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第1章 記憶編

11. その薬屋、落としもの

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 バタバタと外で誰かの走る音がする。

 ああまだ夢の、いや、俺の記憶の中か。


 今日も父さん達は帰ってこなかった。貴族同士の争いが激しくなっていることを俺は耳にしていたので、寒気がした。今まではこの街の中でも向こうの方でしか殺し合いはなかったが、最近ではこちらの方でも起きているらしい。昨日は隣の家のおじさんが亡くなった。
 でも俺はそんなことないって信じたくて、弟たちを慰めるように

「今日は父さんたち仕事が長引いているみたいだ。今日は寝て明日待とう」

 そう自分に言い聞かせた。

 次の日、俺たちは裏山の秘密基地に身を隠す。
 ここは外からは見つけられにくいが、中からは、周りも下にある街もよく見える。いつもはここから見える景色が好きだった。
 今は…嫌いだ。見ただけで腐敗臭がしてきそうな、火と血の海のような真っ赤な世界を見下ろした。
 弟たちは何かを感じたのか泣き出してしまった。いつも笑ってばかりいる2人が急に泣き出してしまったので俺はあたふたしながらあやした。
 ふと窓の外に俺がずっと摘んでなかったユラトギの花が見える。俺はユラトギの花が一番好きだ。でも俺は弟たちの方がもっと好きだ。

 俺は迷わず窓を開けて花を摘んで冠を作った。

「この山ではお前達が王様だから、何も怖くないよ。王様は一番強い人なんだ」

 俺は弟たちの心が揺るがない強いものとなって欲しくてそう言った。

 もし弟たちが不条理な、この世界の荒波にもまれたとしてもそんなものに負けないくらい強い人になって欲しい。いつか家族を作って、幸せになったよと言いに来てくれるだけでいい。俺はそれだけで十分だから。

 本当は王様になんてならなくていいんだ。でも、弟たちは喜んでくれたからそれでいいかと思った。
 俺は笑顔になった弟たちを力一杯抱きしめて、この暗い夜を過ごした。



 次の日、俺が目を覚ましたとき、弟はじっと窓の外を睨んでいた。俺も見ると剣を持った人が数人外を歩いていた。俺は、まだ寝ている末の弟をどうにかしなければと思い、

「ルイス、起きて」

 と静かな声で起こした。
 でもそれがいけなかった。たったそれだけの声を遠くにいた人は気づいてしまい、その人がだんだんと近づいてくる。
 俺とルイスを守るようにスティーブンは前に出て相手と対峙していた。その時、スティーブンの腕の周りにパリパリと電気が纏っているのが一瞬見えて、あれは何だと思った瞬間にスティーブンは相手に捕らえられていた。

「スティーブンっ!!」

 俺たちは何度も呼んだが、反応はなくて、入れ替わるように他の男たちが小屋に入ってきた。俺は、ルイスを庇うようにしてはいたものの、6歳の力が大人にかなうわけもなく。強い力で殴られたような気がして俺はそのまま気を失った。



 どれくらい経ったのだろうか、日付が変わってしまったのかもわからないまま、あの小屋で目を覚ました。周りを見渡すと誰もいなかった。スティーブンは連れ去られて行ったところを見た。じゃあルイスは?どこにもいない。ずっと探していた。近所に住んでいたお兄さんが俺を見つけて引っ張って連れ戻してくれるまで、辺りが真っ暗になっても体にいくら傷がついても「ルイス、どこだ」と言いながらもう1人の弟を探した。

 俺はそこでやっと争いが終わったことを知り、その争いの残した惨状を見た。

 家に戻ると近所の人が俺の父さんと母さんを見つけてきてくれていて俺はその時やっと泣いた。
 俺はもう動かない両親を抱きしめて、泣きながら弟たちが居なくなったことを伝えた。ずっと謝っていた。


 両親を抱きしめたまま10日ほどが過ぎた。周りの人に止められるまでずっと何も食べていなかった。

 無理矢理引き剥がされて怪我の手当てをされた。周りを見渡すと、手当てする人の数が追いついていないし、薬も何もかもが足りていないことに気づいた。
 俺は家に戻り、薬草と道具を持って広場へ出た。誰かもわからない、でも薬をもらいに来た人に俺は惜しみなく薬を作ってあげた。
 でも、身体への傷より心への傷の方がみんな深くてそれを治してあげられない自分が悔しかった。

 ふと弟たちを思い出して、涙を流す。ああ、俺は自分の傷も治せないのか。ひどく惨めな自分に吐き気がする。でもこの時、俺は薬屋になることを決めた。




 俺は止めどなく溢れるこの涙と共に生きよう。

 俺は涙を流しても自分を失わないようにしよう。

 いつか弟たちがボロボロになって帰ってきても俺が治してやれるように

 道標になってやれるように


 俺はいるかもわからない神に祈る。

「神様…どうか…」






 薬屋は、何を願う。
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