溟の魔法使い

ヴィロン

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第二章 許嫁……!?

正体 その3

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「うし、じゃあやるか」
「おう……覚悟しろよ」
 俺達は所定の位置と言う名の俺達専用スペースに移動した。
「さぁて」
「くっそ、思ったよりもガチで来るつもりじゃねぇか」
 柔道とはいえ油断はできない。俺は他のやつとは違って他にも色々やってるからその分アドバンテージはある。
 しかし一極化とバランスよくじゃ一極化の方が強いに決まってる。ので結構危なかったりもする。
 互いに向き合い、礼をする。
 俺が負けるようにしているとはいえ、今の倉島はいつも以上のパワーを出してくるだろう。怪我しないように気をつけねぇと……
「伯彦さーん!頑張ってくださーい!」
「だとよ?伯彦『さん』?」
 ……終わった。目が殺意を漂わせている。
 つーかさっきから後ろから何も音聞こえねぇと思って後ろ見たら、他の奴ら稽古してないで瑠々美さんに見えるように端に避けてるじゃねぇか。
「今ここは俺らだけの試合会場だぜ?」
「父さん何やってんだよ」
 いつも父さんが座って稽古を観ている場所を見ると、あくどい顔をして見ていた。なんでそんな統率力というか空気を読む能力あんだよ。
「……恥ずかしー」
「なんだ?羞恥心なんて今更だろ?」
「お前とは背負ってるものが違うんだぞ」
 言い合いながら、ジリジリと間合いと隙を計りつつ動く。
 負けなきゃいけないのに、負けられねぇ……
「……」
「……」
 俺達はそれから無言で視線だけで相手の出方を伺っていた。
 一瞬でも目を離したら、やられる。
 そんな緊張感がこの静かな道場にあった。
「…………」
「…………」
 隙を伺うが、なかなか倉島は隙を見せない。
 つまりは、あれだ。
 俺は追い詰められると焦る傾向にある。だからそれを待って仕掛けるつもりだ。
 ……いや、それが狙いならあえて引っかかりに行くか。
「くっ……」
「どうした?来いよ」
「んなのは分かってんだよ」
 俺と倉島はアイコンタクトで合図した。
 ちょうど俺の目は依留葉からは見えない。ので、他の奴には俺が勝負を焦って仕掛けたように見えるだろうな。
 それが俺の作戦なんだが……な!
「くそっ……」
「来てみろよ!」
「……じゃあお望み通り!」
 俺と倉島は同時に掴む。が、俺はあえて掴んだあとも倉島に向かっていった。
「かかったな!そらよ……っと!」
――――ダァーーーーン!
「ぐあっ!」
 想定通り、俺は一本背負投をされる。受け身は取ったから大してダメージは無い。
「よし、これで俺の勝ちだな?」
「……まだだ」
「ん?」
 倉島は確実に腕が上がってる。面白そうなのでもう少し延長線をやって技の熟練度でも見るか。
「俺はまだ諦めてないぜ、今度は別の技で仕掛けてこい」
「……負けたのにしぶといやつめ」
 当然ながら、次もしっかりと俺は負ける。その予定だったのだが……
「ま、待ってください!」
「ん?」
「瑠々美さん?」
 俺が立ち上がったら、依留葉の横で瑠々美さんが大声を上げた。そして俺達の方へやってくる。
「伯彦さん、あまり無理はなさらないでください」
「いや、別に俺達は……なあ?」
「あ、ああ。そうだな」
 俺と倉島は近づいてヒソヒソと喋り始める。
「……おい、どうなってんだ」
「知らねーよこっちの方が知りてぇよ」
「せっかくお前に八百長でも珍しく勝って気分上がってあったまってきたのによ」
「そんなこと俺に言われても……」
 倉島に追求されるが、俺にはどうしようもない。
「瑠々美さん?これは稽古だから何回もやるやつでしてね?別に無理しているとかそういうことじゃなくて、ですね」
「そんなこと分かってます。けど……」
「けど?」
 何でか知らないが瑠々美さんが涙目になっている。
「目の前で好きな人が組み伏せられるのを見たら、嫌じゃないですか」
「……」
「……だとさ、伯彦?」
 後ろで微笑んでいるであろう倉島。絶対そっち向いたらからかわれるから向いてやんねぇ。
「はぁ……依留葉さーん!瑠々美さん撤収ー!」
 俺は入口に待機している依留葉に声をかける。案の定すぐさま来た。
「ふん、我がお嬢様の婚約者の実家が道場と聞いて来てみれば……この程度ですか?」
「今日はたまたま調子が悪かっ「おい」」
 俺が言い終わる前に倉島が横からずいっと乗り出してくる。
「あんた、部外者のくせに伯彦の何を知ってるってんだ?」
「失礼、少々私はお嬢様に忠心深いものでね」
「だからといって伯彦を侮辱していい理由にはならねぇよな?」
「おい、倉島」
「依留葉も、止めてくださいって」
 よくない空気になってきたのでそれぞれ止めるが、どちらも譲らないようだ。
「なら、あなたが勝負しますか?私も柔道は心得ておりますので」
「望むとこだ、だがあんたはその執事服で勝負するってのか」
「大人ですから、ハンデですよ」
 そう言っている間にも依留葉は靴下を脱いで畳の上に上がっていた。
「ちょちょちょ、倉島!?」
「伯彦は黙ってろ」
「えぇ……?」
 なんでお前がキレてんの?だいぶ想定外なこと起きてるんだが?
「もう、依留葉ったら……」
 横で瑠々美さんも呆れている。
「とりあえず端に避けましょう」
「はい」
 俺達はすごすごと端の方に避けて、二人の対局を見始める。
「審判は伯彦やってくれ」
「二度手間だ……」
 端に行ったのにまた戻される。
「へーへー、それじゃ……はじめ」
 やる気のない俺の開始の合図でエキシビションマッチが始まる。だが、互いにジリジリと動きながら見合っているだけだ。
 倉島がさっきやった戦法を、依留葉もやってるってわけか?
「……」
 後ろでは瑠々美さんが心配そうな顔をして二人を見ていた。依留葉の、ではなくおそらく倉島の心配だろう。
「仕掛けてこいよ」
「それではこちらが勝ってしまいますから」
「じゃあ遠慮なくッ!」
 見え見えの挑発に乗り、近づいて掴みかかろうとする倉島。しかし狙いは正確だった。
「……ふむ」
 だが依留葉はそれを見切り、避けてしまう。
「……そっちもなかなかやるじゃねえか」
「お嬢様のボディーガードも兼任してます故に」
 今度は正々堂々ということか、二人は正直に組み合った。
 しばらくそのままの状態で動いて相手の隙を伺う二人。
 道場の中も張り詰めた空気になっていた。
「くっ……」
 だが、明らかに倉島の顔には冷や汗が滲んでいた。やはり依留葉は強いのか……?
「さて、そろそろ終わりますか?」
「そうしたいとこだが……ならあんたが隙を見せてくれよ」
「そうですね」
 瞬間、依留葉は屈んで片手で倉島の片踵を取り、そのまま押し倒す。俗に言う、踵返しって技だ。
「なっ」
 呆気にとられた倉島は、地に伏したままだった。
「満足しましたか?」
 そんな倉島に手を差し伸べる依留葉。
「……あんた、強いな。ぜひとも教えて貰いたいもんだぜ」
 手を取り、立ち上がりながら倉島が言う。
「ではお嬢様、帰りましょうか」
「え?でもまだ見学しててもいいじゃない」
「そろそろ帰宅時間時間では?」
 懐からスマホを出して瑠々美が驚いた。
「……まぁ、そんなに。ごめんなさい伯彦さん!また今度!」
 二人は慌てて去っていった。そんなに長くやってたかな、俺達?
「で?お前の目的は果たせたのか?」
「ん?ああ」
「ならいい。ちょっと憂さ晴らしに付き合えよ」
「は?」
 問答無用と言わんばかりに掴みかかられたので、勢いのまま引込返しで投げてやった。


「ってな感じで」
「なるほどね」
 又聞きだけでも、あの人の強さを感じられた。それ以前に野薊さんはらしいなと思ったけど。
「わざとかどうか知りませんけど、あいつの戦い方はなんとなく想定できましたから多少は敵うかと」
「頼りにしているよ」
 僕達の会議はそれで終わる。
 今夜、決着をつける……伯彦には辛いだろうけど、僕は祈るしかない。
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