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第二章 許嫁……!?
体育祭に向けて その3
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「そう言えば、伯彦さん」
「なんです?」
学校帰りに軽くなにかを食べようと寄ったカフェで、俺は瑠々美さんに聞かれる。
「ええっと、先日伯彦さんからお誘い頂いた体育祭の件なんですけれど……」
「はい……もしかして、来れなくなっちゃったとか!?」
そりゃ困る。せっかく瑠々美さんにいいとこ見せようと張り切ってたのに、来ないなんて言われたら俺の体育祭で頑張る理由が無くなる。
「い、いえ!そういうわけじゃないんです」
「なーんだ、びっくりした」
「もう、伯彦さんったら」
よかったよかった、いやほんとに。瑠々美さんが来てくれないと俺本気出せないから。
「その、ですね……どういう物を持っていったらいいのか、分からなくて」
「あれ、いくらお嬢様学校とはいえ、体育祭ぐらいはありますよね?」
「実は、その体育祭というのも初めて聞きまして……社交ダンス練習……に近いものでいいんでしょうか?」
俺はそれを聞いて卒倒し、上を向いてしまった。お嬢様なのは分かってたが、想像以上のだった。
「……一応聞きますけど、体育の……ええと、体を動かす運動系の授業とかってのは」
「あ、それならあります!まらそん……でいいんでしょうか?」
「おお、マラソン」
よし、それをやっているなら話が早いか。
「どうしても会食の機会が多くなるそうですから、常に細身な体型を維持するのも自分磨きの一つ、と学びました」
「お、おおう……ただのマラソンにしては随分と崇高な目的を持って授業をしてるんですね……」
「はい!せっかくお誘い頂いたり、お祝いさせて頂いたりするのに、ドレスが入らない、なんて恥ずかしいですし、相手の方にも失礼なので」
なんだろうな……運動だりーとか、めんどくせーとか、そう思っている自分が急激に恥ずかしくなってきたぞ?
「で、それで……誘っといてあれですけど、本当に来ていいんですか?」
「?はい、勿論……」
「多分ですけど、瑠々美さんが想像しているようなものじゃないんですよね。おしとやか~じゃなくて、殺伐としているというか」
俺はつい、説明をしながらろくろを回してしまう。いやあ、人間説明してるとこのポーズやっちゃうって本当なんだな。……じゃ、なくて。
「とにかく、瑠々美さんが思ってるより熱気あるんで、もしかしたら居るだけでちょっと気疲れしちゃうかも、なんて思ってるんですけど」
「でも、伯彦さんを応援したいのは確かですし、それに……」
「……それに?」
急に瑠々美さんが顔を赤面させてもじもじし始める。照れてる、って感じだ。
「お、お弁当を……の、伯彦さんに作って差し上げたくて……」
「……オベントウ?」
「も、もし迷惑だったら作りませんけど」
オベントウ。オベントウ……お弁当?俺に?まじで?
「瑠々美さんの、手作り愛妻弁当ってことですか?」
喜びを抑えながら俺は訝しげに聞く。勿論愛妻の部分は超小声で言ったから聞こえていないはず。
「そ、そうです……」
……っかぁーっ!なんて俺は幸せものなんだ!まさか俺が頼むまでもなく、瑠々美さんの方から俺の弁当を作ってくれるだなんて提案してくれるだなんて!俺は一体この幸せを何回噛みしめればいいんだ!?何回噛んでも味がするぞ、絶対!
「瑠々美さんの弁当、楽しみだなぁ……きっと美味しいんだろうなあ……」
「伯彦さんのお口に合うかどうか分かりませんが……頑張りますので!」
「は、はい!」
なんでか俺達は一礼を互いにしてしまっていた。やべぇ、夏のせいかもわからんが、顔があちぃ。とりあえず飲み物飲むか……
「お待たせいたしました。こちらカルボナーラとアラビアータでございます」
と、そこに店員が俺達の料理を持ってきて置いてくる。
「アラビアータは俺で、カルボナーラはそっちで」
「かしこまりました」
……やべー、この店員笑顔だが、顔にめっちゃ文字書いてある。俺の拙い『心』の魔法を使わなくても分かる。「こんなところで堂々とイチャイチャしてんじゃねえラブラブカップルが」って書いてある。なんとなくだが、周囲からも同じような感じの視線を感じる。
「では、『他のお客様の迷惑にならないよう』ごゆっくりどうぞ」
なんて言い残して、わざわざ「他のお客様の迷惑に」とか強調してくれちゃって去っていった。けっ、俺達の愛にケチつけるとか心が狭いな、あの店員。俺は心のなかであかんべえをした。
「……?どうされました?」
「いいや、なんでもないです。あの店員すごい笑顔だったなって思っただけです」
「まあ、そんなところまで気がつくだなんて」
「いやいや、それほどでも」
すごい「笑顔」じゃなくて、「すごい笑顔」なわけだが……まあいいか。別に瑠々美さんが悪いことしてたわけじゃないし、しいて言うなら俺が割りとオーバーリアクション気味だったぐらいか……
「さて、食べま……あら?」
「ん、どうしました?」
ふと、瑠々美さんが横を向いて外を見た。
「今、凄く見慣れた服装が見えたような……」
「見慣れた服装?」
一瞬、俺は結人さんかと思ったが、瑠々美さんはまだ結人さんに一回しか会っていないはず。だから、その時点で違うことが確定する。つまりは……あの依留葉って執事だ。主人のデートにこっそり着いていくとか、まぁ忠誠心たけぇな……
「多分、気のせいだと思います」
「です……よね。まさか依留葉が着いてきているとは思いませんし……」
気のせいということにして、俺達は運ばれてきた料理を食べ始める。思えばカルボナーラもアラビアータも、「学校帰りにちょいと食べる軽食」ってコンセプトには外れてるよな……
そんな事は置いといて、俺はふと思ったことがあってそれを聞いてみた。
「なあ、瑠々美さん。依留葉さんってどんな人なんです?」
「依留葉ですか?」
「十年ぐらい前から執事だったって言ってましたよね。まあ流石に俺達みたいに同じ年齢から従者だった、ってわけじゃないでしょうし」
「そうですね。私が5歳の頃に来た時に、依留葉は20……とかでしたかね」
「じゃあ、今は30ぐらいか」
とてもそうには見えねぇ外見だがな。外国とのハーフって言ってたよな、そのせいかまだ二十代前半かと思ってた。
「どんな人か、と言われると少し困りますね……あまり深く考えたことがないものですから」
「そりゃそうですよ。年上も年上、同年代より分かりづらいですって」
とか言いつつ俺もあまり結人さんのことは未だによく分かっていない。いつも余裕そうで、掴みどころがないというか。普通に喋る分には楽しいんだがな……人によっちゃ、物腰柔らかいけどミステリアス、って評価になるだろうな。
「あ、時間にとてもうるさいです!」
「それだけですか!?」
「だって、思いつきませんもの。家事が出来ると言っても、それは当然って言われてしまうでしょうし」
「うっ」
無意識に刺された。料理と洗濯ぐらいなら出来るが、掃除は苦手なんだよな、俺。
「ど、どうされました?まさかパスタが喉に?」
「いや、俺も精進しなきゃなって思っただけです……ハイ……」
まずな話パスタは喉に詰まらんぞ、瑠々美さん……
「それ以外だと、なんでしょう……」
ムグムグとカルボナーラを食べている瑠々美さん。食べているだけなのにすごく上品に見えるし、何より食べる時に髪を耳にかける仕草も相まって上品に見える。対して俺。ただの男子高校生の食べ方。これを期に俺も作法を学ぶか……?
「……あ、一つ思い出しました」
「おっ、なんですか?」
瑠々美さんが両手をふわりと合わせて言い始める。
「お父様の言いつけではありますが、半年に一度は遊園地などの娯楽施設に連れて行ってくれましたね」
「へぇ、そうなんですね」
ぱっと見あの人堅物そうだから、そんな所行っても楽しめるのかとは思った。
「遊園地ねぇ」
「伯彦さん、行かれた事無いのですか?」
「いや、ありますけど。ただ、結人さんや静梨ちゃんに絶叫系を紗代ちゃんと一緒に連れ回されて、って思い出しか無いんですよね」
「まあ、それは……」
おかげで絶叫系は苦手になった。けど逆に紗代ちゃんはあっち側に行ってしまった。どうして俺だけ……
「どうかされました?」
「いやあ、俺は絶叫系苦手なんで……」
「あら、残念」
「えっ、もしかして」
「今度一緒にバンジージャンプ致します?」
「……謹んでお断り致します」
な、なんてことだ。まさか瑠々美さんもあっち側の人間だとは……ならば、ソフィアさんとアクセリナさんに……いや、あの二人はどうせ平気だ。なんとなくだけど俺の直感が言ってる。
「しかし困ったな、俺も遊園地は行きたいとは思っていましたけど、まさか瑠々美さんが絶叫系得意な人間だったとは……」
「でしたら、無理に遊園地に誘わなくてもいいんですよ?」
「ううーん……」
正直、それで遊びに行ける選択肢が狭まるのは嫌だし、それだったら俺が我慢するしかねぇよなぁ!?絶叫系アトラクション、乗ることを想像しただけでしんどくなるし乗ったら恐怖で涙がちょちょぎれるだろうが、まさか瑠々美さんの前で惨めな姿を見せるわけにも行かないしなぁ。
「でしたら、レジャー施設とかどうでしょう?あとは屋内で遊べるゲームセンターとか!」
「ゲームセンター!いいっすね、ゲームだったら俺結人さんに勝てますよ!」
「どうして今、結人様のお話を……?」
「だって、あの人何でもそつなくこなしてしまうんですよ?だから悔しくて俺の得意分野だけ極めようとしたら、それだけ勝てたんです!」
「そ、そうなのですね……」
けど、俺はふと思った。
「あ、でも瑠々美さんって、ゲームするんですか?」
「ボードゲーム、と呼ばれる類のものなら……電子機器の方は、クレーンゲームくらいしか……」
「なるほど」
ほうほう、なら俺がエスコート出来るってわけか、じゃあガンシューティングゲームとか一緒にやったりできるな……
「ご安心ください、瑠々美さん……俺がエスコートしてあげますから」
「わぁ、素敵!楽しみにしてます!」
そんな話をしながら、俺達は食べ進める。食べ終わったぐらいに、食後のデザートとしてショートケーキと紅茶を二人して頼んだ。
「いやぁ、やっぱり瑠々美さんと話すのは楽しいです」
「私も、伯彦さんと話している時が最近の一番の楽しみなんです」
「こ、困るなぁ……」
照れ隠しで紅茶を飲んだ。砂糖一切入れてないはずなのにすっごく甘く感じる。これが……幸せ!
「私、やっぱり伯彦さんに出会えてよかったです」
「ん?そりゃ当然俺もですけど……急にどうしたんですか、しんみりしちゃって」
「いえ、なんだか伯彦さんと居ると……素の自分になれている気がして」
「いいことじゃないですか、俺も素で接してくれるのは嬉しいですよ」
ちょっとだけしんみりしつつ、俺達はケーキを食べ終わり、紅茶も飲み終わる。
「さて、そろそろ出ますか」
「そうですね」
俺達は席を立つ。会計をして、外に出る。まず真っ先にやったのは、さっき瑠々美さんが言っていた見慣れた服装の奴を探すこと。ぱっと見、燕尾服なやつは居ないが……
「どうしました?」
「いや、さっき瑠々美さんが依留葉さんが居るって言ってたんで、ちょっと探しただけです」
「心配性ですからね、依留葉は。ばったり会ったら面白いですよね」
「俺的にはデートに着いてこられてるの、すごい恥ずかしいんですが」
「いいじゃないですか、存分に見せつけてあげましょう?」
そう言って、瑠々美さんは俺の左手をきゅっと握ってきた。
「……あのー、瑠々美さん。唐突にそんなことされると嬉しさとドキドキで心臓破裂するんで予告ぐらいしてくれませんか?」
とりあえず、俺も握り返しておく。
「……こうしてると、私達って恋人なんだなって思いますね」
「そ、そうすね」
多分今瑠々美さんは笑顔でこっちを向いてるのだろうけど、俺は今恥ずかしくてそっぽを向いている。数週間前の俺だったら、こんなTHE青春なイベントが俺にも来るなんて想像できなかっただろうな……
「つ、次の場所行きましょうか」
「決めてるんですか?」
「当然……じゃないですけど。ただこうやって歩いているだけでもいいかもですね」
こんな状況で、次に行く場所なんて考えてられるかよ。
「それじゃ、おさんぽデート、ですね」
「……はい」
「さあ、行きましょう?」
瑠々美さんは手を握ったまま俺の前に行き、振り返って言った。これが振り返り美人ってやつか……いや、瑠々美さんはいつも美人か。
「……よし、行きますか!」
俺も覚悟を決めて、瑠々美さんの隣に行く。こうやって手を繋ぐと、隣で歩いている以上に身長差を感じる。あと、手の小ささ。
「ねえ、瑠々美さん」
「なんですか、伯彦さん」
「その……ですね。俺ら、やっぱり傍から見たらラブラブカップルじゃないですか。それで、注目はやっぱされるわけじゃないですか。恥ずかしくないです?手を繋いでると尚更……」
「そ、そうですね……」
瑠々美さんの方を見ながら言う。髪を左手でくるくるしながら、顔が少し赤くなっている。かわいい。
「ちょっと恥ずかしいは、恥ずかしいですが……でも、伯彦さんなので。そんな事言ってたらだめじゃないですか」
「は、はい……そうですね……」
聞いてるこっちまで照れてくる。
「……瑠々美さん。今日、野薊さんになんて言って出てきました?」
「え?伯彦さんとデート、とは言って来ましたが」
「一応聞きますけど、外泊許可は……」
「取って、ませんが……?」
駄目だ、瑠々美さんが可愛くて独り占めしたくなってきた。俺は一度止まって後ろを見て言った。
「外泊許可お願いしますね、依留葉さん?ここからは俺らのプライベートってことで」
「え?」
「どうせ居ますって。それじゃ、行きましょうか。行く場所も決まりましたし」
「は、はい……?」
俺は瑠々美さんの手を引き、自分の家へと戻り始める。
「え、えっと、あの、どちらへ……」
「それは着いてからのお楽しみです」
なにげに、俺の部屋に入れるのは初めてだ。一応、いつ瑠々美さんを呼んでもいいように父さんに部屋の片付け手伝ってもらって、そこからめっちゃ意識して汚さないようにしてきたし、多分大丈夫だと思うんだが……
「時に、瑠々美さん。さっきボードゲームするって言ってましたよね。それ何か買っていきましょうか」
「と言いますと、チェスとか、ですか……?」
「いえいえ、もっと面白いのきっとありますから」
「そ、それは楽しみです……!」
俺は色々頭の中で二人で遊べるボードゲーム、ついでにカードゲームを考えた。花札とかトランプが一番いいだろうけど……やっぱりここは面白いボードゲームが一番だよな。バックギャモンとか、マンカラとか……あるかどうかわからないが、まああってくれるだろう。あってくれないと困るが。
「ようし、それじゃあ善は急げ!程よく急ぎながら行きましょうか!」
「はい!」
少しだけ手を強く握って、人混みで瑠々美さんとはぐれないようにする。夏とは言え、暑いは暑いが、これは違う。熱い、だ。俺はこれから向かう場所でする予定を想像しながら、瑠々美さんと歩いた。
「なんです?」
学校帰りに軽くなにかを食べようと寄ったカフェで、俺は瑠々美さんに聞かれる。
「ええっと、先日伯彦さんからお誘い頂いた体育祭の件なんですけれど……」
「はい……もしかして、来れなくなっちゃったとか!?」
そりゃ困る。せっかく瑠々美さんにいいとこ見せようと張り切ってたのに、来ないなんて言われたら俺の体育祭で頑張る理由が無くなる。
「い、いえ!そういうわけじゃないんです」
「なーんだ、びっくりした」
「もう、伯彦さんったら」
よかったよかった、いやほんとに。瑠々美さんが来てくれないと俺本気出せないから。
「その、ですね……どういう物を持っていったらいいのか、分からなくて」
「あれ、いくらお嬢様学校とはいえ、体育祭ぐらいはありますよね?」
「実は、その体育祭というのも初めて聞きまして……社交ダンス練習……に近いものでいいんでしょうか?」
俺はそれを聞いて卒倒し、上を向いてしまった。お嬢様なのは分かってたが、想像以上のだった。
「……一応聞きますけど、体育の……ええと、体を動かす運動系の授業とかってのは」
「あ、それならあります!まらそん……でいいんでしょうか?」
「おお、マラソン」
よし、それをやっているなら話が早いか。
「どうしても会食の機会が多くなるそうですから、常に細身な体型を維持するのも自分磨きの一つ、と学びました」
「お、おおう……ただのマラソンにしては随分と崇高な目的を持って授業をしてるんですね……」
「はい!せっかくお誘い頂いたり、お祝いさせて頂いたりするのに、ドレスが入らない、なんて恥ずかしいですし、相手の方にも失礼なので」
なんだろうな……運動だりーとか、めんどくせーとか、そう思っている自分が急激に恥ずかしくなってきたぞ?
「で、それで……誘っといてあれですけど、本当に来ていいんですか?」
「?はい、勿論……」
「多分ですけど、瑠々美さんが想像しているようなものじゃないんですよね。おしとやか~じゃなくて、殺伐としているというか」
俺はつい、説明をしながらろくろを回してしまう。いやあ、人間説明してるとこのポーズやっちゃうって本当なんだな。……じゃ、なくて。
「とにかく、瑠々美さんが思ってるより熱気あるんで、もしかしたら居るだけでちょっと気疲れしちゃうかも、なんて思ってるんですけど」
「でも、伯彦さんを応援したいのは確かですし、それに……」
「……それに?」
急に瑠々美さんが顔を赤面させてもじもじし始める。照れてる、って感じだ。
「お、お弁当を……の、伯彦さんに作って差し上げたくて……」
「……オベントウ?」
「も、もし迷惑だったら作りませんけど」
オベントウ。オベントウ……お弁当?俺に?まじで?
「瑠々美さんの、手作り愛妻弁当ってことですか?」
喜びを抑えながら俺は訝しげに聞く。勿論愛妻の部分は超小声で言ったから聞こえていないはず。
「そ、そうです……」
……っかぁーっ!なんて俺は幸せものなんだ!まさか俺が頼むまでもなく、瑠々美さんの方から俺の弁当を作ってくれるだなんて提案してくれるだなんて!俺は一体この幸せを何回噛みしめればいいんだ!?何回噛んでも味がするぞ、絶対!
「瑠々美さんの弁当、楽しみだなぁ……きっと美味しいんだろうなあ……」
「伯彦さんのお口に合うかどうか分かりませんが……頑張りますので!」
「は、はい!」
なんでか俺達は一礼を互いにしてしまっていた。やべぇ、夏のせいかもわからんが、顔があちぃ。とりあえず飲み物飲むか……
「お待たせいたしました。こちらカルボナーラとアラビアータでございます」
と、そこに店員が俺達の料理を持ってきて置いてくる。
「アラビアータは俺で、カルボナーラはそっちで」
「かしこまりました」
……やべー、この店員笑顔だが、顔にめっちゃ文字書いてある。俺の拙い『心』の魔法を使わなくても分かる。「こんなところで堂々とイチャイチャしてんじゃねえラブラブカップルが」って書いてある。なんとなくだが、周囲からも同じような感じの視線を感じる。
「では、『他のお客様の迷惑にならないよう』ごゆっくりどうぞ」
なんて言い残して、わざわざ「他のお客様の迷惑に」とか強調してくれちゃって去っていった。けっ、俺達の愛にケチつけるとか心が狭いな、あの店員。俺は心のなかであかんべえをした。
「……?どうされました?」
「いいや、なんでもないです。あの店員すごい笑顔だったなって思っただけです」
「まあ、そんなところまで気がつくだなんて」
「いやいや、それほどでも」
すごい「笑顔」じゃなくて、「すごい笑顔」なわけだが……まあいいか。別に瑠々美さんが悪いことしてたわけじゃないし、しいて言うなら俺が割りとオーバーリアクション気味だったぐらいか……
「さて、食べま……あら?」
「ん、どうしました?」
ふと、瑠々美さんが横を向いて外を見た。
「今、凄く見慣れた服装が見えたような……」
「見慣れた服装?」
一瞬、俺は結人さんかと思ったが、瑠々美さんはまだ結人さんに一回しか会っていないはず。だから、その時点で違うことが確定する。つまりは……あの依留葉って執事だ。主人のデートにこっそり着いていくとか、まぁ忠誠心たけぇな……
「多分、気のせいだと思います」
「です……よね。まさか依留葉が着いてきているとは思いませんし……」
気のせいということにして、俺達は運ばれてきた料理を食べ始める。思えばカルボナーラもアラビアータも、「学校帰りにちょいと食べる軽食」ってコンセプトには外れてるよな……
そんな事は置いといて、俺はふと思ったことがあってそれを聞いてみた。
「なあ、瑠々美さん。依留葉さんってどんな人なんです?」
「依留葉ですか?」
「十年ぐらい前から執事だったって言ってましたよね。まあ流石に俺達みたいに同じ年齢から従者だった、ってわけじゃないでしょうし」
「そうですね。私が5歳の頃に来た時に、依留葉は20……とかでしたかね」
「じゃあ、今は30ぐらいか」
とてもそうには見えねぇ外見だがな。外国とのハーフって言ってたよな、そのせいかまだ二十代前半かと思ってた。
「どんな人か、と言われると少し困りますね……あまり深く考えたことがないものですから」
「そりゃそうですよ。年上も年上、同年代より分かりづらいですって」
とか言いつつ俺もあまり結人さんのことは未だによく分かっていない。いつも余裕そうで、掴みどころがないというか。普通に喋る分には楽しいんだがな……人によっちゃ、物腰柔らかいけどミステリアス、って評価になるだろうな。
「あ、時間にとてもうるさいです!」
「それだけですか!?」
「だって、思いつきませんもの。家事が出来ると言っても、それは当然って言われてしまうでしょうし」
「うっ」
無意識に刺された。料理と洗濯ぐらいなら出来るが、掃除は苦手なんだよな、俺。
「ど、どうされました?まさかパスタが喉に?」
「いや、俺も精進しなきゃなって思っただけです……ハイ……」
まずな話パスタは喉に詰まらんぞ、瑠々美さん……
「それ以外だと、なんでしょう……」
ムグムグとカルボナーラを食べている瑠々美さん。食べているだけなのにすごく上品に見えるし、何より食べる時に髪を耳にかける仕草も相まって上品に見える。対して俺。ただの男子高校生の食べ方。これを期に俺も作法を学ぶか……?
「……あ、一つ思い出しました」
「おっ、なんですか?」
瑠々美さんが両手をふわりと合わせて言い始める。
「お父様の言いつけではありますが、半年に一度は遊園地などの娯楽施設に連れて行ってくれましたね」
「へぇ、そうなんですね」
ぱっと見あの人堅物そうだから、そんな所行っても楽しめるのかとは思った。
「遊園地ねぇ」
「伯彦さん、行かれた事無いのですか?」
「いや、ありますけど。ただ、結人さんや静梨ちゃんに絶叫系を紗代ちゃんと一緒に連れ回されて、って思い出しか無いんですよね」
「まあ、それは……」
おかげで絶叫系は苦手になった。けど逆に紗代ちゃんはあっち側に行ってしまった。どうして俺だけ……
「どうかされました?」
「いやあ、俺は絶叫系苦手なんで……」
「あら、残念」
「えっ、もしかして」
「今度一緒にバンジージャンプ致します?」
「……謹んでお断り致します」
な、なんてことだ。まさか瑠々美さんもあっち側の人間だとは……ならば、ソフィアさんとアクセリナさんに……いや、あの二人はどうせ平気だ。なんとなくだけど俺の直感が言ってる。
「しかし困ったな、俺も遊園地は行きたいとは思っていましたけど、まさか瑠々美さんが絶叫系得意な人間だったとは……」
「でしたら、無理に遊園地に誘わなくてもいいんですよ?」
「ううーん……」
正直、それで遊びに行ける選択肢が狭まるのは嫌だし、それだったら俺が我慢するしかねぇよなぁ!?絶叫系アトラクション、乗ることを想像しただけでしんどくなるし乗ったら恐怖で涙がちょちょぎれるだろうが、まさか瑠々美さんの前で惨めな姿を見せるわけにも行かないしなぁ。
「でしたら、レジャー施設とかどうでしょう?あとは屋内で遊べるゲームセンターとか!」
「ゲームセンター!いいっすね、ゲームだったら俺結人さんに勝てますよ!」
「どうして今、結人様のお話を……?」
「だって、あの人何でもそつなくこなしてしまうんですよ?だから悔しくて俺の得意分野だけ極めようとしたら、それだけ勝てたんです!」
「そ、そうなのですね……」
けど、俺はふと思った。
「あ、でも瑠々美さんって、ゲームするんですか?」
「ボードゲーム、と呼ばれる類のものなら……電子機器の方は、クレーンゲームくらいしか……」
「なるほど」
ほうほう、なら俺がエスコート出来るってわけか、じゃあガンシューティングゲームとか一緒にやったりできるな……
「ご安心ください、瑠々美さん……俺がエスコートしてあげますから」
「わぁ、素敵!楽しみにしてます!」
そんな話をしながら、俺達は食べ進める。食べ終わったぐらいに、食後のデザートとしてショートケーキと紅茶を二人して頼んだ。
「いやぁ、やっぱり瑠々美さんと話すのは楽しいです」
「私も、伯彦さんと話している時が最近の一番の楽しみなんです」
「こ、困るなぁ……」
照れ隠しで紅茶を飲んだ。砂糖一切入れてないはずなのにすっごく甘く感じる。これが……幸せ!
「私、やっぱり伯彦さんに出会えてよかったです」
「ん?そりゃ当然俺もですけど……急にどうしたんですか、しんみりしちゃって」
「いえ、なんだか伯彦さんと居ると……素の自分になれている気がして」
「いいことじゃないですか、俺も素で接してくれるのは嬉しいですよ」
ちょっとだけしんみりしつつ、俺達はケーキを食べ終わり、紅茶も飲み終わる。
「さて、そろそろ出ますか」
「そうですね」
俺達は席を立つ。会計をして、外に出る。まず真っ先にやったのは、さっき瑠々美さんが言っていた見慣れた服装の奴を探すこと。ぱっと見、燕尾服なやつは居ないが……
「どうしました?」
「いや、さっき瑠々美さんが依留葉さんが居るって言ってたんで、ちょっと探しただけです」
「心配性ですからね、依留葉は。ばったり会ったら面白いですよね」
「俺的にはデートに着いてこられてるの、すごい恥ずかしいんですが」
「いいじゃないですか、存分に見せつけてあげましょう?」
そう言って、瑠々美さんは俺の左手をきゅっと握ってきた。
「……あのー、瑠々美さん。唐突にそんなことされると嬉しさとドキドキで心臓破裂するんで予告ぐらいしてくれませんか?」
とりあえず、俺も握り返しておく。
「……こうしてると、私達って恋人なんだなって思いますね」
「そ、そうすね」
多分今瑠々美さんは笑顔でこっちを向いてるのだろうけど、俺は今恥ずかしくてそっぽを向いている。数週間前の俺だったら、こんなTHE青春なイベントが俺にも来るなんて想像できなかっただろうな……
「つ、次の場所行きましょうか」
「決めてるんですか?」
「当然……じゃないですけど。ただこうやって歩いているだけでもいいかもですね」
こんな状況で、次に行く場所なんて考えてられるかよ。
「それじゃ、おさんぽデート、ですね」
「……はい」
「さあ、行きましょう?」
瑠々美さんは手を握ったまま俺の前に行き、振り返って言った。これが振り返り美人ってやつか……いや、瑠々美さんはいつも美人か。
「……よし、行きますか!」
俺も覚悟を決めて、瑠々美さんの隣に行く。こうやって手を繋ぐと、隣で歩いている以上に身長差を感じる。あと、手の小ささ。
「ねえ、瑠々美さん」
「なんですか、伯彦さん」
「その……ですね。俺ら、やっぱり傍から見たらラブラブカップルじゃないですか。それで、注目はやっぱされるわけじゃないですか。恥ずかしくないです?手を繋いでると尚更……」
「そ、そうですね……」
瑠々美さんの方を見ながら言う。髪を左手でくるくるしながら、顔が少し赤くなっている。かわいい。
「ちょっと恥ずかしいは、恥ずかしいですが……でも、伯彦さんなので。そんな事言ってたらだめじゃないですか」
「は、はい……そうですね……」
聞いてるこっちまで照れてくる。
「……瑠々美さん。今日、野薊さんになんて言って出てきました?」
「え?伯彦さんとデート、とは言って来ましたが」
「一応聞きますけど、外泊許可は……」
「取って、ませんが……?」
駄目だ、瑠々美さんが可愛くて独り占めしたくなってきた。俺は一度止まって後ろを見て言った。
「外泊許可お願いしますね、依留葉さん?ここからは俺らのプライベートってことで」
「え?」
「どうせ居ますって。それじゃ、行きましょうか。行く場所も決まりましたし」
「は、はい……?」
俺は瑠々美さんの手を引き、自分の家へと戻り始める。
「え、えっと、あの、どちらへ……」
「それは着いてからのお楽しみです」
なにげに、俺の部屋に入れるのは初めてだ。一応、いつ瑠々美さんを呼んでもいいように父さんに部屋の片付け手伝ってもらって、そこからめっちゃ意識して汚さないようにしてきたし、多分大丈夫だと思うんだが……
「時に、瑠々美さん。さっきボードゲームするって言ってましたよね。それ何か買っていきましょうか」
「と言いますと、チェスとか、ですか……?」
「いえいえ、もっと面白いのきっとありますから」
「そ、それは楽しみです……!」
俺は色々頭の中で二人で遊べるボードゲーム、ついでにカードゲームを考えた。花札とかトランプが一番いいだろうけど……やっぱりここは面白いボードゲームが一番だよな。バックギャモンとか、マンカラとか……あるかどうかわからないが、まああってくれるだろう。あってくれないと困るが。
「ようし、それじゃあ善は急げ!程よく急ぎながら行きましょうか!」
「はい!」
少しだけ手を強く握って、人混みで瑠々美さんとはぐれないようにする。夏とは言え、暑いは暑いが、これは違う。熱い、だ。俺はこれから向かう場所でする予定を想像しながら、瑠々美さんと歩いた。
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誰への義理もない。
ならば、もうどうにでもなればいい。
アレクシアはスッと背筋を伸ばした。
そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺!
◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。
◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。
◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。
◆全8話、最終話だけ少し長めです。
恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。
◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。
◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。
◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03)
◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます!
9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
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