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本編

25話・閉じていた扉が開く時(燈子)

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 人を想って泣くなんて。
 自分の気持ちで泣くことはあっても、誰かのことを想って泣くのはここ数年ずっとなかったんだ。

 元々あまり人と深く関わらないようにしていたし、昔に少し辛い経験をしてからは特に気持ちを遮断するようになった。なんにも気にしていない、全然平気、そんな風に生きるのが当たり前になっていた。だから悲しい時に平気な顔をするのに私は慣れている。

 いたって冷静に何でもなかったことのように彼に「忘れてください、私も忘れますので」そう告げた。寝室の扉を閉めたらもうダメだった。まずいと思い駆けるように部屋を出て扉を閉めたら目の前が滲んで足元から砕けそうになった。


「ふっ――ぅっ」
 口を両手で覆って何も漏らさないようにしたのに嗚咽が零れた。


 ――平気なんかじゃない、絶対に忘れられるわけない。


 そう思ったけど、忘れなきゃと強く思った。忘れないと彼に迷惑がかかる、なるべく負担にならないように、彼の邪魔にならないように、なかったことにしてほしい。


(なかったことにして。これを受け止めて受け入れる勇気が私にはないから)


 零れた涙を拭ってもう涙をこぼさないようにと必死にこらえて、マンションから逃げるように家へと走って帰ったのだ。


 息が乱れて走るなか、出会った時のことを思い出していた。今よりも少し若くて初々しい姿の彼のことを。
 くだけた笑顔がカッコイイよりも可愛くて笑いかけられたら赤くなってしまいそうでそっけなく対応する私に彼は穏やかに聞いてきた。


「それって、サファイアとかですか?」
 実習で装置を触るのに私が簡単に説明していて装置の立上げ時間の隙間時間。彼はフト私の耳に気付いて声をかけてきた。

「……いえ、これはブルートパーズです」
「ブルートパーズ?トパーズって青もあるんだ、知らなかったな。サファイアなのかなと思いました」
「サファイアも素敵な青ですけどもう少し色が濃いかな」
「詳しいんですね」
「そんなことはないです」
 会話を切るように言ってしまって感じが悪い。自分でも本当に愛想もなくて可愛げがないと思う。


(好きだけど……も言わない。そんなこと高宮さんには興味のないことだろうし)


「トパーズって……何月の誕生石になるんですか?」
 そんな愛想のない私にまだ彼は聞いてきたのだ。


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