無責任な飼い主

本編

第三章 手を掴まれたら…

　大学の帰り道。

　先に出た私に追いついた芹沢が横に並んでたわいもない話をしながら歩いていたら急に雨が降ってきて。近くにあった公園の軒に入って少し雨宿りしていた。


「これ止むかなぁ」
「んー、予報では夜にかけて降るって。強まるかもなぁ」
　携帯で天気予報を見てくれていたのかぼんやりした風につぶやかれて空を見上げた。

　夜が近づいている。

　雨はまだ小雨、動くなら今かもしれない。そう思っていたら小さな鳴き声が聞こえた。
　雨の音で消え入りそうだけど、誰かを呼ぶような弱くて可愛い鳴き声が。



「……猫？」
　思わず辺りを探してしまって芹沢に腕を掴まれる。


「探すなや」
「でも……」
「見つけてどないすんの？」
「……でも」
「無視しろ」
　冷たい言葉。そう思ったけど、それが優しさかもしれないはわかっている。

　見つけても拾ってやれない。
　すがるような目に見つめられたって、その目を見つめ返しても結局私は背を向ける。


「……鳴いてるから」
「だから？生きてりゃ泣く時もある。泣いてても助けてもらえへんことの方が多い。そうやって乗り越えていくしかないやろ」
「……なんで」
「あん？」
　芹沢はそんなセリフを吐くのだろう。

　泣きそうになった私を助けたくせに。


「あかん、ここにおるとお前が余計なことしそうや。もう行くぞ」
「え、どこに？」
　グイッと腕を引かれて軒を出たら雨が私たちを濡らしていく。


「芹沢！」
「ここからやったら俺んちが近いから」


（え）


「このままここで捨て猫構って足止めくらって雨が強まると困るやろ、来い」
　芹沢に掴まれた腕が熱い。駆け足で雨の中走るのはなんだか興奮した。


　鳴いている猫の声がまだ耳の裏に張り付いている。
　見捨てた私たちを後ろから呼んでいる、でも、私は振り返れなかった。


　私は、私が掴んで欲しい手を選んで走ってしまった。



「お邪魔……します」
「ん、タオル。お前先シャワーしろ」
　小雨はそのあとすぐに強く降り出して、そこそこ濡れた私たちは本格的な大雨の前に家につけた。


「そんな、芹沢先に入って。てか、シャワー借りようとか思ってない！」
「なんで？そんな濡れてたら風邪引くぞ。どっちにしても着替えんとあかんのやからシャワーしろ」
　玄関で立ちすくむ私を見かねてまた腕を引かれた。今度はさっきよりも強く引かれて前に転びそうなほどの勢いがあった。


「あ、でも……」
「俺の服出しとくから。入れ」
　そう言って強引に脱衣所に押し込まれた。


　玄関から香っていた柑橘系の香りが心地よくて。脱衣所もシンプルでとても綺麗に整えられている。

　神経質なのかな、そう思うくらい同じものや形で揃えられて全部白に統一されていた。

　ふかふかのタオルで濡れた髪や顔を拭きながらキョロキョロみてしまう。
　家電好きなだけあって見たことのない家電がなんだかたくさんある。洗濯機も学生のくせにドラム式とは。


（贅沢なやつ……）


　このふかふかのタオルもこれで乾燥されたのかな、そんなことを思いつつシャワーを借りた私は芹沢と同じ匂いのするタオルに身を包んでいた。
　それが無性に恥ずかしくて、どこか心地よくてギュッとタオルを抱きしめた。