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二章 ウサギと帽子と女王

逃亡劇 その4

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 「来たぞ」
 案の定大敗した演習。帽子屋に呼び出されていたので、俺はハートちゃんを帰してから帽子屋に会いに行った。
「何の用だよ、全く」
 本当ならばさっさと帰って寝たいが、呼ばれている以上そういうわけにもいかない。
「むしろ、こんな場所に呼び出してどうすんだよ」
 ここがどこかと言うと、訓練場。しかも呼び出した当の本人は見当たらない。
「おーい、帽子屋……っ!?」
 背後に気配を感じた。ので、即座に前方に移動して振り向く。
「……あら、大人しくしてれば手荒な真似はしないで済んだのに」
「はぁ?」
 そこに居たのは帽子屋。おそらくドアの後ろに潜んでいたんだろう。で、その顔はとてつもなく冷徹な顔だった。その右手には手錠らしきものが握られていた。
「お前……何するつもりだった?」
「貴方を捕まえようとしたのよ、白ウサ……いえ、『古蘭類』」
「!」
 その言葉に、俺は即座にログアウトしようとする。
「無駄よ。この部屋、一時的にログアウトできないようにしてあるの。勿論私もだけど。だから貴方は決して逃げられない」
「クソ、鬼野郎の言ってた嫌な予感ってこの事かよ!」
 この先の展開は見えてる。ので、俺は武器を召喚し、構えた。
「俺をひっ捕まえてどうするつもりだ」
「当然、警察に……と、言いたい所だけど、まず真っ先に社長に突き出さないとね」
「社長……」
「そう、ハートちゃん――もとい、いろはちゃんのお父上、にね」
 冷や汗が流れる。捕まったらまずいのは当然として、行き先がもっとまずい。いろはちゃんの扱いについて文句の一つや二つじゃ足らねぇし、最悪殴ってしまうかもしれない。二つの意味でも、捕まっちゃあまずい。
「見逃してくれる気は無いのか?」
「無いわね。私だって仲間を攻撃するのは非常に心苦しいのよ?」
「こっちも構えている以上、話し合いは無理か」
「そうね。構えたからには戦わないと」
 だが、広いとは言えこの閉鎖空間な訓練場では俺は動きにくい。実質的に固有魔法を使えないも同然だ。不利すぎる。
「さて、話し合いはこれまでにしましょうか。『ナッシングデイ・ティーパーティー』」
 ハッターが固有魔法を発動する。するといつもとは違う発動結果になった。
「なんだこりゃ!?」
 帽子屋の武器から黄色と紫の光が飛び出し、床から壁に至るまで分裂して飛んでいく。その光が着弾した場所が、同じ色の霧もやを発生させていて、ここには触れちゃいけなさそうに滞留している。
「少し発動対象を変えてね。これで貴方は私に近づくことは叶わないわね」
「く……」
 逃げようにも、安全な場所を探して霧もやを回避しつつ、ドアを開けて脱出しなければならない。そんなことを考えている間にも追い詰められていくだろう。即断即決、か……
「さあ、諦めて降参しなさい?」
「かといって大人しく引き下がるわけにもいかないんだよ……!」
 俺は話しながら、周囲を目線だけで見回して次に踏み出せそうな場所を探す。当然帽子屋も穴を探しているだろうから、見つけられる前に移動しなければならない。
「いつまでもそうしているつもり?なら動かせて貰うわよ。『トリック・バースト』!」
 帽子屋が俺に向かってステッキを構える。そしてその魔法名。俺は即座に空中に飛び、横の方に見つけた安置に着地する。さっきまで俺が居た場所で爆発が起き、煙が上がる。
「へえ、しっかり避けるのね」
「当たり前だろ」
 しかし、このまま避け続けている、というのも長くは続かない。どうにかして、この状況を打開できる策はないものか……
「何度も言うけど、私も出来るだけ貴方を傷つけたくはないの。だからこうやって戦ってるのよ?」
「俺だって捕まるわけにはいかないんだよ」
「っく……やっぱり、話が通じない、わね……」
 ……なんだ?帽子屋の顔色が悪くなってきている?まさか、自分の魔法にやられているのか!?
「おい、帽子屋。大丈夫か」
「人の心配をする前に……自分の心配をしなさい……よっ!」
「うおっ!?」
 さっきよりも力無い動作でステッキが振られた途端、俺の目の前で爆発が起きる。さっきよりも小さいから、ただ単に驚かせて俺を霧もやに入らせようとした目的での爆発だろう。おかげで俺はあともう少しで霧もやの中に入ってしまうところだった。
「はぁ、はぁ……」
 段々と帽子屋の顔が鬼気迫る顔になってくる。
「……もういいわ。どうしても話を聞いてくれなさそうだし」
「何をするつもり……うっ!?」
 突如、俺の視界がぐらりと揺れ、片膝をついてしまう。足元を見ると、黄色と紫……ではなく、混ざりあった茶色のような色になっていた。つまりは、混乱と毒の両方が俺を蝕んでいることになる。
「げほっ、カハッ……!お前、何を考えて……!?」
 顔を上げると、帽子屋も俺と同じ症状を発症していた。
「はぁ……これで、もう何しようが構わなくなったわね……さぁ、どっちが先に倒れるか、よ……!」
 その言葉と同時に、ゆっくりと帽子屋が近づいてくる。俺もフラフラと立ち上がり、武器を構える。
「無茶しやがって……っ!」
 視界が霞む。かろうじて周囲の風景が見えている状態だ。それ以前に、立つのもやっとだ。どうにかして早く終わらせないと、どっちかが死ぬ寸前まで行くか、両倒れか……だ。
「う……おぉぉぉぉぉぉっ!」
 なんとか力を振り絞り、帽子屋に向かって走って進む。
「……ふん」
「おらっ!」
 武器を振り下ろして攻撃するが、ステッキに阻まれて鍔迫り合いのような形になってしまう。
「いい加減……っ、倒れてくれよ……!」
「そんな事するわけ無いでしょう……?!貴方こそ倒れてちょうだい」
「くっ……そ!」
 一旦引いて、後方に戻る。
「かかったわね」
 地面を踏んだ瞬間、足元で爆発が起こる。
「ぐはっ!」
 俺はふっとばされ、地面に頭から叩きつけられる。
「く……そ……」
 ここで捕まっちまうのか……くそ、ごめん、いろはちゃん……!」
「はぁ、はぁ。さぁ、捕まえ……っ!?」
 なんだろうか、俺の左半身が疼いている気がする。これは……『あの時』と同じ?
 俺は左腕を持ち上げ、見る。ひどく黒ずんで見える。
「貴方、その左腕……!」
 帽子屋が近づいてくる。その瞬間、俺の意思に反して身体が勝手に動いて、立ち上がる。
「ど、どうなってるの……?」
 それはこっちのセリフだ、帽子屋。俺だって何が起こってるかわからない。だが……今は力が湧いてくる。
「っ、『トリック・バースト』!」
 俺の目の前で爆発が起きる。だが、不思議とダメージはなかった。というよりはダメージが感じられないのほうが正しいか?
「く……」
 さっきとは違って、多分俺の方が優勢のようだ。
 改めて俺は帽子屋を見る。見るってか見させられていると言うか……さっきから身体の主導権がない。おそらくは俺の中に居るディスカーダーが身体を操っているっぽいな。意外と操られている側って冷静なんだな……いや、それ以前に主導権を取り戻さねぇと。取り返しのつかないことになる前に、だ。
 だが、そんな俺の意志とは反して、勝手に帽子屋へ突っ込んでいった。
「っ!」
 そのまま、左腕が雑に振り下ろされる。
「がは……!?」
 帽子屋は防御したが、それをものともしない威力でふっとばされ、壁に激突する。
「ぐ、ゲホ……まずいわね、このままじゃ……」
 形こそ俺の『ダッシュラビット・フェイクロー』そのものだが、いびつな形に、まるで熊とかそこらの獣みたいな凶暴極まりない形になっていた。右腕はそのままらしい。
「……ふふっ、これも仲間を裏切った罪かしら、ね」
 ツカツカと、俺はゆっくりと一歩ずつ帽子屋に近づいていっている。帽子屋は帽子屋で諦めたかのように微笑んでいる。待て、もうここまで来たら止めてくれ。このままじゃお前を殺してしまう。
「でも、それとは別。効くかどうかは分からないけど……くらいな、さい。『アロマ・レポーズ』」
 捨て身か、帽子屋はステッキから白い光の魔力を放出する。それは俺に当たり、眠気を誘った。段々と身体の力が抜けていき、俺はまた倒れ込む。
「……ふ、効いてよかった」
 立ち上がる音がする。
「はい、捕獲……はぁ、苦労させて、まったく」
 俺の右腕にカチャリと音。手錠をかけられたんだろうな。
「さて、連絡……と」
 すまねぇ、いろはちゃん。最後まで守りきれなくて……
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