溟の魔法使い

ヴィロン

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第二章 許嫁……!?

正体 その10

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「っと」
「おや、結人」
「あ、あえうえあうえうあえうあえう……」
『転移』の魔法で父上の店に移動した僕は、移動酔いして目を回しているソフィアを椅子に座らせる。
「ソフィア君は……大丈夫そうじゃないね」
「ちょっと無理させちゃった」
「少し待ってなさい。酔い覚ましを持ってくるから」
 父上はそう言って、移動した先……店の工房を出る。
「う、うぅ……なんですかあれぇ……」
「慣れてないと気持ち悪いよね、あの感覚。僕も最初の習得する段階じゃそんな感じだったよ」
 それに、今回は結構長い距離。練習でやる短い距離とはわけが違う。
 ソフィアを介抱している間、僕は工房を見渡す。静梨はそうでもないだろうけれど、僕は結構久しぶりに来た気がしなくもない。パッと見る感じやっぱり設備は家の工房よりもいい感じかも。見たことない物もあるし。
「いつもあんな感じのことやってるんですか……?」
「たまにね。覚えると学校に遅刻しそうな時楽なんだよね」
「羨ましいですっ……うぷ……」
 ソフィアだからこれぐらいで済んでるのだろうけど、魔法使いじゃない人はもっと酔いがひどいのかな……?今度アクセリナとか紗代で試してみようかな。
「待たせたね、ソフィア君」
「案外早いんだね」
「いや、なに。未来がちょっと見えたからさ」
「そんな魔法使えないのに」
「勘って魔法さ」
 父上が飲み物を持って工房に入ってきた。思ったよりも準備が早かったので僕は少し驚いた。
「これを飲んで。少しは楽になる」
「あ、ありがとうございます……」
 僕は父上が持ってきた飲み物を見る。というか、香りでこれがジンジャーティーってのは分かってたけど一応確認。
「結人は大丈夫なのかい?」
「もうだいぶ慣れたからね」
「私からしたらまだまだだよ」
 たしかに父上の魔法の力は凄いけれど……到達しろって言う方が無理だよ。
 まぁそんな父上は置いといて、僕も椅子に座ってリラックスする。戦ったわけじゃないけど、精神的に疲れはした。
「はぁ……」
「事情は静梨から聞いているよ。大変だったろう」
「大変だったろう、って……父上は一貫して眺めていただけじゃないか」
 加工していた途中であろう宝石を手で磨いている父上に言われたので、反論はしたが……そもそも今回のこと、父上はどこまで知っているんだろう?
「事情と言っても、どこまで知ってるの?」
「ん?事のあらましを聞いただけで私はすぐに襲撃者の犯人は分かったよ。でも私が対処するのは結人達のためにならないからね」
 僕達のため……まぁ、ある意味結束力は高まったし、伯彦やアクセリナもあの状況下に置かれたからいっそう鍛錬に励むだろうし……じゃあ、僕とソフィアは?
 思い返してみても、僕達の心機一転はあまりない。強いて言うならば、テクラに対する感情が負の方向に進んだぐらいか。
「伯彦君は将来有望だね」
「強いからね」
「別の意味でもだよ。瑠々美君と出会ってからの短期間で精神面での成長が大きく見える。ゆくゆくは結人よりもメンタルが強くなるんじゃないかな」
「伯彦が?」
 正直自分でもメンタルは強いほうだとは思ってはいるけど、伯彦が僕よりも強くなる?まさか。
「守るべきモノが増えるということは弱点が増えることになるが、同時に守る意識が強くなって成長するんだ」
「……んんん?弱点が増えたら弱くならない?」
 僕の疑問に、父上はフッと小さく笑う。
「いつか、結人にも分かる日が来る」
「……そう」
 いつか分かる、って。その時が来るのはいつだろうね。
「……少し、落ち着いてきました」
「よかった」
 横でソフィアが呟く。言葉の通り、来た時よりも顔色が良くなっているのが分かる。僕は少し安心した。
「察してはいましたが、まさかまだテクラが私のことを殺そうとしていたなんて……」
「妹クンは殺意に囚われて、重要なことを見落としている」
「重要なこと?」
「それはね、今の結人とソフィア君の関係を知らない、ということだよ」
 僕達の関係。それはつまり、いずれソフィアが霖の家に嫁ぐ関係だから、ということ?それならば、テクラは正式に次期ヴェステルマルク家当主になる。
 なのに、まだソフィアをつけ狙っている。
「でも、知ったうえでって可能性は捨てきれない」
「私が思うに、彼女は相当に地位以外に興味がない。ソフィア君の私情など些細なことと思っているのだろうね。『死んだ』という事実さえあればそれで満足する……と」
 父上の言葉を聞いて、ソフィアが震える。
「……そんな。私達は姉妹で、家族で、大切なはずなのに……なんで、どうしてここまで殺しあわなければならないのでしょう」
「それはね、ソフィア君。持つ者と持たざる者の違いなんだよ」
 落ち込むソフィアに、父上が厳しく現実を突きつけた。
「いずれは向き合わなければいけない問題だ。たとえ相手が自分に殺意を向けていようと、心の底から嫌っていようと、心の内をさらけ出して話さないと」
「……そう、ですよね」
 それなのに、ソフィアはちっとも辛くなさそうだった。
「ユイト」
「ん?」
 いきなり僕に話を振られたので、少し驚いてしまった。気の抜けた返事になってないよね?
「もしも私が道を間違えそうになったら……その時は、ユイトが導いてくださいね」
「ソフィアも、もし僕が道を間違えそうになったら」
「はい、当然です」
 僕達は小さく笑いあう。
「若いね」
「ええ、そうですね」
 父上とアクセリナが、僕達を見てしみじみとしている。
 ……アクセリナ?
「んぇっ!?いつの間に!?」
「今しがた来たところです」
 いつの間にか工房に居たアクセリナに、僕は驚いてしまった。横でクスクス笑っているソフィアの声が聞こえる。まさか分かってた?
「伯彦は?」
「エールヴァールと少し話をしてから来るそうです」
「そう、か」
 すこし心配だけど、恐らく伯彦なら大丈夫だろうという自信がなんだか自分の中にあった。
「怪我がなくてよかった」
 見たところ、目立った傷跡はなさそうだ。
「……伯彦、待とうか」
 アクセリナが無事ということは、きっと伯彦も無事だろう。
 僕はそんな小さな思い込みを持って、伯彦が戻ってくるのを待ったのだった。
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