溟の魔法使い

ヴィロン

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第二章 許嫁……!?

正体 その6

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 そして、その夜。僕達は静梨達を起こさないようにひっそりと家を出た。
「よし、平気そうだね」
 僕の言葉に頷く三人。事情を知らないソフィアだけは微笑んでいた。
「なんだか、夜のお散歩みたいですねー」
「たまにはいいんじゃない?こういうの」
「そうですねー」
 アクセリナも伯彦も喋らないせいで、僕が話を回すことになってしまう。せめて伯彦はもうちょっと緊張感を抑えていつもの調子で居てほしいんだけど。
「……瑠々美さん、大丈夫かな」
「今まで一人で寝てたんですから平気ですよー、ノリヒコは心配性ですねー」
 眠たさもあるのか、ソフィアはぽやぽやとしているみたい。まあ、こっちからしたらむしろ都合がいい気がするけど。
 きっと依留葉さんは、野薊さんが居る場所では何もしないだろう。あの人は、野薊さんに対する忠誠心は本物っぽいしね。魔法を使うまでもない。
「ソフィア」
「?」
 ソフィアに手を伸ばす。よくわかっていないままその手を取られた。
「もし途中で寝ちゃったら起こしてくださいねぇー」
「う、うん……」
 見ていると、緊張感が薄れていく。いいことなのか悪いことなのかは置いといて、ソフィアの身の安全をすぐに確保できる状態にはなった。
 その状態のまま、四人で夜の住宅街を歩いて父上の店へと向かう。
 歩きながら警戒はしているけれど、まだ出たばかりなのもあってか人気が無い。
 ……いや、逆にそっちの方が不自然なのかもしれない。もう夜の10時とはいえ、誰かしらは歩いているはず。僕もたまにコンビニに向かいに行ってることもあるし。
 ので、今聴こえているのは僕達の足音と、どこかで鳴いている虫の声だけ。
「……」
「……」
「……」
「ふぁ……」
 呑気に一人だけあくびをしているソフィア。前後にアクセリナと伯彦を置いているという状態にも関わらず、それを何とも思わないあたり本当に眠いのだろう。
 こうして、何もなく進むと思ったが……
「……ッ!」
 父上の店まであともう少しというところで、アクセリナが止まる。
「アクセリナ?」
「はい」
「……伯彦、よろしく」
「うす」
 ごく僅かなやり取りで、僕達は意思疎通をする。ソフィアを少し自分の方に寄せて、いつでも平気なよう備える。
「……」
「居るのでしょう、さっさと出てきてください。あなたの正体はとっくに分かっているんです」
 アクセリナが告げる。すると、曲がり角から人が歩いてくる。
「……」
 その人物はフードを被っているが、状況証拠と背格好から既にバレバレだった。しかし、俯いているので表情は窺えない。
「依留葉さん……どうしてこんな事を?」
 僕は問いかける。それでようやく、顔を上げた。
「今……この場でその名前で呼ばないでいただきたいです」
 その顔は、怒っているとも悲しんでいるとも取れる表情だった。
「依留葉ロベルは仮の名前……本当の名前は、ロベルト・エールヴァールです」
「ロベルト……まさか」
「アクセリナ?」
 告げられた名前に、アクセリナが驚いた様子を見せる。
「はい、彼は15年ほど前に殺し屋として働いていた……と、記憶しています」
「ははっ、思ったよりも私の名前は有名だったんですね」
 自嘲気味に笑いながら、依留葉さん……もとい、エールヴァールさんはフードを取った。
「そうです、私はかつて殺し屋だった男。今は足を洗ってこの地で過ごしていましたが、まさか脅迫されるとは」
「脅迫?」
「ええ、そこの……ヴェステルマルク嬢の妹、と言えば分かるかと」
 ……テクラ、か。
「かの国に居場所が無くなって、日本に逃亡……行き倒れしたところで、私は野薊家に拾われましてね」
「恩で居るって事ですか」
 そこに、後ろで伯彦が入ってきた。
「恩?まさか。これは忠誠。当時荒んでいた私に、見ず知らずの私に尽くしてくれたのですから」
「……へぇ?」
「幼き日の瑠々美様が私を変えてくださったのですよ。あのような純粋さは……私にはなかった……」
 どうやら、訳ありみたいだけど……それとこれとは、別の話だ。
「まぁ、あんたの瑠々美さんへの、野薊への忠誠は本物として……さっき脅迫とか言ってたか?それはなんだよ」
 段々と伯彦がヒートアップしてきているのがわかる。本当は制止したいところだけど、こちらから聞きたいことは色々あるからね。
「ある日、手紙が届きましてね。『ソフィア・ヴェステルマルクを殺せ。この任務を受けない場合、あるいは失敗した場合はあなたの今一番大切な人がどうなるかは保証しない』……と」
「……え?」
 そこで、やっと意識が覚醒したのかソフィアが横で驚いた表情をした。
「私……を?エルバが……?」
「ソフィア、今は静かに」
「どういう状況なんですか、これ?」
「後で説明するから、今は少し黙っててくれるとありがたいな」
「う……はい……」
 些細はどうせあとからいくらでも聞ける。今はこの状況から以下にして僕達だけ脱出するか、だ。
「最初は断ろうとは思いましたが……日に日に、嫌がらせのように同じ手紙が届いて……私は……私はっ……!」
 エールヴァールさんの声が震える。本当に、辛いのだろう。
「……だから、受けました。ので、死んでいただきたい。そうすれば、瑠々美様の安全は一時的に確保される」
 しかし、すぐに改めて決意したのかエールヴァールさんは言い放つ。同時に、懐からナイフを取り出して構えた。
「……ひっ」
「大丈夫。君は僕達が守るから」
 小さな短い悲鳴を上げたソフィアを、さっきよりも近くに引き寄せる。
「お嬢様は殺させません」
「……」
 アクセリナの隣に伯彦が無言で並び立つ。それを見てから、僕達は少しだけ後ろに下がった。
 ここから父上の店までは当然魔法で移動できる距離だけど、二人一緒に移動したことはないから初の試みになる。
 ので慎重に行いたいわけだけど、いかんせん相手は隙を見せてくれない。
「これも全て……野薊のためなのですっ!」
「っ!」
――――カキィイン!
 急速に襲いかかってくるエールヴァールさんのナイフを、アクセリナが止める。夜の閑静に、甲高い金属音が響き渡った。
「くっ……」
 しかし、やはり成人男性と女子高生とでは力量差が違う。今にも突破されそうだ。
「俺を忘れんなよ!」
 そこに、伯彦が横から殴り込んできた。だが、エールヴァールさんは間一髪のところで避ける。
「アクセリナさん、大丈夫か」
「ええ、問題無く」
「にしては苦戦してたっぽいけどなー」
「余計なことを言っていると死にますよ」
「分かってるよ」
 その様子を見ながら、僕達はひっそりと後ろに下がっていた。エールヴァールさんからはバレバレだろうけど、どうにか二人が食い止めてくれるだろう。
「ソフィア」
「な、なんでしょう」
 僕は小声でソフィアに話しかける。
「『転移』の魔法を発動するから、しっかり掴まっててね」
「あ、はい……」
 この稼いでくれた時間なら、安定して発動できるだろうと踏んだ僕は、『転移』の魔法を発動し始める。
「っ!逃がすかっ!」
 当然、エールヴァールさんは突っ込んでくる。
「させません!」
「通すかよ!」
 進行を防ぐように、二人が立ちはだかる。
「出来ればあなた達は傷を付けたくない!だから退いてくれ!」
「主人の命を奪おうとしている者を、やすやすと通すわけにはいきません」
「そういうことだよ、ロベルト!」
「ぐぅ……っ!」
 同時に、二人はエールヴァールさんの腕を掴み、地に伏せさせた。
「……よし、いける」
 二人が稼いでくれた時間のおかげで、安定した魔法発動に必要な時間が取れた。
「掴まって!」
 ソフィアに言って、僕は『転移』の魔法を発動する。水色の光がだんだんと僕達にまとわりついていく。
「待てっ……待ってくれ!」
 光に完全に包まれた僕が最後に聞こえたエールヴァールさんの言葉は、どこか悲痛にも聞こえた。
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