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第一章 来訪、欧州の魔法使い
『心』に『転移』 その4
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「ううん……」
もう今日何度こうやって気を失って意識を取り戻して、ってやっただろう。
「結人様、おかえりなさいませ」
「ただい、ま」
「危ないっ!」
突っ伏した状態から上体を起こそうとすると、力があまり入らず、後ろに倒れそうになってしまう。それを、アクセリナがギリギリのところで支えてくれた。
「あはは、まだ力が入んないみたいだ。ありがとう」
「いえ、お気遣いなく……」
あんまり支えられてるのも男子の沽券に関わるので、ベッドに背を預けた。
「どれくらいの時間が経ってる?」
「大体、一時間ほどでしょうか」
「そんなに長いこと待っててくれたのか……ごめんね、アクセリナ」
「いえ」
今は、長時間魔法を行使していたせいで疲労が溜まっていて、まともに動けなかった。
「どうでしたか、ソフィア様は」
「案外、頑固なんだね」
「ええ、そうですよ。ソフィア様は結構頑固なんです。意外ですよね」
やっぱり、長年一緒に居るとそういうのも見えてくるものなんだ……っていうか、なんだかアクセリナの口調がいつもより柔らかい感じがする。
「そうだ、アクセリナ。僕が向こうに行っている間、なんか、こう、頭がぼーっとする感覚とか無かった?」
「そうですね……すこし、あったかもしれません」
魔法の暴走は確実、って感じだね。まさか無いとは思うけど、僕も魔法が暴走することあるのかなあ……
「……うーん」
「ソフィア様!」
「ソフィア!」
僕達が話していると、ソフィアが起き上がる。
「アクセリナ……それに、ユイト」
「お身体に支障はありませんか!?」
「大丈夫です、ちょっと寝込んでただけですから」
そう言ってソフィアはベッドから降りて床に座る。
「さて、それじゃあお話をしましょうか」
テーブルの向かいに座ったソフィア。姿勢を正して直るアクセリナと、未だ体力が回復していないのでベッドに背を預けたままの僕。一応出来る限り姿勢は良くしたけど……
「まず、アクセリナ」
「は、はい」
「私が寝込んだことに対して、色々してくれたことには感謝します」
「ありがとうございます」
最初は感謝の言葉から入った。それにアクセリナが深く頭を下げる。
「で、ユイト」
「うん」
「緊急事態とは言え、乙女の心の中に勝手に入るのはいかがなものとは思いますよ?」
「それは……ねえ?」
ごもっともである。と言うか、緊急時じゃなくても心を見られるのはあんまりいいことではないと思う。
「それに、もし失敗したらどうするつもりだったんですか?」
「たしかに、ぶっつけ本番で色々やったけど、成功はしたよ」
「……もう」
怒られてはいるけど、ソフィアなりに僕のことを心配してくれてるんだろうなと思った。
「でも、色んな魔法を即興でやって、それを成功させちゃうユイトは、やっぱり凄いです」
「そうでもないよ。これも修行のおかげだから」
「だって、私は魔法を暴走させてしまったわけで……アクセリナにも迷惑をかけてしまいました。これじゃ、主人失格です」
ソフィアが泣きそうになっている。ど、どうしよう……
「あー、そのー、魔法が暴走してるっていうのは、気づいてたの?」
「いいえ、ユイトが言うまで全然」
僕も、魔法が暴走するのは知っていたけど、こうやって実際目の当たりにしたのは初めてだ。
「その……私の心の中は、どんな感じでしたか?私には、ユイトと会話したという感覚しか無いので……」
「え、そうなの?」
驚いた。流石に屋敷の中は違うだろうけど、最後に僕達が話した場所はソフィアにも見えているものだと思っていたから。
「私も、興味はあります。人の心の中がどんな風に構成されているのか」
「じゃあ、話すけど……」
そう前置いて、僕はソフィアの心の中の冒険譚を話した。
「へえ、なるほど。私の心は家の中で、私と話したのはどこまでも続く草原……面白いですね」
「仮説として、その者の一番思い入れがある場所が心の中の風景になる感じなのでしょうか?」
「まあ、実際のところは見てみないと分からないけど」
これは、今後の研究テーマにもなりそうだ。その人の心の中の風景はいつもまでも同じなのか、変わらないのか……まあ、今はそんな事は置いといて。
「それで、本題だけど」
僕がその言葉を言うと、とたんにソフィアの顔が真剣なものになる。
「ソフィアは……どうしても、国に帰りたい?」
「……」
しばらくの無言。次に口を開いたのは、勿論ソフィアだった。
「私、ユイトに言われて考え直してみました。どういう行動をすれば、誰が幸せになって、誰が不幸せになるか……その中で、一番誰も不幸せにならない方法を」
「うん」
僕以上に、アクセリナの方が緊張していた。ソフィアにどこまでも着いていくという決意をしている以上、この先どうなるかが語られるのだから。
「そして、考えた結果ですけど……私、日本にずっと居たいです。高校を卒業した後も、ずっと、ずっと。当主という責務から逃げることにはなってしまいますけど……それよりも、ユイトやアクセリナ、シズリやサヨを悲しませるのは私としても心が痛いです」
ああ……よかっ、た。その言葉を聞いて、僕は安心した。それで、アクセリナの方を見ると。
「ソフィア様……それで、ソフィア様は後悔しないのですか?」
「はい、しませんよ?むしろ、こっちがアクセリナを振り回してごめんなさい、と謝るべきだと思いますけど」
ソフィアの言葉を聞いて、アクセリナはホッとしている。
「で……僕からは現実問題の話。ソフィアやアクセリナみたいな外国の人が永住するには色々あるらしいよ。それをクリアするのに、一つ方法がある」
「方法……?なんですか?」
正直、高校一年の年齢でこれを言うのは早いと思うけど……外国にも日本にも定義できる言葉があるからね。
「その方法っていうのは……ソフィアが、僕に嫁ぐこと。日本の法律的に今は『許嫁』って形でだけど……」
「……?…………。……………!!!!!」
なんか、三段階ぐらい考えて、ソフィアが結果顔を真っ赤にする。そりゃ、そうか。いきなりプロポーズみたいなこと言われたんだし。
「ええええええ、えーと。そそそそそそ、それは本心……ですか?」
「僕としても思いつきで話してるけど……まあ、ソフィアと結婚することになっても、それはそれで悪くないかな、って、おもう、けど…………」
そんなに慌てられると、こっちまで慌ててしまう。
「……これは、ソフィア様を守るための策でもありますから、そこまで今は重大視しなくても結構です」
「でも、でも!Aktenskap!ですよ!?」
「ですから、名目上なので」
……ありがとう、アクセリナ。うーん、やっぱりこれ、悪手だったかな……?
「で、どうするのですか、ソフィア様」
「勿論!だって……」
言いかけて、アクセリナをちょいちょいと手で呼ぶソフィア。耳打ちをしているので、僕には何も聞こえないけど。
「……まあ、そうですね。私の判断は間違ってなかったかもしれませんね」
「はい」
「?」
勝手に二人の中で話が進んでる……いいけど。
「それじゃあ……改めて、ユイト。これからもよろしくお願いしますね」
「うん」
僕とソフィアは同時に頭を下げる。隣でアクセリナが拍手をしていて、ちょっと笑いそうになった。
「……って、アクセリナ。その顔」
「顔が……どうかしましたか?」
一瞬、アクセリナの顔が柔らかい笑顔だった気がするんだけど……気のせいだったかな?
「今、笑顔だった気が……」
「そうですかね?」
もう一度見てみても、いつもの無表情だった。うーん……
「ねえ、ユイト」
「ん?」
僕が不思議に思っていると、ソフィアが何かを考えるように聞いてきた。
「その、霖愛奈さんに会ったんですよね?私の記憶ではありますけど」
「うん、ちょっと不思議なことはあったけど」
「「不思議なこと?」」
僕の言葉に二人が首を傾げる。
「なんかね、その……不思議な顔をしていたんだ」
「不思議な顔……どんな顔でした?」
「ソフィアに似てた」
「え?それは、どういう……」
もう一度、霖愛奈の顔を思い出す。日本人、っていう顔だったけど、どこかソフィアに似ていたはずだ。
「どうして似てたかは分からないけど、それは新しい手がかりになると思う」
「なるほどー……他に、情報はないんですか?」
「無い」
まあ、それは追々考えていくとして……
「あと他に見たものといえば、アクセリナの記憶かな」
「私のですか、一体どんなものでしたか?」
「そうだね、例えば……」
僕は見たものを話す。キッチンで毒入り料理を処理しているアクセリナの姿、中庭で暗殺者を始末している姿、トールヴァルドさんから手紙を受け取った姿……こうして並べてみると、どれも不穏なものばっかりだ。
「アクセリナらしい記憶ばっかりですね」
「そうですね、ソフィア様」
そんな不穏なものも笑い話にできるあたり、修羅場を乗り越えてきた経験が生きている。僕だったら一回たりとも経験したくないけど。
「私の記憶は置いておいて、ソフィア様のあの出来事は見なかったのですか?」
「あの出来事?」
「ソフィア様が自分で料理を作りたいと言い出して、いざ作ってみたものの大失敗して私に泣きついてきた出来事です」
そんな記憶は見てないけど……それ、わざわざ言う必要あったかな?
「ちょっと、アクセリナ!」
「失礼いたしました」
全く謝る気のない『失礼いたしました』だった。普段の二人の会話も、こんな感じなんだろうか?
「ふあぁ……ぁ」
「あれ、ユイトおねむですか?」
安心しきってしまったのか、とても眠くなってきた。
「うん……じゃあ、帰らないと……」
そう思って、立ち上がる。ソフィアの部屋を出ようとする。
「うわっ」
疲労のせいか、床に倒れ込んでしまった。
「いってててて……」
「もう、それじゃ帰れないじゃないですか……アクセリナ」
「はい、少々お待ちください」
そんな僕を見てか、ソフィアがアクセリナに何かを指示した。
「だ、大丈夫だって、帰れるって」
「ダメです。今日はここに泊まっていってください」
「うーん……」
自分でも思った以上にどうやら疲れてるみたい。こんなに疲れているのは初めてかもしれない。
「私を助けてくれたお礼と思って、ね?」
「それなら、まあ」
多分『はい』と言うまで話を止めないつもりだったんだろうなあ、ソフィアのことだから。
「ソフィア」
「なんですか?」
完全に寝てしまう前に、これだけは話しておこうと思って、ソフィアを呼ぶ。
「僕のバカな提案に乗ってくれて……ありが……とう……」
言うと同時に、僕はそのまま夢の世界に吸い込まれていった。
けれど……なぜかその夢の世界でも色々あった。なんでここが眠りの世界なのかと分かった理由は、特にはないけど……ソフィアの心に入った時とはまた違う、そんな感覚だったから。
「……ここは」
なんか変だな、と思いつつも、見えている光景はとても馴染みのある光景。なぜならここは僕の家だったからだ。
「もしかして、いつの間にか帰ってたり……」
そんな訳はなかった。家中を探しても誰も居なかったし。そもそも、なんか家の構造は変わっていないのに置いてあるものがだいぶ違った。さすがにここはあんまり変わってないだろうと、修行場に行ってみた。
「うん、ここは変わってない。けど……」
修行場から見える庭……そこに誰かが立っていた。
『……あれ、やっぱり繋がっちゃったか』
「君は……」
そこには、霖愛奈が居た。
『ここは、私が時空を超える時に使っている世界なんだけど……やっぱりこの時代に居ると繋がっちゃう危険性があるのね』
「ちょっと、どういうことか説明してよ」
『説明もなにも、したところで私はあなたの「記憶」を消さないといけないから無意味だよ?』
僕を一瞬肩越しに見て、また背を向けて霖愛奈が言う。
『まあ、あえて言ってあげると……ソフィア・ヴェステルマルクの「心」に長い間「転移」したせいで、ちょっと精神の所在があやふやになってて、それでまたここに来ちゃったってこと』
なおさら分からない。さすが大魔法使い様だよ。
「それで、ここはどこなのさ」
『はぁ、仕方ないか。いいわ、説明してあげる。ここはさっきも言った通り私が時空を超える時に使っている世界。この世界を「転移」させることで、各時代の場所に移動してるの』
「もっと、分かりやすく説明してくれるかな」
僕が言うと、霖愛奈はため息を吐いた。
『これ以上説明しても、今のあなたの実力じゃ分からないわ。それに、約束したのでしょう?ソフィア・ヴェステルマルクと、私に到達するって』
「した、けど……」
『じゃあ、魔法を学びなさい。各家を回って、魔法を自分のものに』
なんで、僕がソフィアと約束したことを知ってるんだろう……?ここから見てたとか、かな?
「一つだけ、質問してもいい?」
『なに?』
「君は、未来の存在なの?過去の存在なの?」
『未来の存在よ』
なるほど、ならどう調べても載ってないはずだ。……って。
「それだと、過去に干渉したら過去改変なんじゃ。そもそも、僕達が君を目指すきっかけは、トールヴァルドさんが君と会ったせいだし……過去を変えてるじゃないか」
『私はここで過去を見るのが趣味だから、ここからは出ていないわ。よって、その記憶も嘘になる』
ん。んん。んんん。頭がこんがらがってきた。
『たしか……過去に、トールヴァルド・ヴェステルマルクが私に会った、とかソフィア・ヴェステルマルクが話してたわね。でもそれは当時あった霖家のおとぎ話。それが色々あって嘘の記憶を構築したんでしょうね』
「あーもー!よくわからないって!」
もう考えるのを止めるくらいには難解だ。
『まあ、これ以上は人生のネタバレになっちゃうから止めておくわ』
「うん、そうして。どうせ記憶消されるのに、無駄なこと考えたくないし」
もうヤケになっていて、強く言い返してしまう。どこか煙に巻かれている感じもするんだよなあ……
『それじゃ。そろそろ普通に寝てもらうわね。あんまり長居させても無駄に考えさせるだけだし』
そう言われて、眠たくなってくる。これも魔法なのか……?
「あ…………」
『記憶も消させてもらうわ。それじゃ、もう会うことはないわ』
「…………」
その言葉を聞いて、僕はもう一度深い眠りについた…………
もう今日何度こうやって気を失って意識を取り戻して、ってやっただろう。
「結人様、おかえりなさいませ」
「ただい、ま」
「危ないっ!」
突っ伏した状態から上体を起こそうとすると、力があまり入らず、後ろに倒れそうになってしまう。それを、アクセリナがギリギリのところで支えてくれた。
「あはは、まだ力が入んないみたいだ。ありがとう」
「いえ、お気遣いなく……」
あんまり支えられてるのも男子の沽券に関わるので、ベッドに背を預けた。
「どれくらいの時間が経ってる?」
「大体、一時間ほどでしょうか」
「そんなに長いこと待っててくれたのか……ごめんね、アクセリナ」
「いえ」
今は、長時間魔法を行使していたせいで疲労が溜まっていて、まともに動けなかった。
「どうでしたか、ソフィア様は」
「案外、頑固なんだね」
「ええ、そうですよ。ソフィア様は結構頑固なんです。意外ですよね」
やっぱり、長年一緒に居るとそういうのも見えてくるものなんだ……っていうか、なんだかアクセリナの口調がいつもより柔らかい感じがする。
「そうだ、アクセリナ。僕が向こうに行っている間、なんか、こう、頭がぼーっとする感覚とか無かった?」
「そうですね……すこし、あったかもしれません」
魔法の暴走は確実、って感じだね。まさか無いとは思うけど、僕も魔法が暴走することあるのかなあ……
「……うーん」
「ソフィア様!」
「ソフィア!」
僕達が話していると、ソフィアが起き上がる。
「アクセリナ……それに、ユイト」
「お身体に支障はありませんか!?」
「大丈夫です、ちょっと寝込んでただけですから」
そう言ってソフィアはベッドから降りて床に座る。
「さて、それじゃあお話をしましょうか」
テーブルの向かいに座ったソフィア。姿勢を正して直るアクセリナと、未だ体力が回復していないのでベッドに背を預けたままの僕。一応出来る限り姿勢は良くしたけど……
「まず、アクセリナ」
「は、はい」
「私が寝込んだことに対して、色々してくれたことには感謝します」
「ありがとうございます」
最初は感謝の言葉から入った。それにアクセリナが深く頭を下げる。
「で、ユイト」
「うん」
「緊急事態とは言え、乙女の心の中に勝手に入るのはいかがなものとは思いますよ?」
「それは……ねえ?」
ごもっともである。と言うか、緊急時じゃなくても心を見られるのはあんまりいいことではないと思う。
「それに、もし失敗したらどうするつもりだったんですか?」
「たしかに、ぶっつけ本番で色々やったけど、成功はしたよ」
「……もう」
怒られてはいるけど、ソフィアなりに僕のことを心配してくれてるんだろうなと思った。
「でも、色んな魔法を即興でやって、それを成功させちゃうユイトは、やっぱり凄いです」
「そうでもないよ。これも修行のおかげだから」
「だって、私は魔法を暴走させてしまったわけで……アクセリナにも迷惑をかけてしまいました。これじゃ、主人失格です」
ソフィアが泣きそうになっている。ど、どうしよう……
「あー、そのー、魔法が暴走してるっていうのは、気づいてたの?」
「いいえ、ユイトが言うまで全然」
僕も、魔法が暴走するのは知っていたけど、こうやって実際目の当たりにしたのは初めてだ。
「その……私の心の中は、どんな感じでしたか?私には、ユイトと会話したという感覚しか無いので……」
「え、そうなの?」
驚いた。流石に屋敷の中は違うだろうけど、最後に僕達が話した場所はソフィアにも見えているものだと思っていたから。
「私も、興味はあります。人の心の中がどんな風に構成されているのか」
「じゃあ、話すけど……」
そう前置いて、僕はソフィアの心の中の冒険譚を話した。
「へえ、なるほど。私の心は家の中で、私と話したのはどこまでも続く草原……面白いですね」
「仮説として、その者の一番思い入れがある場所が心の中の風景になる感じなのでしょうか?」
「まあ、実際のところは見てみないと分からないけど」
これは、今後の研究テーマにもなりそうだ。その人の心の中の風景はいつもまでも同じなのか、変わらないのか……まあ、今はそんな事は置いといて。
「それで、本題だけど」
僕がその言葉を言うと、とたんにソフィアの顔が真剣なものになる。
「ソフィアは……どうしても、国に帰りたい?」
「……」
しばらくの無言。次に口を開いたのは、勿論ソフィアだった。
「私、ユイトに言われて考え直してみました。どういう行動をすれば、誰が幸せになって、誰が不幸せになるか……その中で、一番誰も不幸せにならない方法を」
「うん」
僕以上に、アクセリナの方が緊張していた。ソフィアにどこまでも着いていくという決意をしている以上、この先どうなるかが語られるのだから。
「そして、考えた結果ですけど……私、日本にずっと居たいです。高校を卒業した後も、ずっと、ずっと。当主という責務から逃げることにはなってしまいますけど……それよりも、ユイトやアクセリナ、シズリやサヨを悲しませるのは私としても心が痛いです」
ああ……よかっ、た。その言葉を聞いて、僕は安心した。それで、アクセリナの方を見ると。
「ソフィア様……それで、ソフィア様は後悔しないのですか?」
「はい、しませんよ?むしろ、こっちがアクセリナを振り回してごめんなさい、と謝るべきだと思いますけど」
ソフィアの言葉を聞いて、アクセリナはホッとしている。
「で……僕からは現実問題の話。ソフィアやアクセリナみたいな外国の人が永住するには色々あるらしいよ。それをクリアするのに、一つ方法がある」
「方法……?なんですか?」
正直、高校一年の年齢でこれを言うのは早いと思うけど……外国にも日本にも定義できる言葉があるからね。
「その方法っていうのは……ソフィアが、僕に嫁ぐこと。日本の法律的に今は『許嫁』って形でだけど……」
「……?…………。……………!!!!!」
なんか、三段階ぐらい考えて、ソフィアが結果顔を真っ赤にする。そりゃ、そうか。いきなりプロポーズみたいなこと言われたんだし。
「ええええええ、えーと。そそそそそそ、それは本心……ですか?」
「僕としても思いつきで話してるけど……まあ、ソフィアと結婚することになっても、それはそれで悪くないかな、って、おもう、けど…………」
そんなに慌てられると、こっちまで慌ててしまう。
「……これは、ソフィア様を守るための策でもありますから、そこまで今は重大視しなくても結構です」
「でも、でも!Aktenskap!ですよ!?」
「ですから、名目上なので」
……ありがとう、アクセリナ。うーん、やっぱりこれ、悪手だったかな……?
「で、どうするのですか、ソフィア様」
「勿論!だって……」
言いかけて、アクセリナをちょいちょいと手で呼ぶソフィア。耳打ちをしているので、僕には何も聞こえないけど。
「……まあ、そうですね。私の判断は間違ってなかったかもしれませんね」
「はい」
「?」
勝手に二人の中で話が進んでる……いいけど。
「それじゃあ……改めて、ユイト。これからもよろしくお願いしますね」
「うん」
僕とソフィアは同時に頭を下げる。隣でアクセリナが拍手をしていて、ちょっと笑いそうになった。
「……って、アクセリナ。その顔」
「顔が……どうかしましたか?」
一瞬、アクセリナの顔が柔らかい笑顔だった気がするんだけど……気のせいだったかな?
「今、笑顔だった気が……」
「そうですかね?」
もう一度見てみても、いつもの無表情だった。うーん……
「ねえ、ユイト」
「ん?」
僕が不思議に思っていると、ソフィアが何かを考えるように聞いてきた。
「その、霖愛奈さんに会ったんですよね?私の記憶ではありますけど」
「うん、ちょっと不思議なことはあったけど」
「「不思議なこと?」」
僕の言葉に二人が首を傾げる。
「なんかね、その……不思議な顔をしていたんだ」
「不思議な顔……どんな顔でした?」
「ソフィアに似てた」
「え?それは、どういう……」
もう一度、霖愛奈の顔を思い出す。日本人、っていう顔だったけど、どこかソフィアに似ていたはずだ。
「どうして似てたかは分からないけど、それは新しい手がかりになると思う」
「なるほどー……他に、情報はないんですか?」
「無い」
まあ、それは追々考えていくとして……
「あと他に見たものといえば、アクセリナの記憶かな」
「私のですか、一体どんなものでしたか?」
「そうだね、例えば……」
僕は見たものを話す。キッチンで毒入り料理を処理しているアクセリナの姿、中庭で暗殺者を始末している姿、トールヴァルドさんから手紙を受け取った姿……こうして並べてみると、どれも不穏なものばっかりだ。
「アクセリナらしい記憶ばっかりですね」
「そうですね、ソフィア様」
そんな不穏なものも笑い話にできるあたり、修羅場を乗り越えてきた経験が生きている。僕だったら一回たりとも経験したくないけど。
「私の記憶は置いておいて、ソフィア様のあの出来事は見なかったのですか?」
「あの出来事?」
「ソフィア様が自分で料理を作りたいと言い出して、いざ作ってみたものの大失敗して私に泣きついてきた出来事です」
そんな記憶は見てないけど……それ、わざわざ言う必要あったかな?
「ちょっと、アクセリナ!」
「失礼いたしました」
全く謝る気のない『失礼いたしました』だった。普段の二人の会話も、こんな感じなんだろうか?
「ふあぁ……ぁ」
「あれ、ユイトおねむですか?」
安心しきってしまったのか、とても眠くなってきた。
「うん……じゃあ、帰らないと……」
そう思って、立ち上がる。ソフィアの部屋を出ようとする。
「うわっ」
疲労のせいか、床に倒れ込んでしまった。
「いってててて……」
「もう、それじゃ帰れないじゃないですか……アクセリナ」
「はい、少々お待ちください」
そんな僕を見てか、ソフィアがアクセリナに何かを指示した。
「だ、大丈夫だって、帰れるって」
「ダメです。今日はここに泊まっていってください」
「うーん……」
自分でも思った以上にどうやら疲れてるみたい。こんなに疲れているのは初めてかもしれない。
「私を助けてくれたお礼と思って、ね?」
「それなら、まあ」
多分『はい』と言うまで話を止めないつもりだったんだろうなあ、ソフィアのことだから。
「ソフィア」
「なんですか?」
完全に寝てしまう前に、これだけは話しておこうと思って、ソフィアを呼ぶ。
「僕のバカな提案に乗ってくれて……ありが……とう……」
言うと同時に、僕はそのまま夢の世界に吸い込まれていった。
けれど……なぜかその夢の世界でも色々あった。なんでここが眠りの世界なのかと分かった理由は、特にはないけど……ソフィアの心に入った時とはまた違う、そんな感覚だったから。
「……ここは」
なんか変だな、と思いつつも、見えている光景はとても馴染みのある光景。なぜならここは僕の家だったからだ。
「もしかして、いつの間にか帰ってたり……」
そんな訳はなかった。家中を探しても誰も居なかったし。そもそも、なんか家の構造は変わっていないのに置いてあるものがだいぶ違った。さすがにここはあんまり変わってないだろうと、修行場に行ってみた。
「うん、ここは変わってない。けど……」
修行場から見える庭……そこに誰かが立っていた。
『……あれ、やっぱり繋がっちゃったか』
「君は……」
そこには、霖愛奈が居た。
『ここは、私が時空を超える時に使っている世界なんだけど……やっぱりこの時代に居ると繋がっちゃう危険性があるのね』
「ちょっと、どういうことか説明してよ」
『説明もなにも、したところで私はあなたの「記憶」を消さないといけないから無意味だよ?』
僕を一瞬肩越しに見て、また背を向けて霖愛奈が言う。
『まあ、あえて言ってあげると……ソフィア・ヴェステルマルクの「心」に長い間「転移」したせいで、ちょっと精神の所在があやふやになってて、それでまたここに来ちゃったってこと』
なおさら分からない。さすが大魔法使い様だよ。
「それで、ここはどこなのさ」
『はぁ、仕方ないか。いいわ、説明してあげる。ここはさっきも言った通り私が時空を超える時に使っている世界。この世界を「転移」させることで、各時代の場所に移動してるの』
「もっと、分かりやすく説明してくれるかな」
僕が言うと、霖愛奈はため息を吐いた。
『これ以上説明しても、今のあなたの実力じゃ分からないわ。それに、約束したのでしょう?ソフィア・ヴェステルマルクと、私に到達するって』
「した、けど……」
『じゃあ、魔法を学びなさい。各家を回って、魔法を自分のものに』
なんで、僕がソフィアと約束したことを知ってるんだろう……?ここから見てたとか、かな?
「一つだけ、質問してもいい?」
『なに?』
「君は、未来の存在なの?過去の存在なの?」
『未来の存在よ』
なるほど、ならどう調べても載ってないはずだ。……って。
「それだと、過去に干渉したら過去改変なんじゃ。そもそも、僕達が君を目指すきっかけは、トールヴァルドさんが君と会ったせいだし……過去を変えてるじゃないか」
『私はここで過去を見るのが趣味だから、ここからは出ていないわ。よって、その記憶も嘘になる』
ん。んん。んんん。頭がこんがらがってきた。
『たしか……過去に、トールヴァルド・ヴェステルマルクが私に会った、とかソフィア・ヴェステルマルクが話してたわね。でもそれは当時あった霖家のおとぎ話。それが色々あって嘘の記憶を構築したんでしょうね』
「あーもー!よくわからないって!」
もう考えるのを止めるくらいには難解だ。
『まあ、これ以上は人生のネタバレになっちゃうから止めておくわ』
「うん、そうして。どうせ記憶消されるのに、無駄なこと考えたくないし」
もうヤケになっていて、強く言い返してしまう。どこか煙に巻かれている感じもするんだよなあ……
『それじゃ。そろそろ普通に寝てもらうわね。あんまり長居させても無駄に考えさせるだけだし』
そう言われて、眠たくなってくる。これも魔法なのか……?
「あ…………」
『記憶も消させてもらうわ。それじゃ、もう会うことはないわ』
「…………」
その言葉を聞いて、僕はもう一度深い眠りについた…………
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