢が記す、観察日記となります。  作者が書きたくなってしまった物語なので、お時間があれば読んでいただけたら幸いです。

選ばれたのは私ではなかった。ただそれだけ

暖夢 由
恋愛
【5月20日 90話完結】 5歳の時、母が亡くなった。 原因も治療法も不明の病と言われ、発症1年という早さで亡くなった。 そしてまだ5歳の私には母が必要ということで通例に習わず、1年の喪に服すことなく新しい母が連れて来られた。彼女の隣には不思議なことに父によく似た女の子が立っていた。私とあまり変わらないくらいの歳の彼女は私の2つ年上だという。 これからは姉と呼ぶようにと言われた。 そして、私が14歳の時、突然謎の病を発症した。 母と同じ原因も治療法も不明の病。母と同じ症状が出始めた時に、この病は遺伝だったのかもしれないと言われた。それは私が社交界デビューするはずの年だった。 私は社交界デビューすることは叶わず、そのまま治療することになった。 たまに調子がいい日もあるが、社交界に出席する予定の日には決まって体調を崩した。医者は緊張して体調を崩してしまうのだろうといった。 でも最近はグレン様が会いに来ると約束してくれた日にも必ず体調を崩すようになってしまった。それでも以前はグレン様が心配して、私の部屋で1時間ほど話をしてくれていたのに、最近はグレン様を姉が玄関で出迎え、2人で私の部屋に来て、挨拶だけして、2人でお茶をするからと消えていくようになった。 でもそれも私の体調のせい。私が体調さえ崩さなければ…… 今では月の半分はベットで過ごさなければいけないほどになってしまった。 でもある日婚約者の裏切りに気づいてしまう。 私は耐えられなかった。 もうすべてに……… 病が治る見込みだってないのに。 なんて滑稽なのだろう。 もういや…… 誰からも愛されないのも 誰からも必要とされないのも 治らない病の為にずっとベッドで寝ていなければいけないのも。 気付けば私は家の外に出ていた。 元々病で外に出る事がない私には専属侍女などついていない。 特に今日は症状が重たく、朝からずっと吐いていた為、父も義母も私が部屋を出るなど夢にも思っていないのだろう。 私は死ぬ場所を探していたのかもしれない。家よりも少しでも幸せを感じて死にたいと。 これから出会う人がこれまでの生活を変えてくれるとも知らずに。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

【完結】転生地味悪役令嬢は婚約者と男好きヒロイン諸共無視しまくる。

なーさ
恋愛
アイドルオタクの地味女子 水上羽月はある日推しが轢かれそうになるのを助けて死んでしまう。そのことを不憫に思った女神が「あなた、可哀想だから転生!」「え?」なんの因果か異世界に転生してしまう!転生したのは地味な公爵令嬢レフカ・エミリーだった。目が覚めると私の周りを大人が囲っていた。婚約者の第一王子も男好きヒロインも無視します!今世はうーん小説にでも生きようかな〜と思ったらあれ?あの人は前世の推しでは!?地味令嬢のエミリーが知らず知らずのうちに戦ったり溺愛されたりするお話。 本当に駄文です。そんなものでも読んでお気に入り登録していただけたら嬉しいです!

処理中です...