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続編/燈子過去編

思いがけぬ事実(高宮)―1

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 中身はなにかわからないが落とされた音から割れ物はない気がした。そんな中身のことなんかハッキリ言ってどうでもいいのだが。

 それよりも彼女の顔の青ざめ方が尋常じゃなくて、そんな彼女を見るのは初めてだったから、心配より先に戸惑いが勝った。


「燈子さん?」
 駆け寄ろうと足が動き出した時、背後で名前が呼ばれた。


「――燈子」


(は?)


 もう聞きなれてしまった声がなぜか彼女の名前を呼ぶ。


「燈子」
 

 そう呼ぶ声にゆるりと振り向いた。
 とても懐かしそうに、そしてとんでもなく切なそうに彼女を見る織田さん。その織田さんに見つめられる彼女の青ざめた顔は歪んで苦しそうで……。

 見つめ合う二人がいて俺だけが別世界にいるみたいな錯覚、ここに俺だけがいないような違和感、彼女の目に今俺は映っているのか?
 そんなことを思っていたら彼女は急に背を向けて走り出した。


「燈子さん!」
 呼びかけても立ち止まらない、逃げるように去る彼女を追いかけようと思うのに、足が瞬間動かない。その間に脳内が一瞬でいろんなことを察知する。感じていたのに掴めなかった違和感、彼女の尋常ではなかった焦りのような不安。ここしばらく彼女が何を感じて何を思って暮らしていたのか、それを感じて自分の中に落胆した気持ちが湧いた。


「織田さん……」


 織田さんを呼ぶ自分の声が途端に冷えている。さっきまで抱いていた織田さんへの感情が一気に消えていく自分の幼さと小ささが情けない。
 俺は彼女を追いかけず、織田さんに振り向いていた。織田さんもまた彼女を追いかけようとはしていない。彼もまたひどく驚いて動揺している風に見えた。


「知り合いなんですか?」
「――驚いたな、まさかこんな所で会えるとは思わなかったから」
「知り合いなんですか?」
 質問に答えて欲しい、俺はあなたの気持ちなんか聞いていない。


「……知り合いです、もう十年ほど前になりますけど」


(十年……)


 織田さんの話していた遠い過去は、結婚していた相手の話ではなかったのか。


「追いかけなくていいんですか」
「追いかけます、それより確認が先です。どういう知り合いですか?単直にお願いします」
「――付き合ってました、結婚の約束も。でも、別れました、それ以来会っていません」


(結婚の約束だと?)


 彼女に昔に恋人がいたのはわかっていたけど、結婚の約束をするほどの付き合いとは思わなかった。結婚願望がそこまでないのか、そう思っていたから余計にショックを受ける。
 彼女にはちゃんと結婚を望む相手が過去にいた、その事実が想像以上に俺に衝撃を与えてきた。


「――分かりました、とりあえず彼女を追います。失礼します」
「高宮さん」
 呼び止められたけれど、とても顔を見たい気分じゃない。背を向けたまま足を止めた俺に織田さんは言う。


「彼女に伝えたいことがあります、一度だけでいい、話す時間が欲しい。それを許して欲しいし伝えてもらえませんか」


 俺の許しをとって彼女に橋渡しをさせる、彼女じゃなく、俺を試すそのやり方が狡い。


「――あなたの気持ちより彼女が優先なんで。失礼します」


 とにかく俺は今さらながら彼女を追うように走りだした。
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