113 / 145
続編/高宮過去編
2
しおりを挟む
颯は気管支喘息の咳が主症状で、 咳が出だすと続く、話をすると咳き込む、走ると咳がでる、夜間布団に入ると咳が出る、そんな症状を日常で繰り返していた。
発症したのは三歳くらいか、キッカケは風邪などのウイルス感染によって気道が炎症し、それによって喘息発作を起こした。その風邪が治ってから咳が続いていたのを仕事が忙しかった両親は咳喘息を放置して、気管支喘息に移行した。
仕事を理由に息子の病状を悪化させたことが母親を追い詰めた。
それ以来仕事も辞めて、颯につきっきりで看病するようになり、それは傍で見ていても過剰すぎるほどの接し方で病的なものさえ感じた。咳ひとつしたら駆け寄って、熱が出たら病院へ走り、母親も颯の部屋ばかりを行き来する。幼い俺でもわかるほど、母親は颯しか見えない、そんな感じでむしろ気持ちは冷める一方だった。
「駿は聞き分けが良くて助かるわ」
父親に電話をしていた母親の言葉を遠くで聞きながら思う。
(聞き分けってなんだろう)
確かに文句も不満も言ったりするような子供ではなかった、けれど母親も俺に何かを言ったわけではない。単純に物分かりが早かっただけな気がする。
「颯が苦しいのわかるでしょ?」
そんなもの見ていれば分かる、息を吐くだけで涙ぐんで嘔吐を繰り返したり熱でうなされる颯は誰が見ても苦しそうで可哀想だ。
でも残念ながらその苦しさ自体が俺にわかるわけではない、颯の苦しみは俺の苦しみにはならないから、それはなにもわかってやれないことと同じではないか。
六歳くらいになると小さな定量吸入器で 吸入ステロイド薬を予防薬として使い始めた。それのおかげか発作での入院は減少した。それでもすぐに風邪を引く颯は七歳の誕生日もベッドで過ごすことになった。
隣の部屋から激しい咳き込む声、母親がバタバタと部屋を出ていく音がしてまた颯の容体が悪化したのが分かる。 なんとなく部屋を覗き込んだら全身で咳き込む姿、涙をこぼしてヒューヒュー息をしている。颯の手がベッドのまわりを這いまわるように何かを探している。
(吸入器……)
それはベッドの下に落ちていた。
当時俺は十二歳、今までの知識と目の前の颯を見たら何をしてやればいいかなんか簡単に分かっていた。それでも足がすぐに動かない。
(苦しそうだな、このまま放っておけば颯はどうなるのかな)
その考えがいかに恐ろしいことかを気づけないほど幼かったわけではない、けれどその感情の意味に気づけなかった。
「――お、おにぃちゃ……」
ゼェゼェ、ヒューヒュー言いながら俺を呼ぶ颯。
「たすけて……」
その言葉を聞いて初めてハッとした。落ちている吸入器をやっと手に取ったとき、母親が部屋に飛び込んできて俺の手から吸入器を奪い取って発狂した。
「颯を殺す気なの!?」
――俺は……。
怖くなって部屋から飛び出した。どこに行くわけもなく家を出てその辺をぶらぶらして、気づくと夜になっていた。
小六の子供に行く当てなんかない、帰る場所がひとつしかないのが虚しくて、幼い俺にはもう家に帰ること自体が苦痛になっていた。玄関先で父親が待ってくれていた。俺を見て安堵した顔をしたのは今でもよく覚えている。
「ごめんな、駿……お母さんのこと許してやってくれ」
母親を許さないといけないことなんかない。
あのセリフを言わせたのは俺だ、俺が、母親を発狂させた。
殺すつもりなんかない、そんなつもりじゃなかった。でもあの時抱いた感情に名前を付けるなら狂気以外ない。
そして颯はその俺の気持ちにきっと気づいたのだ。
発症したのは三歳くらいか、キッカケは風邪などのウイルス感染によって気道が炎症し、それによって喘息発作を起こした。その風邪が治ってから咳が続いていたのを仕事が忙しかった両親は咳喘息を放置して、気管支喘息に移行した。
仕事を理由に息子の病状を悪化させたことが母親を追い詰めた。
それ以来仕事も辞めて、颯につきっきりで看病するようになり、それは傍で見ていても過剰すぎるほどの接し方で病的なものさえ感じた。咳ひとつしたら駆け寄って、熱が出たら病院へ走り、母親も颯の部屋ばかりを行き来する。幼い俺でもわかるほど、母親は颯しか見えない、そんな感じでむしろ気持ちは冷める一方だった。
「駿は聞き分けが良くて助かるわ」
父親に電話をしていた母親の言葉を遠くで聞きながら思う。
(聞き分けってなんだろう)
確かに文句も不満も言ったりするような子供ではなかった、けれど母親も俺に何かを言ったわけではない。単純に物分かりが早かっただけな気がする。
「颯が苦しいのわかるでしょ?」
そんなもの見ていれば分かる、息を吐くだけで涙ぐんで嘔吐を繰り返したり熱でうなされる颯は誰が見ても苦しそうで可哀想だ。
でも残念ながらその苦しさ自体が俺にわかるわけではない、颯の苦しみは俺の苦しみにはならないから、それはなにもわかってやれないことと同じではないか。
六歳くらいになると小さな定量吸入器で 吸入ステロイド薬を予防薬として使い始めた。それのおかげか発作での入院は減少した。それでもすぐに風邪を引く颯は七歳の誕生日もベッドで過ごすことになった。
隣の部屋から激しい咳き込む声、母親がバタバタと部屋を出ていく音がしてまた颯の容体が悪化したのが分かる。 なんとなく部屋を覗き込んだら全身で咳き込む姿、涙をこぼしてヒューヒュー息をしている。颯の手がベッドのまわりを這いまわるように何かを探している。
(吸入器……)
それはベッドの下に落ちていた。
当時俺は十二歳、今までの知識と目の前の颯を見たら何をしてやればいいかなんか簡単に分かっていた。それでも足がすぐに動かない。
(苦しそうだな、このまま放っておけば颯はどうなるのかな)
その考えがいかに恐ろしいことかを気づけないほど幼かったわけではない、けれどその感情の意味に気づけなかった。
「――お、おにぃちゃ……」
ゼェゼェ、ヒューヒュー言いながら俺を呼ぶ颯。
「たすけて……」
その言葉を聞いて初めてハッとした。落ちている吸入器をやっと手に取ったとき、母親が部屋に飛び込んできて俺の手から吸入器を奪い取って発狂した。
「颯を殺す気なの!?」
――俺は……。
怖くなって部屋から飛び出した。どこに行くわけもなく家を出てその辺をぶらぶらして、気づくと夜になっていた。
小六の子供に行く当てなんかない、帰る場所がひとつしかないのが虚しくて、幼い俺にはもう家に帰ること自体が苦痛になっていた。玄関先で父親が待ってくれていた。俺を見て安堵した顔をしたのは今でもよく覚えている。
「ごめんな、駿……お母さんのこと許してやってくれ」
母親を許さないといけないことなんかない。
あのセリフを言わせたのは俺だ、俺が、母親を発狂させた。
殺すつもりなんかない、そんなつもりじゃなかった。でもあの時抱いた感情に名前を付けるなら狂気以外ない。
そして颯はその俺の気持ちにきっと気づいたのだ。
10
お気に入りに追加
182
あなたにおすすめの小説
デキナイ私たちの秘密な関係
美並ナナ
恋愛
可愛い容姿と大きな胸ゆえに
近寄ってくる男性は多いものの、
あるトラウマから恋愛をするのが億劫で
彼氏を作りたくない志穂。
一方で、恋愛への憧れはあり、
仲の良い同期カップルを見るたびに
「私もイチャイチャしたい……!」
という欲求を募らせる日々。
そんなある日、ひょんなことから
志穂はイケメン上司・速水課長の
ヒミツを知ってしまう。
それをキッカケに2人は
イチャイチャするだけの関係になってーー⁉︎
※性描写がありますので苦手な方はご注意ください。
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
※この作品はエブリスタ様にも掲載しています。
冷徹上司の、甘い秘密。
青花美来
恋愛
うちの冷徹上司は、何故か私にだけ甘い。
「頼む。……この事は誰にも言わないでくれ」
「別に誰も気にしませんよ?」
「いや俺が気にする」
ひょんなことから、課長の秘密を知ってしまいました。
※同作品の全年齢対象のものを他サイト様にて公開、完結しております。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
Sweet Healing~真摯な上司の、その唇に癒されて~
汐埼ゆたか
恋愛
絶え間なく溢れ出る涙は彼の唇に吸い取られ
慟哭だけが薄暗い部屋に沈んでいく。
その夜、彼女の絶望と悲しみをすくい取ったのは
仕事上でしか接点のない上司だった。
思っていることを口にするのが苦手
地味で大人しい司書
木ノ下 千紗子 (きのした ちさこ) (24)
×
真面目で優しい千紗子の上司
知的で容姿端麗な課長
雨宮 一彰 (あまみや かずあき) (29)
胸を締め付ける切ない想いを
抱えているのはいったいどちらなのか———
「叫んでも暴れてもいい、全部受け止めるから」
「君が笑っていられるなら、自分の気持ちなんてどうでもいい」
「その可愛い笑顔が戻るなら、俺は何でも出来そうだよ」
真摯でひたむきな愛が、傷付いた心を癒していく。
**********
►Attention
※他サイトからの転載(2018/11に書き上げたものです)
※表紙は「かんたん表紙メーカー2」様で作りました。
※※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。
でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。
けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。
同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。
そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる