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12 人に亜ぐもの
しおりを挟むマルコ・シェーンハイトが帰ったあと、アタシは薄暗い部屋の中でしばらく思惟を巡らせていた。
交渉は上手くいった。当たり前さ。こちらが持ちかけた条件は、いまのところシェーンハイトに有利にできている。
これからシェーンハイト商会とグレッツナー家は飛躍するだろう。だけど、だとしたら問題がある。それは「出る杭は打たれる」ってことさね。
やっかいなのは侯爵以上の地位にある大貴族さ。なにせカジノ騒動のとき、たいして金のないグレッツナー家をカモにしようとしたような連中だ。権力のないグレッツナー家が大金をもったら、ケツの毛までむしり取られるのは火を見るより明らかだ。
もちろんそのための対策はすでに考えてある。壮大な計画さ。ただそのためには…。
「クラウス、ちょいと訊ねたいんだけどね」
声をかけたけど、クラウスの返事がない。ついたての裏から顔を出してみると、阿呆のような面つきで突っ立っているクラウスがいた。
「クラウス、しっかりおし!」
「はっ、お、お嬢様…」
「お嬢様と呼ぶのは人前だけでいいよ。いまは御前さまと呼びな」
「はあ」
「はあじゃないよ、まったく。しっかりしておくれ。いまのアタシにゃ、アンタしか使える駒がないんだからね」
「こ、光栄でございます、御前さま」
駒と呼ばれて喜ぶ馬鹿がいたもんだ。だけどこんな馬鹿でも使うより仕方がない。このアタシに弟子入り志願するあたり、ちょっとは目はしが利いた馬鹿だしね。
「クラウス、アタシは情報がほしい。計画を実行するためには、とにかくまずは情報さ」
「それならば屋敷内に書庫がございます」
「そんなの、とっくにあらかた目を通してるよ!そうじゃなくって、生きた情報さ。きのう皇帝陛下がなにを食べたかとか、南方じゃ今年は豊作か不作かとか…」
「それは…諜報機関があつかうような分野でございますね」
「!…あるのかい、諜報機関が」
「それはもちろん、帝国には魔王国という外敵もありますれば」
「フーム」
「しかし御前さま、商売についての情報であれば、シェーンハイト商会を通じて得られるのではございませんか?」
「それじゃ足りないのさ」
「足りない?」
「商会の情報源は、自前の輸送隊や旅商人さ。これじゃ、市井の情報しか集まらない…」
「ご、御前さまはいったい、なにをお考えですか…」
「グレッツナー家の安全保障さ。そのための情報は、貴族の屋敷や王城にある…」
クラウスと会話しながらアタシ自身の考えが整理されたみたいだ。そう、アタシのほしい情報を得ようと思ったら、イチからスパイを養成しなくちゃならないんだ。これは中々の難題だよ。
「どこかにスパイ向きの人材が転がってないモンかねえ」
アタシがため息をつくと、クラウスが手を打った。
「御前さま、それでしたら獣人を使えばよろしゅうございます」
「?…なんだいその、ジュウジュウってのは」
「獣人でございますよ、ケダモノの」
ケダモノ、と言われてピンときた。ああ、そういえば、アタシがまだこの世界で幼かったころ、裏街で見かけたことがある。獣耳や尻尾を生やした人間のことだ。耳の長い娼婦や、労働奴隷の獣耳は、裏街ですら最底辺だった。アタシゃ母親から、彼らに近づかないように言い含められていたっけ。
「あいつらはスパイに向いてるのかい?」
「向いてるなんてものではございません。帝国諜報部の大半は獣人でございます」
クラウスの話を要約するとこうだ。
そもそも獣人やエルフやドワーフという人種は、『亜人』と呼ばれている。書いて字のごとくだね、「人に亜ぐもの」ってんだから。人間以下って意味だ。ようするに被差別階級なんだ。
まさか異世界に来てまで人種差別問題に付き合わされるとは思わなかったね。話を聞いてる限りじゃ、この世界における亜人の扱いはろくなもんじゃない。
市場への出入りが禁止されているから収入源がない。土地の所有が禁じられているために、農耕で自給自足も不可能。亜人が奴隷にならずに暮らすには、狩猟と採集でしのぐしかない。税が免除されているのが唯一の救いだけど、その代わりに年間100日以上の労役に従事する義務がある。
さらには人間族の差別意識にさらされる精神的苦痛…。
アタシゃ前世から、くだらない差別なんざ屁とも思っちゃいなかった。それはアタシにとって、人間を判断する基準がふたつしかなかったからさ。第一に金を搾り取れるかどうか、第二に使えるやつかどうか。
そんなアタシからすりゃ、あらゆる差別はくだらない。差別は現実じゃなくて観念だからね。
現実を見れば、亜人は能力的にはむしろ人間以上の存在なんだ。だけど観念の世界じゃ、数が少なくて優秀な集団は、多数派から不当な差別を受けるもんさ。
それがどれほどの損失か、冷静に考えれば馬鹿馬鹿しくて頭が痛くなるよ。
魔力に恵まれたエルフ、力持ちのドワーフといった具合で、彼らが優秀なだけに、人間族は無意識に畏怖を抱いて差別している。
そのなかでも獣人は、身体能力は俊敏で、おまけに耳と鼻が利く。犬と人間のハイブリッドみたいなやつらさ。ずるいのは視力もマサイ族なみってところだね。どう考えても人間族より優秀だ。
そこで帝家直轄領なんかじゃ、獣人の特性を活かして、諜報活動に従事させているわけさ。諜報活動をする、身分の低い人間。アタシゃ忍者を想像したね。
もちろん諜報部の管理職側はみんな人間族だが、実際にスパイとして活躍するのは獣人ってわけだ。
ひととおりクラウスの話を聞いたアタシは、獣人を雇うというクラウスの案にひとまず納得した。
「なるほどね、その獣人とやらをスカウトするわけかい。となると、帝都の裏街で…」
「とんでもございません!帝都にいる亜人どもはみな奴隷身分。手だしはできません」
「けどそうなると、いったいどこに行けば獣人をスカウトできるんだい」
「なにをおっしゃいます、グレッツナー領には千人規模の獣人集落がございますよ」
「なんだって!」
それを先に言いなってんだ。こんなうまい話があるかい。領内で人材を調達できるなら、外に秘密が漏れる心配もない。こっそりスパイ集団を養成できるって寸法だ。アタシゃ小躍りしたくなったね。すぐにグレッツナー領に発たなけりゃ。
「ですが御前さま」
そのアタシにクラウスがクギをさした。
「獣人はその性、ヒトよりケダモノに近い存在でございます。しょせん畜生の事なれば、能力はともかく、心根ははたして信のおけるものやら…」
「クラウス、アタシゃ自分の目で見たものしか信じない。アンタの言葉はいちおう頭の片隅に置いておくけどね、もし獣人を雇うことになったら、そのときはヤツらをケダモノあつかいしちゃいけないよ」
「ですが…」
なおも食い下がろうとするクラウスを、アタシはニラんでやった。
「アンタが獣人を信じないのも蔑むのも自由だ。だけどアタシの目を信じないってんなら話は別だよ」
「はっ、もうしわけございません」
深く頭を垂れたクラウスを見て、アタシはふと気づいたことがある。
「それにしてもクラウス、アンタの肝も太くなったね。アタシがグレッツナー領で独自の諜報機関を作ると言い出したのに、そのこと自体には反対しないとはね」
「御前さまがグレッツナー家の安全保障のためとおっしゃられるからには、必要があるのでございましょう?」
「なるほど、アタシの能力と、コンラートへの忠誠心だけは絶対的に信じてくれるってわけかい」
「私にとってはそれだけで十分なのでございます」
思えばクラウスは、開拓事業の交渉においても口をはさまずアタシに全権を委任したんだったね。こうなるとアタシも、クラウスへの評価を改めるとしよう。
この封建制社会で生きていながら、アタシのことを女だからと侮らず、子どもなのにと嫉妬せず、くだらないプライドに囚われることなく、弟子入りを申し出る慧眼は只者じゃない。
クラウスはグレッツナー家にとって、欠くべからざる柱石だ。グレッツナー家はこの男を大事にするべきだよ。
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