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第一章 来訪、欧州の魔法使い
『記憶』 その1
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一週間後、5月23日。約束通り、ヴェステルマルク邸へと行くことになる。
「おはようございます、結人様」
朝から玄関のベルが鳴ったから何だと思ったけど、その主はアクセリナだった。
「お、おはようアクセリナ……どうして家まで」
「不躾ですがお聞きします。結人様はお嬢様の家をご存知でいらっしゃいますか?」
「いや、知らないけど」
「ですので、私がお迎えに上がりに参りました」
とは言え、準備は一応出来てる。紗代から昨日渡された紙袋を持って、僕はアクセリナと共に外に出る。
「ソフィアにはいつから仕えてるの?」
「お嬢様が5歳の時からです」
「じゃあ、大体紗代と同じだ。うちは僕が6歳、静梨が5歳の時に紗代が来たからね」
こうして話して歩いている間にも、アクセリナは僕の後ろに居る。道案内できないんじゃないかと思ってたけど、都度都度どっちへ曲がればいいかとかは言ってくれるから要らない心配だった。
「ああそうだ、後でソフィアにも聞くんだけど、来週の土曜日……30日だね。その日にソフィアとアクセリナ、二人を家に招待したいんだけど」
「かしこまりました、こちらの方でスケジューリングの方をしておきます」
「ありがとう」
そう言って、また歩き出す。
「……ここ日本は、とても平和ですね」
「平和?そうかなあ」
ニュースを見れば、毎日何かと殺人事件とか交通事故とかのニュースが流れてるし、特段平和と思ったことはないかなあ。
「そんなに北欧は殺伐としてるの?」
「はい。家の当主であることが何よりのステータスなので、前にも申し上げた通り、たまにお嬢様の御食事に毒が盛られていたり、夜にお嬢様の部屋に何処かの誰かが雇った暗殺者が侵入したり……それはもう、大変でした」
その壮絶さに、僕は絶句してしまう。いつの時代だ、って思うほどに殺伐としてた。
「それは、全部アクセリナが対処を……?」
「勿論です。私も多少毒に耐性はありますし、暗殺者の撃退……あるいは、殺害も当たり前でした」
「うわあ……」
それを聞いた後だと、たしかに日本は平和だな、と思う。
「……辛くないの?」
「お嬢様の命が第一ですから。それに……」
そこまで言って、アクセリナが口をつぐむ。
「私は貧民街の出。薄汚いのは慣れています」
「えっ!?そうなの!?」
「はい」
サラッと言われた事実に、僕は驚きを隠せない。まさかアクセリナが貧民街の出なんて……言われなければ分からないくらいだった。
「それは、相当な苦労をしたんだね」
「はい、それはもう。礼儀作法、家事の行い方、侵入者の撃退方法……ありとあらゆるものを叩き込まれました」
それなら、この鉄面皮なのも納得がいく。いついかなる時も警戒を怠れなかった故に、こうなってしまったのだろう。
「日本に来てからは、本当に安心できます。お嬢様を一人にしても、身に危険が及ばない。今こうして結人様をご案内できるのも、向こうだったら出来ないことです」
顔こそ見えないが、そのアクセリナの声色は少し嬉しそうだった。
「ところで、こっちに居られるのはどれくらいなの?」
「高校卒業までの三年間でございます。卒業次第、帰国する予定です」
「日本での生活に慣れちゃったら、戻りたくないよね」
「それでも、戻らねばならないのです」
はたしてソフィアは……向こうの環境にまた馴染めるのだろうか。そもそも戻りたいと思っているのだろうか?
「アクセリナは、ずっと日本に居たい?」
「……それは、どういう意図で?」
「ソフィアのこともあるけど、全般的にこの国の環境は好きかな?ってこと」
「それは……勿論、向こうほど気を張らなくてもいいですし、安心して生活は出来るとは思いますが……」
なるほど、ね……それなら、僕も少し考えてみようかな。アクセリナはソフィアの事を本当に第一に思っているらしいし、安心して過ごしたいだろうし……
「先に聞くけど、ソフィアはもう許嫁とか居るの?」
「いいえ、いらっしゃいませんが……」
それならなおさら好都合だ。後は、ソフィア本人の意思を聞くだけ。
「あの、結人様?一体何を……」
「少し考え事だよ、気にしないで」
後ろでアクセリナの不思議そうな声を聞きつつ、僕は話を切る。
「結人様、こちらがお嬢様の御自宅でございます」
「思ったより普通だね」
そして、話しているうちにいつの間にか到着していた。ソフィアの家は、なんとも普通な二階建ての一軒家で、特別感は無かった。
「では、鍵を開けますので少々お待ちを」
アクセリナが鍵を開けて、先に入るように促す。
「お邪魔します」
廊下に至るまで掃除が行き届いており、さすがアクセリナだな、と思った。
「こちらです」
そんな事を思っていると、アクセリナにリビングに案内される。
「それでは、こちらでお待ち下さい。お嬢様を呼んで参りますので」
「うん」
リビングのソファに座らされて待つ。ソフィアの趣味なのかアクセリナの趣味なのか分からないけど、インテリアは洋風な物ばかりだった。家が和風なものばかりだからか、とても新鮮な感覚だった。
「お待たせ致しました、結人様」
「Valkommen、ユイト。歓迎します」
「う、うん……ありがとう」
アクセリナがソフィアを連れてくると、その衣装に驚いた。ズボンは普通にショートパンツだけど、肝心のTシャツが……
「ソフィア、それどこで買ったの?」
「これですか?いいお洋服が無いかな、と思って探したらありました」
「そ、そうなんだ……」
「結人様、諦めてください。お嬢様がこれがいいと言って聞かなかったので……」
『桜花爛漫』と書かれた白地のTシャツ。まさかソフィアがその類の服を着るとは思わなかった。もっと、こう……普通の服を着るかと。
「ユイトが初めて私の家に来る知り合いですね」
「そ、そう」
ソフィアが座りながら言う。これから何を言われようと、そのTシャツのせいで全部頭に入ってこない気がした。
「ああ、そうだ。これ、家に失礼するにあたってお礼の品を持ってきたよ」
「Forvanad!中身は何ですかー?」
「僕も知らないけど、とりあえず開けてみて」
僕が紙袋を渡すと、ソフィアはワクワクしながら紙袋の中身を出す。
「これは……なんですか?」
「葛餅、でございます」
ソフィアの質問に、僕より先にアクセリナが答える。
「凄いね、アクセリナ。葛餅を知ってるなんて」
「日本に来るにあたって、日本語と一緒に日本の文化的な物も学びましたので」
「和菓子、ってやつですか?」
「左様でございます」
二人共、物珍しそうに見ていた。特にソフィア。こちらに来てから初めて和菓子という物を見たのだろうか?
「これ、うちの紗代が考えてくれたんだ。さすがだよね」
「なるほど……なかなか良いセンスをお持ちですね、紗代様は」
「ありがとうございます、ユイト」
「お礼なら紗代に言ってよ」
紗代が褒められているのに、なんだかこっちも恥ずかしくなってきた。
「……あれ?奥にももう一個ありますね」
「そうなの?」
ソフィアが紙袋からもう一個何かを出す。それは円柱型の缶だった。
「あれ、それうちで使ってるやつと同じお茶の缶だ」
「ということは、いつでもあの日本茶の味が堪能できるということですか!?」
「左様でございます」
僕はアクセリナのマネをして返答する。
「じゃあじゃあアクセリナ、このお茶を早速淹れてきて!日本茶を飲むユノミはあったはずでしょ?それと、このクズモチも一緒に!」
「かしこまりました、お嬢様。では、少々お待ちください」
アクセリナはそう言って、葛餅と缶を持ってキッチンに入っていった。家とは違う、カウンターキッチンだった。
「喜んでくれてよかった、僕も何を持たされたか知らなかったから正直ヒヤヒヤしたよ」
「こっちの贈り物は安全なので、全然大丈夫ですよ」
「そ、そう」
その言葉にさっきのアクセリナとの会話を思い出してしまう。でも、今はあんまり暗い話はしないでおこう。
「それで、今日はお勉強会をするんでしたっけ?」
「うん。勉強と言っても、魔法の勉強だけどね」
「魔法の、ですか」
「今回は僕がソフィアの国の魔法がどんな感じなのかを学びにね」
正直、僕はワクワクしている。今まで日本の魔法しか知らなかったから、海外に行かずに他の国の魔法を学べるのはとてもありがたい。
「それでなんだけど、来週はソフィアがうちに遊びに来て、日本の魔法を学んでいかないかい?」
「おお、いいですね。行きます行きます」
「決まりだね。それじゃあ来週、楽しみにしてるよ」
来週の予定が確定したところで、葛餅とお茶が出てきた。
「おまたせいたしました、お嬢様、結人様」
「Underbart!日本のお菓子はキレイなんですね」
「喜んでくれて嬉しいよ」
いつもは無表情に見えるアクセリナも、どこかワクワクした目をしていた。
「それじゃ、食べよっか」
僕の一声で、みんなが一斉に葛餅に口をつける。
「これは……」
「Lackert!それに、とてももちもちしていて……凄いです!」
「ほんとだ」
この葛餅、前に食べたことあるような気がする……そう思いながら、お茶を啜る。
「うん、これはいつもの味」
「やっぱり美味しいですね、このお茶は」
「そうですね、落ち着きます」
三人ともほっこりしながら、葛餅とお茶とを交互に口にする。
「ユイトはいつもこれを食べてるんですか?」
「いつもじゃないよ、そんなに頻繁には食べない」
「そうですか……」
そんなに落ち込まれても……和菓子どころか、洋菓子もあまり食べないというのに。……いや、せんべいは和菓子だな。
「でも、せんべいならよく食べるよ」
「せん……べい?」
「私もまだ見たことはありませんが、文献によるとビスケットのような物、と書いてありました」
じゃあ、今度家に来る時はせんべいを用意しておこうかな。多分、ビスケットとは程遠いと思うけど……
「日本に来てまだ日が浅いんだから、ゆっくりと知っていくといいよ」
「はい、そのつもりです!」
ソフィアが元気に答える。……うーん、やっぱり視線にチラチラと映るTシャツの文字が気になって仕方がない。真面目に見ると吹き出しそうで困る。
「ねえ、アクセリナ……もっとマシな服、無いの?」
「申し訳ありません、結人様……」
ああ、この反応ってことは駄目だな。クローゼットを漁ったら多分他にも出てくるんだろうなあ……『順風満帆』とか、『眉目秀麗』とか。
「来週までには、なんとか普通の服を見繕いますので……」
「が、頑張って……」
アクセリナも違う方面で苦労してるなあ、ほんとに。
「それで、ユイト。お勉強はいつから開始しますか?」
「これ食べ終わって、一息ついたらだね」
「分かりました」
まあ、ソフィアが元気そうならいいのかも。
「あ。アクセリナは私がユイトに魔法を教えている間、十分に休むこと、ですよ」
「かしこまりました、お嬢様」
「なんなら、寝ててもいいですよ?いざとなったらユイトが守ってくれますし」
「えっ」
いきなりそんな事を言われるなんて思ってなかった。僕ごときがソフィアを守れるのか……?いや、それ以前にここは平和だし平気かも。
「それでは、結人様。私のしばしの休息の間、お嬢様をお願いいたします」
「あ、うん、分かった……」
アクセリナがここまで言うってことは、僕を信用してくれてるんだろうけど……ううん、なんだか心配だな。
そんな事を話していれば、あっという間に葛餅もお茶も無くなってしまう。
「ごちそうさまでした、ユイト」
「美味でございました、結人様」
「お粗末様でした、と」
空になった皿と湯呑をアクセリナが片付ける。
「その片付けが終わり次第、休むんですよ?」
「はい、お嬢様」
キッチンに立って洗い物をするアクセリナにそう言うソフィア。こっちもこっちで、しっかりと主従しているんだな、と思った。
「それじゃあ、ユイト。部屋に行きましょうか」
「え、あ、うん」
……そうだった。勉強のためとは言え、女の子の部屋に入るんだった。今まで静梨や紗代の部屋には入ったことあるけど、ソフィアの部屋は初めてだ。なんだか緊張してきた……
「こっちです」
案内されるがままに、二階へと向かう。
「おはようございます、結人様」
朝から玄関のベルが鳴ったから何だと思ったけど、その主はアクセリナだった。
「お、おはようアクセリナ……どうして家まで」
「不躾ですがお聞きします。結人様はお嬢様の家をご存知でいらっしゃいますか?」
「いや、知らないけど」
「ですので、私がお迎えに上がりに参りました」
とは言え、準備は一応出来てる。紗代から昨日渡された紙袋を持って、僕はアクセリナと共に外に出る。
「ソフィアにはいつから仕えてるの?」
「お嬢様が5歳の時からです」
「じゃあ、大体紗代と同じだ。うちは僕が6歳、静梨が5歳の時に紗代が来たからね」
こうして話して歩いている間にも、アクセリナは僕の後ろに居る。道案内できないんじゃないかと思ってたけど、都度都度どっちへ曲がればいいかとかは言ってくれるから要らない心配だった。
「ああそうだ、後でソフィアにも聞くんだけど、来週の土曜日……30日だね。その日にソフィアとアクセリナ、二人を家に招待したいんだけど」
「かしこまりました、こちらの方でスケジューリングの方をしておきます」
「ありがとう」
そう言って、また歩き出す。
「……ここ日本は、とても平和ですね」
「平和?そうかなあ」
ニュースを見れば、毎日何かと殺人事件とか交通事故とかのニュースが流れてるし、特段平和と思ったことはないかなあ。
「そんなに北欧は殺伐としてるの?」
「はい。家の当主であることが何よりのステータスなので、前にも申し上げた通り、たまにお嬢様の御食事に毒が盛られていたり、夜にお嬢様の部屋に何処かの誰かが雇った暗殺者が侵入したり……それはもう、大変でした」
その壮絶さに、僕は絶句してしまう。いつの時代だ、って思うほどに殺伐としてた。
「それは、全部アクセリナが対処を……?」
「勿論です。私も多少毒に耐性はありますし、暗殺者の撃退……あるいは、殺害も当たり前でした」
「うわあ……」
それを聞いた後だと、たしかに日本は平和だな、と思う。
「……辛くないの?」
「お嬢様の命が第一ですから。それに……」
そこまで言って、アクセリナが口をつぐむ。
「私は貧民街の出。薄汚いのは慣れています」
「えっ!?そうなの!?」
「はい」
サラッと言われた事実に、僕は驚きを隠せない。まさかアクセリナが貧民街の出なんて……言われなければ分からないくらいだった。
「それは、相当な苦労をしたんだね」
「はい、それはもう。礼儀作法、家事の行い方、侵入者の撃退方法……ありとあらゆるものを叩き込まれました」
それなら、この鉄面皮なのも納得がいく。いついかなる時も警戒を怠れなかった故に、こうなってしまったのだろう。
「日本に来てからは、本当に安心できます。お嬢様を一人にしても、身に危険が及ばない。今こうして結人様をご案内できるのも、向こうだったら出来ないことです」
顔こそ見えないが、そのアクセリナの声色は少し嬉しそうだった。
「ところで、こっちに居られるのはどれくらいなの?」
「高校卒業までの三年間でございます。卒業次第、帰国する予定です」
「日本での生活に慣れちゃったら、戻りたくないよね」
「それでも、戻らねばならないのです」
はたしてソフィアは……向こうの環境にまた馴染めるのだろうか。そもそも戻りたいと思っているのだろうか?
「アクセリナは、ずっと日本に居たい?」
「……それは、どういう意図で?」
「ソフィアのこともあるけど、全般的にこの国の環境は好きかな?ってこと」
「それは……勿論、向こうほど気を張らなくてもいいですし、安心して生活は出来るとは思いますが……」
なるほど、ね……それなら、僕も少し考えてみようかな。アクセリナはソフィアの事を本当に第一に思っているらしいし、安心して過ごしたいだろうし……
「先に聞くけど、ソフィアはもう許嫁とか居るの?」
「いいえ、いらっしゃいませんが……」
それならなおさら好都合だ。後は、ソフィア本人の意思を聞くだけ。
「あの、結人様?一体何を……」
「少し考え事だよ、気にしないで」
後ろでアクセリナの不思議そうな声を聞きつつ、僕は話を切る。
「結人様、こちらがお嬢様の御自宅でございます」
「思ったより普通だね」
そして、話しているうちにいつの間にか到着していた。ソフィアの家は、なんとも普通な二階建ての一軒家で、特別感は無かった。
「では、鍵を開けますので少々お待ちを」
アクセリナが鍵を開けて、先に入るように促す。
「お邪魔します」
廊下に至るまで掃除が行き届いており、さすがアクセリナだな、と思った。
「こちらです」
そんな事を思っていると、アクセリナにリビングに案内される。
「それでは、こちらでお待ち下さい。お嬢様を呼んで参りますので」
「うん」
リビングのソファに座らされて待つ。ソフィアの趣味なのかアクセリナの趣味なのか分からないけど、インテリアは洋風な物ばかりだった。家が和風なものばかりだからか、とても新鮮な感覚だった。
「お待たせ致しました、結人様」
「Valkommen、ユイト。歓迎します」
「う、うん……ありがとう」
アクセリナがソフィアを連れてくると、その衣装に驚いた。ズボンは普通にショートパンツだけど、肝心のTシャツが……
「ソフィア、それどこで買ったの?」
「これですか?いいお洋服が無いかな、と思って探したらありました」
「そ、そうなんだ……」
「結人様、諦めてください。お嬢様がこれがいいと言って聞かなかったので……」
『桜花爛漫』と書かれた白地のTシャツ。まさかソフィアがその類の服を着るとは思わなかった。もっと、こう……普通の服を着るかと。
「ユイトが初めて私の家に来る知り合いですね」
「そ、そう」
ソフィアが座りながら言う。これから何を言われようと、そのTシャツのせいで全部頭に入ってこない気がした。
「ああ、そうだ。これ、家に失礼するにあたってお礼の品を持ってきたよ」
「Forvanad!中身は何ですかー?」
「僕も知らないけど、とりあえず開けてみて」
僕が紙袋を渡すと、ソフィアはワクワクしながら紙袋の中身を出す。
「これは……なんですか?」
「葛餅、でございます」
ソフィアの質問に、僕より先にアクセリナが答える。
「凄いね、アクセリナ。葛餅を知ってるなんて」
「日本に来るにあたって、日本語と一緒に日本の文化的な物も学びましたので」
「和菓子、ってやつですか?」
「左様でございます」
二人共、物珍しそうに見ていた。特にソフィア。こちらに来てから初めて和菓子という物を見たのだろうか?
「これ、うちの紗代が考えてくれたんだ。さすがだよね」
「なるほど……なかなか良いセンスをお持ちですね、紗代様は」
「ありがとうございます、ユイト」
「お礼なら紗代に言ってよ」
紗代が褒められているのに、なんだかこっちも恥ずかしくなってきた。
「……あれ?奥にももう一個ありますね」
「そうなの?」
ソフィアが紙袋からもう一個何かを出す。それは円柱型の缶だった。
「あれ、それうちで使ってるやつと同じお茶の缶だ」
「ということは、いつでもあの日本茶の味が堪能できるということですか!?」
「左様でございます」
僕はアクセリナのマネをして返答する。
「じゃあじゃあアクセリナ、このお茶を早速淹れてきて!日本茶を飲むユノミはあったはずでしょ?それと、このクズモチも一緒に!」
「かしこまりました、お嬢様。では、少々お待ちください」
アクセリナはそう言って、葛餅と缶を持ってキッチンに入っていった。家とは違う、カウンターキッチンだった。
「喜んでくれてよかった、僕も何を持たされたか知らなかったから正直ヒヤヒヤしたよ」
「こっちの贈り物は安全なので、全然大丈夫ですよ」
「そ、そう」
その言葉にさっきのアクセリナとの会話を思い出してしまう。でも、今はあんまり暗い話はしないでおこう。
「それで、今日はお勉強会をするんでしたっけ?」
「うん。勉強と言っても、魔法の勉強だけどね」
「魔法の、ですか」
「今回は僕がソフィアの国の魔法がどんな感じなのかを学びにね」
正直、僕はワクワクしている。今まで日本の魔法しか知らなかったから、海外に行かずに他の国の魔法を学べるのはとてもありがたい。
「それでなんだけど、来週はソフィアがうちに遊びに来て、日本の魔法を学んでいかないかい?」
「おお、いいですね。行きます行きます」
「決まりだね。それじゃあ来週、楽しみにしてるよ」
来週の予定が確定したところで、葛餅とお茶が出てきた。
「おまたせいたしました、お嬢様、結人様」
「Underbart!日本のお菓子はキレイなんですね」
「喜んでくれて嬉しいよ」
いつもは無表情に見えるアクセリナも、どこかワクワクした目をしていた。
「それじゃ、食べよっか」
僕の一声で、みんなが一斉に葛餅に口をつける。
「これは……」
「Lackert!それに、とてももちもちしていて……凄いです!」
「ほんとだ」
この葛餅、前に食べたことあるような気がする……そう思いながら、お茶を啜る。
「うん、これはいつもの味」
「やっぱり美味しいですね、このお茶は」
「そうですね、落ち着きます」
三人ともほっこりしながら、葛餅とお茶とを交互に口にする。
「ユイトはいつもこれを食べてるんですか?」
「いつもじゃないよ、そんなに頻繁には食べない」
「そうですか……」
そんなに落ち込まれても……和菓子どころか、洋菓子もあまり食べないというのに。……いや、せんべいは和菓子だな。
「でも、せんべいならよく食べるよ」
「せん……べい?」
「私もまだ見たことはありませんが、文献によるとビスケットのような物、と書いてありました」
じゃあ、今度家に来る時はせんべいを用意しておこうかな。多分、ビスケットとは程遠いと思うけど……
「日本に来てまだ日が浅いんだから、ゆっくりと知っていくといいよ」
「はい、そのつもりです!」
ソフィアが元気に答える。……うーん、やっぱり視線にチラチラと映るTシャツの文字が気になって仕方がない。真面目に見ると吹き出しそうで困る。
「ねえ、アクセリナ……もっとマシな服、無いの?」
「申し訳ありません、結人様……」
ああ、この反応ってことは駄目だな。クローゼットを漁ったら多分他にも出てくるんだろうなあ……『順風満帆』とか、『眉目秀麗』とか。
「来週までには、なんとか普通の服を見繕いますので……」
「が、頑張って……」
アクセリナも違う方面で苦労してるなあ、ほんとに。
「それで、ユイト。お勉強はいつから開始しますか?」
「これ食べ終わって、一息ついたらだね」
「分かりました」
まあ、ソフィアが元気そうならいいのかも。
「あ。アクセリナは私がユイトに魔法を教えている間、十分に休むこと、ですよ」
「かしこまりました、お嬢様」
「なんなら、寝ててもいいですよ?いざとなったらユイトが守ってくれますし」
「えっ」
いきなりそんな事を言われるなんて思ってなかった。僕ごときがソフィアを守れるのか……?いや、それ以前にここは平和だし平気かも。
「それでは、結人様。私のしばしの休息の間、お嬢様をお願いいたします」
「あ、うん、分かった……」
アクセリナがここまで言うってことは、僕を信用してくれてるんだろうけど……ううん、なんだか心配だな。
そんな事を話していれば、あっという間に葛餅もお茶も無くなってしまう。
「ごちそうさまでした、ユイト」
「美味でございました、結人様」
「お粗末様でした、と」
空になった皿と湯呑をアクセリナが片付ける。
「その片付けが終わり次第、休むんですよ?」
「はい、お嬢様」
キッチンに立って洗い物をするアクセリナにそう言うソフィア。こっちもこっちで、しっかりと主従しているんだな、と思った。
「それじゃあ、ユイト。部屋に行きましょうか」
「え、あ、うん」
……そうだった。勉強のためとは言え、女の子の部屋に入るんだった。今まで静梨や紗代の部屋には入ったことあるけど、ソフィアの部屋は初めてだ。なんだか緊張してきた……
「こっちです」
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