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第一章 来訪、欧州の魔法使い
結人の日常 その2
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約束通り、放課後に家に伯彦を連れてきた。
「お、お邪魔します……」
「いつぶりだっけ?本家に来るのは」
「もう何年も来てませんね」
久しぶりの本家ということで、伯彦はとても緊張していた。
「あ、結人様、おかえりなさい!それと……どちらさまですか?」
靴を脱いでいると、紗代が出迎えてくれる。僕の後ろにいる居る伯彦に対して誰?という表情をしていた。
「ただいま、紗代。こいつは菫岡伯彦。覚えてない……って言っても会ったのはまだ小さい頃だから無理もないか」
「ああ、分家の方で……」
それだけ聞くと、興味を失ったように話を別の話題に変える。
「結人様、お弁当箱、出してください」
「ん、分かった……はい、これ。今日も美味しかったよ」
「あ、ありがとうございます……では、分家の方もごゆっくり……」
僕が弁当箱を渡すと、そそくさと奥に戻っていってしまった。
「なんか、こう……かわいい子に他人行儀にされるのはそこそこ傷つきますね」
「まあ、紗代もアクセリナほどじゃないけどあまり知らない人には警戒心高いからね」
そう言いながら自室に案内する。
「相変わらずここは本が多いですね」
「ここはまだ序の口だよ。書庫にはこれ以上の本がある」
「はえー」
僕は棚から本を出し、床に座る。
「で、これが例の本。書庫から持ってきたんだ」
「結構古めですね……」
『菫岡ノ魔法』と書かれた本。見た目は少しボロついていて、中の紙も劣化している。結構な年代が経過しているのは確実だ。
「さて、読んでいこうか」
僕はそう言って本を開く。最初のページには目次と著者が記されている。
「『菫岡恭太郎』……聞き覚えは?」
「うーん……全く聞き覚えはないですね……」
ふむ。ならば、と本の後ろのページを開く。
「発刊、というか造刊日は1869年……明治時代の始まりの方か」
「えーと、俺が知る限りじゃ菫岡家が生まれたのは1820年ぐらいだったから……結構早めの時期ですね」
それだけ見て、内容の方に取り掛かる。
「一度中身だけパラパラと見たんだけど……あった。ここだ」
本の前半の菫岡家の歴史は一旦飛ばして、恐らく一番重要な場所のページを開いて床に置く。
「『心』ノ魔法ト『転移』ノ魔法ニ匹敵スル、菫岡家ノ魔法……?」
その内容を見て、伯彦は首を傾げる。
「なんじゃそりゃ。俺は父さんから何も聞いた記憶ないぞ」
「そもそもこれが今になって見つかってるんだから、君の父上も知らないだろうね」
現に、僕は今まで菫岡家が霖家の知らない魔法を使っているなんて話は聞いたことがない。父上の時代だと、菫岡家の人は『心』の魔法が使えることを利用してカップル限定で占いの商売をしてたとか。まあ、本格的に修行してないし環境も整ってないから精度はお察しの通り、って感じだったらしいけど。
「この本が書かれた目的……なんだと思う?」
「え?」
「一つは、菫岡家が自分達だけが使える魔法を作り、自分達も魔法使いの家として台頭しようと思った『出世欲』か……もう一つは、自分達が新しい魔法を作り、それを本家の霖家に教えることで本家の地位を上げようとした『奉公心』か……」
その僕の言葉に伯彦は考える。
「うーん、俺的にはやっぱり出世欲なんじゃないかなって思いますけどね……けどそれは、うちの家が出来た理由の『魔法とは関係のない生活を送って欲しい』って言うのと反しますけどねー」
正直、僕も後者はあんまりないと思っている。大半の者は魔法のしがらみから離れられて嬉しいだろうが、一部の者は自分達が爪弾きにされていると思う者も居るだろう。それ故に自分達の魔法を作りたいと思うのも無理はない。
「伯彦はどう?自分たちの家だけの魔法があるってなったら使いたいかい?」
「修行が面倒くさいでーす、いやでーす」
「そう言うと思った」
改めてページを進めていく。
「でも、これを見たら君の考えは変わるかもしれないよ?」
進めたページの一節を僕は指差す。
「なになに……『コノ魔法ハ、転移ノ魔法ノ亜種トナル、空間ノ魔法デアル』……亜種なら、なおさら結人さんが習得したほうが良いんじゃないですかね」
「理論上僕も使えなくはないけど……菫岡家が開発したのなら菫岡家が使うべきだと思うな」
この本に書かれている『空間』の魔法……『転移』の魔法が自分自身のみを対象とする魔法なら、この魔法は自分以外を対象とする魔法、と書いてある。今まで霖家の魔法の書をある程度見てきたけど、この『空間』の魔法に関する物は見たことなかった。
「俺が魔法を使う、かあ……どう思います?」
「今の時代に魔法使いがそんなに残ってるとは思えないし、一つの自慢として持っておくのも良いんじゃない?」
伯彦の疑問に、僕はそう答える。ただ、いきなり使えるとは思ってないし、半分冗談だけど。
「いやいや、俺じゃ無理です。結人さんが使ってくださいな」
そこらへんはどうやら伯彦もわかっているらしい。
「で、肝心の内容だけど。気になる?」
「そりゃ気になりますよ!俺のご先祖様がどんな魔法を開発したか……気にならないわけ無いですよ!」
「……やけに熱いね」
僕はページを進める。
「とりあえず、これを見た感じ僕も出来そうなんだけど……ちょっと練習してみる?」
「おお、さすが結人さん!見たいです!」
「じゃあ、修行場に行こうか」
そう言って、僕は伯彦を連れて修行場に向かう。途中で紗代にまた会った。
「あ、結人様。お出かけですか?」
「いや、修行場にちょっとね。静梨はどうしてるの?」
「静梨様ですか?今の時間ならお勉強中ですよ。さっき私に飲み物持ってきて、って頼んできたので……」
静梨は一応受験生。聞くに、僕と同じ高校に入ろうとしているらしい。
「紗代は?勉強とかしなくて平気なのかい?」
「あ、えっと……私、一応主席、なので……」
僕が聞くと紗代は照れながら言う。一体この子、いつ勉強してるんだろう……
「それじゃあ、早く静梨に飲み物持っていってあげなよ」
「あ、はい!それでは、失礼します」
紗代は台所へと向かっていった。それを見送ってから、改めて修行場へ向かう。
「はえー、ここが本家の修行場ですかあ」
「あれ?初めてだったっけ、ここに来るの」
「記憶する限りじゃ初めてなはずです」
物珍しそうにキョロキョロと修行場を見回す伯彦。
「おお、庭だぁ」
たしかに、修行場から庭は見えるけど、そんなに珍しいものかな?
「伯彦、ちょうどいい。庭に転がってる小石を持ってきてくれるかな」
「犬ですか俺は……まあ、了解でーす」
ちょうどよかったので、伯彦を使って準備をする。
「確認だけど、『転移』の魔法の目印は見えるよね?」
「見えますよー」
「なら大丈夫だ」
小石を拾って戻ってきた伯彦にそう言う。目印が見えてないと、説明も難しいからね。
「よし、じゃあ始めようか」
僕は伯彦から小石を受け取り、床に置く。
「試しに近距離の方からやってみようか」
本に書いてあったとおりに工程を進める。
「まずは、移動させたい対象に魔力を付与し、次に移動させたい場所に『転移』の魔法と同じ要領で目印を置く」
今回試すのは床から僕の右手に移動するというものだ。
「お、結人さんの右手に目印が」
「君は小石の方を見ててくれ」
そう言って、力を込める。
「……なるほど、正直『転移』の魔法とどう違うのかと思ってたけど、これは確かに、『空間』の魔法だ」
『転移』とは違って、自分自身を動かすわけじゃないから、細かく空間を把握してないと動かすことすら出来ない。『空間』と名付けたのもうなずける。
「思っていたよりも難しいね」
「結人さんで難しいなら俺はもっと無理ですよ」
「そうだね……っと。成功したかな」
「お!?石が無くなってる!?ってことは……」
僕は右手を開く。そこには、床に置いてあった小石があった。
「おおー!すげー!流石っす!」
「驚くのはまだ早いよ、これは初歩の初歩だろうし」
僕はその小石を転がして、さっきよりも遠い場所に置く。
「これ、僕の感覚の問題だけど……最初はただ力を込めて移動させるより、指とか腕とかで移動させる方向を動きで視覚化させた方が楽そうだね」
「つまり……どういうことで?」
そう言われたので、実践をする。
「さっきと同じ様に僕の右手に目印を置く」
「ふむふむ」
「そしたら、こうやって……こう」
小石を指差した後、そのまま僕の右手を指差す。
「お、また石が無くなってる」
「そうしたら……ほら」
右手を開くと、小石が移動している。
「最初はこれぐらいしか出来ないけど、いつかは『転移』みたいに人間を移動させることも出来るのかな」
「そうなったらいよいよファンタジーの世界ですね」
「魔法を使ってる時点でもうファンタジーだと思うけど」
そう言いながら、小石を遠くに投げ、右手に戻し、また投げて右手に戻し……を繰り返す。
「それにしても、こんなことを思いつくのはすごいですね、俺のご先祖は」
「まあ、自分を移動するのを極めたら、他の物も移動させてみたいとは思うだろうね。不思議なことにそれが本家じゃなくて分家で考案されてかつ今まで本家の書物には何も書いてないのが面白いよね」
遠く遡れば、まだ年代が三桁だった頃から霖家は存在していたはずだ。およそ千年の間、この『空間』の魔法が考案されなかったのは不思議ではある。理由が思いつくとするならば、昔は『心』の魔法も『転移』の魔法もしっかりと形作られてなかったし暴走もしてたはずだから、それの対処で精一杯だった……とかかな。その大変さが身に染みたから、新しい魔法の考案はしなかった、ってのは十分にありえる。
「……ふう、ちょっと疲れたかな」
「お疲れ様です」
「ありがとう伯ひ……あれ、紗代?」
「なんか、楽しそうでしたので見てました」
床に寝転がって休憩する。ねぎらいの言葉をかけてくれたのは伯彦と思っていたけど、いつからか見ていた紗代だった。
「伯彦、気づいてた?」
「いや、全然……」
多分、二人共あまりの集中に気づかなかっただけだろう。
「はい、どうぞ」
そう言って紗代は二人分のお茶を出してくる。
「あ、俺まで……ありがとうございます」
「年下なんだから、そんなに紗代にかしこまらなくても」
「一応本家の人間ではあるじゃないですか」
本家の人間と言っても、ただの従者だし、そこまでする必要はないんじゃないかなあ……
「それで、今の魔法は見たことないですけど……新しい魔法ですか?」
「新しい魔法っていうか、亜種の魔法っていうか……」
「結人様が考案を?」
「実はね、これ菫岡家の人間が考案したらしいんだよ」
僕のその言葉に紗代は驚く。
「えっ、菫岡家……って。魔法とは無関係な生活をおくる分家だったはずじゃ……」
「魔法が使えないわけじゃないからね」
お茶をすすりながら僕は質問に返す。というか、さっきから伯彦がなんにも喋らないのどうかと思うんだけど……
「ね、伯彦。使えないわけじゃないよね」
「えっ」
なので、僕から話題を振ってあげる。
「試しに僕に『心』の魔法を使ってみなよ」
「そんな事言われたって……」
伯彦は紗代の方を見る。すごく興味津々な顔で見ている。
「ほら、紗代も気になってるみたいだし」
「……仕方ない、やってみます」
僕は手を差し出す。その手に伯彦が触れる。
「僕の今考えていること……当ててごらん」
「…………うーん、面白がってることしかわからないです」
「まあ、正解だけどね」
分家とは言え、霖家の血とつながっているだけはある。しっかりと僕の『閉心術』を使ってない部分の心は読めているみたいだ。
「私も魔法、使ってみたいなあ」
「無理だよ、無理無理。紗代にはそもそも魔法を使える技量が無いから」
「そう……ですよね……」
前提からして、魔法を使えるのがおかしいのだから、そんなに憧れるような物じゃないと思うんだけど。それに、魔法は何でも出来る万能な物じゃないし……
「そんなに突き放すようなことを言わなくてもいいんじゃないんですか?結人さん」
「そうですよ!いくらなんでもひどいです!」
そう言ってから紗代は口を抑える。
「あ……も、申し訳ありません!急に声を荒らげてしまって……!」
「いや、僕もちょっと言い過ぎたかもしれない、ごめん」
「あー……なんか、空気が微妙なことに……」
伯彦の言う通り、なんだか空気が微妙な感じになってしまった。
「あ、その……し、失礼致しました……」
その空気から逃げるように、紗代は修行場を出ていってしまった。
「あー、俺も、そろそろ帰ろうかなー、なんて……」
「うん、別にかまわないよ。いきなり今日来てくれって頼んだのは僕だし」
「じゃあ、俺も、お暇します……また明日」
続いて伯彦も出ていってしまった。
「……」
たしかに、ちょっと言い過ぎたかもしれない。でも、事実だ。技量が無ければ魔法は使えない。その技量も学んで身につくものじゃない。ああ言うしか無かったんだ……でも。
「お詫びの品はせめて用意しなきゃね……」
「お、お邪魔します……」
「いつぶりだっけ?本家に来るのは」
「もう何年も来てませんね」
久しぶりの本家ということで、伯彦はとても緊張していた。
「あ、結人様、おかえりなさい!それと……どちらさまですか?」
靴を脱いでいると、紗代が出迎えてくれる。僕の後ろにいる居る伯彦に対して誰?という表情をしていた。
「ただいま、紗代。こいつは菫岡伯彦。覚えてない……って言っても会ったのはまだ小さい頃だから無理もないか」
「ああ、分家の方で……」
それだけ聞くと、興味を失ったように話を別の話題に変える。
「結人様、お弁当箱、出してください」
「ん、分かった……はい、これ。今日も美味しかったよ」
「あ、ありがとうございます……では、分家の方もごゆっくり……」
僕が弁当箱を渡すと、そそくさと奥に戻っていってしまった。
「なんか、こう……かわいい子に他人行儀にされるのはそこそこ傷つきますね」
「まあ、紗代もアクセリナほどじゃないけどあまり知らない人には警戒心高いからね」
そう言いながら自室に案内する。
「相変わらずここは本が多いですね」
「ここはまだ序の口だよ。書庫にはこれ以上の本がある」
「はえー」
僕は棚から本を出し、床に座る。
「で、これが例の本。書庫から持ってきたんだ」
「結構古めですね……」
『菫岡ノ魔法』と書かれた本。見た目は少しボロついていて、中の紙も劣化している。結構な年代が経過しているのは確実だ。
「さて、読んでいこうか」
僕はそう言って本を開く。最初のページには目次と著者が記されている。
「『菫岡恭太郎』……聞き覚えは?」
「うーん……全く聞き覚えはないですね……」
ふむ。ならば、と本の後ろのページを開く。
「発刊、というか造刊日は1869年……明治時代の始まりの方か」
「えーと、俺が知る限りじゃ菫岡家が生まれたのは1820年ぐらいだったから……結構早めの時期ですね」
それだけ見て、内容の方に取り掛かる。
「一度中身だけパラパラと見たんだけど……あった。ここだ」
本の前半の菫岡家の歴史は一旦飛ばして、恐らく一番重要な場所のページを開いて床に置く。
「『心』ノ魔法ト『転移』ノ魔法ニ匹敵スル、菫岡家ノ魔法……?」
その内容を見て、伯彦は首を傾げる。
「なんじゃそりゃ。俺は父さんから何も聞いた記憶ないぞ」
「そもそもこれが今になって見つかってるんだから、君の父上も知らないだろうね」
現に、僕は今まで菫岡家が霖家の知らない魔法を使っているなんて話は聞いたことがない。父上の時代だと、菫岡家の人は『心』の魔法が使えることを利用してカップル限定で占いの商売をしてたとか。まあ、本格的に修行してないし環境も整ってないから精度はお察しの通り、って感じだったらしいけど。
「この本が書かれた目的……なんだと思う?」
「え?」
「一つは、菫岡家が自分達だけが使える魔法を作り、自分達も魔法使いの家として台頭しようと思った『出世欲』か……もう一つは、自分達が新しい魔法を作り、それを本家の霖家に教えることで本家の地位を上げようとした『奉公心』か……」
その僕の言葉に伯彦は考える。
「うーん、俺的にはやっぱり出世欲なんじゃないかなって思いますけどね……けどそれは、うちの家が出来た理由の『魔法とは関係のない生活を送って欲しい』って言うのと反しますけどねー」
正直、僕も後者はあんまりないと思っている。大半の者は魔法のしがらみから離れられて嬉しいだろうが、一部の者は自分達が爪弾きにされていると思う者も居るだろう。それ故に自分達の魔法を作りたいと思うのも無理はない。
「伯彦はどう?自分たちの家だけの魔法があるってなったら使いたいかい?」
「修行が面倒くさいでーす、いやでーす」
「そう言うと思った」
改めてページを進めていく。
「でも、これを見たら君の考えは変わるかもしれないよ?」
進めたページの一節を僕は指差す。
「なになに……『コノ魔法ハ、転移ノ魔法ノ亜種トナル、空間ノ魔法デアル』……亜種なら、なおさら結人さんが習得したほうが良いんじゃないですかね」
「理論上僕も使えなくはないけど……菫岡家が開発したのなら菫岡家が使うべきだと思うな」
この本に書かれている『空間』の魔法……『転移』の魔法が自分自身のみを対象とする魔法なら、この魔法は自分以外を対象とする魔法、と書いてある。今まで霖家の魔法の書をある程度見てきたけど、この『空間』の魔法に関する物は見たことなかった。
「俺が魔法を使う、かあ……どう思います?」
「今の時代に魔法使いがそんなに残ってるとは思えないし、一つの自慢として持っておくのも良いんじゃない?」
伯彦の疑問に、僕はそう答える。ただ、いきなり使えるとは思ってないし、半分冗談だけど。
「いやいや、俺じゃ無理です。結人さんが使ってくださいな」
そこらへんはどうやら伯彦もわかっているらしい。
「で、肝心の内容だけど。気になる?」
「そりゃ気になりますよ!俺のご先祖様がどんな魔法を開発したか……気にならないわけ無いですよ!」
「……やけに熱いね」
僕はページを進める。
「とりあえず、これを見た感じ僕も出来そうなんだけど……ちょっと練習してみる?」
「おお、さすが結人さん!見たいです!」
「じゃあ、修行場に行こうか」
そう言って、僕は伯彦を連れて修行場に向かう。途中で紗代にまた会った。
「あ、結人様。お出かけですか?」
「いや、修行場にちょっとね。静梨はどうしてるの?」
「静梨様ですか?今の時間ならお勉強中ですよ。さっき私に飲み物持ってきて、って頼んできたので……」
静梨は一応受験生。聞くに、僕と同じ高校に入ろうとしているらしい。
「紗代は?勉強とかしなくて平気なのかい?」
「あ、えっと……私、一応主席、なので……」
僕が聞くと紗代は照れながら言う。一体この子、いつ勉強してるんだろう……
「それじゃあ、早く静梨に飲み物持っていってあげなよ」
「あ、はい!それでは、失礼します」
紗代は台所へと向かっていった。それを見送ってから、改めて修行場へ向かう。
「はえー、ここが本家の修行場ですかあ」
「あれ?初めてだったっけ、ここに来るの」
「記憶する限りじゃ初めてなはずです」
物珍しそうにキョロキョロと修行場を見回す伯彦。
「おお、庭だぁ」
たしかに、修行場から庭は見えるけど、そんなに珍しいものかな?
「伯彦、ちょうどいい。庭に転がってる小石を持ってきてくれるかな」
「犬ですか俺は……まあ、了解でーす」
ちょうどよかったので、伯彦を使って準備をする。
「確認だけど、『転移』の魔法の目印は見えるよね?」
「見えますよー」
「なら大丈夫だ」
小石を拾って戻ってきた伯彦にそう言う。目印が見えてないと、説明も難しいからね。
「よし、じゃあ始めようか」
僕は伯彦から小石を受け取り、床に置く。
「試しに近距離の方からやってみようか」
本に書いてあったとおりに工程を進める。
「まずは、移動させたい対象に魔力を付与し、次に移動させたい場所に『転移』の魔法と同じ要領で目印を置く」
今回試すのは床から僕の右手に移動するというものだ。
「お、結人さんの右手に目印が」
「君は小石の方を見ててくれ」
そう言って、力を込める。
「……なるほど、正直『転移』の魔法とどう違うのかと思ってたけど、これは確かに、『空間』の魔法だ」
『転移』とは違って、自分自身を動かすわけじゃないから、細かく空間を把握してないと動かすことすら出来ない。『空間』と名付けたのもうなずける。
「思っていたよりも難しいね」
「結人さんで難しいなら俺はもっと無理ですよ」
「そうだね……っと。成功したかな」
「お!?石が無くなってる!?ってことは……」
僕は右手を開く。そこには、床に置いてあった小石があった。
「おおー!すげー!流石っす!」
「驚くのはまだ早いよ、これは初歩の初歩だろうし」
僕はその小石を転がして、さっきよりも遠い場所に置く。
「これ、僕の感覚の問題だけど……最初はただ力を込めて移動させるより、指とか腕とかで移動させる方向を動きで視覚化させた方が楽そうだね」
「つまり……どういうことで?」
そう言われたので、実践をする。
「さっきと同じ様に僕の右手に目印を置く」
「ふむふむ」
「そしたら、こうやって……こう」
小石を指差した後、そのまま僕の右手を指差す。
「お、また石が無くなってる」
「そうしたら……ほら」
右手を開くと、小石が移動している。
「最初はこれぐらいしか出来ないけど、いつかは『転移』みたいに人間を移動させることも出来るのかな」
「そうなったらいよいよファンタジーの世界ですね」
「魔法を使ってる時点でもうファンタジーだと思うけど」
そう言いながら、小石を遠くに投げ、右手に戻し、また投げて右手に戻し……を繰り返す。
「それにしても、こんなことを思いつくのはすごいですね、俺のご先祖は」
「まあ、自分を移動するのを極めたら、他の物も移動させてみたいとは思うだろうね。不思議なことにそれが本家じゃなくて分家で考案されてかつ今まで本家の書物には何も書いてないのが面白いよね」
遠く遡れば、まだ年代が三桁だった頃から霖家は存在していたはずだ。およそ千年の間、この『空間』の魔法が考案されなかったのは不思議ではある。理由が思いつくとするならば、昔は『心』の魔法も『転移』の魔法もしっかりと形作られてなかったし暴走もしてたはずだから、それの対処で精一杯だった……とかかな。その大変さが身に染みたから、新しい魔法の考案はしなかった、ってのは十分にありえる。
「……ふう、ちょっと疲れたかな」
「お疲れ様です」
「ありがとう伯ひ……あれ、紗代?」
「なんか、楽しそうでしたので見てました」
床に寝転がって休憩する。ねぎらいの言葉をかけてくれたのは伯彦と思っていたけど、いつからか見ていた紗代だった。
「伯彦、気づいてた?」
「いや、全然……」
多分、二人共あまりの集中に気づかなかっただけだろう。
「はい、どうぞ」
そう言って紗代は二人分のお茶を出してくる。
「あ、俺まで……ありがとうございます」
「年下なんだから、そんなに紗代にかしこまらなくても」
「一応本家の人間ではあるじゃないですか」
本家の人間と言っても、ただの従者だし、そこまでする必要はないんじゃないかなあ……
「それで、今の魔法は見たことないですけど……新しい魔法ですか?」
「新しい魔法っていうか、亜種の魔法っていうか……」
「結人様が考案を?」
「実はね、これ菫岡家の人間が考案したらしいんだよ」
僕のその言葉に紗代は驚く。
「えっ、菫岡家……って。魔法とは無関係な生活をおくる分家だったはずじゃ……」
「魔法が使えないわけじゃないからね」
お茶をすすりながら僕は質問に返す。というか、さっきから伯彦がなんにも喋らないのどうかと思うんだけど……
「ね、伯彦。使えないわけじゃないよね」
「えっ」
なので、僕から話題を振ってあげる。
「試しに僕に『心』の魔法を使ってみなよ」
「そんな事言われたって……」
伯彦は紗代の方を見る。すごく興味津々な顔で見ている。
「ほら、紗代も気になってるみたいだし」
「……仕方ない、やってみます」
僕は手を差し出す。その手に伯彦が触れる。
「僕の今考えていること……当ててごらん」
「…………うーん、面白がってることしかわからないです」
「まあ、正解だけどね」
分家とは言え、霖家の血とつながっているだけはある。しっかりと僕の『閉心術』を使ってない部分の心は読めているみたいだ。
「私も魔法、使ってみたいなあ」
「無理だよ、無理無理。紗代にはそもそも魔法を使える技量が無いから」
「そう……ですよね……」
前提からして、魔法を使えるのがおかしいのだから、そんなに憧れるような物じゃないと思うんだけど。それに、魔法は何でも出来る万能な物じゃないし……
「そんなに突き放すようなことを言わなくてもいいんじゃないんですか?結人さん」
「そうですよ!いくらなんでもひどいです!」
そう言ってから紗代は口を抑える。
「あ……も、申し訳ありません!急に声を荒らげてしまって……!」
「いや、僕もちょっと言い過ぎたかもしれない、ごめん」
「あー……なんか、空気が微妙なことに……」
伯彦の言う通り、なんだか空気が微妙な感じになってしまった。
「あ、その……し、失礼致しました……」
その空気から逃げるように、紗代は修行場を出ていってしまった。
「あー、俺も、そろそろ帰ろうかなー、なんて……」
「うん、別にかまわないよ。いきなり今日来てくれって頼んだのは僕だし」
「じゃあ、俺も、お暇します……また明日」
続いて伯彦も出ていってしまった。
「……」
たしかに、ちょっと言い過ぎたかもしれない。でも、事実だ。技量が無ければ魔法は使えない。その技量も学んで身につくものじゃない。ああ言うしか無かったんだ……でも。
「お詫びの品はせめて用意しなきゃね……」
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