溟の魔法使い

ヴィロン

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第一章 来訪、欧州の魔法使い

『心』に『転移』 その2

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 扉の先には、予想通りヴェステルマルク家。けど、異様な光景が広がっていた。
「なんだこれ……」
 そこら中に転がっているというか、倒れているノイズがかかっている人間のようなもの。服装からするに、執事とかメイドの人だろう。幸い、何故か匂いは感じなかった。感じてたら今頃僕は血の匂いで吐いてた。
「とにかく、進まないと」
 そもそもここの構造も分からない。どこに行けばいいのかは何となく分かるけど、場所が分からなきゃ意味がない。
「こういう時は、右からがセオリーだよね」
 僕は、一階の右に進む。扉を開くと、長い廊下が続いていた。
「う……」
 そのあまりの長さに、僕は正直たじろいだ。こんなに広くて時間が足りるんだろうか、と。
「ならば応用編だ」
 僕はそう言って『心』の魔法を使う。これも、本来の使い方ではないかもしれない。
 『心』の魔法を使っていると、人それぞれ心が違うのが分かる。今はソフィアの心の中、つまりソフィアの心を常に感じているわけで、それが強い場所に行けば、心の核、ソフィア本人が居るというわけだ。
 ……自分でも何を言ってるかわからないけど、こんな運用をするのは初めてだから説明のしようがない。
「こっち方面には……アクセリナ?」
 なんとなくソフィアと似ているがどこか違う感覚。それだけで、アクセリナと確信できた。人って、一緒に過ごしていると似てくるって言うし。
 僕はその方向に進んでいく。その感覚が強まってくる場所のドアの前で立ち止まると、どこからか声が聞こえてくる。それは、なんとなく魔力を感じた。
「……?」
 不思議に思いつつドアを開くと、そこはキッチンのようだった。
『……またですか』
 今のアクセリナより相当若い姿。それが、冷蔵庫らしき物を開いてその前でつぶやいていた。
『今回は、結構多めですね……早めに来ておいてよかった』
 冷蔵庫から料理を取り出すアクセリナ。僕が近くに行って見てみると、何の変哲もない料理だった。
「そういえば、毒を盛られてたり、とか言ってたね」
 ならば、さっきの『またですか』の意味も伝わる。しかし、僕は不可解なことがあった。
「どうして、こんな記憶が?」
 ソフィアが出てくるのならば分かるが、知り得ないはずのアクセリナの記憶が混濁している。僕の今の考えとして、ソフィアが『記憶』の魔法を発動している、ということで納得している。そうでもないと、説明できないからね。
『さて、作り直す前に』
 アクセリナが、その料理を一口食べる。貧民街出身って言ってたし、食べ物は粗末にしてはいけない、の精神が刻まれているのだろう。
『う……っ!』
「アクセリナ!?」
 アクセリナが倒れたので、慌てて駆け寄って起こそうとするも、そもそもこれは過去の記憶だから干渉できないのを忘れていた。身体はスカッと幽霊のように通り抜けてしまう。
『……今回は、本格的ですね』
 すぐにアクセリナは起き上がり、またその料理を食べ進める。今度は一度も倒れず、完食しきった。
『これを仕込んだ方も災難ですね。私以外ならバレることもなかったのに』
 そう言って料理を作り始めたところで、アクセリナが消えた。
「これで終わりか……」
 料理を作り終わったら、ソフィアの元に持っていくはずなので、それを追いかければソフィアの部屋にたどり着けたかもしれないのに……
 僕は諦めて、キッチンの外に出てまた『心』の魔法を発動する。
「……今度はこっち?」
 その方向に歩いていくと、中庭に出た。廊下を歩いている時は外は明るい風景だったのに、中庭に出ると真夜中の暗闇だった。
『夜分遅くに、お疲れ様です。ここで死んでいただきます』
 中庭の中央に口をふさがれて喉を切られた男と、手にその返り血が付いたアクセリナ。その姿はさっき見たときよりも成長していた。
『全く、腕利きのスナイパーでも雇ったり銃火器を持たせたらいいのに、どうしてナイフ一本でお嬢様を殺せると思ったのか』
 アクセリナの目は鋭かった。思わずたじろいでしまう。
「こわ……」
 いつもの無表情よりも、更に刺すような目。その目に、口から言葉が出てしまう。
『片付けなくては……これだから、人殺しは面倒なんです』
 中庭の端にある小さな小屋のような場所に入るアクセリナ。どうやら園芸倉庫だったらしく、黒いゴミ袋を持って出てきた。僕はあまり死体は直視したくないので、中庭の外周に沿って部屋を見る。どうやらこの屋敷は四角の形に建造されており、その中央に庭があるようだった。1部屋ずつ、窓から中を見て確認していく。半周ほどしたところで、ようやくお目当ての部屋が見えた。
「ソフィア……」
 窓から見える、ベッドで寝ているソフィア。昔からあの寝顔は変わらないようだった。そして、僕は頭の中で考える。
「えーと、僕は右に最初に行って、廊下を曲がったところで中庭に出たから……」
 結論、最初に左方面に進むべきだった。部屋の位置からするに、左の廊下に入ってすぐの位置にソフィアの部屋はある。面倒だからここから入ってしまおうと思ったけど、窓は全く割れない。試行錯誤していると、いつの間にか隣にアクセリナが居た。
「うわっ」
 足音も無く隣に来られたら、誰だってびっくりするって。
『もう、7年ですか……』
 7年……ソフィアとアクセリナが出会ったのは5歳の頃と言ってたから、そこから計算するに今の二人は12歳ぐらいだろうか。言われてみればそのぐらいに見える。
『本当に、長い年月……』
 壁にもたれかかり、ずり落ちていくように座りこむアクセリナ。そしてそのまま、またさっきのように消えていった。
「……ソフィアの部屋も分かったし、向かおう」
 僕は深呼吸して、庭を出てソフィアの部屋に向かう。その途中、不思議なことが起こった。
「うっ……!?」
 急にめまいがしたかと思うと、目の前の道が真っ暗になる。
「な、なんだこれ」
 触れてみようとするも、拒絶されたときの衝撃が僕に走る。
「どうしても、近づいて欲しくないみたいだね」
 さっきまでのとは違い、触れずとも衝撃が走ってきたので、かなり強力なものになるだろう。しかし、僕はここである疑問を抱いた。
「いくらソフィアが魔法使いとはいえ、仮にも『心』の魔法を極めている霖家の力が負けそうになるって、どうなっているんだ?」
 僕が未熟だから、というのもあるだろうけど、それでも説明がつかなかった。第一、一度は『記憶』の魔法をソフィアが使っているとしたけれど、あの魔法は言葉に出さないと発動しないはずだ。寝言でもそうそう発動しないだろうし、それが不思議だった。それに、こんなにも強い閉心術の拒絶……
「まさか、魔法が暴走している?」
 それしか無い。魔法が暴走して、本人のリミッターが解除された状態で発動しているのならば、ここまで影響があるのも不思議ではない。ならば、尚更急がないと。
 僕はもう一度庭を通過して、反対側の廊下に出る。すると、眠っているソフィアらしき子供を抱いた男性と、おおよそソフィアの国の者ではない女性が会話していた。男性の方は、ソフィアの父親として……もう片方は顔にノイズがかかっていて分からなかった。
『またお越しいただけたんですか』
『はい、私は未来のために来ていますから』
 楽しげに話す二人。ソフィアの父親……トールヴァルドさんだったか。その人が敬語で話してるから、ヴェステルマルク家外の人だと思うけど。
『それにしても、早く日本にこの子を送りたいものです。なにせあなたのような人が日本にいるのだから』
『あら、光栄です。でも、まだその子には早いと思いますよ?』
『どうしてですか、あなたの家で幼い頃から魔法を学ばせれば、この子はすごい魔法使いになるはずだ』
『もっと、大きくなってからの方がいいです』
 僕はその会話を無言で聞く。もしかして、この女性が例の『霖愛奈』……?せめて、顔が見えれば……
『なぜだろうか、あなたからはどこか親近感がある。だからか、こんなにも安心してソフィアを任せたいと思うのです』
『親近感、ですか。それは魔法使いだからではないですか?』
『そうかもしれません』
 事前に同じ苗字という情報を得ていたからか、僕も親近感がある。でも、なんだろう、この不思議な感覚は……親近感よりも、見ていて何故か安心するんだ。
『それと、トールヴァルド卿。実は私、ここに来るのは最後なんです』
『なんですって、どうしてです』
『日本に、帰らないとですから』
『あなたは時空を超える大魔法使い。いつだって来れるのではないですか?』
 そう呼ばれて確信する。やっぱりこの人が霖愛奈だ。あとは本当に、顔だけ見えてくれれば、手がかりになるんだけど……
『時空の旅人は自由気ままに行動するものです。また新しい魔法使いのところに行って、魔法を学ぶのです』
『……それでは、仕方ないですね。ではせめて、最後にお名前と……よろしければですが、あなたの生まれ育った地を教えていただけますか。遠い未来、ソフィアをそこで学ばせるために』
『かまわないですよ。ちょっと、待っててくださいね』
 霖愛奈が懐から紙とペンを取り出し、サラサラと何かを書いている。
『先にお聞きしますが、日本の言葉は読めますか?』
『あなたと話してから、日本語の勉強をしているので、少しは』
『では、漢字にはふりがなを振っておきますね』
 書き終わったのか、紙をトールヴァルドさんに渡した。それを横から見てみると、驚きのことが書いてあった。
「え、嘘だろ」
『なるほど、「ナガメ アイナ」さんですか……このご恩は忘れません』
『私の方ですよ、お礼を言うのは』
 僕が驚いているのもつかの間、霖愛奈は魔法を発動したようだった。
『それでは、またいつか遠い未来で』
 段々と光に包まれていく霖愛奈。今までに見たことのない魔法だった。一瞬、ノイズが晴れて顔が見えたのだが…………
 ――その顔は、ソフィアに少し似ていた。
「ど、どういうこと?え?」
 混乱していると、霖愛奈は消えてしまう。そして、さっきの紙の内容を思い出す。そこには、確かに『霖 愛奈』と書いてあったけど……問題は生まれ育った地、としている場所が、どう見ても僕が今住んでいる家の場所を書いていた。
『ソフィア……いつか、ここに行って、あの大魔法使いに学ぶのだぞ』
 その言葉と同時にトールヴァルドさんとソフィアが消える。ソフィアに少し似ている顔といい、生まれ育った地といい……謎が解けたはずなのに、更に謎が増えた気がした。
「とにかく、向かわないと」
 考え事をしている暇はない。すでにここに来てから結構時間が経っているはず。急がなければ。そう思って僕はソフィアの部屋の方に向かう。さきほどのキッチンの前を通り、また玄関へと戻ってきた。
「あれ?」
 さっきまではあったノイズ人間が一人たりとも居なかった。やけに明るく……言うなら、朝の輝きのような。
 そんな事を思っていると、二階に続く階段にトールヴァルドさんが現れ、そのままソフィアの部屋に向かっていく。
「待ってください!」
 記憶上の存在と知ってても、思わず静止の声をかけてしまう。ドアを開き、トールヴァルドさんを追いかける。すると、ソフィアの部屋の前のドアで立ち止まった。ノックをして、一言。
『入るぞ』
 入るぞ、と言っているのにドアを開けるだけ。少し会話してから、アクセリナが出てきた。そして、トールヴァルドさんが持っていた手紙をアクセリナに渡した。僕が近くに行って、その手紙を見ると……勿論外国語だらけだったんだけど、何故か不思議とスラスラ読めた。
『従者アクセリナへ忠告
 本日夜、貴殿の主人のソフィア・ヴェステルマルクの暗殺計画が遂行されるとの情報を掴んだ。
 今回の暗殺計画は、暗殺と名打っているものの、実質的には襲撃に近い。貴殿の身体能力に疑いはないが、十分に気をつけるように。
 そして、もう一つ忠告。送り込まれてくる刺客は貴殿の育った地……貧民街の住人ばかりだ。中には貴殿の知り合いも居るだろう。心苦しいだろうが、躊躇はするな。
 ソフィアはヴェステルマルク家の次期当主。殺されてはならない。なんとしても守り切るのだ』
 そこには、なんとも残酷なことが書かれていた。つまり、この記憶は……例の日の記憶だろう。
『朝食中すまないな、失礼する』
 その言葉で、ソフィアの部屋のドアが閉められる。同時に、トールヴァルドさんも消える。
「……」
 しばらく、僕は立ち尽くしていた。この扉を開けば、恐らく……いや、確実に、『それ』の記憶を見せられることになるだろう。それなりの覚悟を持って、この扉を開けなければいけない。
「すぅ……ふぅ……」
 もう何度やったか分からない深呼吸。息を整え、ドアに手をかける。
「……あれ?」
 てっきり、拒絶されるものだと思ったんだけど、それが全く無かった。僕はそのまま、部屋の中に進む。
『おまたせいたしました、そして申し訳ありません、お嬢様。お部屋を大きく汚してしまいました』
 想像とは違い、既に事は済んでいた。部屋は荒れ、死体が転がっている。
「うわあ……これはひどいね」
 よくもまあ、こんな状況下でアクセリナは平静を保っていたものだ。
『お嬢様、お部屋の浴室をお借りしてもよろしいでしょうか』
 アクセリナがそう言って、ソフィアと二人で別の部屋に行ってしまった。そこで、やはり記憶は終わった。転がってる死体はなくなり、本来の姿であろう部屋に戻った。けど……
「ソフィアが、居ない……」
 部屋を見渡しても、居るはずのソフィアの姿が見えなかった。僕は『心』の魔法を発動し、改めてソフィアの居場所を確認する。
「うん、確実にこの部屋に居るはず」
 そこで、もしかしてと思い、ベッドの横にあるクローゼットを開く。
「……あたり」
 中には服など入っているはずもなく、ただそこには闇が広がっているのみだった。微弱だけど、ソフィアの存在が感じられる。
「よし、飛び込むか!」
 何故かそう思った僕は勢いよく、クローゼットの中に飛び込んでみる。案の定、足場なんか何もない。
「うわああああああぁぁぁぁぁぁーーーーーー………………」
 まるでジェットコースターの落下を延々とやっているような、あるいはバンジージャンプをしているみたいな。そんな感じで、僕は暗闇の中をひたすら落下するのだった…………
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