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本編
うしろの席の羽鳥くん・1
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コトン、とデスクにココアが置かれてハッとした。
「やる」
「え、あ、ありがとう」
まだ温かいホットココア。ココア好きだし嬉しい……そう思ったけれど聞いた。
「でもいいの?羽鳥くんの飲む分じゃなかったの?」
「間違えて買っちゃったんだよ。そんな甘いもん飲まねぇ」
そう言って自分はブラックコーヒーを飲んでいた。それじゃあいいのかな、そう思いながらその温かなココアを両手で握りしめていたら羽鳥くんが言う。
「今日結構やられてたな。落ち込んでんの?」
「え」
カチャカチャと、キーボードをたたく音が事務所内に響いて、今この部屋に私と羽鳥くんしかいないと気づく。もうみんな帰ったのか。時計は20時前、金曜日だもんな。みんなさっさと帰りたいに決まっている。
「あんな気分で言い負かそうとしてくる奴の言葉に振り回されんなよ」
それであぁ、と思う。
このココアは、押し間違いじゃなくてちゃんと私のために買ってくれたものなんだって。それがわかると余計温かさが手から胸の中に伝わっていく。
「……ありがと」
思ってたより小さな声になってしまった。零れ落ちた、みたいな声だった。それに羽鳥くんが手を止めて振り向く。
「……ココア、ありがと」
ジッと見つめられると少し照れるのは、羽鳥くんもかなりイケメンだから。本社から移動してきた時は事務所内はもちろん、社内の女子社員みんなが色めき立っていた気がする。
でも、愛想がないんだ。
挨拶くらいはしてくれるかな、とても不愛想に。話していてもぞんざいで直球で物を言うから顔で近寄ってきた女性人たちはみんなこぞって言う。
「顔がいいのに残念」
そしてちょっとチャラそうな風貌で。
「遊ばれそう」
「本命向きじゃない」
「顔だけいいのが本当に残念」
とりあえず残念要素が多い同じ部署の同僚、羽鳥恭平。でも近くで働いて絡むことがあればわかるんだけどな。羽鳥くんが実は優しくて、結構真面目な性格だって。
仕事のミスなんか滅多にないし、時間厳守、納期絶対、報連相確実、状況把握徹底。チャラそうな見た目でその辺が全く伝わっていないことこそ残念だと思う。
私よりも年上だし、持ってるスペックや社内の立ち位置考えたら高卒で働いているから年数があるだけの私よりよっぽど優秀。部署歴が長いから、配属されてきた時にいろいろ雑務のフォローをしてあげたことでちょっとだけ親しくなって、だんだん敬語が取れて”羽鳥くん”と呼ぶ仲になった。
普段の業務中にあまり話すことはないけれど(もともと口数少ないし)、こうしてたまに残業で一緒になると雑談だってしあうのだ。
「ふぅ……」
なんとか目処が立って、時計を見たらもう21時前だった。
「やる」
「え、あ、ありがとう」
まだ温かいホットココア。ココア好きだし嬉しい……そう思ったけれど聞いた。
「でもいいの?羽鳥くんの飲む分じゃなかったの?」
「間違えて買っちゃったんだよ。そんな甘いもん飲まねぇ」
そう言って自分はブラックコーヒーを飲んでいた。それじゃあいいのかな、そう思いながらその温かなココアを両手で握りしめていたら羽鳥くんが言う。
「今日結構やられてたな。落ち込んでんの?」
「え」
カチャカチャと、キーボードをたたく音が事務所内に響いて、今この部屋に私と羽鳥くんしかいないと気づく。もうみんな帰ったのか。時計は20時前、金曜日だもんな。みんなさっさと帰りたいに決まっている。
「あんな気分で言い負かそうとしてくる奴の言葉に振り回されんなよ」
それであぁ、と思う。
このココアは、押し間違いじゃなくてちゃんと私のために買ってくれたものなんだって。それがわかると余計温かさが手から胸の中に伝わっていく。
「……ありがと」
思ってたより小さな声になってしまった。零れ落ちた、みたいな声だった。それに羽鳥くんが手を止めて振り向く。
「……ココア、ありがと」
ジッと見つめられると少し照れるのは、羽鳥くんもかなりイケメンだから。本社から移動してきた時は事務所内はもちろん、社内の女子社員みんなが色めき立っていた気がする。
でも、愛想がないんだ。
挨拶くらいはしてくれるかな、とても不愛想に。話していてもぞんざいで直球で物を言うから顔で近寄ってきた女性人たちはみんなこぞって言う。
「顔がいいのに残念」
そしてちょっとチャラそうな風貌で。
「遊ばれそう」
「本命向きじゃない」
「顔だけいいのが本当に残念」
とりあえず残念要素が多い同じ部署の同僚、羽鳥恭平。でも近くで働いて絡むことがあればわかるんだけどな。羽鳥くんが実は優しくて、結構真面目な性格だって。
仕事のミスなんか滅多にないし、時間厳守、納期絶対、報連相確実、状況把握徹底。チャラそうな見た目でその辺が全く伝わっていないことこそ残念だと思う。
私よりも年上だし、持ってるスペックや社内の立ち位置考えたら高卒で働いているから年数があるだけの私よりよっぽど優秀。部署歴が長いから、配属されてきた時にいろいろ雑務のフォローをしてあげたことでちょっとだけ親しくなって、だんだん敬語が取れて”羽鳥くん”と呼ぶ仲になった。
普段の業務中にあまり話すことはないけれど(もともと口数少ないし)、こうしてたまに残業で一緒になると雑談だってしあうのだ。
「ふぅ……」
なんとか目処が立って、時計を見たらもう21時前だった。
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