溟の魔法使い

ヴィロン

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第二章 許嫁……!?

不穏な影 その2

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――数刻前のこと。

「ううん……」
 どうも今日はなんだか眠りにつけない。なんというか……身体が重い。多分、最近ソフィアとアクセリナが家に居て、その環境の違いにちょっと身体が驚いているのかもしれない。伯彦に電話をかけようにも、流石に寝てるだろうし起こすのも忍びない。ので、僕は窓を開けて夜風に当たる。
「……」
 二階に唯一住んでいる僕。その部屋からは、庭が見える。ここが庭が一番綺麗に見える特等席かもしれない……そう思っていつも生活している。
「テクラ、か」
 恐らく退治した時には、向こうも魔法使い。魔法を使った争いになってしまうだろう。けど、僕には勝機がある。と言っても、向こうの魔法は発声が主流、こっちの魔法は無声が主流。言葉を発さない分、こちらの方が有利だ。でもこれは向こうが日本の魔法の性質を学習していない事が大前提になる。なので正直賭けみたいなところはある。
 あと、一番危惧しているのは……向こうが数の力で向かってくることだ。テクラに会いに行くということは、ソフィアのお父様……トールヴァルド卿にも会いに行くということ。彼も忙しくないわけじゃないし、予定を調整しないといけないだろう。なので、その日時をテクラも知り得るということになる。その場合、到着前に襲撃してきたり、あるいは到着後に襲撃してきたり……向こうの動きが読めない上に自らを危険に晒すことになる。
 だから、僕は色々策を考えておかなければいけないのだけれど……全く思いつかない。なので、なにか考えようと魔法の歴史の本を広げる。ここになにかヒントが載っていればいいんだけど……
「うーん……」
 三冊ほど並べているので、どうしても一冊あたりの情報量は少なくなってしまう。しかし、魔法の歴史というものはどこでどう繋がっているか分からないため、こうやって複数冊広げていないと分からない場面が出てくることがある。つまりはそれの対策だ。
 僕は以前ソフィアが言っていたことを思い出しながら探す。
「えーと、ツキスズ、ツキスズ……」
 どんな漢字かは分からないけど、そんな感じに読む魔法使いの家系を探す。
「……これか?」
 僕は何十ページとページを捲り、僕は一つの名字を見つける。
 月に、涼しいと書いてツキスズ。京都に居を構えている家らしい。
「京都、か……」
 修学旅行の行き先も京都だったはず。その時に寄れる時間がアレばいいんだけど……
 そう思っていると。
――キィィィィィィィィン!!!!
「ぐっ……これは……!」
 突如として、僕の耳を劈く怪音。これが発動したということは。つまりそういうことだ。僕は解除魔法を自分に施す。
 この怪音……この家に備わっている一種の防犯システムだ。この家に正規じゃない方法、つまり玄関以外から、正確には門扉から入ってきた者が居たら、この家の敷地内に居る者に耳鳴りを施す……そういう物だ。正直これは無差別すぎてシステムを改良したほうがいいとは思っているんだけど、いかんせん術式が旧式すぎて、あまりいじろうという気が起きない。いつかは改修、というより新しく作り直そうとは思っているんだけど……
 って、そんな場合じゃない。僕は急いで窓を閉め、階下に降りる。ちょうどそこに静梨がやってきた。
「おにい、これって!」
「うん、そうだ。……三人には?」
「紗代とアクセリナさんには……でも、ソフィアさんが居ないの!」
「……何だって?」
 この状況で、ソフィアが居ない……最悪の状況を考えてしまう。
「……どこだ!?」
「おにいは修行場の方!私は工房の方見てくる!」
 僕と静梨は手分けをして探す。とりあえず……ソフィアを狙っているのならば、まず一番侵入しやすいであろう庭の方を見てからにしよう。そう思って、庭の方に急いで向かった。
 頼む、ここに居てくれ……しかし、その杞憂はする必要はなかった。
「……ぅぅぅううう」
「……ソフィア!大丈夫!?」
「ユイト……はい、耳鳴りがするぐらいで……」
 床に這いつくばっているソフィア。耳鳴りのせいで、今は凄い辛い思いをしているだろう。
「そっか、説明してなかったね。でも今はとりあえず説明している暇はないから。ほら、手を」
 ソフィアに向かって手を伸ばす。その手をソフィアは取り、僕はそれを引っ張ってソフィアを立たせてあげた。
「うう……頭が……」
 ソフィアが肩に寄りかかってくる。足取りもおぼつかない。支えてあげないと倒れてしまいそうになるほどだ。
「ユイトは、大丈夫なんですか?」
「うん、まぁ……とりあえず、ソフィアにも解除する魔法を」
 ソフィアの首筋を触り、解除魔法を発動する。この魔法を使うのは初めてだけど、うまく発動してよかった。
 そして、ちょっと経った頃。
 「……あら、本当に耳鳴りが無くなって……」
 次第に、ソフィアの顔色が良くなる。どうやら成功したみたいだ。
「どう?自分の力で立てる?」
「は、はい」
 ソフィアは僕から離れて、自分の足で立ち始める。まだフラフラしてはいるけど、とりあえずは自分の力で立てそうではある。
『おにい、工房の方には居なかったよ』
『分かった。……そう言えば、紗代とアクセリナはどうしてるの?』
『部屋で待っててもらってる。アクセリナさんはともかく、紗代は無力だから』
『そうか……じゃあ、合流して三人で行動してくれるかい』
『分かった』
 静梨と魔法を使って会話する。工房の方に居ないとなると、つまり……
「……向こうには居ないみたい」
「向こう、って……工房の方ですか?」
「うん。静梨がそう言ってた」
 ひとまず、ソフィアを安心させる為にそれだけは報告した。けど、こっちに居る可能性が大、ってことだから僕は安心できないのだけれど。
「とにかく今は緊急事態だ。僕から離れないで」
「わ、分かりました」
 僕は恐らく侵入者の狙いであろうソフィアを後ろに隠す。恐怖で正常な判断が出来ない以上、ソフィアには無理させられない。それに……襲撃、という点ではソフィアのトラウマを刺激しているだろうから。
「それにしても、良くも堂々と……」
 そんな侵入者に、僕はふつふつと湧き上がってくる怒りを抑えきれなかった。ソフィアにはこんな怒っている顔を見せたくないから、後ろに居てくれてよかったなって思っている。
「あの、そろそろ説明を……」
 ……そうだった、この防犯システムについてソフィアに説明していなかった。
「ああ、そうだった。説明を――」
 僕が説明をしようとすると、その時。
――きゃぁっ!?
「静梨!?」
 遠くから静梨の悲鳴が聞こえてきた。アクセリナ達と合流しようとした最中に、例の侵入者と遭遇してしまったのだろう。
 僕は固唾を飲む。
「ソフィア、静かに僕に着いてきて。落ちついて、ね」
「は、はい……」
 静かに、そして努めて冷静にソフィアに言う。そして、ソフィアを伴いその場所へと進んでいった。
『……静梨?応答してくれ』
 声を出すわけにはいかないので、魔法で会話を始める。しかしやはりと言うべきか、向こうはそんな余裕が無いみたいで、応答はしてくれなかった。
 ……方向からして、工房の方か。
「……ソフィア。静かにアクセリナ達のところに戻るんだ」
「……え?」
 僕はソフィアと部屋に向かう道で分かれる。この最中に襲ってこないとも限らないので、僕は見えなくなるまでソフィアを見送った。
「……さて、次は静梨だ」
 僕はもうめんどくさいので、ダッシュして工房の方に向かう。
 無事でいてくれ、と思いつつ走る。
「くっ……」
 どうやら、僕も相当に焦っているらしい……
「静梨!」
 叫ぶと、ちょうど倒れている静梨が見えた。
「……静梨?」
 駆け寄って、抱き起こす。脈はある……気絶しているだけか。
「よかった、気絶しているだけか」
 かくにも、敵が居ることは明らか。僕は息を吸い、目を閉じ、『心』の魔法を発動する。
(今、この家に居るのは……)
 なぜここでこの魔法を発動したか……それは、この魔法の応用的な使い方にある。と言ってもそこまで難しい話ではない。大気の流れと同調して、周囲の『心』の色を見る、というだけ。あくまでも見るだけなので、詳細は分からない。もう少し習熟すれば、もう少し詳細に見えるんだろうけど……
 さて、そんな色の種類は大まかに言って3つ。まずは友好の色。これは青色。見る限り、今僕が居る場所にひとつ、これは静梨のものだ。そして少し離れた所にふたつ、これはソフィアと紗代のものだろう。
 二つ目の色が、白。無関係の色。僕の事を知らない人に出る色だ。これは近くには居ない。
 そして最後が、赤。敵意の色。僕、あるいは僕の周辺の人に敵意を抱いているか警戒している時の色。これは……ソフィアと紗代の近くに一つ、これがアクセリナだろう。しかし、問題なのがもう一つあったこと。
(……こいつか)
 位置的に、僕の元々の進行方向……工房の方だ。けど、どうやら動いていない。先程静梨を気絶させるのがやっとだったのだろうか。
「よし」
 魔法を解除する。この敷地内であまり動けていないということは、恐らく非魔法使い。相当動きが鈍っているはずだ。でも、油断は禁物。静梨をそっと壁にもたれかけさせてから、僕はその方向へ向かった。
 僕の中で、一つ可能性があった。いや、それは実質確信と言っても差し支えない。
 恐らく、今回の襲撃者はテクラの手先だ。つまり、プロの暗殺者……静梨だって殺されてもおかしくはなかった。けど、そうしなかったということはあくまでもソフィアが死ぬことに執着していると感じた。
 しかし、ならなぜ魔法使いを使わなかったのか……昔より数が少ないとはいえ、欧州の方ではまだ現役の同年代か少し上の魔法使いが居るはず。それなのに、非魔法使いを派遣した理由……いや、そんなことは今となっては関係ないか。重要なのは、ソフィアの命が狙われているということだけだ。
 僕は警戒しつつ、工房の方に向かっていく。今日は静かで、よく周りの音が聞こえる。だから、今僕に聞こえているのは自分の心臓の鼓動と息遣い、自分の足音、そして木々が揺れる音のみ。先程反応があった所に近づくにつれ、心臓の鼓動も早まっていく。
(く………………)
 全く相手は姿を現さない。下手にこちらが手出しをしてもまずいし、どうしたものか……
――ガサッ……
「そこか!?」
 傍らの茂みから音がする。僕がそちらの方を見ると、黒い外套を身に纏った人間が居た。
「誰だ、君は」
 案の定、その人間は答えなかった。背丈や体つきからして……男だろうか。
「君の目的は?」
 勿論、答えてもらう気はない。むしろ答えてもらえるとも思っていない。こちらに出来るのはただなけなしの威圧を放つだけ。
「せめて、声ぐらいは出してくれると嬉しいんだけどな」
 僕がこうして話している間も、彼はうつむいている。当然、顔を見せないためだろう。
「そっちがそのつもりなら、こっちも出るところは出……!?」
 構えて魔法を発動する体勢に移ろうとすると、彼はどこからともなくナイフを足元に飛ばしてきた。それに怯んだ一瞬の隙に、忽然とその影は消えていた。
 改めて、もう一度先程の魔法を発動する。謎の人物は……既にこの敷地内に居ないようだった。
「とりあえずは、一段落か……」
 僕は息を吐きながらその場に座り込む。
「まったく、こんなの滅多に無いっていうのに……」
 そう言いながら、足元に刺さっているナイフを回収する。一瞬だけ見えたけど、奴は手袋をしていた……だから指紋を取ろうとしても無駄だろう。
「これは……」
 ナイフを見て、不思議に思った。一度、前に伯彦の付き添いで行ったサバイバルゲームに使うような形状をしたナイフだった。つまるところ、サバイバルナイフということ。
「奴はかつて軍属だったのか……?」
 見る限り、作りもしっかりしている。そこそこ値段が張るものなのではないか……?
「とりあえず、物的証拠として持っておくか」
 ナイフを持って、僕は立ち上がる。
「しかし……」
 そして、思った。
「この床の補修、誰に請求すればいいんだろうね」
 思っているよりもナイフは深く刺さっていたから、引き抜いた時に木板が少し欠けてしまった。だから、こう思ったんだ。
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