13 / 37
本章
Episode13/漂流
しおりを挟む
「悪いな、呼び出して。時間大丈夫?」
「大丈夫です、なんでしたか?」
「うん……」
不破の歯切れが悪い、どこか言葉を選びながら短い沈黙。その後に口を開いた。
「新藤の事なんだけど」
「……は、い」
なんだろう、と思う気持ちはあるが嫌な予感もした。心当たりがないこともない。
「今日なんかあった?」
「今日……」
思い返してひとつしかない。
「書類の訂正をお願いしました。あまり改善が見られないのでもう少し自分で考えて見直してから持って来いと指導しました」
「うん」
新藤が不破になにか愚痴ったのだな、とそこでわかる。
「すみません、ちょっと上からな発言をしたかもしれません。新藤さん、なにか言ってましたか?」
「うん……」
不破はそれ以上何も言わない。
「気をつけます、私も少し余計なことを言ったので」
「余計なこと?」
「……」
そこまでは言えなかった。
不破を見つめる新藤を窘めた。言えばいろんなことが明るみになりそうで、言えない。
「気をつけます」
あかりの声は毅然としたものだった。それ以上は言わない、そう感じ取った不破もまたそれ以上追及するのをやめた。あかりの態度からおかしな発言をしたとは思えなかったし、あかりの普段からの仕事の姿勢や態度を知っている。信頼度は新藤よりはるかにあかりが高い。
「指導するのが難しいときもある。言いたくないことも上に立てば言わないといけない。天野が正しいと思って言ったことなら間違ってないと思うよ」
不破はそう言ってくれた。あかりを責めるために呼んだのではないのだとそれでわかった。だから余計に胸が締め付けられた。自分の幼い自己中な感情を新藤に向けてしまった。それを間違っていないと諭されるのはーー違う。
「新藤さんは……不破さんになんでも相談するんですね」
「え?」
あかりの口からこぼれた言葉はあかり自身が予期せぬ言葉だった。言ってからハッとしたがもう遅い。言葉は外の世界に放たれた。不破は――もう自分の発した嫉妬心を耳に、言葉として聞いてしまった。
思いは置いてけぼりだ。言葉の中に含まれる思いなど同じように人に伝わるものではない。言葉は勝手に一人歩きを始めてしまう。
「違う……相談し過ぎてるのは、私です」
「あかり?」
今呼ばないで、あかりはそう思った。
「すみません、なんでもないです」
「あかり」
「お話はそれだけですか?今後は気をつけます、すみませんでした」
勢いよくそう告げて頭を下げた。そのまま不破の顔も見ず背を向けて扉に向かったところで腕を引かれた。
「あかり、待って」
不破が見つめてくる。いつものように真っ直ぐに、紅茶色の瞳に自分が映る、それが胸をきゅんとさせた。
二人の時なら見つめられる、その時間が恋しくてたまらなくなってきている。その気持ちに気づきだしたらどうしようもない。
(また一人になるのか……)
新藤が不破に気持ちを伝えて不破の心が揺れたら自分はもういらない存在だ。そうなった時自分の心はどこにいくだろう。
一人で生きてきた。きっとこれからも生きていける。それでもどうしようもなく寂しくて求めてしまった。
繋がれるものを、自分が必要とし必要とされるものが欲しい。
子どもだ。子供が欲しい、そう願った。でも、不破と離れたらこの気持ちはどこにやればいいのか。
子どもが欲しい、今もそう思っている。でも願う気持ちの奥底にある本当の気持ちに辿り着く――欲しいのは、不破の子供なのだと。
「不破さん……」
「なに?」
優しい声が問いかけてくる。その声に耳を寄せるだけで胸が震えた。
「今晩……抱いてもらえませんか?」
誰にも言えない関係を失くしたくない。
夢のような時間を現実として感じたかった、あかりは不破にその思いをぶつけた。熱を孕んだ瞳で見あげてくるあかりを見つめながら不破は思っていた。あかりが何かに迷って不安になっている、それでも気持ちをはっきり告げることはない。自分には本当の本心など言わないのだな、と。
あかりの本音が聞きたい。心の奥で本当な何を思い感じているのか。肌を重ねて熱を絡ませてもまるで剥がれ落ちる様に気持ちだけが取りこぼされていく気がする。
あかりも不破も、自分の隠し持つ本心を言葉にするタイミングを逃してしまっていた。
でも身体を重ねてさえいれば繋がっていられると……お互いの熱を絡め合っていればいつか溶けて分かり合えるんじゃないかと信じていた。
でもそれはただの逃げだ。
その先の扉を開けて終わるのが怖いだけ、その先の未来に自分がいないと知らされたくないだけだった。
「大丈夫です、なんでしたか?」
「うん……」
不破の歯切れが悪い、どこか言葉を選びながら短い沈黙。その後に口を開いた。
「新藤の事なんだけど」
「……は、い」
なんだろう、と思う気持ちはあるが嫌な予感もした。心当たりがないこともない。
「今日なんかあった?」
「今日……」
思い返してひとつしかない。
「書類の訂正をお願いしました。あまり改善が見られないのでもう少し自分で考えて見直してから持って来いと指導しました」
「うん」
新藤が不破になにか愚痴ったのだな、とそこでわかる。
「すみません、ちょっと上からな発言をしたかもしれません。新藤さん、なにか言ってましたか?」
「うん……」
不破はそれ以上何も言わない。
「気をつけます、私も少し余計なことを言ったので」
「余計なこと?」
「……」
そこまでは言えなかった。
不破を見つめる新藤を窘めた。言えばいろんなことが明るみになりそうで、言えない。
「気をつけます」
あかりの声は毅然としたものだった。それ以上は言わない、そう感じ取った不破もまたそれ以上追及するのをやめた。あかりの態度からおかしな発言をしたとは思えなかったし、あかりの普段からの仕事の姿勢や態度を知っている。信頼度は新藤よりはるかにあかりが高い。
「指導するのが難しいときもある。言いたくないことも上に立てば言わないといけない。天野が正しいと思って言ったことなら間違ってないと思うよ」
不破はそう言ってくれた。あかりを責めるために呼んだのではないのだとそれでわかった。だから余計に胸が締め付けられた。自分の幼い自己中な感情を新藤に向けてしまった。それを間違っていないと諭されるのはーー違う。
「新藤さんは……不破さんになんでも相談するんですね」
「え?」
あかりの口からこぼれた言葉はあかり自身が予期せぬ言葉だった。言ってからハッとしたがもう遅い。言葉は外の世界に放たれた。不破は――もう自分の発した嫉妬心を耳に、言葉として聞いてしまった。
思いは置いてけぼりだ。言葉の中に含まれる思いなど同じように人に伝わるものではない。言葉は勝手に一人歩きを始めてしまう。
「違う……相談し過ぎてるのは、私です」
「あかり?」
今呼ばないで、あかりはそう思った。
「すみません、なんでもないです」
「あかり」
「お話はそれだけですか?今後は気をつけます、すみませんでした」
勢いよくそう告げて頭を下げた。そのまま不破の顔も見ず背を向けて扉に向かったところで腕を引かれた。
「あかり、待って」
不破が見つめてくる。いつものように真っ直ぐに、紅茶色の瞳に自分が映る、それが胸をきゅんとさせた。
二人の時なら見つめられる、その時間が恋しくてたまらなくなってきている。その気持ちに気づきだしたらどうしようもない。
(また一人になるのか……)
新藤が不破に気持ちを伝えて不破の心が揺れたら自分はもういらない存在だ。そうなった時自分の心はどこにいくだろう。
一人で生きてきた。きっとこれからも生きていける。それでもどうしようもなく寂しくて求めてしまった。
繋がれるものを、自分が必要とし必要とされるものが欲しい。
子どもだ。子供が欲しい、そう願った。でも、不破と離れたらこの気持ちはどこにやればいいのか。
子どもが欲しい、今もそう思っている。でも願う気持ちの奥底にある本当の気持ちに辿り着く――欲しいのは、不破の子供なのだと。
「不破さん……」
「なに?」
優しい声が問いかけてくる。その声に耳を寄せるだけで胸が震えた。
「今晩……抱いてもらえませんか?」
誰にも言えない関係を失くしたくない。
夢のような時間を現実として感じたかった、あかりは不破にその思いをぶつけた。熱を孕んだ瞳で見あげてくるあかりを見つめながら不破は思っていた。あかりが何かに迷って不安になっている、それでも気持ちをはっきり告げることはない。自分には本当の本心など言わないのだな、と。
あかりの本音が聞きたい。心の奥で本当な何を思い感じているのか。肌を重ねて熱を絡ませてもまるで剥がれ落ちる様に気持ちだけが取りこぼされていく気がする。
あかりも不破も、自分の隠し持つ本心を言葉にするタイミングを逃してしまっていた。
でも身体を重ねてさえいれば繋がっていられると……お互いの熱を絡め合っていればいつか溶けて分かり合えるんじゃないかと信じていた。
でもそれはただの逃げだ。
その先の扉を開けて終わるのが怖いだけ、その先の未来に自分がいないと知らされたくないだけだった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
124
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる