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続編/燈子過去編
記憶の宝箱(燈子)―1
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「ん?」
ずっとずっと好き、この彼の優しくて甘い問いかけが。わざと聞かせたくなる、それくらい好きで私はよく聞き返させるように話をしていた。
聞いて?
問いかけて?
私を見てその優しい声で聞いてほしい、そしたら私はもっと素直に気持ちを吐き出せるから。
「抱いてほしい、駿くんと抱き合いたい」
掴んだその手が私の手を包み返して腕の力が加わって強く引き寄せられると抱きしめられた。熱い手が腰に回って、もうひとつの手が背中を押すように力を込めてきて胸と胸が密着する。胸だけじゃなく、身体の中の臓器までもつぶれそうなほど強く抱きしめられて息がしにくい。
苦しい、細切れの息しか吐けないほど酸素が吸えない、それでもどんどん満たされていく。
苦しいほどの圧迫感、それはただ単純に私の胸に迫ってきて私が私でいられると安心できる。
抱きしめられたかった。
自分は一人ではないと、安心して体を預けられるほど信頼できる人に抱きしめて欲しかった。
ずっと、その願いを諦めて生きていこうと思っていたのは、それをもし手に入れてまた失くすのが怖かったから。今度それを失くしたらきっと生きていけない、だから私はひとりでいい、その願いを叶えるより失わないための手段を選ぶ方がいいとそう思った。
いろんな気持ちに蓋をして自分の好きなことだけに向き合う時だけが幸せな瞬間。
そんなささやかな暮らしで満足だったし特別な何かを欲しいなんて思わない。
身の丈に合った普通でありきたりな毎日を繰り返して、好きなものを楽しんで自分にちょっとだけご褒美に投資する。そんな暮らしを続けていれば自然とそれが当たり前になって馴染んでいく。
二年ほど経つと気持ちは勝手に風化されてきた。
思う日はある、たまにどうしようもないほど孤独や悲しみに染まる日もある。でも泣くほどのこともない。私は不思議と一度も織田さんのことで泣かなかった。
会いたいや、声が聴きたいと思うことは会っても涙が滲むことはない、もうそんなレベルではなかったのか麻痺していたのかわからない。でも泣けなかったのだ。
母が死ぬ時でさえ、涙がこぼれない。
心がどこか壊れたかもしれない、そんなバカげたことを思ったりもした。
映画を見たり、本を読んだり、麻里奈と話して笑いまくって……そういう時の自分の感情が震えるときは泣ける。でも誰かを思ってはもう泣けない。
きっともう、人を思って泣くことはないんだろう。
織田さんは私の人生の中で最後の恋の経験をさせてくれた夢のような人だったのだ。
あんな世界の違う人と未来を約束したことがそもそもありえなかった。夢のような出来事だったのだ、そう思えてきた頃だ。
「好きなものがあるって素敵ですね」
実習でやってきた彼。
太陽みたいに遠く高い位置にいて周りを照らすほど輝いた人が眩しいほどの笑顔を私にぶつけてきた。
「好きなことを大事にして生きていきなさい。あなたの人生よ、我慢しないで、好きなものがあるのは素敵なことよ、ずっと大事にしてね。燈子、自分を大事にして生きて」
死に際の母が最期に私に言った言葉だ。それをまさか時を超えて彼が言うなんて――。
ずっとずっと好き、この彼の優しくて甘い問いかけが。わざと聞かせたくなる、それくらい好きで私はよく聞き返させるように話をしていた。
聞いて?
問いかけて?
私を見てその優しい声で聞いてほしい、そしたら私はもっと素直に気持ちを吐き出せるから。
「抱いてほしい、駿くんと抱き合いたい」
掴んだその手が私の手を包み返して腕の力が加わって強く引き寄せられると抱きしめられた。熱い手が腰に回って、もうひとつの手が背中を押すように力を込めてきて胸と胸が密着する。胸だけじゃなく、身体の中の臓器までもつぶれそうなほど強く抱きしめられて息がしにくい。
苦しい、細切れの息しか吐けないほど酸素が吸えない、それでもどんどん満たされていく。
苦しいほどの圧迫感、それはただ単純に私の胸に迫ってきて私が私でいられると安心できる。
抱きしめられたかった。
自分は一人ではないと、安心して体を預けられるほど信頼できる人に抱きしめて欲しかった。
ずっと、その願いを諦めて生きていこうと思っていたのは、それをもし手に入れてまた失くすのが怖かったから。今度それを失くしたらきっと生きていけない、だから私はひとりでいい、その願いを叶えるより失わないための手段を選ぶ方がいいとそう思った。
いろんな気持ちに蓋をして自分の好きなことだけに向き合う時だけが幸せな瞬間。
そんなささやかな暮らしで満足だったし特別な何かを欲しいなんて思わない。
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二年ほど経つと気持ちは勝手に風化されてきた。
思う日はある、たまにどうしようもないほど孤独や悲しみに染まる日もある。でも泣くほどのこともない。私は不思議と一度も織田さんのことで泣かなかった。
会いたいや、声が聴きたいと思うことは会っても涙が滲むことはない、もうそんなレベルではなかったのか麻痺していたのかわからない。でも泣けなかったのだ。
母が死ぬ時でさえ、涙がこぼれない。
心がどこか壊れたかもしれない、そんなバカげたことを思ったりもした。
映画を見たり、本を読んだり、麻里奈と話して笑いまくって……そういう時の自分の感情が震えるときは泣ける。でも誰かを思ってはもう泣けない。
きっともう、人を思って泣くことはないんだろう。
織田さんは私の人生の中で最後の恋の経験をさせてくれた夢のような人だったのだ。
あんな世界の違う人と未来を約束したことがそもそもありえなかった。夢のような出来事だったのだ、そう思えてきた頃だ。
「好きなものがあるって素敵ですね」
実習でやってきた彼。
太陽みたいに遠く高い位置にいて周りを照らすほど輝いた人が眩しいほどの笑顔を私にぶつけてきた。
「好きなことを大事にして生きていきなさい。あなたの人生よ、我慢しないで、好きなものがあるのは素敵なことよ、ずっと大事にしてね。燈子、自分を大事にして生きて」
死に際の母が最期に私に言った言葉だ。それをまさか時を超えて彼が言うなんて――。
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