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本章
Episode12/浮上
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資料室に来るとあかりはいつも胸がドキリとする。一度ここで不破に抱かれたことがあるからだ。
仕事をしながら不破に身体を触られて我慢できなくなって求めた。
初めて不破のために購入した下着を晒して喜んでもらえた、あのときの胸の高鳴りがあかりの胸の中にいつまでもある。
気を緩めるとあの時の情事が蘇る。だから毅然としていないと自分自身がおかしくなってしまうのだ。
「えっと。まずはパソコンだよね……本田くんは悪いけどA社のファイル取って来てくれる?」
「了解でーす」
相変わらず口調の軽い本田。それでも機転は効くし仕事もちゃんとする。先輩の、あかりの指示もよく聞いてくれるしきちんと意見も言ったりやりやすい。あかり自身も最近は本田に頼ることも増えた。後輩として育ってきたから嬉しくもある。
「こっちは本体会社のファイルです。でも本社自体はあまり取引なかったみたいですね」
「うん……海外だしね……ありがと」
カラカラ……と、キャスター付きの椅子を引っ張ってきているのが音で分かる。その音があかりの真横で止まってパソコンに向き合っていたあかりがなんとなく手を止めてそろりと横を向いた。
「……近いってば」
「狭いんだから仕方なくないです?」
「仕方なくない、狭いのと近寄るのはまた違う話じゃない?」
「……近寄っちゃダメですか?」
「……ダメ」
「言い方、可愛い」
本田はくすっと笑ってそう言った。その声はいつもよりずっと親し気でどこか熱っぽい。普段の軽さとはまた違う、年下のくせに急に色気を出したみたいな雰囲気であかりは普通に戸惑った。
「……本田くんってさ、彼女、いないの?」
「いませんよ」
「……いそうなのに、ね」
聞いたのに返答の予測をしていなかったあかりは言葉に迷った。余計なことは言葉にしない方がいい。墓穴を掘る。
「欲しいですよ、彼女。欲しいなっていつも思ってます」
「……そっか」
これ以上はまずいとなんとなく空気で察したあかりはパソコンに向き合って平然を装った。年上で先輩だ、もっとうまくかわせればいいがあかりも大して恋愛経験もないし男慣れしているわけでもない。むしろ疎い、免疫も薄い、慣れていない。
ギシッと椅子の背が掴まれてあかりの身体もびくりと跳ねた。
「ほ、本田くん?!」
「天野さんって、本当に今彼氏、いないんですか?」
「い、今仕事中!!」
言い訳が大して見つからない。あかりはテンパる気持ちを必死で抑えてそう言った。
「彼氏、いるんですか?」
「本田くん!!」
「いるかいないか聞いてるだけですけど?」
「か、関係ないじゃん!!聞いてどうするの、そんなこと!!」
「いないならもっと真面目に攻めようかなって」
真面目に攻めるとはどういう意味か。
「い、いる!!」
「マジっすか?」
「いるから諦めて!ごめん!」
なにと言われたわけでもないのにあかりは勝手に断った。
「天野さん、嘘つくの下手すぎません?」
「うう、嘘じゃないよ!!いるから!彼氏!!」
「ふぅん?どんな人ですか?」
「どんな、って……」
「彼氏、どんな人?年上ですか?」
あかりの頭の中に不破が浮かぶ。浮かんでから思う、彼氏ではないと。
「背は?性格は?なんの仕事してるんですか?」
なのに本田の問いかけに思い浮かべてしまう、不破を。むしろ不破しか浮かばない。
年上で、背も高い。穏やかで優しくて、くだけた口調がちょっとだけヤンチャな感じがする。それでもきつさはない、ただフランクに聞こえるだけ。
「……本田くんに、関係ない」
不破を考えて頭が沸騰してくる。人に問われて想像して不破という人物を客観視しだすとどんどん頭の中を支配される。
名前を呼ぶ声が甘くて、見つめてくる瞳が真っ直ぐだ。その真っ直ぐな瞳に見つめながらキスされると何も考えられなくなる。抱き締められる腕の力は強いのに優しい。抱え込むみたいに包んでくれる。その胸の中に抱かれたら胸がふわっと緩んで自然と自分の腕を背中に回してしまう。
抱き締め合う時間が好きだ。
不破の腕の中で、胸に頬を寄せて自分自身も不破を抱きしめるとひとりじゃないと思える。
寂しくなくなる。
抱き締められたら、とんでもないくらい温かいのだ。物理的にも、心理的にも。
それなのに――不破の腕は自分を抱き締めてくれるのに、あの時間は刹那的なものなのだ。それをどんどん感じる、満たされるようで埋まらないもの、傍にいるのに……遠く感じる。
「天野さん?」
「……ちがう」
「え?」
「うそ。彼氏なんか、いないよ」
「……」
「仕事、しよ」
「天野さん」
真面目な本田の声に迷いながらも視線を送った。
「天野さん、自分が今どんな顔してるか自覚してます?」
「……ぇ?」
「そんな可愛い声だしてさぁ……勘弁してよ」
さらっと髪の毛に触れられてあかりはまた身を固くした。本田の指先が毛先を弄ぶ、そうすることでふわっと香る整髪料の香り。本田がそれを感じ取ったのか、またくすっと笑って言う。
「最近の天野さん、本気で可愛いですよ?」
そんな風に言われても困ってしまう。先輩らしく軽く、「ありがとう!」と笑ってかわせばいいのにあかりはまともに真正面からその言葉を受け止めてしまった。
「やめてよ……」
慣れていないのだ。ずっと恋愛なんかおろそかにしてきた、大事にしてこなかった。自分自身さえも。
もし自分が今、人から見られて可愛いと思ってもらえるならそれは――不破のおかげだ。
「妬けるなぁ、その男が天野さんにそんな顔させてんだぁ」
本田の言葉にあかりは赤面した。
その日の定時後だ。不破に呼び出された。
仕事をしながら不破に身体を触られて我慢できなくなって求めた。
初めて不破のために購入した下着を晒して喜んでもらえた、あのときの胸の高鳴りがあかりの胸の中にいつまでもある。
気を緩めるとあの時の情事が蘇る。だから毅然としていないと自分自身がおかしくなってしまうのだ。
「えっと。まずはパソコンだよね……本田くんは悪いけどA社のファイル取って来てくれる?」
「了解でーす」
相変わらず口調の軽い本田。それでも機転は効くし仕事もちゃんとする。先輩の、あかりの指示もよく聞いてくれるしきちんと意見も言ったりやりやすい。あかり自身も最近は本田に頼ることも増えた。後輩として育ってきたから嬉しくもある。
「こっちは本体会社のファイルです。でも本社自体はあまり取引なかったみたいですね」
「うん……海外だしね……ありがと」
カラカラ……と、キャスター付きの椅子を引っ張ってきているのが音で分かる。その音があかりの真横で止まってパソコンに向き合っていたあかりがなんとなく手を止めてそろりと横を向いた。
「……近いってば」
「狭いんだから仕方なくないです?」
「仕方なくない、狭いのと近寄るのはまた違う話じゃない?」
「……近寄っちゃダメですか?」
「……ダメ」
「言い方、可愛い」
本田はくすっと笑ってそう言った。その声はいつもよりずっと親し気でどこか熱っぽい。普段の軽さとはまた違う、年下のくせに急に色気を出したみたいな雰囲気であかりは普通に戸惑った。
「……本田くんってさ、彼女、いないの?」
「いませんよ」
「……いそうなのに、ね」
聞いたのに返答の予測をしていなかったあかりは言葉に迷った。余計なことは言葉にしない方がいい。墓穴を掘る。
「欲しいですよ、彼女。欲しいなっていつも思ってます」
「……そっか」
これ以上はまずいとなんとなく空気で察したあかりはパソコンに向き合って平然を装った。年上で先輩だ、もっとうまくかわせればいいがあかりも大して恋愛経験もないし男慣れしているわけでもない。むしろ疎い、免疫も薄い、慣れていない。
ギシッと椅子の背が掴まれてあかりの身体もびくりと跳ねた。
「ほ、本田くん?!」
「天野さんって、本当に今彼氏、いないんですか?」
「い、今仕事中!!」
言い訳が大して見つからない。あかりはテンパる気持ちを必死で抑えてそう言った。
「彼氏、いるんですか?」
「本田くん!!」
「いるかいないか聞いてるだけですけど?」
「か、関係ないじゃん!!聞いてどうするの、そんなこと!!」
「いないならもっと真面目に攻めようかなって」
真面目に攻めるとはどういう意味か。
「い、いる!!」
「マジっすか?」
「いるから諦めて!ごめん!」
なにと言われたわけでもないのにあかりは勝手に断った。
「天野さん、嘘つくの下手すぎません?」
「うう、嘘じゃないよ!!いるから!彼氏!!」
「ふぅん?どんな人ですか?」
「どんな、って……」
「彼氏、どんな人?年上ですか?」
あかりの頭の中に不破が浮かぶ。浮かんでから思う、彼氏ではないと。
「背は?性格は?なんの仕事してるんですか?」
なのに本田の問いかけに思い浮かべてしまう、不破を。むしろ不破しか浮かばない。
年上で、背も高い。穏やかで優しくて、くだけた口調がちょっとだけヤンチャな感じがする。それでもきつさはない、ただフランクに聞こえるだけ。
「……本田くんに、関係ない」
不破を考えて頭が沸騰してくる。人に問われて想像して不破という人物を客観視しだすとどんどん頭の中を支配される。
名前を呼ぶ声が甘くて、見つめてくる瞳が真っ直ぐだ。その真っ直ぐな瞳に見つめながらキスされると何も考えられなくなる。抱き締められる腕の力は強いのに優しい。抱え込むみたいに包んでくれる。その胸の中に抱かれたら胸がふわっと緩んで自然と自分の腕を背中に回してしまう。
抱き締め合う時間が好きだ。
不破の腕の中で、胸に頬を寄せて自分自身も不破を抱きしめるとひとりじゃないと思える。
寂しくなくなる。
抱き締められたら、とんでもないくらい温かいのだ。物理的にも、心理的にも。
それなのに――不破の腕は自分を抱き締めてくれるのに、あの時間は刹那的なものなのだ。それをどんどん感じる、満たされるようで埋まらないもの、傍にいるのに……遠く感じる。
「天野さん?」
「……ちがう」
「え?」
「うそ。彼氏なんか、いないよ」
「……」
「仕事、しよ」
「天野さん」
真面目な本田の声に迷いながらも視線を送った。
「天野さん、自分が今どんな顔してるか自覚してます?」
「……ぇ?」
「そんな可愛い声だしてさぁ……勘弁してよ」
さらっと髪の毛に触れられてあかりはまた身を固くした。本田の指先が毛先を弄ぶ、そうすることでふわっと香る整髪料の香り。本田がそれを感じ取ったのか、またくすっと笑って言う。
「最近の天野さん、本気で可愛いですよ?」
そんな風に言われても困ってしまう。先輩らしく軽く、「ありがとう!」と笑ってかわせばいいのにあかりはまともに真正面からその言葉を受け止めてしまった。
「やめてよ……」
慣れていないのだ。ずっと恋愛なんかおろそかにしてきた、大事にしてこなかった。自分自身さえも。
もし自分が今、人から見られて可愛いと思ってもらえるならそれは――不破のおかげだ。
「妬けるなぁ、その男が天野さんにそんな顔させてんだぁ」
本田の言葉にあかりは赤面した。
その日の定時後だ。不破に呼び出された。
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