無責任な飼い主

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元カノ編

第八話 情けない飼い主

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首元につけられたキスマークは、まだまだ消えそうにない。汗ばむ日もあるのにファンデーションだけで隠すには心許ない。目立つけれど絆創膏を上に貼った。そこを見るたびにムズムズしてなんだかずっと気恥ずかしい。
 就活のため、とりゅうに打ち明けたもののそこを深くは話さずにいるからりゅうの機嫌が良くなることはない。太々しい態度で怒っているオーラをしっかり出してくる。なんとか宥めようとも思うけど、私自身が明確なものを見つけられていないのに言えるものも言えない。そうすると結局沈黙、言えないだけなのに言わない、と怒られてだんだん……面倒くさくなっている。ハッキリ言って面倒くさいんだ、もう。

「喧嘩してるのぉ?」
 嬉しそうに直球を投げてくる春野さんもハッキリ言って面倒くさい。何なんだよ、この二人は。めんどくさい感じがよく似てるぞ、案外気が合ったんだろう、まで思うほど面倒くさい!

「そういうわけでは……」
「違うのぉ?龍二めっちゃ怒ってるじゃん、あ、喧嘩じゃなくて怒らせてるだけなのね?」
「……」
「何したの、何したのぉ?もう別れる?」
「別れませんっ!」
 馬鹿みたいに素直に噛み付いたら春野さんも素直に落ち込んだ。

「なぁんだー、別れちゃえばいいのに~」
 清々しいほどハッキリ言ってくれる。りゅうとの事がなければ絶対可愛い良い人だろうと思うのに。

「龍二も怒ってても別れないんだね。なんかさぁ……茜ちゃんは特別なんだねー」
「え?」
「知ってるでしょ?龍二の性格。それなりに付き合ってるんなら」
 そう聞かれて少し考えるものの……。

 (知ってるつもりだけど……私が特別かどうかまではわからない)

「龍二は基本怒んないよ」
「いや、結構怒ってますよ?春野さんに」
「やだぁ?ほんと?龍二のこと怒らせられてる?」
 なぜそんなに嬉しそうなんだろうか。

「龍二は怒りのボルテージが結構低いじゃん。無駄な労力使いたくない派でしょ?怒るってことがそもそも好きじゃないんだよ、そうでしょ?」
「そう、かな……」
 無駄な労力うんぬんはそうかもしれない。めんどくさがりというかやりたいことしかやりたくないタイプ。人との付き合い方なんかはそれが顕著だ。不必要に接触しない、関わらない、それは感情に振り回されたくないからだと言っていたことを聞いた事がある。

「そんな龍二を怒らせてその怒りを維持させてるわけでしょお?メンタルは強いね、茜ちゃん」
「はぁ……まぁ……って、別に維持させたいわけじゃ」
「許してもらおうってしてないじゃん」
「許してくれないだけなんで」
 思わずこぼしてしまった。話させ上手か、元カノ強い。

「龍二のせいにするの?」
「……」
「話の分からない人じゃないでしょ?龍二は」
「……」
「どこ見てるの?」
 真っ直ぐ言われて思わず息を呑んだ。

「はぁーあ。付き合いって時間じゃないね」
 春野さんが呆れたようにそう言って席を立った。髪の毛をファサッと手で軽くかきあげるとふんわりとシャンプーの甘い匂いがして単純にいい香りが鼻をかすめた。

「龍二の事、茜ちゃんがなんにも知らないじゃん……までは言う気ないけどさ。私より長く付き合っていてしかも特別に大事にされてるみたいなのに……そんな感じなんだね。自分は愛されてるからって胡坐かいてる?随分余裕なんだね」
 胸に刺さった。色んな方面から春野さんの言葉が矢のように刺さる。胡坐なんかかいてるわけがないだろうが、必死だよ!と心の中で叫ぶだけ。本人相手に言えるわけがない。

「大事にされてるんなら大事にしなよ。大事にしないんなら返してよ、私に。茜ちゃんより大事にしてあげる、私が龍二の事」
 覗き込むようにそう言われて何も言い返せない。

「これからは離れなくてもやりたいこと出来るんだもん。龍二の傍にいてあげられる。龍二の傍で夢を形にするの、茜ちゃんがいつまでもそんな感じでいるなら取っちゃうから、遠慮なく」
「……返してとか、取るとか……そういう言い方しないで下さい」
「……」
 言い返せた言葉がそんなことしか言えなくて。それに春野さん自身もきょとんとして目をぱちぱちさせて数秒、笑った。

「自分の言いたい事がもっとはっきり言えるようになってからだね?茜ちゃん?」
 小首を傾げて完全に挑発するような感じでそう言われた。悔しくてもその通りだ、私は何も言い返せなかった。

 やりたい事も見つけられなくて、目指すものだってない私。
 りゅうの傍にいるだけで、愛されて大事にしてくれるりゅうに対して酔ってるだけ。そんなりゅうを安心させてあげられる言葉も信じてもらえる言葉もなにひとつ投げられない。

 何もない。情けないけど、それが今の私。

 自分が特別だなんて……うぬぼれだ。
 私は自分が特別だなんて全然思えない、だって自分に特別なものなんかなんにも感じないんだから――。


 
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