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lesson1

出会い-1

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 なぜ、こんなことになったのか。

 瑠衣は数日前を思い出していた。
 会議の資料をコピーして紙をまとめていると黄色い声に視線をあげた。オフィス入り口前に姿を見せた濃紺のスーツに身を包む社内の高嶺の花がそこにいた。

 瑠衣はその姿をチラッとだけ盗み見してすぐに視線を落とす。一瞬見るだけで胸が高鳴って頬が熱くなる、それだけトキメク相手、白鹿湊人はくしかみなとに瑠衣は想いを寄せている。
 けれどそれを気軽に誰かに打ち明けることはないし、本人に伝える気も毛頭ない。
 ただ遠くから見つめるだけの秘密の恋をしている。

(私なんかが相手にされるわけないし)

 白鹿が自分をどこまで認知しているかさえ知らない、それほど二人の距離は遠く、接触もない。営業一課の白鹿がたまに訪れる総務課に瑠衣は在籍している。話したことがあるのは一度だけ、しかも一方的に業務内容だけだ。

「ここに受取りのサインをお願いします」
 差し出した用紙にサラッと名前を書かれてその字がとても綺麗だったのがまず印象深い。

(白鹿湊人……名前も綺麗)

 白王子と呼び名をつけられた目の前の相手を至近距離で見たのもその時が初めてだった。
 サラッとした黒髪が白い肌をさらに白く見せるように透き通っていて、そこらの女子より綺麗な肌をしていた。白王子という異名は名前もあるだろうけど、きっとこの肌の白さからもきているのだろう、と瑠衣は名前を書く手を見つめながら思った。

「はい、よろしくお願いします」
 瑠衣のような若い社員にも丁寧に言うと、頭を下げてくれた。

「いつもありがとうございます」
 そう言ってお礼まで言う。

 何も言わず素っ気ない人はたくさんいる。怒る人もいるし、面倒なことだとイラつく人もいる。
 これは業務の一環でお礼を言われるようなことは何一つないが、その白鹿の丁寧な物腰はまさに王子だった。お礼の言葉に思わず白鹿の顔を見てしまって目があった。そのとき優しく微笑まれて単純だがそれだけで恋に落ちた。

 恋に落ちるほど素敵な甘い笑顔だった。

 この笑顔がなにも自分に特別に投げられたものじゃないのはわかっている。白鹿にとったらきっと息をするくらい簡単で日常的なものだろう、けれど瑠衣には違った。

 非日常で特別な一瞬の出来事だった。

 その日以来、白鹿が来るのを待ち侘びてしまった。待っている自分に気づかないふりをしながらオフィス入口が騒ぐと胸を躍らせた。
 顔を見るだけでその日仕事に来てよかったと思う。誰かと話す声だけでも聞けたら目を閉じて耳を澄ました。
 けれどそれだけだ。瑠衣にとってはそれだけで、それ以上求めることはない。白鹿を対応したい女性社員は山ほどいたし、自分が前に出てそれに手を挙げられるわけもない。

 白鹿の視界の中に自分が映らないのはわかっている、それでいいと思っていた。
 なぜなら瑠衣には人に言えない悩みがあったから。それは恋をするには難儀で重い悩みだったのだ。

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