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谷川志織の話
恋の終わりと始まりと
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もう連絡はひと月来ない。
それも今月がちょうど付き合って一年経つというタイミングだ。始まりから遠距離恋愛で頻繁に会えないし、月日は経っているが中身はさほど濃いものでもない気がする。
「はぁ……」
待つのにも疲れて、連絡を気にするのも嫌になってきた。それでも自分から投げられないことが一番嫌だった。
好きだから、別れたくないから、そんな健気な気持ちでもない。
どうしてこうなったのかな、何がダメだったのかな、いつから、どこで、話せば色んなことが知りたくなる気がしていた。そしてそれを聞く勇気がないだけ、別れ話をするのに憂鬱そうに嫌な顔でされるのは嫌だ。それなら自然消滅の方が楽かもしれない、そんな風に思ってしまっている。
自然消滅の定義って何日からなるんだろう。そんなしょうもないことを考えていたせいかもしれない。
「これ、注文桁数おかしくない?」
課長に呼ばれて発注データを見直してハッとした。
「すみません!間違えてます!」
「あちゃー、ちょっとエライ数届くことになるな……こりゃ……俺もちゃんと確認しなかったけど……まいったな」
課長はキツく怒りはしなかったけど、明らかに面倒くさそうに頭を抱えてしまって申し訳ない気持ちになる。
「本当にすみません……こんなミス……私、営業にも掛け合ってみます!」
そんな私の声を聞いていたのか、同期の黒須が声をかけてきた。
「やらかしたん?」
「……やらかした」
「見せて」
「え?」
発注した商品書類を見ながら「ふんふん」と大げさに言いながらニヤリと笑って言ってきた。
「これ、俺が捌いてやろうか?需要ある企業心当たりある」
「うそ!本当?」
黒須は営業のエースだ。
「課長に俺の名前出しとけ、二日ほどちょうだい」
「黒須~神様?崇めるわ」
「うまく行ってから崇めて奉れ」
「土下座する」
「女に土下座されて喜ぶ男いねーわ」
そう言って颯爽と事務所に戻って本当に二日後取引先と商談を決めてきてくれた。
「本当にありがとう、助かった」
両掌を顔の前で合わせて頭を下げつつ崇めるようにお礼を言った。
「いーよ。まぁ今晩奢ってもらおうかな」
「何でも奢ります、ボトル入れてもいいよ」
「マジかよ、めっちゃ太っ腹じゃん」
「それくらい嬉しいってこと、ありがと、黒須」
心からそう言ったら黒須は少し照れたように俯いて咳払い、なんだ、黒須も照れたりするんだ、と内心笑ってしまった。
「お店、私が決めていい?」
「うん、俺これからちょっと出るからそこから直接行くし携帯入れといて」
「了解しました」
敬礼すると笑われた。
「今日は谷川、なんでも言うこと聞いてくれそうだな」
「はい、黒須殿には頭が上がりませぬ」
「はは、楽しみだな、夜」
ニカッと白い歯を見せて笑う顔は誰が見ても見惚れるほどカッコいい。
最初は私も無駄にときめいたものだ。今はそんな少女漫画みたいな勘違いはしないけど。
入社式で隣の席になってニコッと微笑まれて勘違いしかけたのはまだ若かったから。
気さくで話しやすくて、ちょっとしたことでもさりげなく声をかけてくれて、いい距離感で仲良くしてくれる。
仕事は早いし対応力もあってすぐに成果を出していた。好感度が高いから顧客の心を掴むのもうまい。安心、信頼、そこにイケメン。
黒須は営業が向いている。
社内でももちろんモテている。同期というだけで何回も恋の橋渡しを頼まれたこともある。仲良くしている同期女子は私の他にも数人いそうだけれど、まわりは私が一番仲がいいでしょ?と言ってくる。
そうかな?
黒須はそんな誰かを特別視したりしない気がするけどな、そんな風に思っていた。
誰とでも、分け隔てなく、最低の距離と安定の顔で付き合いをしている。
それは逆に誰ともそこまで馴れ合っていない、そういう風にも取れた。
黒須はお酒が好きだから今日は飲んでもらおうと少し小洒落たバーを予約した。
先に着いてカウンターに案内されて黒須が来るのを待っていた。
【悪い、少し遅れる】
店についてからラインが届いてそれを確認した。
出先がどこかわからない、何時ごろになるだろう。待つのは結構好きだ、だから結局彼氏ともこんなズルズル続いて待ってしまっているのだけれど。
待つのが好きでもここまできたら重症だな、そんなことを思いながら自虐気味に笑ってしまった。バーカウンターで一人うすら笑みを浮かべる女、気持ち悪いな……ハッとして周りを見渡したら三つほど離れた席にいた一人の男性にニコッと微笑まれた。
笑ってるところを見られて笑われた……恥。
愛想みたいな会釈を返して顔を逸らす。
できたらこの場を離れたいが案内された以上仕方ない。俯いていたら目の前にグラスが置かれた。
「え?」
「あちらのお客様から」
……こんなドラマみたいなことあるの?
恐る恐る横を振り向いたら私よりも年上の落ち着いた感じの男性がまたニコッと微笑んでいる。
これは……どう対応したらいいんだろうか。
ドラマではどういう流れ?リアルはどうするの?これ、本当にリアルの話?夢?夢ならどこから夢?もうよくわからない。
頭の中でぐるぐるしていたら隣にフワッと人の気配がして気づいたらその男性が横に来ていた。
「お一人ですか?」
……ドラマっぽい。
「あの、これ……」
「飲みやすいから良かったらどうぞ?」
赤色よりは薄くて朱色のような綺麗なお酒。
これがなんのお酒か詳しくないからわからないが甘い香りはする。
「ど、どうも……」
押し進められるように促されて雰囲気に飲まれたのかもしれない。
言われるがまま手を伸ばして口にソッとつけてしまった。
「ん……甘い……」
でもその後喉を通るときにカッとなるような熱を感じた。
「これ……なんの……」
そう聞きかけたとき、グラスを横から取られてその手に視線が行った。
「ツレにちょっかいかけんのやめてもらえます?」
「……やっぱり待ち合わせだったんだ」
失礼、とその男性はそのまま席を立って行ってしまった。
「おつかれ、さま」
少し怒った感じの黒須にそう声をかけても無視されて、黒須はグラスに鼻をつけて匂いを嗅いでいる。
「これ飲んだの?」
「一口だけ?」
「飲むなよ、どこの誰かもわかんないヤツに出された酒を。しかもこれ……」
「甘かった……」
呑気な感想をこぼしたらチッと舌打ちされた。
その態度にちょっとイラっとしてしまって私も言わなくていい事を言ってしまった。
「黒須が遅いからじゃん。喉乾いてたし……」
「それは悪かったけど!でもさぁ……いや、ごめん。遅れて」
「……ううん、ありがと。ああいうの慣れてないからどう対処していいかわかんなかった、びっくりして断れなかったの」
「……彼氏来るからって言え、そう言うときは」
不貞腐れたように黒須が言う言葉に吹き出した。
「来ないもん」
「え?」
「待ってても来ないし、待ってたって来ない、もう来ない」
「……別れたの?」
「来てくれたの黒須だけだよ」
なんだか気持ちがむしゃくしゃしてきた。
仕事のミスも、恋も、大人の対応ができない自分も、なにもかも。
情けなくて、虚しくて、なんだか寂しい。
大人になる程……寂しいことが増える。自分が、寂しい人間に思える。
「ちょっとそれちょうだいよ!」
黒須が持つグラスを奪い取ってグーッと飲んだ。
「おい!バカ!それ……」
はぁー、っと飲んで吐き出した息がやたら熱い。身体が、燃えるように熱い。
気づくと私はベッドの上にいた。
それも今月がちょうど付き合って一年経つというタイミングだ。始まりから遠距離恋愛で頻繁に会えないし、月日は経っているが中身はさほど濃いものでもない気がする。
「はぁ……」
待つのにも疲れて、連絡を気にするのも嫌になってきた。それでも自分から投げられないことが一番嫌だった。
好きだから、別れたくないから、そんな健気な気持ちでもない。
どうしてこうなったのかな、何がダメだったのかな、いつから、どこで、話せば色んなことが知りたくなる気がしていた。そしてそれを聞く勇気がないだけ、別れ話をするのに憂鬱そうに嫌な顔でされるのは嫌だ。それなら自然消滅の方が楽かもしれない、そんな風に思ってしまっている。
自然消滅の定義って何日からなるんだろう。そんなしょうもないことを考えていたせいかもしれない。
「これ、注文桁数おかしくない?」
課長に呼ばれて発注データを見直してハッとした。
「すみません!間違えてます!」
「あちゃー、ちょっとエライ数届くことになるな……こりゃ……俺もちゃんと確認しなかったけど……まいったな」
課長はキツく怒りはしなかったけど、明らかに面倒くさそうに頭を抱えてしまって申し訳ない気持ちになる。
「本当にすみません……こんなミス……私、営業にも掛け合ってみます!」
そんな私の声を聞いていたのか、同期の黒須が声をかけてきた。
「やらかしたん?」
「……やらかした」
「見せて」
「え?」
発注した商品書類を見ながら「ふんふん」と大げさに言いながらニヤリと笑って言ってきた。
「これ、俺が捌いてやろうか?需要ある企業心当たりある」
「うそ!本当?」
黒須は営業のエースだ。
「課長に俺の名前出しとけ、二日ほどちょうだい」
「黒須~神様?崇めるわ」
「うまく行ってから崇めて奉れ」
「土下座する」
「女に土下座されて喜ぶ男いねーわ」
そう言って颯爽と事務所に戻って本当に二日後取引先と商談を決めてきてくれた。
「本当にありがとう、助かった」
両掌を顔の前で合わせて頭を下げつつ崇めるようにお礼を言った。
「いーよ。まぁ今晩奢ってもらおうかな」
「何でも奢ります、ボトル入れてもいいよ」
「マジかよ、めっちゃ太っ腹じゃん」
「それくらい嬉しいってこと、ありがと、黒須」
心からそう言ったら黒須は少し照れたように俯いて咳払い、なんだ、黒須も照れたりするんだ、と内心笑ってしまった。
「お店、私が決めていい?」
「うん、俺これからちょっと出るからそこから直接行くし携帯入れといて」
「了解しました」
敬礼すると笑われた。
「今日は谷川、なんでも言うこと聞いてくれそうだな」
「はい、黒須殿には頭が上がりませぬ」
「はは、楽しみだな、夜」
ニカッと白い歯を見せて笑う顔は誰が見ても見惚れるほどカッコいい。
最初は私も無駄にときめいたものだ。今はそんな少女漫画みたいな勘違いはしないけど。
入社式で隣の席になってニコッと微笑まれて勘違いしかけたのはまだ若かったから。
気さくで話しやすくて、ちょっとしたことでもさりげなく声をかけてくれて、いい距離感で仲良くしてくれる。
仕事は早いし対応力もあってすぐに成果を出していた。好感度が高いから顧客の心を掴むのもうまい。安心、信頼、そこにイケメン。
黒須は営業が向いている。
社内でももちろんモテている。同期というだけで何回も恋の橋渡しを頼まれたこともある。仲良くしている同期女子は私の他にも数人いそうだけれど、まわりは私が一番仲がいいでしょ?と言ってくる。
そうかな?
黒須はそんな誰かを特別視したりしない気がするけどな、そんな風に思っていた。
誰とでも、分け隔てなく、最低の距離と安定の顔で付き合いをしている。
それは逆に誰ともそこまで馴れ合っていない、そういう風にも取れた。
黒須はお酒が好きだから今日は飲んでもらおうと少し小洒落たバーを予約した。
先に着いてカウンターに案内されて黒須が来るのを待っていた。
【悪い、少し遅れる】
店についてからラインが届いてそれを確認した。
出先がどこかわからない、何時ごろになるだろう。待つのは結構好きだ、だから結局彼氏ともこんなズルズル続いて待ってしまっているのだけれど。
待つのが好きでもここまできたら重症だな、そんなことを思いながら自虐気味に笑ってしまった。バーカウンターで一人うすら笑みを浮かべる女、気持ち悪いな……ハッとして周りを見渡したら三つほど離れた席にいた一人の男性にニコッと微笑まれた。
笑ってるところを見られて笑われた……恥。
愛想みたいな会釈を返して顔を逸らす。
できたらこの場を離れたいが案内された以上仕方ない。俯いていたら目の前にグラスが置かれた。
「え?」
「あちらのお客様から」
……こんなドラマみたいなことあるの?
恐る恐る横を振り向いたら私よりも年上の落ち着いた感じの男性がまたニコッと微笑んでいる。
これは……どう対応したらいいんだろうか。
ドラマではどういう流れ?リアルはどうするの?これ、本当にリアルの話?夢?夢ならどこから夢?もうよくわからない。
頭の中でぐるぐるしていたら隣にフワッと人の気配がして気づいたらその男性が横に来ていた。
「お一人ですか?」
……ドラマっぽい。
「あの、これ……」
「飲みやすいから良かったらどうぞ?」
赤色よりは薄くて朱色のような綺麗なお酒。
これがなんのお酒か詳しくないからわからないが甘い香りはする。
「ど、どうも……」
押し進められるように促されて雰囲気に飲まれたのかもしれない。
言われるがまま手を伸ばして口にソッとつけてしまった。
「ん……甘い……」
でもその後喉を通るときにカッとなるような熱を感じた。
「これ……なんの……」
そう聞きかけたとき、グラスを横から取られてその手に視線が行った。
「ツレにちょっかいかけんのやめてもらえます?」
「……やっぱり待ち合わせだったんだ」
失礼、とその男性はそのまま席を立って行ってしまった。
「おつかれ、さま」
少し怒った感じの黒須にそう声をかけても無視されて、黒須はグラスに鼻をつけて匂いを嗅いでいる。
「これ飲んだの?」
「一口だけ?」
「飲むなよ、どこの誰かもわかんないヤツに出された酒を。しかもこれ……」
「甘かった……」
呑気な感想をこぼしたらチッと舌打ちされた。
その態度にちょっとイラっとしてしまって私も言わなくていい事を言ってしまった。
「黒須が遅いからじゃん。喉乾いてたし……」
「それは悪かったけど!でもさぁ……いや、ごめん。遅れて」
「……ううん、ありがと。ああいうの慣れてないからどう対処していいかわかんなかった、びっくりして断れなかったの」
「……彼氏来るからって言え、そう言うときは」
不貞腐れたように黒須が言う言葉に吹き出した。
「来ないもん」
「え?」
「待ってても来ないし、待ってたって来ない、もう来ない」
「……別れたの?」
「来てくれたの黒須だけだよ」
なんだか気持ちがむしゃくしゃしてきた。
仕事のミスも、恋も、大人の対応ができない自分も、なにもかも。
情けなくて、虚しくて、なんだか寂しい。
大人になる程……寂しいことが増える。自分が、寂しい人間に思える。
「ちょっとそれちょうだいよ!」
黒須が持つグラスを奪い取ってグーッと飲んだ。
「おい!バカ!それ……」
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