35歳刑事、乙女と天才の目覚め

第1章：異変の始まり

翌朝、尚樹は激しい頭痛とともに目を覚ました。

「なんだ...この感覚は...」

頭の中が異様に冴え渡っている。周囲の音、匂い、そして光。すべてが鮮明に感じ取れる。まるで、脳が一晩で進化を遂げたかのようだった。

鏡に映る自分の姿を見て、尚樹は息を呑んだ。いつもの自分なのに、何かが違う。目の輝きが変わっている。そして、何より違和感を覚えたのは、自分の体に対する認識だった。

「俺の...体？」

男性的な体つきに、どこか不自然さを感じる。それは違和感というより、何か新しい感覚だった。

混乱しながらも、尚樹は警察署に向かった。

署に着くと、同僚たちが忙しく動き回っている。連続殺人事件の捜査本部が設置され、緊迫した空気が漂っていた。

「おはよう、高橋」

上司の佐藤警部が声をかけてきた。

「昨夜の現場の報告書、よくまとまっていたぞ。だが、まだ決定的な証拠には辿り着けていないな」

「はい...申し訳ありません」

尚樹は謝罪しつつも、頭の中では驚くべきことが起きていた。昨夜の現場の細部が、まるで高解像度の写真のように鮮明に蘇ってくる。そして、これまで気づかなかった細かな点が、次々と浮かび上がってくる。

「警部、実は新たな発見がありました」

尚樹は自信に満ちた表情で話し始めた。周囲の刑事たちが驚きの表情を浮かべる中、彼は流暢に推理を展開していく。

「被害者の傷跡は、実は暗号になっています。それを解読すると、次のターゲットに関するヒントが...」

会議室は静まり返った。尚樹の推理は、誰も思いつかなかった新たな視点を示していた。

「高橋、それは確かなのか？」

佐藤警部の声に、尚樹は迷いなく答えた。

「はい、間違いありません」

その確信に満ちた態度に、警部は深くうなずいた。

「よし、では早速これを基に捜査を進めよう。高橋、お前がこの線の指揮を執れ」

突然の抜擢に、周囲からは驚きの声が上がった。しかし、尚樹自身はさらに大きな驚きに襲われていた。

警部の言葉を聞いた瞬間、尚樹の心の中で奇妙な感情が湧き上がったのだ。それは、これまで感じたことのない種類の喜び。まるで、誰かに認められ、褒められたことに対する、少女のような純粋な喜びだった。

「私...私がですか？」

思わず女性的な口調で返事をしてしまい、尚樹は慌てて咳払いをした。

「あ、いえ...承知しました」

警部は尚樹の様子の変化に気づいたようだったが、特に何も言わなかった。

その日の捜査は、尚樹の新たな推理を軸に進められた。彼の頭の中では、これまでにない速さで情報が処理され、次々と新たな仮説が導き出されていく。

しかし同時に、尚樹の中で奇妙な変化も進行していった。

捜査の合間に、ふと鏡を見るたびに、自分の姿が少しずつ変わっていくように感じる。表情が柔らかくなり、仕草が優雅になっていく。そして何より、自分の内面で、これまでになかった感情が芽生え始めていた。

夜、自宅に帰った尚樹は、クローゼットの奥に隠してあった女性物の服に手を伸ばしていた。

「何してるんだ、俺は...」

混乱と罪悪感に襲われながらも、その服を身に着ける。鏡に映る自分の姿に、戸惑いと共に奇妙な安堵感を覚える。

「これが...本当の俺なのか？」

その夜、尚樹は深い葛藤の中で眠りについた。彼の脳内では、天才的な思考回路の発達と、性別に関する新たな認識が、奇妙に結びついて進行していったのだった。

窓の外では、新たな事件を予告するかのように、雨が激しく降り始めていた。