溟の魔法使い

ヴィロン

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第二章 許嫁……!?

不穏な影 その1

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「ふあぁ……」
 土曜日、深夜。時刻的に言えば、もう日曜日です。木曜日から私はユイトの家に連泊をしていました。思ったよりも居心地がよくて、もう少し居たいとアクセリナに駄々を捏ねたら、なんとかOKを貰いました。
 それで、なんでこんな時間に起きているのかと言うと。ふと目が覚めてしまった、とでも言うべきでしょうか?
 そんな私は、アクセリナを起こさないようにそっと部屋を出て、庭に向かっていました。ここの庭、一度一人でゆっくり眺めてみたいな、って思っていたんです。
 昼に比べて涼しめの夜。程よい夜風が身体に当たって気持ちいい……これが、フウリュウ、ってやつなんでしょうか?
「えっと……ここでしたね」
 いつも私達がご飯を食べている場所からも庭には行けますが、今日はその隣……魔法の修行に使っている場所から庭を見ます。
「よいしょ、っと」
 縁側に座り、庭を見る私。庭の中央には、緑の木が一本。ユイトが言うには、アレは桜の木、らしいです。
「ふぅーっ……」
 次に、月に視線を。半月よりちょっと膨らんでいる月です。ハタチになっていたら、月見酒、というのをやってみたかったのですが……あと五年、待たないとですね。
 月を見たなら、次は星を。この辺りは光が少ないからかよく星が見えます。私は指を指しながら、一つ一つ星座を確認します。
 まず見えるのが、Var Triangel……春の大三角、でしたっけ。デネボラ、アークトゥルス、スピカ……一節には、コル・カロリという星を含めて春のダイヤモンド、とも言う場所があるそうです。
 それと、もう一つ。そろそろ見えてきたのがSommar Triangel、夏の大三角。デネブ、アルタイル、ベガ。ニホンではこれのうちアルタイルをヒコボシ、ベガをオリヒメボシと言うそうで。体育祭の当日……7月7日に日本の人はササにタンザクというものをぶら下げるそうです。それに願いを書いて捧げると、願いが天に届くとかどうとか……一種のお祭り事なので、買い物をしに行くとちらほら見かけ始める、とアクセリナが言っていました。
「こうやって星を見たのは……初めてこの家に泊まった時以来ですね」
 思えば早いものであれからもう一月が経とうとしているのですね……楽しい時間は、あっという間に過ぎていってしまいます。
「……」
 ふと、私は故郷……ヴェステルマルク邸で見た星のことを思い出しました。あの時は……一番印象に残っていたのは、やっぱりあの日……家を襲撃された時の日の星でしょうか。まだ今年のことなのに、物凄く前のように思えます……それもこれも、きっとユイト達と出会って……辛いことを忘れるぐらいに楽しかったからだと思います。
「……ふふ」
 いつかは、ここで暮らすようになりますし……そうしたら、いつでもこの光景を見られると思うと、それもとても楽しみです。一番楽しみなのは勿論、皆と暮らせる事ですけどね、ふふ。
 それにしても、後一週間ちょっとで体育祭、ですか……向こうでは学校に行かず家庭教師で、こういう行事を体験したことが無いものですから新鮮です。ユイト達……特に、ノリヒコの反応を見るにとても楽しいものなんでしょう。せっかくのお祭りですし、楽しみたいですね。
 と、そんなことを思っていると。
「……うっ!?」
 突如、物凄い耳鳴り。私は耳を抑え、うずくまります。
「な、なんですかこの音……!?」
 自然現象として、人は耳鳴りするものですが、明らかにこれは不自然な金切り音に近いものでした。
「うぅ……とりあえず、部屋の中に……」
 私は這うようにして、修行場に戻ります。
――どこだ!?
「ユイト……?」
――おにいは修行場の方!私は工房の方見てくる!
「シズリ……?」
 ドタドタという音と共に、物凄い鬼気迫った二人の声が聞こえてきました。私は急いで、と言っても遅いですけど、這っていきました。
「……ソフィア!大丈夫!?」
「ユイト……はい、耳鳴りがするぐらいで……」
「そっか、説明してなかったね。でも今はとりあえず説明している暇はないから。ほら、手を」
 ユイトが私に向かって手を伸ばしてきました。私はその手を取り、立ち上がります。
「うう……頭が……」
 立ち上がりながら、私はユイトの肩に寄りかかりました。気を抜くと、また耳鳴りのせいで倒れてしまいそうになります……
「ユイトは、大丈夫なんですか?」
「うん、まぁ……とりあえず、ソフィアにも解除する魔法を」
 ユイトが私の首筋に触れると、魔力が流れてくるのが分かりました。そして……
「……あら、本当に耳鳴りが無くなって……」
「どう?自分の力で立てる?」
「は、はい」
 ユイトの肩から離れ、自分の足で立ちます。まだ、頭は耳鳴りのせいでクラクラしますけど……
「……向こうには居ないみたい」
「向こう、って……工房の方ですか?」
「うん。静梨がそう言ってた」
 ああ、なるほど。『心』の魔法で連絡しあっていた、というわけですね。
「とにかく今は緊急事態だ。僕から離れないで」
「わ、分かりました」
 言われて、私はユイトの後ろに隠れます。
「それにしても、良くも堂々と……」
「あの、そろそろ説明を……」
「ああ、そうだった。説明を――」
 と、その時。
――きゃぁっ!?
「静梨!?」
 遠くからシズリの悲鳴。
「ソフィア、静かに僕に着いてきて。落ちついて、ね」
「は、はい……」
 いつになく真剣なユイトの顔に、私は何が起こっているのだろうと考えつつ着いていきました。
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