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第一章 来訪、欧州の魔法使い
結人の日常 その3
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二日後。僕は学校終わりに父上の店に寄っていた。
「いらっしゃ……おや、結人」
「やあ、父上。売れ行きはどうだい?」
「私を誰だと思っている」
「霖家当主」
父上の店……『ナガメジュエリー』は、屋号こそ変えているものの明治の頃からある老舗のアクセサリー店だ。ここのアクセサリーは全部手作りで、かつ高品質なので人気が高い。あまり内情は知らないけど、僕の御爺様が育てた腕利きの技師が沢山居るらしく、今も父上が新人を育てているらしい。中には創業の頃から一族で勤めている家もあるらしい。まあ、僕はこの店を継ぐつもりはないけれど……
「今日はどうした?私の店を継ぐ気になったか?」
「そうじゃなくて……何かプレゼントにいいアクセサリーがあるかなって」
僕の言葉に、一瞬父上は驚く。
「ふむ、そうか……おや、紗代君にかい」
「息子に魔法使うの、ほんと抵抗無いよね」
別に見られても困ることはないけど、いきなり心の中を読まれてもびっくりする。
「で、良いものはないの?」
「従者というものは、主人から物を貰えば何でも喜ぶものだと思うが」
そう言って父上はいくつかの商品を持ってくる。
「チョーカーとかどうだい?『従者』が『主人』から貰うには最適な物だ」
「含みを持った言い方だね」
「私はアクセサリー店の店主。アクセサリーを贈り物とする際の意味なんて熟知しているに決まっているだろう」
僕も昔に聞いたような記憶がある。けど残念なことにそれは一つたりとも覚えてない。
「それで、他には」
「ブレスレット、ブローチ、ノンホールピアス……色々ある」
「ふーむ……悩むね」
どれも良いものだとは思うが、自分が着けるならまだしも贈り物にするには考えなければいけない。しかも女子にだ。
「父上は母さんによく送ってた物とかあるの?」
「母さんはアクセサリー類はあまり好きでなくてな、唯一受け取ってくれたのは結婚指輪と婚約指輪だけだ」
「そうなんだ……うーん、なにかいいヒントが有るかと思ったんだけど駄目かぁ」
たしかに、母上が今まで何かアクセサリーを着けているところは見たことがない。
「それなら、本人に聞いてみたらどうだ」
「本人?」
「後ろを」
父上に促されて僕が後ろを見ると、店の入口には紗代が居た。
「あ、ご当主様に結人様……お邪魔でしたか?」
「いや、私は構わない。君はどんな用事で?」
「えっと、静梨様から頼まれごとをされてて……それを持ってきたんです」
それを聞いて、父上が裏に一度引っ込んだ。
「静梨が?何を頼んだんだい?」
「家の工房から持ってきて欲しいものがあるって言われて」
「して、その手に持っているのがそれってわけか」
「はい」
紗代の手には紙袋。結構大きめな物だった。
「結人様はどうしてご当主様の店に?」
「あー、えっと……一昨日のことでね」
「一昨日?」
僕の言葉に首を傾げる紗代。どうやら見当がついていないようだ。ならば、教えてあげよう。
「一昨日に、ちょっと空気が悪くなってしまっただろう?それのお詫びだよ」
「お詫び……滅相もない、あれぐらいで贈り物なんて」
「いいんだよ、別に。それで、紗代はどれが良い?」
僕はさっき父上が持ってきたアクセサリーを見せる。
「どうだい?この中から選んでくれると助かるけど」
「え、えーと……はあ、分かりました、選べば良いんですね?」
とうとう観念したのか、紗代がため息を吐く。
「じゃ、じゃあ、このチョーカーがいいです」
「……ちなみに聞くけど、アクセサリーの送った時の意味は?」
「いえ、知りませんけど……」
よかった。でも今どきスマホなんか便利なものもあるしすぐに調べられちゃうだろうなあ。それか、今は居ないけど動くアクセサリー辞書が居るからそれに教えられるか、だね。
「呼んだか?」
「うわ、父上……それに静梨まで。居たのか」
「おにいこそ、なんで居るのよ。ま、そんな事は置いといて。紗代、例の物」
「あ、はい。こちらに」
父上と共に裏から出てきた静梨に、紗代が持ってきていた紙袋を手渡す。
「静梨様、これ中身なんですか?」
「知りたい?でも駄目。ここで出す新作の試作品なの」
「おお、もう完成したのか?」
「勿論。私を誰だと思ってるの父さん」
さっき聞いたようなセリフで静梨が言う。と言うか、そんな事頼んでたのに僕に指輪作れって頼んだのか……
「それで、買うものは決まったのか?」
「本人たってのご所望でチョーカーになったよ」
父上が最初に持ってきたチョーカーを指差す。
「やはり、私の見立ては間違っていなかったようだ」
誇らしげに笑う父上。その後ろで、静梨が不思議そうな顔をしていた。
「あれ、たしかチョーカーの贈り物の意味って……」
「とにかく、それを買うんだな?」
「あ、うん……」
何かを言いかけた静梨の口を抑える父上。聞かれたらまずいんだろうなあ。
「ちなみに、値段はこうなってるが」
「うん、まあ父上のアクセサリーならこのぐらいの値段だろうね……」
そもそも、うちは金持ちの部類に入るし、ある意味父上の店で買い物をするのは実質父上に金を返しているようなものだ。
「ああ、勿論だけどプレゼント包装はいらないよ、あとそのままで」
「はっはっは、そうだろうな」
「珍しいね、おにいがプレゼントなんて」
なんて二人にどやされながら支払いを済ませる。
「はい、紗代」
「あ、ありがとうございます……えと、その……」
「どうしたの?そんなにもじもじして」
僕がチョーカーを手渡そうとすると、なんだかもじもじし始める紗代。急にどうしたんだろう。
「もう、おにい。女の子にそんな事させちゃ駄目でしょ。おにいが紗代にそれを着けてあげるまでがワンセットだよ?」
「そうだぞ、それじゃ女の一人も落とせないぞ」
「二人して楽しんで……紗代?」
紗代をもう一度見ると、顔を俯かせて赤面していた。
「あ、あの……早くしていただけると……」
「ああごめん、すぐに付ける」
紗代の前に立ち、チョーカーを付ける。ナスカンが小さく、うまく着けにくかったけど、試行錯誤してどうにか着けれた。
「……おまたせ、これでどう?」
「わあ、かわいいですね……」
「こうなってるよ」
静梨が鏡を持って僕の後ろから出てくる。その鏡を見て紗代は更に笑顔になる。
「結人様、ありがとうございます。一生大切にします」
「一生だなんてとんでもない。必要とあらばまた一緒に買いに来よう」
「はい、そうですね」
アクセサリーなんて、毎日着けてれば壊れてしまうものだ。一生なんて無理だ。けど、きっと紗代なら壊れても直して着け直すんだろうな……
「さて、それじゃあやることも終わったし僕達は帰ろうか」
「気をつけたまえよ、結人」
「おにいも紗代も、今日はこっちでご飯食べてくから先に食べてていいよ」
「はい、静梨様」
そう言って、僕達は店を後にした。
「あ、あの……」
「どうしたの、紗代」
僕の後ろを歩いている紗代が話しかけてくる。
「私、初めて結人様からプレゼント貰えて嬉しかったです」
「そうかい」
「なので、また私からも贈り物を……」
「それじゃあいつまで経っても贈り物を送ったり送られたりだよ……」
それならば、と僕はある考えを話す。
「そのプレゼントは、日頃の努力の報酬、ってことで」
「は、はい……では、そういうことで」
そして、しばらく僕達は無言で歩く。そういえば、まだ僕は学校帰りだったな……と、自分の服を見て思う。
「紗代」
「は、はい、何でしょう?」
「今更な話をするけど、いいかい?」
「はい……?」
昔はよく二人きりで居ることもあったが、最近は紗代と二人きりなんてなかなか無い。だからか、僕はふと聞いてみたくなった。
「紗代は、この霖家に仕えてて、幸せかい?」
「どうして、急にそんな事を……?」
当然、紗代は不思議そうに聞き返してくる。
「君が霖家に仕えることが無かった可能性を思うと、そっちの方がよかったかもと考える時がたまにある。自由を奪われ、常にせわしなく僕や静梨のために動いている。それは……辛くないかい?」
「ダメです、そんな事言っては」
そう言って、紗代が後ろから抱きついてきた。
「紗代……?」
「私は、ご当主様に、静梨様に、結人様に救われました……もう、みんなが居ない生活なんて、考えられないくらいに私の一部になってるんです。それを……居なかった方が幸せだったかもなんて言わないでください」
……困ったな、ここまで重い感情を持たれていたとは思わなかったよ。普段あんまり紗代の本音は聞かないからこんなに言われるとはね。
「じゃあ、君は今幸せって答えでいいんだね?」
「私は、静梨様のお隣と…………結人様のお側に居られれば。それだけで、私は幸せですから……」
「そうか」
僕はそう返すしか無かった。
「それじゃあ、これからも改めて……僕と静梨の隣に居てくれるかい?」
「はい、結人様のお側に」
「……ありがとう」
と、会話が終わったことで思い出した。
「で、そろそろ離れてくれないと、歩けないんだけど」
「え……あっ申し訳ありません!」
それに気づいた紗代が慌てて離れる。
「あの……代わりと言ってはなんですけど……」
「どうしたの?言ってごらん」
少し間を置いてから、紗代が話し始める。
「腕……いや、手を、繋いでくださいませ……」
「手?いいけど」
「ありがとうございます!」
いつもの調子よりテンションが上がっている様子で僕の左手を握ってくる紗代。
「ちょっと、そんな強く握らなくても僕はどこにも行かないって」
「あっ、申し訳ありません……」
テンションはすぐに戻ってしまった。でも、繋いだ手はほんのりと温かかった。自然な感じで恋人繋ぎになったけど、特に何も言わなかった。
「結人様は……やっぱりもう、婚約者とか、いらっしゃるんですか?」
「またか」
「また?私、話しましたっけ」
「いいや、なんでもない」
伯彦もそうだけど、そんなに僕の恋愛事情に興味があるのか……?
「そうだね、今の所は居ない、とだけ」
「そう、ですか」
その紗代の声は少し嬉しそうだった。
「結人様」
「どうしたの?」
「もし……もし。もしの話ですよ?結人様が成人なさるまで、独り身だったら……私を、お側に置いてくださいますか?」
僕はその質問を、あえて聞かなったことにした。だから、答えもしないし掘り返しもしない。多分それは……叶わぬ恋だろうから。
「……はい、これだけです。さあ、私達の家に帰りましょう」
「正確には僕達の家、だけどね」
「そうでしたね……ふふ」
ふと、何故か僕はアクセリナのことを思い出した。あの仏頂面の鉄面皮はいつ誰に笑顔を見せるのだろうか?一昨日聞いた話じゃ、ソフィアにすら笑顔を余り見せないと言うし……
「すごく申し訳ない話なんだけど、いいかい?」
「何でしょう?」
「アクセリナって、笑顔を見せたことあるのかな?」
「……女性と居る時に他の女性の話をするのはご法度ですよ」
まあ、さっきのことから急にこんな事言ったら流石に怒られもするだろう。
「いや、紗代はよく笑顔を見せてくれるけど……アクセリナはどうなんだろうって気になったんだ。紗代の笑顔を見て思い出したんだ」
「従者が本当の笑顔を見せるのは、仕える主人だけですよ」
「そっか」
そんな事を話しながら、僕達は家に帰っていった。
「いらっしゃ……おや、結人」
「やあ、父上。売れ行きはどうだい?」
「私を誰だと思っている」
「霖家当主」
父上の店……『ナガメジュエリー』は、屋号こそ変えているものの明治の頃からある老舗のアクセサリー店だ。ここのアクセサリーは全部手作りで、かつ高品質なので人気が高い。あまり内情は知らないけど、僕の御爺様が育てた腕利きの技師が沢山居るらしく、今も父上が新人を育てているらしい。中には創業の頃から一族で勤めている家もあるらしい。まあ、僕はこの店を継ぐつもりはないけれど……
「今日はどうした?私の店を継ぐ気になったか?」
「そうじゃなくて……何かプレゼントにいいアクセサリーがあるかなって」
僕の言葉に、一瞬父上は驚く。
「ふむ、そうか……おや、紗代君にかい」
「息子に魔法使うの、ほんと抵抗無いよね」
別に見られても困ることはないけど、いきなり心の中を読まれてもびっくりする。
「で、良いものはないの?」
「従者というものは、主人から物を貰えば何でも喜ぶものだと思うが」
そう言って父上はいくつかの商品を持ってくる。
「チョーカーとかどうだい?『従者』が『主人』から貰うには最適な物だ」
「含みを持った言い方だね」
「私はアクセサリー店の店主。アクセサリーを贈り物とする際の意味なんて熟知しているに決まっているだろう」
僕も昔に聞いたような記憶がある。けど残念なことにそれは一つたりとも覚えてない。
「それで、他には」
「ブレスレット、ブローチ、ノンホールピアス……色々ある」
「ふーむ……悩むね」
どれも良いものだとは思うが、自分が着けるならまだしも贈り物にするには考えなければいけない。しかも女子にだ。
「父上は母さんによく送ってた物とかあるの?」
「母さんはアクセサリー類はあまり好きでなくてな、唯一受け取ってくれたのは結婚指輪と婚約指輪だけだ」
「そうなんだ……うーん、なにかいいヒントが有るかと思ったんだけど駄目かぁ」
たしかに、母上が今まで何かアクセサリーを着けているところは見たことがない。
「それなら、本人に聞いてみたらどうだ」
「本人?」
「後ろを」
父上に促されて僕が後ろを見ると、店の入口には紗代が居た。
「あ、ご当主様に結人様……お邪魔でしたか?」
「いや、私は構わない。君はどんな用事で?」
「えっと、静梨様から頼まれごとをされてて……それを持ってきたんです」
それを聞いて、父上が裏に一度引っ込んだ。
「静梨が?何を頼んだんだい?」
「家の工房から持ってきて欲しいものがあるって言われて」
「して、その手に持っているのがそれってわけか」
「はい」
紗代の手には紙袋。結構大きめな物だった。
「結人様はどうしてご当主様の店に?」
「あー、えっと……一昨日のことでね」
「一昨日?」
僕の言葉に首を傾げる紗代。どうやら見当がついていないようだ。ならば、教えてあげよう。
「一昨日に、ちょっと空気が悪くなってしまっただろう?それのお詫びだよ」
「お詫び……滅相もない、あれぐらいで贈り物なんて」
「いいんだよ、別に。それで、紗代はどれが良い?」
僕はさっき父上が持ってきたアクセサリーを見せる。
「どうだい?この中から選んでくれると助かるけど」
「え、えーと……はあ、分かりました、選べば良いんですね?」
とうとう観念したのか、紗代がため息を吐く。
「じゃ、じゃあ、このチョーカーがいいです」
「……ちなみに聞くけど、アクセサリーの送った時の意味は?」
「いえ、知りませんけど……」
よかった。でも今どきスマホなんか便利なものもあるしすぐに調べられちゃうだろうなあ。それか、今は居ないけど動くアクセサリー辞書が居るからそれに教えられるか、だね。
「呼んだか?」
「うわ、父上……それに静梨まで。居たのか」
「おにいこそ、なんで居るのよ。ま、そんな事は置いといて。紗代、例の物」
「あ、はい。こちらに」
父上と共に裏から出てきた静梨に、紗代が持ってきていた紙袋を手渡す。
「静梨様、これ中身なんですか?」
「知りたい?でも駄目。ここで出す新作の試作品なの」
「おお、もう完成したのか?」
「勿論。私を誰だと思ってるの父さん」
さっき聞いたようなセリフで静梨が言う。と言うか、そんな事頼んでたのに僕に指輪作れって頼んだのか……
「それで、買うものは決まったのか?」
「本人たってのご所望でチョーカーになったよ」
父上が最初に持ってきたチョーカーを指差す。
「やはり、私の見立ては間違っていなかったようだ」
誇らしげに笑う父上。その後ろで、静梨が不思議そうな顔をしていた。
「あれ、たしかチョーカーの贈り物の意味って……」
「とにかく、それを買うんだな?」
「あ、うん……」
何かを言いかけた静梨の口を抑える父上。聞かれたらまずいんだろうなあ。
「ちなみに、値段はこうなってるが」
「うん、まあ父上のアクセサリーならこのぐらいの値段だろうね……」
そもそも、うちは金持ちの部類に入るし、ある意味父上の店で買い物をするのは実質父上に金を返しているようなものだ。
「ああ、勿論だけどプレゼント包装はいらないよ、あとそのままで」
「はっはっは、そうだろうな」
「珍しいね、おにいがプレゼントなんて」
なんて二人にどやされながら支払いを済ませる。
「はい、紗代」
「あ、ありがとうございます……えと、その……」
「どうしたの?そんなにもじもじして」
僕がチョーカーを手渡そうとすると、なんだかもじもじし始める紗代。急にどうしたんだろう。
「もう、おにい。女の子にそんな事させちゃ駄目でしょ。おにいが紗代にそれを着けてあげるまでがワンセットだよ?」
「そうだぞ、それじゃ女の一人も落とせないぞ」
「二人して楽しんで……紗代?」
紗代をもう一度見ると、顔を俯かせて赤面していた。
「あ、あの……早くしていただけると……」
「ああごめん、すぐに付ける」
紗代の前に立ち、チョーカーを付ける。ナスカンが小さく、うまく着けにくかったけど、試行錯誤してどうにか着けれた。
「……おまたせ、これでどう?」
「わあ、かわいいですね……」
「こうなってるよ」
静梨が鏡を持って僕の後ろから出てくる。その鏡を見て紗代は更に笑顔になる。
「結人様、ありがとうございます。一生大切にします」
「一生だなんてとんでもない。必要とあらばまた一緒に買いに来よう」
「はい、そうですね」
アクセサリーなんて、毎日着けてれば壊れてしまうものだ。一生なんて無理だ。けど、きっと紗代なら壊れても直して着け直すんだろうな……
「さて、それじゃあやることも終わったし僕達は帰ろうか」
「気をつけたまえよ、結人」
「おにいも紗代も、今日はこっちでご飯食べてくから先に食べてていいよ」
「はい、静梨様」
そう言って、僕達は店を後にした。
「あ、あの……」
「どうしたの、紗代」
僕の後ろを歩いている紗代が話しかけてくる。
「私、初めて結人様からプレゼント貰えて嬉しかったです」
「そうかい」
「なので、また私からも贈り物を……」
「それじゃあいつまで経っても贈り物を送ったり送られたりだよ……」
それならば、と僕はある考えを話す。
「そのプレゼントは、日頃の努力の報酬、ってことで」
「は、はい……では、そういうことで」
そして、しばらく僕達は無言で歩く。そういえば、まだ僕は学校帰りだったな……と、自分の服を見て思う。
「紗代」
「は、はい、何でしょう?」
「今更な話をするけど、いいかい?」
「はい……?」
昔はよく二人きりで居ることもあったが、最近は紗代と二人きりなんてなかなか無い。だからか、僕はふと聞いてみたくなった。
「紗代は、この霖家に仕えてて、幸せかい?」
「どうして、急にそんな事を……?」
当然、紗代は不思議そうに聞き返してくる。
「君が霖家に仕えることが無かった可能性を思うと、そっちの方がよかったかもと考える時がたまにある。自由を奪われ、常にせわしなく僕や静梨のために動いている。それは……辛くないかい?」
「ダメです、そんな事言っては」
そう言って、紗代が後ろから抱きついてきた。
「紗代……?」
「私は、ご当主様に、静梨様に、結人様に救われました……もう、みんなが居ない生活なんて、考えられないくらいに私の一部になってるんです。それを……居なかった方が幸せだったかもなんて言わないでください」
……困ったな、ここまで重い感情を持たれていたとは思わなかったよ。普段あんまり紗代の本音は聞かないからこんなに言われるとはね。
「じゃあ、君は今幸せって答えでいいんだね?」
「私は、静梨様のお隣と…………結人様のお側に居られれば。それだけで、私は幸せですから……」
「そうか」
僕はそう返すしか無かった。
「それじゃあ、これからも改めて……僕と静梨の隣に居てくれるかい?」
「はい、結人様のお側に」
「……ありがとう」
と、会話が終わったことで思い出した。
「で、そろそろ離れてくれないと、歩けないんだけど」
「え……あっ申し訳ありません!」
それに気づいた紗代が慌てて離れる。
「あの……代わりと言ってはなんですけど……」
「どうしたの?言ってごらん」
少し間を置いてから、紗代が話し始める。
「腕……いや、手を、繋いでくださいませ……」
「手?いいけど」
「ありがとうございます!」
いつもの調子よりテンションが上がっている様子で僕の左手を握ってくる紗代。
「ちょっと、そんな強く握らなくても僕はどこにも行かないって」
「あっ、申し訳ありません……」
テンションはすぐに戻ってしまった。でも、繋いだ手はほんのりと温かかった。自然な感じで恋人繋ぎになったけど、特に何も言わなかった。
「結人様は……やっぱりもう、婚約者とか、いらっしゃるんですか?」
「またか」
「また?私、話しましたっけ」
「いいや、なんでもない」
伯彦もそうだけど、そんなに僕の恋愛事情に興味があるのか……?
「そうだね、今の所は居ない、とだけ」
「そう、ですか」
その紗代の声は少し嬉しそうだった。
「結人様」
「どうしたの?」
「もし……もし。もしの話ですよ?結人様が成人なさるまで、独り身だったら……私を、お側に置いてくださいますか?」
僕はその質問を、あえて聞かなったことにした。だから、答えもしないし掘り返しもしない。多分それは……叶わぬ恋だろうから。
「……はい、これだけです。さあ、私達の家に帰りましょう」
「正確には僕達の家、だけどね」
「そうでしたね……ふふ」
ふと、何故か僕はアクセリナのことを思い出した。あの仏頂面の鉄面皮はいつ誰に笑顔を見せるのだろうか?一昨日聞いた話じゃ、ソフィアにすら笑顔を余り見せないと言うし……
「すごく申し訳ない話なんだけど、いいかい?」
「何でしょう?」
「アクセリナって、笑顔を見せたことあるのかな?」
「……女性と居る時に他の女性の話をするのはご法度ですよ」
まあ、さっきのことから急にこんな事言ったら流石に怒られもするだろう。
「いや、紗代はよく笑顔を見せてくれるけど……アクセリナはどうなんだろうって気になったんだ。紗代の笑顔を見て思い出したんだ」
「従者が本当の笑顔を見せるのは、仕える主人だけですよ」
「そっか」
そんな事を話しながら、僕達は家に帰っていった。
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