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続編/燈子過去編
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母の病のことを聞かされたのも雨が降っていた。
脳ドックを受けた際に偶発的に発見される軽度の脳梗塞、母は隠れ脳梗塞であると診断された。 隠れ脳梗塞は「無症候性脳梗塞」とも呼ばれ、その名前の通り、症状としては体で感じられることは何もない。診断名を受けた母自身が一番驚いていた。基本忙しくしていたい性分の母、仕事も家でもなんなら趣味までも充実させたいタイプでとりあえず休むことをしない、何も予定のない日が嫌だ、雨が降っても出かけたい、そんな人。
しばらくはゆっくりして、そうお願いしてもなかなか素直には聞いてくれなくて私のプライベートは母につきっきりになることも多かった。
心配だったのだ。
父を幼い頃に事故で亡くしている私には頼れる人が母しかいなかったから。
症状がないからと生活スタイルをあまり変えない母は案の定一度救急車で運ばれることになる。軽い目眩からきた症状は母の体を立てなくさせた。結局そのまま入院、数日で退院できるとは言われたが私には精神的にショックなことだった。
押し寄せる不安。
病気のこと、母のこと、これからのこと、いろんなことを考えながらの帰り道。顔には出さないがかなりしんどい気持ちを抱えていた。母に心配はかけさせたくない、私が弱音なんか吐けない、そう思っていたけれど胸はもういっぱいだった。
母を失うかもしれない不安。
私は、一人になるかもしれない、その恐怖が襲ってきて堪らなくなった。
職場からの帰り道、ボーっと歩いていた。雨がぽつぽつ降ってきてみんなが傘を開け始める。私も折り畳み傘を鞄から出そうとしたとき、学生みたいな団体の群れの一人が青色の大きな傘をいきなり開いてそれにぶつかった。
「あ、すみませーん」
軽い謝罪だった。ボーっとしていた私も悪い。道はそんなに狭くない歩道だけれど団体で歩けるほど広くもない。誰が悪いとか言う気はない、でもその声はひどく冷たく遠く聞こえた。くくっていた髪の毛がはらりと落ちてそれを耳にかけたときふと気づく。
(――ない)
右耳につけていたピアスがないことに気づく。
(落とした?ない、どこ?いま落ちたの?)
泣きそうになった。落としたピアスは母からもらったブルートパーズ。初めて耳を開けたときから大事につけていた。なぜそれを今失くすのか。
こんな一瞬で失くしてしまうのか、ピアスだけじゃなく、こんな風に母まで失くしたら――。
そう思ったら怖くて怖くて膝をついてピアスを探した。
ポツポツ降っていた雨は霧雨のように降り出してきて、傘を差さなければ濡れるようなしっかりとした降り方。それでもそんなことはどうでもいい、ピアスを探さなきゃ、その思いだけで地を張って探した。
その時声をかけられた。
「大丈夫ですか?」
脳ドックを受けた際に偶発的に発見される軽度の脳梗塞、母は隠れ脳梗塞であると診断された。 隠れ脳梗塞は「無症候性脳梗塞」とも呼ばれ、その名前の通り、症状としては体で感じられることは何もない。診断名を受けた母自身が一番驚いていた。基本忙しくしていたい性分の母、仕事も家でもなんなら趣味までも充実させたいタイプでとりあえず休むことをしない、何も予定のない日が嫌だ、雨が降っても出かけたい、そんな人。
しばらくはゆっくりして、そうお願いしてもなかなか素直には聞いてくれなくて私のプライベートは母につきっきりになることも多かった。
心配だったのだ。
父を幼い頃に事故で亡くしている私には頼れる人が母しかいなかったから。
症状がないからと生活スタイルをあまり変えない母は案の定一度救急車で運ばれることになる。軽い目眩からきた症状は母の体を立てなくさせた。結局そのまま入院、数日で退院できるとは言われたが私には精神的にショックなことだった。
押し寄せる不安。
病気のこと、母のこと、これからのこと、いろんなことを考えながらの帰り道。顔には出さないがかなりしんどい気持ちを抱えていた。母に心配はかけさせたくない、私が弱音なんか吐けない、そう思っていたけれど胸はもういっぱいだった。
母を失うかもしれない不安。
私は、一人になるかもしれない、その恐怖が襲ってきて堪らなくなった。
職場からの帰り道、ボーっと歩いていた。雨がぽつぽつ降ってきてみんなが傘を開け始める。私も折り畳み傘を鞄から出そうとしたとき、学生みたいな団体の群れの一人が青色の大きな傘をいきなり開いてそれにぶつかった。
「あ、すみませーん」
軽い謝罪だった。ボーっとしていた私も悪い。道はそんなに狭くない歩道だけれど団体で歩けるほど広くもない。誰が悪いとか言う気はない、でもその声はひどく冷たく遠く聞こえた。くくっていた髪の毛がはらりと落ちてそれを耳にかけたときふと気づく。
(――ない)
右耳につけていたピアスがないことに気づく。
(落とした?ない、どこ?いま落ちたの?)
泣きそうになった。落としたピアスは母からもらったブルートパーズ。初めて耳を開けたときから大事につけていた。なぜそれを今失くすのか。
こんな一瞬で失くしてしまうのか、ピアスだけじゃなく、こんな風に母まで失くしたら――。
そう思ったら怖くて怖くて膝をついてピアスを探した。
ポツポツ降っていた雨は霧雨のように降り出してきて、傘を差さなければ濡れるようなしっかりとした降り方。それでもそんなことはどうでもいい、ピアスを探さなきゃ、その思いだけで地を張って探した。
その時声をかけられた。
「大丈夫ですか?」
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