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本章
Episode11/悶々
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更衣室で着替えているところにたまたま居合わせただけだった。盗み聞きするつもりもなかったし出来るならさっさと着替えて出て行く気でいた。それくらいあかりの方が気を遣っていた。後輩たちに。
自分より年下の若い子たちの会話は聞いていて面白いこともあるけど、聞くに耐えないことも多い。
自分の映えない暮らしとつい比較してしまうからだ。
「個人的な連絡先教えてほしいって言ったら笑われちゃいました」
新藤が同い年くらいの子にそんなことをぼやいていた。
誰になんの?は、聞かなくてもなんとなく察してしまう。
「仕事の姿勢とかもとてもかっこいいです……フォローが優しくて……あんなボス初めて」
ボス、ならそうなのだな、とあかりのなかでのなんとなくが確定する。やはり新藤は不破を好意的に思っているのか、部下としてだけではなく一人の男性として。
それをハッキリ耳にしてしまうと複雑だった。自分が不破と持ち始めた関係は第三者からしたらどう思われるのか、自分がもし新藤の立場にいたらなんて鬱陶しくて信じられないことをする女なのだろうと思う。
(とてつもなく迷惑な女だな、私って……)
人の恋路を邪魔したいわけではない。自分と不破の関係は相互利益のための契約みたいなものだ。お互いが納得して理解して関係を育んでいる。けれどそれを堂々と人に話して理解してもらえるものとはとても思えない。
あかりにとっては子供を授かりたいがための相手。
不破にとっては抱きたい時に抱ける都合のいい相手。
言葉にしたらとても自己中で自分本位な思いを押し付け合っている。だから成り立っている、だからこそ割り切って関係を作れている。そこに感情を生まれさせたら狂い始める。
気持ちを押し付け出したら……きっと、この関係はおかしくなる。
あかりにはそれが痛いほどわかっているからこそ複雑だった。
不破を好きだと感じている新藤に対して申し訳ない気持ちと言いようのない悶々を抱えてしまっていた。
新藤が、不破にとっての都合の良い相手でもいいからなりたいと望んでそれを不破が受け入れるとなればあかりは必要なくなる。それを思うと胸が勝手に締め付けられた。そんな感情がまたあかりを無駄に苦しめる。そう思うことこそもうおかしなことになっている、あかりには分かっていても無視できないくらいに不安や焦りが胸の中を騒がせていた。
「新藤」
不破の声があかりの耳を震わせる。
視線を送らなくても不破に神経がいく、あかりの身体はだんだん自分の意思を無視して不破に反応し始める。そこに新藤の名を呼ばれたら心の中はより落ち着かなくなった。
「このあとちょっと時間いい?」
「はい!」
新藤の返事はとても明るくて気持ちのいいものだった。仕事への姿勢だけじゃない、不破に呼ばれることへの喜びを感じる。明るくて素直な子だな、あかりはその声を聞いた感じていた。
あんな風に声だけで可愛いと思わせられるのが羨ましかった。自分にはもうそんな可愛さはない。可愛く見せれる技量も無ければ勇気だってない。
「天野さん!」
その可愛い声があかりの名を呼んだ。ハッとしたあかりは顔をあげてその声の方を向いたら新藤が駆け足で寄ってきた。
「これ、チェックお願いしてもいいですか?」
「……うん、どうした?」
渡された文書を手に取り覗き込んだら新藤も一緒に顔を寄せてきた。
「いつもすみません……」
努力は感じるが根本苦手なのだろう。苦手意識がそうさせるのか、頭を下げる割にはあまり文書の書き方はうまくならない。
「英語だったら簡単に仕上げられるんですけど……」
それは言い訳だ、とあかりは思うがやる気を損ねたくはない。日本語力を上げる努力をしてほしいから余計なことは言わず渡される文書を見つめながら新藤に指導を始める。
「とりあえず同じミスはしない方がいいね。こことか前も指摘した気がする。文書も慣れだから、基本は同じだよ?見直して一度自分で確認してみて?」
チェックしつつ指摘すると新藤はどこか上の空だ。
「新藤さん」
「あ、すみません」
新藤が慌ててあかりに向き合ったがどこを見ていたのかは一目瞭然だった。それにあかりは呆れより腹が立ってしまった。
「仕事中。人から指示や指摘受けているときはちゃんと話聞こうか。余所見しないで」
「……すみません」
普段ならこんな風には言わない、いらないことまで言った。それにはあきらかに私情が挟んでいた気がする。だから余計にあかりの胸はいろんな意味でざわついた。
(嫌な言い方……見るなって、何様)
自分の発した言葉に一瞬で自己嫌悪が襲ってくる。
「すみませんでした……」
新藤はくちびるを噛んで謝罪した、その顔は反省よりかは不服そうな表情だ。
「……まずは一度見直してみて?自分でやってみて分からないところは聞きに来る、いい?」
「……はい。失礼しました」
「頑張って」
書類を返したら新藤はため息を一つこぼして席を立った。終わらしたかった仕事が結局大して解決せず手元に戻されたからか。優秀だと聞いていた、実際優秀だ。出来ることは際立って出来る。でもやりたい事だけやりたい、新藤はわかりやすくそういうタイプだ。得意不得意がハッキリしている分、苦手なことは後回し、やらなくて済むならやりたくない。だから指導係の本田も手を焼いている。下っ端や新人はそんな仕事の方が多い。それらをクリアして指示されたことを十分にできて初めて自分の仕事を任されるものだ。でも新藤は違う、自分の得意でやりがいのあることを手を挙げてでもやりたい、意欲もある、戦力にもなるが協調性に欠けていた。
「ふぅ……」
新藤の後ろ姿を見送って小さな溜息を一つ溢した。心の中はいい気分などしない。後輩をうまく育てられないジレンマ、そこに個人的な私的な気持ちをぶつけた。そして気づくのだ。
(羨ましい……)
あんな風に真っ直ぐ見つめられるのが。
新藤は不破に恋をしているのだろう、真っ直ぐに思いを育てている。もし不破とこんな契約みたいな形を取らず普通に恋していたらどんな関係になっていただろう。自然に身体を触れ合わせて、時間を積み重ねて、いつか結婚の話をするのだろうか。そして巡り合うようにお腹に命を宿せたのだろうか……考えても意味のないことだ。
自分たちはそんな関係を作れなかった。
恋愛関係がないから生まれたのだ、お互いが必要としているのは過程じゃない、結果だ。
「天野さん」
本田に呼ばれた。
「ちょっといいですか?」
「うん、どうしたの?」
「A社の過去取引のデータなんですけど……これってバックアップ取れてますか?」
「え、取れてるはずだけど……ないかな」
「今資料室でも探したんですけどなくって……A社って三年前って名前違いますよね?吸収合併されて……」
「あ、そうだ。名前違うからデータの場所もちゃんとまとまってないかもしれないね。資料室行くわ、私も」
「いいですか?」
あかりは頷いて腰を上げた。
自分より年下の若い子たちの会話は聞いていて面白いこともあるけど、聞くに耐えないことも多い。
自分の映えない暮らしとつい比較してしまうからだ。
「個人的な連絡先教えてほしいって言ったら笑われちゃいました」
新藤が同い年くらいの子にそんなことをぼやいていた。
誰になんの?は、聞かなくてもなんとなく察してしまう。
「仕事の姿勢とかもとてもかっこいいです……フォローが優しくて……あんなボス初めて」
ボス、ならそうなのだな、とあかりのなかでのなんとなくが確定する。やはり新藤は不破を好意的に思っているのか、部下としてだけではなく一人の男性として。
それをハッキリ耳にしてしまうと複雑だった。自分が不破と持ち始めた関係は第三者からしたらどう思われるのか、自分がもし新藤の立場にいたらなんて鬱陶しくて信じられないことをする女なのだろうと思う。
(とてつもなく迷惑な女だな、私って……)
人の恋路を邪魔したいわけではない。自分と不破の関係は相互利益のための契約みたいなものだ。お互いが納得して理解して関係を育んでいる。けれどそれを堂々と人に話して理解してもらえるものとはとても思えない。
あかりにとっては子供を授かりたいがための相手。
不破にとっては抱きたい時に抱ける都合のいい相手。
言葉にしたらとても自己中で自分本位な思いを押し付け合っている。だから成り立っている、だからこそ割り切って関係を作れている。そこに感情を生まれさせたら狂い始める。
気持ちを押し付け出したら……きっと、この関係はおかしくなる。
あかりにはそれが痛いほどわかっているからこそ複雑だった。
不破を好きだと感じている新藤に対して申し訳ない気持ちと言いようのない悶々を抱えてしまっていた。
新藤が、不破にとっての都合の良い相手でもいいからなりたいと望んでそれを不破が受け入れるとなればあかりは必要なくなる。それを思うと胸が勝手に締め付けられた。そんな感情がまたあかりを無駄に苦しめる。そう思うことこそもうおかしなことになっている、あかりには分かっていても無視できないくらいに不安や焦りが胸の中を騒がせていた。
「新藤」
不破の声があかりの耳を震わせる。
視線を送らなくても不破に神経がいく、あかりの身体はだんだん自分の意思を無視して不破に反応し始める。そこに新藤の名を呼ばれたら心の中はより落ち着かなくなった。
「このあとちょっと時間いい?」
「はい!」
新藤の返事はとても明るくて気持ちのいいものだった。仕事への姿勢だけじゃない、不破に呼ばれることへの喜びを感じる。明るくて素直な子だな、あかりはその声を聞いた感じていた。
あんな風に声だけで可愛いと思わせられるのが羨ましかった。自分にはもうそんな可愛さはない。可愛く見せれる技量も無ければ勇気だってない。
「天野さん!」
その可愛い声があかりの名を呼んだ。ハッとしたあかりは顔をあげてその声の方を向いたら新藤が駆け足で寄ってきた。
「これ、チェックお願いしてもいいですか?」
「……うん、どうした?」
渡された文書を手に取り覗き込んだら新藤も一緒に顔を寄せてきた。
「いつもすみません……」
努力は感じるが根本苦手なのだろう。苦手意識がそうさせるのか、頭を下げる割にはあまり文書の書き方はうまくならない。
「英語だったら簡単に仕上げられるんですけど……」
それは言い訳だ、とあかりは思うがやる気を損ねたくはない。日本語力を上げる努力をしてほしいから余計なことは言わず渡される文書を見つめながら新藤に指導を始める。
「とりあえず同じミスはしない方がいいね。こことか前も指摘した気がする。文書も慣れだから、基本は同じだよ?見直して一度自分で確認してみて?」
チェックしつつ指摘すると新藤はどこか上の空だ。
「新藤さん」
「あ、すみません」
新藤が慌ててあかりに向き合ったがどこを見ていたのかは一目瞭然だった。それにあかりは呆れより腹が立ってしまった。
「仕事中。人から指示や指摘受けているときはちゃんと話聞こうか。余所見しないで」
「……すみません」
普段ならこんな風には言わない、いらないことまで言った。それにはあきらかに私情が挟んでいた気がする。だから余計にあかりの胸はいろんな意味でざわついた。
(嫌な言い方……見るなって、何様)
自分の発した言葉に一瞬で自己嫌悪が襲ってくる。
「すみませんでした……」
新藤はくちびるを噛んで謝罪した、その顔は反省よりかは不服そうな表情だ。
「……まずは一度見直してみて?自分でやってみて分からないところは聞きに来る、いい?」
「……はい。失礼しました」
「頑張って」
書類を返したら新藤はため息を一つこぼして席を立った。終わらしたかった仕事が結局大して解決せず手元に戻されたからか。優秀だと聞いていた、実際優秀だ。出来ることは際立って出来る。でもやりたい事だけやりたい、新藤はわかりやすくそういうタイプだ。得意不得意がハッキリしている分、苦手なことは後回し、やらなくて済むならやりたくない。だから指導係の本田も手を焼いている。下っ端や新人はそんな仕事の方が多い。それらをクリアして指示されたことを十分にできて初めて自分の仕事を任されるものだ。でも新藤は違う、自分の得意でやりがいのあることを手を挙げてでもやりたい、意欲もある、戦力にもなるが協調性に欠けていた。
「ふぅ……」
新藤の後ろ姿を見送って小さな溜息を一つ溢した。心の中はいい気分などしない。後輩をうまく育てられないジレンマ、そこに個人的な私的な気持ちをぶつけた。そして気づくのだ。
(羨ましい……)
あんな風に真っ直ぐ見つめられるのが。
新藤は不破に恋をしているのだろう、真っ直ぐに思いを育てている。もし不破とこんな契約みたいな形を取らず普通に恋していたらどんな関係になっていただろう。自然に身体を触れ合わせて、時間を積み重ねて、いつか結婚の話をするのだろうか。そして巡り合うようにお腹に命を宿せたのだろうか……考えても意味のないことだ。
自分たちはそんな関係を作れなかった。
恋愛関係がないから生まれたのだ、お互いが必要としているのは過程じゃない、結果だ。
「天野さん」
本田に呼ばれた。
「ちょっといいですか?」
「うん、どうしたの?」
「A社の過去取引のデータなんですけど……これってバックアップ取れてますか?」
「え、取れてるはずだけど……ないかな」
「今資料室でも探したんですけどなくって……A社って三年前って名前違いますよね?吸収合併されて……」
「あ、そうだ。名前違うからデータの場所もちゃんとまとまってないかもしれないね。資料室行くわ、私も」
「いいですか?」
あかりは頷いて腰を上げた。
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