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触れた指のあたたかさ
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「ちょっと待ってて」
俺を寝室の中に招き入れた鈴原はそう言うと、廊下の奥に消えていった。
「……」
なぜ俺は今ここに居るんだろうか。
ぐるぐると頭の中を高速で回転する行き場のない疑問は、鈴原からの説明を受けるまではストンと落ち着くことは無いだろう。
ダイニングテーブルの横にあるクッションに正座しているのだが、なんだろう。めちゃくちゃ心臓がうるさい。
鈴原の部屋は綺麗に片付いていて、一人暮らしなのにしっかりしてるなぁと感心してしまう。
本棚に目を向けた時、ずらりと並んだ参考書や難しいタイトルの小説を見てちょっとだけそれらに興味が湧いた。
だけど人様の部屋の中をじろじろ見るのはいけないなと思い直し、カバンからスマホを取り出して鈴原を待ったのだった。
しばらくして「尚登ー」と俺を呼ぶ声が廊下から聞こえてきて、スマホを置いて部屋を出ていく。
ひょこっと扉の間から顔を出した鈴原は、制服を脱いで、Tシャツと動きやすそうなゆるいズボンに着替えていた。
「えと…なんで俺ここに連れてこられたのかな…」
小さな声で問いかけると、鈴原は「まー、のちのちのお楽しみってことで」と曖昧に答え、風呂場まで俺の手を引いていく。
「はいじゃ、制服脱いで」
「えっ、ん?脱…は?」
「はは、いい反応」
半ば強引に脱がされた上着とシャツを壁際のフックに引っかけた彼は、風呂場の床に敷かれていたビニールシートの上に椅子を設置して、俺をそこに座らせた。
「何これ」
さっと胸元に掛けられた布と、俺の斜め後ろに立っている鈴原を交互に見つめる。
「なにって、髪切るんだよ」
「は!?」
急だな!?
風呂場の壁にくっついている入れ物からハサミを抜き出すと、くるりと一回転させて微笑む。
「僕自分の髪自分で切ってるから、そこは安心して」
「いや…そういう問題じゃなくて…」
「じゃあどういう問題?」
「……心の準備が出来てない問題…?」
「それならさっさと準備して。僕はもう準備万端だよ」
んなめちゃくちゃな。
仕方なく深呼吸をしたあと、目の前にある鏡を見つめる。
鏡に映った自分は、見てわかるほど陰キャな雰囲気を漂わせていた。
髪は相変わらずボサボサで、鳥の巣のようになっている。
「準備できた?」
「できたけど、髪切るって唐突すぎない?」
「まぁまぁ。あんたの髪の毛やばいからいじってみたいなって思ってたんだよね」
さりげなくディスられたあと、鈴原は片手で水をすくい、服に水が飛ばないよう気をつけながら俺の髪を濡らしていった。
「濡れたらしぼむんだ」
「いや当たり前だろ…」
鈴原は天然なのだろうか。
俺の髪型をさっと整えて遊んだりしたあと、本題といった様子でハサミを構えた。
「切るよ」
返事を待たずにチョキチョキと髪を切り始めた彼はマイペースだ。…マイペースすぎる。
時折頬に触れる指、髪を梳く優しい手つき、チョキチョキと静かな空間に響く音。
そして、だんだんとうるさく鳴っていく心臓。
俺がこの心臓の高鳴りの正体を知るのは、まだまだ先の話である。
▽▽▽▽▽
「はい完成」
「……鈴原…お前天才か…?」
鏡に映ったまるで別人の自分を見て、目を見開いた。もっさりと伸び放題、ハネ放題の髪の毛は、サラサラふわふわに仕上げられていて、目に入ったりして邪魔だった前髪は、綺麗に分けられて目元が良く見えるようになっていた。
「天才って程でもないよ」
俺の変わり様を見て満足気に笑う鈴原は、学校で感じた冷たい面影はもうどこにも無かった。
夢の中にいた彼も、そんな風に柔らかく笑っていたな。
「明日から学校楽しみだね」
たしかに、クラスのやつらがどんな反応をするのか楽しみだ。だけど、それよりも先に…
「うん、でもこれ姉さんが見たらびっくりしそう」
「どうしたのその髪!!」と驚いた顔で騒ぐ姉の姿が頭に浮かび、クスッと笑みが零れた。
「お姉さん居るんだ」
「居るよ、姉と二人暮らし」
「じゃあ見せるの楽しみだね」
「…うん」
数分沈黙がながれたが、心地の良いこの空間は、悪くない。
「…そういやさ」
髪をちまちま整えている鈴原が、ふと口を開いた。
「さっき僕のこと鈴原って呼んだよね」
「……あっ」
内心鈴原のことをそう呼んでいたせいで、全く気づかなかった。
慌てて誤魔化そうとした時、それよりも早く言葉を続けた鈴原は優しい声色で、
「鈴原じゃなくて、桜空って呼んでよ。女っぽい名前だけどさ」
と、言った。
俺を寝室の中に招き入れた鈴原はそう言うと、廊下の奥に消えていった。
「……」
なぜ俺は今ここに居るんだろうか。
ぐるぐると頭の中を高速で回転する行き場のない疑問は、鈴原からの説明を受けるまではストンと落ち着くことは無いだろう。
ダイニングテーブルの横にあるクッションに正座しているのだが、なんだろう。めちゃくちゃ心臓がうるさい。
鈴原の部屋は綺麗に片付いていて、一人暮らしなのにしっかりしてるなぁと感心してしまう。
本棚に目を向けた時、ずらりと並んだ参考書や難しいタイトルの小説を見てちょっとだけそれらに興味が湧いた。
だけど人様の部屋の中をじろじろ見るのはいけないなと思い直し、カバンからスマホを取り出して鈴原を待ったのだった。
しばらくして「尚登ー」と俺を呼ぶ声が廊下から聞こえてきて、スマホを置いて部屋を出ていく。
ひょこっと扉の間から顔を出した鈴原は、制服を脱いで、Tシャツと動きやすそうなゆるいズボンに着替えていた。
「えと…なんで俺ここに連れてこられたのかな…」
小さな声で問いかけると、鈴原は「まー、のちのちのお楽しみってことで」と曖昧に答え、風呂場まで俺の手を引いていく。
「はいじゃ、制服脱いで」
「えっ、ん?脱…は?」
「はは、いい反応」
半ば強引に脱がされた上着とシャツを壁際のフックに引っかけた彼は、風呂場の床に敷かれていたビニールシートの上に椅子を設置して、俺をそこに座らせた。
「何これ」
さっと胸元に掛けられた布と、俺の斜め後ろに立っている鈴原を交互に見つめる。
「なにって、髪切るんだよ」
「は!?」
急だな!?
風呂場の壁にくっついている入れ物からハサミを抜き出すと、くるりと一回転させて微笑む。
「僕自分の髪自分で切ってるから、そこは安心して」
「いや…そういう問題じゃなくて…」
「じゃあどういう問題?」
「……心の準備が出来てない問題…?」
「それならさっさと準備して。僕はもう準備万端だよ」
んなめちゃくちゃな。
仕方なく深呼吸をしたあと、目の前にある鏡を見つめる。
鏡に映った自分は、見てわかるほど陰キャな雰囲気を漂わせていた。
髪は相変わらずボサボサで、鳥の巣のようになっている。
「準備できた?」
「できたけど、髪切るって唐突すぎない?」
「まぁまぁ。あんたの髪の毛やばいからいじってみたいなって思ってたんだよね」
さりげなくディスられたあと、鈴原は片手で水をすくい、服に水が飛ばないよう気をつけながら俺の髪を濡らしていった。
「濡れたらしぼむんだ」
「いや当たり前だろ…」
鈴原は天然なのだろうか。
俺の髪型をさっと整えて遊んだりしたあと、本題といった様子でハサミを構えた。
「切るよ」
返事を待たずにチョキチョキと髪を切り始めた彼はマイペースだ。…マイペースすぎる。
時折頬に触れる指、髪を梳く優しい手つき、チョキチョキと静かな空間に響く音。
そして、だんだんとうるさく鳴っていく心臓。
俺がこの心臓の高鳴りの正体を知るのは、まだまだ先の話である。
▽▽▽▽▽
「はい完成」
「……鈴原…お前天才か…?」
鏡に映ったまるで別人の自分を見て、目を見開いた。もっさりと伸び放題、ハネ放題の髪の毛は、サラサラふわふわに仕上げられていて、目に入ったりして邪魔だった前髪は、綺麗に分けられて目元が良く見えるようになっていた。
「天才って程でもないよ」
俺の変わり様を見て満足気に笑う鈴原は、学校で感じた冷たい面影はもうどこにも無かった。
夢の中にいた彼も、そんな風に柔らかく笑っていたな。
「明日から学校楽しみだね」
たしかに、クラスのやつらがどんな反応をするのか楽しみだ。だけど、それよりも先に…
「うん、でもこれ姉さんが見たらびっくりしそう」
「どうしたのその髪!!」と驚いた顔で騒ぐ姉の姿が頭に浮かび、クスッと笑みが零れた。
「お姉さん居るんだ」
「居るよ、姉と二人暮らし」
「じゃあ見せるの楽しみだね」
「…うん」
数分沈黙がながれたが、心地の良いこの空間は、悪くない。
「…そういやさ」
髪をちまちま整えている鈴原が、ふと口を開いた。
「さっき僕のこと鈴原って呼んだよね」
「……あっ」
内心鈴原のことをそう呼んでいたせいで、全く気づかなかった。
慌てて誤魔化そうとした時、それよりも早く言葉を続けた鈴原は優しい声色で、
「鈴原じゃなくて、桜空って呼んでよ。女っぽい名前だけどさ」
と、言った。
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