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目標のある幸せ ー卒業ー 第十五話
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メンバーのみんなは本当に明るく、人のために泣いてあげることができるし、心から頑張れって言ってあげている。グループに入った時から思っていたが、一人の人としてどうしてあんな風になれるのだろうか?
私のように感情の起伏がないなんてことは逆に信じられないという感じでむしろ変わった人のようだ。
実際、普通にグループ外の人から見ても私は変わっているといわれる部類なのだろうけど。
「紗良、紗良ってば。未来が出てこられないって言ってるらしいよ」
朱里さんがそう言って私の手を取った。
「出てこられないってどういうことです?」
私は今回チームアルファーになっていたので、チームベータになっている未来をあまり見ていなかった。
「よくわからないんだけど、体調が悪くて起きられないって。真帆ちゃんも話しをしたらしいけど、本人からもよくわからないって言われて、しばらく休養するって」
「何かとんでもない病気だとか?」
「うーん。そういう感じじゃないみたい。お医者に行っても疲労がたまっているからだろうって言われたっていうところまで聞いたけど」
「でも、この前までは元気そうでしたけど」
「そうなの。だからみんななんで? って思っているんだけど……」
何かあったんだろうか?
このグループにいるメンバーは誰しも頑張っているのは間違いないし、未来も間違いなく頑張っていた。
「こういう時はまずさぁちゃんですね」
今は同じチームアルファーだし、多少待っていれば合う機会などいくらでもあるのだが、思い立ったら即行動だ。さなえのスケジュールを確認して会えそうなところで捕まえた。
「さぁちゃん、お疲れ様です。お仕事はどうですか?」
「えっ? 紗良じゃない。何? どうしたの? 今日予定ないよね」
「そうなんですが、話がしたいなって思いまして」
「うそ。絶対裏があるに違いない。紗良が自分から私に近づいてくるなんて」
だめだ。さなえは私並みか私以上に嘘を見抜くのがうますぎる。そもそも私は嘘をつくのが苦手で相当練習して完璧に仕上げないとすぐにばれる。
「さぁちゃんはどうしてそういうことを言うんですか? そう言ったらその通りですけど」
「でしょうね。でもわざわざ会いに来てくれただけでもうれしい。もうすぐ終わるからコーヒーでも飲みながら話す?」
「そうしましょう。私が持ちますから」
ますますなんかおかしいなぁといいながらも、近くの内緒話ができそうな喫茶店をさなえがすぐに探してくれた。
「で? 何か聞きたいことがあるの? 言って言って」
「直球ですね。もっと他に時候の下りとかしないんですか?」
「だって紗良は知りたいことがあると、他に全く興味ないんだもの。私が話したいことは後回しにするよ」
「さぁちゃんは本当にすごい人ですね。尊敬します」
「いや、そんなに普通に褒められたら照れるし。紗良が好きだから。それで何?」
「実は未来のことなのですが、何があったか知ってますか?」
「それね。詳しくは知らないんだけど」
そう言って朝起きられなくて、病院も行ったが原因がすぐにはわからないということで、休養することにしたらしい。真帆ちゃんも行ってみたが元気そうには見えるものの仕事に行くとなると調子が悪くなるので、どうしようもないからゆっくり休んでくださいとなったということを教えてくれた。
「さぁちゃんは見てきたの? 詳しくは知らないって、詳しい情報って言ったらどのくらいからなのですか? 全部の情報を持っている感じですけど」
「まさか。みんなの話しを聞いて統合しただけ。多分心因性のものだと思うから、私は紗良に見てきてってお願いしようかと思ってたところ。私だと気が利かないからなんか余計悪くしそうだし」
「さぁちゃんが気が利かない? そんなことは……」
すこし、さなえの気持ちがわかった気がする。
「ああ、そうですか。やっぱり、心ですかね。ところでさぁちゃんも私に話したいことがありますか?」
「ううん。紗良と話ができただけでうれしいから、特にない」
「後回しにするとか言っていたように思いますが」
そうだっけ? と言われて、しばらく話しをした後、とりあえず本人を見ないとわからないからと言うと、さなえからもお願いされて家を訪ねてみることにした。
真帆ちゃんに未来の家へ行ってみることを連絡すると、同じメンバーなのだから別にいいのにと言われたが、後から村雨部長からも、相羽に頼むのは申し訳ないがどうだったかまた教えてほしいと連絡があった。
スマホのアプリで未来に家に行ってもいいかと聞いたら「大丈夫。待ってる」と短い返事が返ってきたので、絵里奈にケーキのおいしいところを教えてもらいお土産にする。
「これはまた。立派な家ですね」
初めて見た未来の家の印象だ。お嬢様だと聞いてはいたがこれほどとは思っていなかったので私でも一瞬どこにインターホンがあるのかわからなかったが、鍵が開く音がして入ってくださいと言われた。ずっとインターホンを探すところを見られていたとしたら少し恥ずかしい。
未来のお母さんが出てきて、お待ちしてましたよと言われたので、体調が悪いって言っているのにお邪魔してすみませんと恐縮する。
未来の部屋の前に到着すると、お茶を持ってくるといわれて未来のお母さんはキッチンへと歩いて行った。
「未来。相羽ですけど、入りますよ」
「どうぞ、入って」
未来は私が来るからか服を着替えてベッドのところに腰かけていた。部屋はかわいらしいレースのカーテンやら白いチェストとか、動物の置物があって、女の子らしい最高の部屋というのはこういう部屋ですよという見本を見せられているようだった。
「調子が良くないなら寝ててもよかったのですよ」
「初めて紗良が家に来てくれるんだもの。寝たままとか、なんか恥ずかしくて」
「かえって気を使わせてしまいましたか?」
「ううん。うれしい。ここにきて」
腰かけているベッドの隣に座ってと言われ、いいんですか? と聞くと、お客さんが来る前提の部屋ではないからごめんなさいと謝られた。
「思ったよりも元気そうなので安心しました。みんな心配してますよ」
「仕事に行かなくてもいいってなったら、なんとなく体調は良くなったの。でも行きたくないわけじゃなくて、行こうと思うし、もちろんみんなにも会いたい」
「疲れていたんですよ。きちんと休めばよくなるんでしょう?」
「お医者さまにもそういわれたけど、自分では疲れていると思っていなかったし仕事に行こうと思っていたんだけど」
未来がベッドのシーツを掴むのが分かった。本人が自覚できるほどの心の病気ではなさそうだ。ただ焦る気持ちがさらにストレスとなるのを抑えてあげたいが。
「何か悩みがあるのですか? あまり考えすぎないことです。結局自分のことは自分でしか決められませんが、聞いてほしいことがあるなら私でよければ聞いてあげますよ」
「ありがとう。今は自分でも心の整理がつかないから、また来てくれる?」
「それでは決めておきましょう。五日後にまた今日と同じ時間に来ますそれでいいですか?」
スケジュールを確認すると五日後はオフになっていた。
「紗良も忙しいのに、ごめんなさい」
「私はみんなほど忙しくはないですよ。愛想が下手だからかもしれませんが、なぜか敬遠されることも多いのです。ですが、私的にはそんなことは望むところです」
「紗良は強いね。でも、紗良がすごすぎるからだよ。それにその目で見られたら何を考えているか見透かされるみたいに思えるから」
「見透かしたりしませんよ。ちょっと覗いてみます?」
未来の瞳を見て頬を両手で包みながら、ゆっくり休んだらすぐに元気になりますよ、と微笑んであげると、「うん。うん」そう言いながらかわいらしい瞳から大粒の涙があふれだし、そのまま泣いてしまったので、そっと抱きしめてしばらく頭をなでてあげていた。
「未来はどうだった?」
翌日は天気がいいなぁと思いながら歩いていると、仕事で一緒になったさなえが横にきて、未来の家に行ってどうだったかと聞いてきた。
「比較的元気そうでしたが、自分でもどうにもならない感じで落ち込んでいましたね」
「未来はベータになったことがきっかけなのかもしれない」
「やっぱりそう思っていたのですか? そうかもしれませんね。ただ初めてアルファーからベータになったということでもないと思うのですが」
「本人も今回はベータかってあっさりとした感じだったけど、本当は悔しかったのかもしれないね。だから私は……」
そうですねと頷きながら、人の心の奥底でどう思っているかなんて、本当のところは他人にはわからない。本人すら気が付いていないことだって多分にあるのだからと思って、未来のことをどうだっただろうかと思い返す。
「紗良先輩、未来先輩は大丈夫なんですか?」
突然、三期生の美鈴から話しかけられたので、ちょっと嬉しくなった。
「何? 何? なんで私なんです?」
「えっ? えっ? 話しかけてはダメですか?」
「ダメではないですよ。私に先に話しかけてくれる人なんて限られてますからね。なんでなのかと思いまして」
「そんなこと、えっとそれは……、紗良先輩の圧がすごすぎるから……」
「圧? 圧とは?」
私は背も高めなのでどうしても相手を見下ろすような感じになりがちだ。その体勢でどういうことかと、美鈴に問いかけた。
「ううっ……。そういうところです」
話しかけられたとき少し後ろにさがっていたさなえに、下の子に覆いかぶさるように詰問をしないようにねと注意された。
はっと我に返り、話しかけられたことがうれしすぎて知りたい欲が先に出てしまったと反省して、少しかがみながら気を取り直し、「それで何か?」と話を聞く。
「あの、未来先輩の体調が悪いって聞いて。私たちにもすごく優しくしてくれていたから、大丈夫かなって思いまして」
「未来は美鈴ちゃんたちに、どんな感じだったのですか?」
「私たちもわからないことが多いから、オロオロしているときに、いろいろこういう時にはこうしたほうがいいよとか、ここはわかりにくいから連れて行ってあげるとか言ってくれて。ほかにも挨拶とか華さんがいない時には私たちをまとめてくれたりしたんです」
「それで、よく未来の周りに三期生のあなたたちがいたのですか」
「でも、チームアルファーからチームベータになった時に、チームアルファーってどんなですか? って普通に聞いたら、すごく大変だったって言ってたんですけど、あんまり聞いちゃいけない感じなのかなっていう雰囲気になったんです。あっでも全然明るい感じだったんですよ。そんなあとで体調が悪いってきいたから」
「そうですか。今は体調はいいみたいですよ。今度また会いに行きますから美鈴ちゃんたちも気にしていたって伝えておきますからね」
「おねがいしますっ」
そういって頭を下げて、逃げるように走っていく姿を見ると、正直みんなにまとわりつかれていた未来がうらやましい気もする。私は最後の方にも圧をかけたのだろうか? 走っていく姿を見て、そう思いながら私も現場へと向かった。
未来の家へ行くと今度は未来が出迎えてくれた。
「紗良、いらっしゃい。待ってたよ。上がって」
未来の顔を見ると先日とは比べ物にならないくらい晴れ晴れとした顔をしているのが分かったが、今までの未来ではないように思えた。
「申し訳ないけど、話しにくいこともあるし、また私の部屋で我慢してくれる?」
「我慢もなにも、むしろ未来のパーソナルスペースに私が入っていいのか? という気がしますが」
「紗良なら全然いいよ。ほかの人だったら嫌かもだけど、紗良なら私のベッドで服のまま寝ても許せる」
「そんなことはしませんが」
「全然いいよ。むしろ紗良が寝ているところを見続けたい」
「ずっと見られているとか、寝られないです」
部屋に入ると、二人で座れるように、ふかふかのクッションがきちんと置いてあった。やっぱりお嬢様だなと思いながらクッションのふかふか具合を確かめていると、飲み物を持ってくるから座っていてと言って未来が出て行った。
「本当に元気になりましたね」
「紗良が来てくれたから。あっもちろんお医者にも行ったんだよ。でも、薬を出すほどでもないからもう少し様子を見ましょうって言われちゃった」
「私が来てからというと?」
「紗良が来てくれてから、突然ぐっすり寝られたの。それまで夜中に起きたり、寝汗がひどかったりしたけどあの次の日は起きたら明るくて。もう朝なんだ? って思った。それからカーテンを開けて朝日を見たときに、私は大丈夫だって思えたの。それからご飯もおいしく食べられるようになったし、普通に寝られるようにもなったから、お医者に行っても何が悪いと言っていいのかわからなくて、なんで来たのかどちらも困るっていう変な感じに」
「それはよかったですね。それなら復帰も考えているんですか?」
「もう少しだけ様子を見て、特に何もなければ復帰させてもらおうと思ってる」
「そうですか。また一緒にできますね」
そう言うと、未来は少し悲しそうな表情を見せてから、また笑顔に戻って話を続ける。
「そのことなんだけど、紗良には一番に私の気持ちを聞いてほしくて」
「気持ち?」
「そう。私、グループを卒業する」
その言葉を聞いてしばらく放心して止まっていたが、未来に「大丈夫?」と聞かれ思考が元に戻った。
今日玄関で会ったときに感じた違和感はこれか。卒業することを決めたからあんなに晴れ晴れとしていたのか。だとするとグループにいること自体が未来にとってはストレスなのだろうか?
「なんだか、せっかく紗良が体調を戻してくれたのに、ごめんなさい」
「いっいえ。私が戻したわけではないですし。それはいいのですが……」
「ううん。紗良のおかげ。紗良が来てくれて、きっと元気になるって言ってくれたから、私は大丈夫だ、元気になるって本気で思えたの」
「私のせいですか……」
「やだなぁ。紗良のせいとかじゃないってば。ずっと考えていたの。結構頑張ってたんだけど、この前チームベータになって、なんで? って思ってた。それに三期生の子たちを見てて、この子たちはもっと輝くんだろうなって。もちろん、だからっていじわるしようとかはないよ。がんばれって一生懸命教えてあげた」
「それは知っています。美鈴ちゃんが未来のことをすごく優しくしてもらったのにって、心配していましたから」
「そうなんだぁ。みんなかわいいよね。そう思ったときに頑張ってもどうにもならないなら、私はどうしたらいいの? って。自分がよくわからなくなって、なんかおかしくなっていたんだと思う。だから紗良が落ち込むようなことは何もないよ。こうやって元気になっただけでも、感謝してるんだよ。休んでた大学にも行けるし」
確かに治らなかったら、それはそれで問題だと思うが。
「それでは、自分で決めたんですね」
「うん。でも卒業することは決めたけどまだ誰にも何も言っていないから。あっ村雨さんにはそういう話があったって言ってくれてもいいよ。紗良のことだからサブリーダーだし何か言われているんでしょ?」
「村雨部長に言われてきたわけではないですよ」
「わかってるって。私を心配してきてくれてありがとう」
もう一度瞳を見せてくださいとお願いして一言だけ「本気ですね」と聞くと「本気」と答え、その瞳には迷いも見られなかったので、今度は少し力強く抱きしめる。
「何かあったらすぐに言ってください。私ができるだけのことをします」
そんなやり取りの後、未来の家を後にした。
私のように感情の起伏がないなんてことは逆に信じられないという感じでむしろ変わった人のようだ。
実際、普通にグループ外の人から見ても私は変わっているといわれる部類なのだろうけど。
「紗良、紗良ってば。未来が出てこられないって言ってるらしいよ」
朱里さんがそう言って私の手を取った。
「出てこられないってどういうことです?」
私は今回チームアルファーになっていたので、チームベータになっている未来をあまり見ていなかった。
「よくわからないんだけど、体調が悪くて起きられないって。真帆ちゃんも話しをしたらしいけど、本人からもよくわからないって言われて、しばらく休養するって」
「何かとんでもない病気だとか?」
「うーん。そういう感じじゃないみたい。お医者に行っても疲労がたまっているからだろうって言われたっていうところまで聞いたけど」
「でも、この前までは元気そうでしたけど」
「そうなの。だからみんななんで? って思っているんだけど……」
何かあったんだろうか?
このグループにいるメンバーは誰しも頑張っているのは間違いないし、未来も間違いなく頑張っていた。
「こういう時はまずさぁちゃんですね」
今は同じチームアルファーだし、多少待っていれば合う機会などいくらでもあるのだが、思い立ったら即行動だ。さなえのスケジュールを確認して会えそうなところで捕まえた。
「さぁちゃん、お疲れ様です。お仕事はどうですか?」
「えっ? 紗良じゃない。何? どうしたの? 今日予定ないよね」
「そうなんですが、話がしたいなって思いまして」
「うそ。絶対裏があるに違いない。紗良が自分から私に近づいてくるなんて」
だめだ。さなえは私並みか私以上に嘘を見抜くのがうますぎる。そもそも私は嘘をつくのが苦手で相当練習して完璧に仕上げないとすぐにばれる。
「さぁちゃんはどうしてそういうことを言うんですか? そう言ったらその通りですけど」
「でしょうね。でもわざわざ会いに来てくれただけでもうれしい。もうすぐ終わるからコーヒーでも飲みながら話す?」
「そうしましょう。私が持ちますから」
ますますなんかおかしいなぁといいながらも、近くの内緒話ができそうな喫茶店をさなえがすぐに探してくれた。
「で? 何か聞きたいことがあるの? 言って言って」
「直球ですね。もっと他に時候の下りとかしないんですか?」
「だって紗良は知りたいことがあると、他に全く興味ないんだもの。私が話したいことは後回しにするよ」
「さぁちゃんは本当にすごい人ですね。尊敬します」
「いや、そんなに普通に褒められたら照れるし。紗良が好きだから。それで何?」
「実は未来のことなのですが、何があったか知ってますか?」
「それね。詳しくは知らないんだけど」
そう言って朝起きられなくて、病院も行ったが原因がすぐにはわからないということで、休養することにしたらしい。真帆ちゃんも行ってみたが元気そうには見えるものの仕事に行くとなると調子が悪くなるので、どうしようもないからゆっくり休んでくださいとなったということを教えてくれた。
「さぁちゃんは見てきたの? 詳しくは知らないって、詳しい情報って言ったらどのくらいからなのですか? 全部の情報を持っている感じですけど」
「まさか。みんなの話しを聞いて統合しただけ。多分心因性のものだと思うから、私は紗良に見てきてってお願いしようかと思ってたところ。私だと気が利かないからなんか余計悪くしそうだし」
「さぁちゃんが気が利かない? そんなことは……」
すこし、さなえの気持ちがわかった気がする。
「ああ、そうですか。やっぱり、心ですかね。ところでさぁちゃんも私に話したいことがありますか?」
「ううん。紗良と話ができただけでうれしいから、特にない」
「後回しにするとか言っていたように思いますが」
そうだっけ? と言われて、しばらく話しをした後、とりあえず本人を見ないとわからないからと言うと、さなえからもお願いされて家を訪ねてみることにした。
真帆ちゃんに未来の家へ行ってみることを連絡すると、同じメンバーなのだから別にいいのにと言われたが、後から村雨部長からも、相羽に頼むのは申し訳ないがどうだったかまた教えてほしいと連絡があった。
スマホのアプリで未来に家に行ってもいいかと聞いたら「大丈夫。待ってる」と短い返事が返ってきたので、絵里奈にケーキのおいしいところを教えてもらいお土産にする。
「これはまた。立派な家ですね」
初めて見た未来の家の印象だ。お嬢様だと聞いてはいたがこれほどとは思っていなかったので私でも一瞬どこにインターホンがあるのかわからなかったが、鍵が開く音がして入ってくださいと言われた。ずっとインターホンを探すところを見られていたとしたら少し恥ずかしい。
未来のお母さんが出てきて、お待ちしてましたよと言われたので、体調が悪いって言っているのにお邪魔してすみませんと恐縮する。
未来の部屋の前に到着すると、お茶を持ってくるといわれて未来のお母さんはキッチンへと歩いて行った。
「未来。相羽ですけど、入りますよ」
「どうぞ、入って」
未来は私が来るからか服を着替えてベッドのところに腰かけていた。部屋はかわいらしいレースのカーテンやら白いチェストとか、動物の置物があって、女の子らしい最高の部屋というのはこういう部屋ですよという見本を見せられているようだった。
「調子が良くないなら寝ててもよかったのですよ」
「初めて紗良が家に来てくれるんだもの。寝たままとか、なんか恥ずかしくて」
「かえって気を使わせてしまいましたか?」
「ううん。うれしい。ここにきて」
腰かけているベッドの隣に座ってと言われ、いいんですか? と聞くと、お客さんが来る前提の部屋ではないからごめんなさいと謝られた。
「思ったよりも元気そうなので安心しました。みんな心配してますよ」
「仕事に行かなくてもいいってなったら、なんとなく体調は良くなったの。でも行きたくないわけじゃなくて、行こうと思うし、もちろんみんなにも会いたい」
「疲れていたんですよ。きちんと休めばよくなるんでしょう?」
「お医者さまにもそういわれたけど、自分では疲れていると思っていなかったし仕事に行こうと思っていたんだけど」
未来がベッドのシーツを掴むのが分かった。本人が自覚できるほどの心の病気ではなさそうだ。ただ焦る気持ちがさらにストレスとなるのを抑えてあげたいが。
「何か悩みがあるのですか? あまり考えすぎないことです。結局自分のことは自分でしか決められませんが、聞いてほしいことがあるなら私でよければ聞いてあげますよ」
「ありがとう。今は自分でも心の整理がつかないから、また来てくれる?」
「それでは決めておきましょう。五日後にまた今日と同じ時間に来ますそれでいいですか?」
スケジュールを確認すると五日後はオフになっていた。
「紗良も忙しいのに、ごめんなさい」
「私はみんなほど忙しくはないですよ。愛想が下手だからかもしれませんが、なぜか敬遠されることも多いのです。ですが、私的にはそんなことは望むところです」
「紗良は強いね。でも、紗良がすごすぎるからだよ。それにその目で見られたら何を考えているか見透かされるみたいに思えるから」
「見透かしたりしませんよ。ちょっと覗いてみます?」
未来の瞳を見て頬を両手で包みながら、ゆっくり休んだらすぐに元気になりますよ、と微笑んであげると、「うん。うん」そう言いながらかわいらしい瞳から大粒の涙があふれだし、そのまま泣いてしまったので、そっと抱きしめてしばらく頭をなでてあげていた。
「未来はどうだった?」
翌日は天気がいいなぁと思いながら歩いていると、仕事で一緒になったさなえが横にきて、未来の家に行ってどうだったかと聞いてきた。
「比較的元気そうでしたが、自分でもどうにもならない感じで落ち込んでいましたね」
「未来はベータになったことがきっかけなのかもしれない」
「やっぱりそう思っていたのですか? そうかもしれませんね。ただ初めてアルファーからベータになったということでもないと思うのですが」
「本人も今回はベータかってあっさりとした感じだったけど、本当は悔しかったのかもしれないね。だから私は……」
そうですねと頷きながら、人の心の奥底でどう思っているかなんて、本当のところは他人にはわからない。本人すら気が付いていないことだって多分にあるのだからと思って、未来のことをどうだっただろうかと思い返す。
「紗良先輩、未来先輩は大丈夫なんですか?」
突然、三期生の美鈴から話しかけられたので、ちょっと嬉しくなった。
「何? 何? なんで私なんです?」
「えっ? えっ? 話しかけてはダメですか?」
「ダメではないですよ。私に先に話しかけてくれる人なんて限られてますからね。なんでなのかと思いまして」
「そんなこと、えっとそれは……、紗良先輩の圧がすごすぎるから……」
「圧? 圧とは?」
私は背も高めなのでどうしても相手を見下ろすような感じになりがちだ。その体勢でどういうことかと、美鈴に問いかけた。
「ううっ……。そういうところです」
話しかけられたとき少し後ろにさがっていたさなえに、下の子に覆いかぶさるように詰問をしないようにねと注意された。
はっと我に返り、話しかけられたことがうれしすぎて知りたい欲が先に出てしまったと反省して、少しかがみながら気を取り直し、「それで何か?」と話を聞く。
「あの、未来先輩の体調が悪いって聞いて。私たちにもすごく優しくしてくれていたから、大丈夫かなって思いまして」
「未来は美鈴ちゃんたちに、どんな感じだったのですか?」
「私たちもわからないことが多いから、オロオロしているときに、いろいろこういう時にはこうしたほうがいいよとか、ここはわかりにくいから連れて行ってあげるとか言ってくれて。ほかにも挨拶とか華さんがいない時には私たちをまとめてくれたりしたんです」
「それで、よく未来の周りに三期生のあなたたちがいたのですか」
「でも、チームアルファーからチームベータになった時に、チームアルファーってどんなですか? って普通に聞いたら、すごく大変だったって言ってたんですけど、あんまり聞いちゃいけない感じなのかなっていう雰囲気になったんです。あっでも全然明るい感じだったんですよ。そんなあとで体調が悪いってきいたから」
「そうですか。今は体調はいいみたいですよ。今度また会いに行きますから美鈴ちゃんたちも気にしていたって伝えておきますからね」
「おねがいしますっ」
そういって頭を下げて、逃げるように走っていく姿を見ると、正直みんなにまとわりつかれていた未来がうらやましい気もする。私は最後の方にも圧をかけたのだろうか? 走っていく姿を見て、そう思いながら私も現場へと向かった。
未来の家へ行くと今度は未来が出迎えてくれた。
「紗良、いらっしゃい。待ってたよ。上がって」
未来の顔を見ると先日とは比べ物にならないくらい晴れ晴れとした顔をしているのが分かったが、今までの未来ではないように思えた。
「申し訳ないけど、話しにくいこともあるし、また私の部屋で我慢してくれる?」
「我慢もなにも、むしろ未来のパーソナルスペースに私が入っていいのか? という気がしますが」
「紗良なら全然いいよ。ほかの人だったら嫌かもだけど、紗良なら私のベッドで服のまま寝ても許せる」
「そんなことはしませんが」
「全然いいよ。むしろ紗良が寝ているところを見続けたい」
「ずっと見られているとか、寝られないです」
部屋に入ると、二人で座れるように、ふかふかのクッションがきちんと置いてあった。やっぱりお嬢様だなと思いながらクッションのふかふか具合を確かめていると、飲み物を持ってくるから座っていてと言って未来が出て行った。
「本当に元気になりましたね」
「紗良が来てくれたから。あっもちろんお医者にも行ったんだよ。でも、薬を出すほどでもないからもう少し様子を見ましょうって言われちゃった」
「私が来てからというと?」
「紗良が来てくれてから、突然ぐっすり寝られたの。それまで夜中に起きたり、寝汗がひどかったりしたけどあの次の日は起きたら明るくて。もう朝なんだ? って思った。それからカーテンを開けて朝日を見たときに、私は大丈夫だって思えたの。それからご飯もおいしく食べられるようになったし、普通に寝られるようにもなったから、お医者に行っても何が悪いと言っていいのかわからなくて、なんで来たのかどちらも困るっていう変な感じに」
「それはよかったですね。それなら復帰も考えているんですか?」
「もう少しだけ様子を見て、特に何もなければ復帰させてもらおうと思ってる」
「そうですか。また一緒にできますね」
そう言うと、未来は少し悲しそうな表情を見せてから、また笑顔に戻って話を続ける。
「そのことなんだけど、紗良には一番に私の気持ちを聞いてほしくて」
「気持ち?」
「そう。私、グループを卒業する」
その言葉を聞いてしばらく放心して止まっていたが、未来に「大丈夫?」と聞かれ思考が元に戻った。
今日玄関で会ったときに感じた違和感はこれか。卒業することを決めたからあんなに晴れ晴れとしていたのか。だとするとグループにいること自体が未来にとってはストレスなのだろうか?
「なんだか、せっかく紗良が体調を戻してくれたのに、ごめんなさい」
「いっいえ。私が戻したわけではないですし。それはいいのですが……」
「ううん。紗良のおかげ。紗良が来てくれて、きっと元気になるって言ってくれたから、私は大丈夫だ、元気になるって本気で思えたの」
「私のせいですか……」
「やだなぁ。紗良のせいとかじゃないってば。ずっと考えていたの。結構頑張ってたんだけど、この前チームベータになって、なんで? って思ってた。それに三期生の子たちを見てて、この子たちはもっと輝くんだろうなって。もちろん、だからっていじわるしようとかはないよ。がんばれって一生懸命教えてあげた」
「それは知っています。美鈴ちゃんが未来のことをすごく優しくしてもらったのにって、心配していましたから」
「そうなんだぁ。みんなかわいいよね。そう思ったときに頑張ってもどうにもならないなら、私はどうしたらいいの? って。自分がよくわからなくなって、なんかおかしくなっていたんだと思う。だから紗良が落ち込むようなことは何もないよ。こうやって元気になっただけでも、感謝してるんだよ。休んでた大学にも行けるし」
確かに治らなかったら、それはそれで問題だと思うが。
「それでは、自分で決めたんですね」
「うん。でも卒業することは決めたけどまだ誰にも何も言っていないから。あっ村雨さんにはそういう話があったって言ってくれてもいいよ。紗良のことだからサブリーダーだし何か言われているんでしょ?」
「村雨部長に言われてきたわけではないですよ」
「わかってるって。私を心配してきてくれてありがとう」
もう一度瞳を見せてくださいとお願いして一言だけ「本気ですね」と聞くと「本気」と答え、その瞳には迷いも見られなかったので、今度は少し力強く抱きしめる。
「何かあったらすぐに言ってください。私ができるだけのことをします」
そんなやり取りの後、未来の家を後にした。
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しかしある日、授業中に居眠りして目を覚ますと隣の席に女の子が座っていた。
「私、、オバケだもん!」
出会って直ぐにそんなことを言っている彼女の勢いに乗せられて友達となってしまった俺の夏休みは色濃いものとなっていく。
信じること、友達の大切さ、昔の事で出来なかったことが彼女の影響で出来るようになるのか。
ちょっぴり早い夏の思い出を一緒に作っていく。
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