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結婚エトセトラ

first time……小さな恋の物語

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週末がずっと慌ただしい。京都に行った翌週は俺の実家に行くことになった。



「ねぇ、ほんとに変じゃない?」

「変じゃないって。そんなに気を使う必要ないから」

「使うよ!もう胃が痛い……ガッカリされたらどうしよう」



(そんなことあるわけない)



さっきから10分置きくらいにこの類いの会話を繰り返して正直飽きてきている。

家を出る前でも散々服や髪型を気にして何度も着替えては部屋を服で溢れかえさせていた。



「楽しみにしてたよ?おふくろは特に」

「本当に?……はぁ、どうしよう……胃が縮んで今なら痩せられそう」

「ストレスで痩せるな」

実際千夏は昨夜の晩飯をスープを飲んだだけで終えて今朝は水しか飲んでいない。



(本当に痩せるぞ、ちゃんと食えよ)



「ここ曲がったら家。大丈夫?もう行っていい?」

呼吸を整えて精神統一しているように目を閉じた千夏。そんなに構えないといけないような事案ではないと思うがその緊迫した様子は無駄に俺にまで伝染してしまう。



(緊張しすぎだろう……なんか逆にしんどくなるわ)



「もう行こう、はやく終わらせれば済む話だし」

そう言って千夏の手をぐいっと引っ張って角を曲がろうとしたとき小さな影にぶつかった。



「わ!」

「あ、ごめん――大丈夫?」



小学生の男の子にぶつかってその体を起こしたら千夏もソッと傍によってお尻や足についた砂を祓ってやる。



「痛いところない?怪我とかしてないかな?」

千夏が問いかけるとその少年はじっと千夏を見ていて、その横顔に面影を感じて思わず声をかけた。



「もしかして春己?」

「え?」

見上げてきたのは千夏で、当の本人は千夏に夢中で返事さえしない。



「お姉さんが千夏ちゃんですか?」

「え?」

また返事をしたのは千夏だけ。千夏の名前を呼ぶ少年はそのまま千夏の手を取って角を曲がって引っ張っていった。



「え?え?あの、ま、誠くん……」



(――こいつ、俺のことガン無視しやがって)



「春己、ちょっと待て。勝手に連れて行くな」

「着くのが遅いからお母さんが近所見て来いって言ったんだよ。僕は言われたとおりに連れて行くだけ。まーくんが来るのが遅いから悪いんでしょ?」

「……まーくん?」

千夏が俺と少年を交互に見て目をぱちぱちさせている。表情だけ見ているとさっきまでの緊張感はなくなったようだ。



「……甥っ子の春己、お前いくつになったっけ」

「春から小四、今九歳。忘れちゃったの?」

「忘れたって言うか……しばらく会ってないからさ。けど、お前がいるってことは姉貴もいるってこと?」

そう聞くとこくりと頷く。



(げー、最悪)



「萌ちゃんもいる」



(げー、最悪すぎる)



「まーくんって呼ばれてるの?かわいい……」

千夏はそんなどうでもいいことに頬を染めて目を輝かせながら春己とずっと手を繋いでいた。



「春己!どこまで行って……って誠、おっそい!」

玄関先で名前を呼ばれて三人でその声に振り向くと千夏の体がまた緊張で固まったのがわかる。姉はハッキリ言って迫力がある風貌をしている。東京の街中を歩いたら名刺を数枚もらって帰ってくるようなそういう見た目で身内びいきではないけれど美人だ。



(あいっかわらず派手だな……自分に金かけてますって感じで好きじゃないわー)



「お母さん、千夏ちゃん」



(なんでお前が紹介するんだよ)



「ちょっと待ってよ、可愛い可愛い、ちっちゃくて可愛い!待ってたよ、会いたかったよぉ、千夏ちゃん!」

「あ、はじ、はじめまして、菱田千夏と申します!」

「誠の姉の菫です~、それは私の息子の春己です。春己もいきなり千夏ちゃんのこと気に入っちゃったのねぇ、ずっと手繋いでるじゃん~」

「え、あ、ほんとだ、ごめんね」

千夏が気を使って手を離そうとするのに春己は一向に離す気がさなそうで……。



「いい加減に離せっつーの」

「いやだ、まーくん大人げないよ、子供相手に」

「お前いつもガキ扱いされんの嫌がるだろ」

「千夏ちゃん、まーくんが痛いことするよ、怒ってよ」

「何こいつ、めっちゃ腹立つ」



あははは、と高らかに笑って自分の息子を放置する母親を睨んでも知らんぷりして千夏をじろじろと見ている。

背が高めの姉に見下ろされるように見つめられて千夏は腰が引けていた。



「こんな可愛い子良く見つけたね~仕事ばっかで出会いなんかなかったでしょ?どこで見つけたの」

「そういう話はあとでまとめてするわ、てか息子なんとかしろよ。お前も人のモンに勝手にさわんな」

繋いでいる手を離させようと春己の腕を掴んだら大げさに「いたいいたい」と叫んで千夏が心配して俺の動きを止めさせる。



「私なら平気だよ!?春己くんが嫌じゃないなら全然……なんか小さい頃の千秋のこと思い出すし可愛い」

「人のことモノ扱いするって良くないと思うよ、言い方最低だと思う」

優しい言葉をかける千夏に調子に乗った春己が俺にそう投げつけてくるから血管が一本切れそうになった。



「くそムカつくし、全然可愛くないだろこれ」

「まぁまぁ、春己の女子を見る目は私がしっかり鍛えてるからさぁ、千夏ちゃんがそれだけ魅力のある子って証明されただけよ。でもほんと、春己の言う通り大人げないわよ誠、相手九歳、ムキにならないの。みんな待ってるし入ろ?」



イライラしだした俺を心配そうに見つめてくる千夏にこれ以上負担をかけまいとなんとか気持ちを落ち着かせようとするのに、春己が薄い笑みを浮かべて千夏の腕に引っ付くからまたブチ切れそうになった。



「まぁぁ、いらっしゃい!遅いから心配してたのよ~」

「初めまして、菱田千夏です。いつも誠さんには公私共にお世話になっております」

比較的まともな母親を前にして挨拶をしている千夏の姿に少しほっとしているのも束の間、階段を降りてくる音に気づいて視線を送るとその姿にギョッとする。



「公私ともにってなに?」

部屋着とパジャマの間みたいな薄着でラフなカッコの妹がいた。



「……人が来るときになんでそんなカッコしてんのお前、マジで引くわ」

「かわいいでしょ?めっちゃ売れてるんだよ、これ。別にこれでコンビニくらい行けるし。お兄ちゃんの思考が偏ってるだけでしょぉー」



(コンビニしか行けないようなカッコで人迎えんなよ……)



「angel rest……」

呆れてモノも言えない俺をよそに、千夏がいきなりそう呟いて妹に釘付けになっている。



「あ、知ってる?これ新作なの~」

「大好きです、そこのブランド!きょ、今日もつけて……」

「うそうそ~どれどれ?」

そう言っていきなり走って寄ってきたかと思ったら千夏の襟ぐりを引っ張って胸元を覗き込む。その大胆で遠慮もない痴漢行為に千夏もだけど俺も目を剥いた。



「えええー!!」

「お前なにやってんの!?」



「あ、うそ!これ私がデザインして夏に商品化したやつじゃん!!」

「ええ?!デ、デザイン?!デザイナーさんなんですか?!」



「萌!お前本気でふざけてんの?初対面でなにすんだ!」

「サンプルで良かったらいっぱいあるし、気に入るのあったら持って帰りなよ」

「ええ!い、いいんですか?!」



「うんうん、あとで私の部屋おいで~。うん、Eの70ってところかな」

こいつも俺をガン無視して千夏だけ見て会話を続けると、今度は下から持ち上げるように胸をわしづかむからもう絶句する。



「きゃあ!!」

「萌!!」



「こら!萌ちゃん!いい加減にしなさい!千夏さん、ごめんなさいね、萌ちゃんちょっと職業病っていうか……」

「ただの変態だよね」

母親と姉に怒られてしぶしぶ手を離した妹はそれでもまだ懲りずに「揉んだわけでもないのにそんな怒ることなくない?」とふてくされていた。



(疲れすぎる……)



―――――――――――――――――



リビングに座る面々にただただ息を呑む。



(はぁぁぁ、美形家族だぁー)



スラッとした久世家の中では一番小柄で可愛い系のお母さん。フワンとして白い花が良く似合う感じの柔らかい雰囲気だ。話していてもとても気さくで、誠くんのことをお兄ちゃんと呼んでいちいち可愛い。自分が紅茶が好きだからとたくさん茶葉を出してきては、お父さんはこれが好きで、お姉さんはこれが好きで……なんてみんなの好みを話しつつ私の好きなものも聞いてくれる。家族思いの優しいお母さんだと話しててすぐに分かった。



(とにかく可愛い)



お姉さんの菫さんは見た瞬間にビビるほどきれいでモデルさんなのかと思ってたじろいだ。綺麗な黒髪のハンサムショートで口元にあるホクロが色気を十倍ほど増している。お仕事はネットショップを開いて電子商取引をしているらしい。そして二十五歳の時に春己くんを授かったという。

その春己くんもまた九歳ながらもう完成された顔立ちをされている。鼻筋がスッと通って色素が少し薄いのはご主人の遺伝子なのか。別れたそうだがお父さんはイギリスのクウォーターらしい。

なぜか私を気に入って、ずっとそばに引っ付いてくれているから母性をくすぐられて持って帰りたいほど可愛い。



(とにかく綺麗&可愛い)



妹さんと言っても私より年上の萌さんはお母さん似か、綺麗よりかはかわいい美人さん。めちゃくちゃ肌がきれいで髪の毛もつやつや、まつげも長いしお人形さんみたいな人だ。私の好きな下着メーカーにお勤めらしく今は商品のデザイナーもやっているらしい。



(とにかくおしゃれ可愛い)



そしてお父さん……誠くんと菫さんは間違いなくお父さん似だ。

座っているだけで見惚れてしまう。内面から滲み出る大人の余裕、無駄な贅肉もなさそうなスラッとした体形、お母さんを優しく見つめる眼差し、そして何よりイケボ!!



(イケオジすぎる―――!!)



「千夏さん」

「はいぃ!」

名前を呼ばれるだけで鼻血を噴きそうになって困る。



「誠はちゃんとやってますか?仕事もだけど、普段の暮らしでも、あなたに負担や迷惑をかけたりしてないですか?こいつはちょっと自分のことばかりみたいなところが昔からあるから……」

「そうそう、お兄ちゃんはなんでも一人で決めて周りの意見も全然素直に聞かない子だったのよぉ。ちょっと人を馬鹿にしてるみたいなところもあるしねぇ?課長なんて本当に務まってるの?」

お父さんとお母さんに聞かれて何から返そうかと思っていたら菫さんが口を開いた。



「ほんとそれ、誠は人を馬鹿にしてんのよ、私が離婚するってなったときもこの子だけよ?嘲笑ったの、本気で性根腐ってるって思ったわ」

「俺の性根が腐ってるなら腐らせたのは間違いなく姉貴だわ」

「そういうところね、すぐ人のせいにして自分のこと棚に上げるの、全然変わんないね、あんた」

誠くんと菫さんがにらみ合う中、萌さんが私に聞いてくる。



「ほんとにお兄ちゃんでいいのぉ?かなり性格悪いと思うんだけど~やめるならいまのうちだよ?」

「そんな、やめません。だって私、大好きなので」

思わず言ってしまった。言ったらみんなが見つめてくるからもうなんだか開き直ってしまった。



まずはお父さんに向いて伝える。



「仕事場でもとっても頼りになる上司です。仕事もいっぱいあって大変なのに部下のことも気にかけてくれて働きやすい環境を作ってもらってます。誠くんが上司じゃなかったら私は仕事も辞めてました、誠くんの下で働けてほんとに幸せなんです」



「お付き合いさせてもらってから私が甘えてばかりです。私の我儘ばっかり聞いてもらってて、いつでも私の気持ちを尊重してくれてます。迷惑なんてひとつもないですよ」

お母さんに伝えたら目尻が垂れてとっても優し気に微笑まれてつられて笑ってしまった。



「お兄ちゃーん、もうこの子逃がしたら一生一人で孤独死になるね」

「間違いないね、大事にしなよ」

菫さんと萌さんが誠くんにそう言うと「わかってるよ」と私に向かって微笑んでくれた。



「まーくんが嫌になったらいつでも別れて僕と結婚したらいいよ。僕、絶対将来有望株になってるから」

「え?」

横にいた春己くんにきゅっと手を包まれてニコッと微笑まれる。



「春己本気で千夏ちゃんのこと好きになっちゃったの?」

「うん、僕一目惚れって初めてした」

「ふざけんなよ、こいつ」



私が知り得なかった誠くんの家族、その中で過ごす誠くんの姿を見れて幸福感に包まれる。

春己くんの本気か冗談かわからない言葉にみんなで笑い合えた幸せな午後だった。

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