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二章 ウサギと帽子と女王
逃亡劇 その1
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「……ん」
朝目覚める。やけに寝つきがよかったのは疲れていたのもあるが、ベッドの硬さとかも関係あったのか?
後ろに気配が無かったので、気になって見てみる。やはりいろはちゃんが居なかった。布団だけめくれていたとかそういうオチじゃなく、このベッドに俺一人しか寝ていなかったかのような状態だった。
夢、じゃないんだよな?昨日はいろはちゃんにお願いされて一緒に寝たわけだし、記憶もはっきりしている。酒を入れたわけでもないし……
俺がそう考えていると、部屋のドアが開く。
「あ。おはようございます」
「おはようさん……ふあぁ」
いろはちゃんは俺を見ると少しだけ顔を赤らめて目線をそらす。やっぱり起きてみると自分の行為が恥ずかしかったのかもしれない。俺は特に気にしてないが、いろはちゃんはどうだろうな。
「ご飯、食べましょうか」
「待て、今何時だ?」
近くに置いたスマホを見る。まだ6時になったばかりだった。
「や、この時間じゃどこも開いてねぇぞ?コンビニならまだしも」
「え、開いてないんですか?それに、コン……ビニ?って、なんですか?」
いろはちゃんの発言に、俺はぽかんとしてしまう。ジャンクフードを知らないのはまだしも、飯屋が開いてないとかコンビニを知らないだとか……こりゃ苦労しそうだ。
とはいえ、コンビニに行くのも逆に危険そうだ。ならまだ人が多い所に行って外食をした方がいい。木の葉を隠すなら森の中、人を隠すなら人の中、ってことだ。
俺はスマホで近場の朝にやっているカフェを探す。ついでにデリバリー出来そうなところも探す。気づいたら、隣にいろはちゃんが座って俺のスマホをのぞき込んでいた。その目は好奇心に満ちていて楽しそうだった。俺からしたらなんてことないんだが、そんなに楽しいものか?
「お」
ネットの海をさまよっていると、近くの駅前にカフェがあった。いい感じにひっそりとしているし、どうせ近いのでここにすることにした。
「ここにするんですか?」
「おう。それじゃ、俺準備してくる……つっても、別にあれがあるから財布とスマホだけでいいのか」
「ですね。じゃあ、待ってます」
一旦いろはちゃんを部屋に残して、自分の部屋から財布を取って戻ろうとしたところで、ふと鼻腔に入った匂いが気になった。
なんか、すげぇいろはちゃんの匂いする。正確には鐘戸家の匂いと言うべきか。一晩隣で寝ただけなのにこんなに移るもんか……今日向こうの世界に行ったら、誰かしらに突っ込まれそうで怖いな……
っと、そんなことを考えている場合じゃない。俺は改めていろはちゃんの部屋へと戻った。
「待たせたな、じゃあ行くか」
「はい」
やけにニコニコ笑顔のいろはちゃんを連れ、言ってた場所のセキュリティキーを取ってから部屋を出る。なんだかんだ、二日ぶりくらいの外出だ。
「さーて、着替えるか」
俺は例のアプリを起動して、服装を変える。一応バレないように髪も少し伸ばしたし、帽子も被ったので、だいぶ印象が変わると思う。初めてやった時は難しかったが、いま改めてやると普通に出来たので不思議に思った。
隣のいろはちゃんを見ると、こっちも普通に着替えが完了していた。単純な白いワンピースというよく見るやつだったが、それでもドレスっぽいもの着て目立つよりはマシだ。
「上手く出来ました!」
「ああ、上出来だ」
もはや当たり前になりつつあるいろはちゃんとの手繋ぎ。はぐれないようにってのもあるが、一番はいろはちゃんの安心のためだ。本人も嫌がっている様子はないし、むしろ繋ぎに来てるからまあいいだろ。外面的にもギリギリ兄妹に見えるだろうし。
エレベーターをセキュリティキーで呼ぶと、案外早く来た。俺達は乗り込んで、階下に降りる。
「今日も演習あるんですよね」
「ああ。けどあれ夜とかだし平気だろ。ゆっくりする時間自体はある」
そもそもな話、全体演習なのだから全員の都合がつきやすい夜と考えるのが自然だ。んな朝っぱらに行われても困る。
エレベーターが一階に到着し、俺達は降りた。久しぶりの地面だ。
「いいかいろはちゃん。堂々としてればいいんだ。むしろおどおどしている方が目立つ」
「は、はい……頑張ります!」
手をぎゅっと強く握られる。いつも通りでいいのにな……
俺はいろはちゃんの手を引いて、目的のカフェまで向かう。時間帯的にすれ違うスーツ姿の奴らが多い。中には多分あそこで働いている奴も居るんだろうな。
「いろはちゃん、大丈夫か?あまり外出たことないんだろ?」
「そ、外ってこんなに人が多いんですか?」
「んー、今は通勤の時間帯だから特別多いだけで、多くたってももう少し少ないはずだぞ」
「そ、そんなにですか……」
既にいろはちゃんは目を回しそうになっている。通勤ラッシュの時間帯の電車とか乗ったら倒れるんじゃないか?ってぐらいに。慣れてる俺がダメなのか……?
そんな状態のいろはちゃんを連れて、人混みを歩く。完全に俺達は通勤の波を逆流しているので、まあ人とすれ違うすれ違う。たまに思いっきり体当たりして舌打ちされたりもする。別に他に道空いてるんだからそっち通れよ……ましてや、明らか小さい子連れてるんだから避けろっての。
最初は手を繋いで横並びで歩いていたが、人混みを考慮して後ろ手で繋ぐことにした。いろはちゃんほどじゃないが、通勤の時間の人の多さを舐めていた。思えば俺は電車以外はほぼスカスカな楽な道だったな……
しばらく歩くと、目的のカフェに入るための横道に入れたため、さっきよりはマシな人数になった。
「はぁ、はぁ……」
「だ、大丈夫か?」
「ちょっと……疲れました……」
いろはちゃんは今の人混みでだいぶ疲れたのか、膝に手をついて息をしている。
「少し休憩……っつってももうすぐだもんな」
横道にさえ入ってしまえば、もうカフェはすぐ目の前。あと少し歩けば座れる。
「……ん?」
そう思ってカフェの方を見ていると、見た顔が居た。俺達を案内してくれた男だ。向こうもこちらに気づいたようで、軽く会釈をした。てことはここ、わりと安全地帯だったりするか?それならラッキーだ。
「はぁ……よし、行きましょう、か」
「お、おう……」
まだ息は上がっているが、さっきよりはマシになったいろはちゃんを連れてカフェに入る。なんというか、純粋な喫茶って感じで落ち着く雰囲気だった。
「はぁ……」
席に案内されてから、いろはちゃんが深く息を吐き、テーブルに突っ伏す。一応、窓際じゃなくて奥の方の席を用意して貰った。ので、多分見つけにくいとは思う。
「こんなにもお外って疲れるんですね……」
「そりゃあな、引きこもらされてたいろはちゃんからしたらそうなるだろうよ」
「類さんはいつもこんなのを……?」
「電車の中だけだけどな。コーヒーとか飲めるか?」
俺は受け答えしつつ、メニューを眺める。ひとまず一息つきたい。飯は落ち着いてからだ。
「こ、紅茶ならなんとか」
「んじゃそれで。すいませーん」
店員を呼び注文する。俺は普通にブラックコーヒーを頼んだが、いろはちゃんの紅茶はひとえに紅茶と言ってもメニューには無駄にあるのでそれで決めてもらった。
「にしてもこういうところ来るのも久々だな」
「来たことあるんですか?」
「大学の空き時間とかに近くのカフェで時間潰すことはあるな。大抵モノつまみながらコーヒーとか飲んで課題やってるけど」
「おぉ~……」
やたら輝いた眼で見られる。喫茶店側からはあまり褒められたもんじゃないけどな。コーヒー一杯で粘られるよりはマシだろうが。それに閃電が一緒だとかの時が多いし。
「私も、学校に行ってみたいです」
「……大丈夫か?」
いや、学力云々とかの問題じゃなくて、人見知り激しそうだし。それに客観的に見ていろはちゃんはなかなか容姿が整っている方だと思うし、注目の的になってしまうだろう。あとあまり事を知らないゆえに誰かに誑かされたりとか……あれ、なんでこんな父親目線で見てんだ?
「学校って、お友達いっぱい出来るんですよね?」
「うーん、どうだろうな。人によるとしか言いようが無い。いろはちゃんは出来るんじゃないか?」
主に金目当ての、だろうけど。
「そこまでして学校行きたいか?いきなりそんな飛び出さなくてもいいと思うぞ」
「でも、いつかは行ってみたいですね」
確かに学校は見たことないものばかりで楽しいかもしれんが、なーんか心配になるんだよな。危なっかしいのもあるが、あの人混みで疲れるなら通学もロクなことにならなさそうだ。
「類さんって、車とか運転出来るんですか?」
「一応。って、まさか送り迎えやらせるつもりじゃないだろうな?」
「えー、ダメなんですか?」
きょとんと首を傾げて言われる。送り迎えは当然と言わんばかりの目だ。そんな純粋な目で言われると弱いんだよな……
「今はまだ答えは出せない、すまん」
「あー、逃げましたね?」
バレた。俺の目線が泳いでたってのもある。
そんな話をしていると、紅茶とコーヒーが運ばれてくる。最近はカフェラテとかしか飲んでなかったから、何も入ってないブラックは久しぶりだ。
「い、いただきます……」
無駄にドキドキしながら紅茶を飲もうとしているいろはちゃんを見ながら、コーヒーをすすりつつメニューをもう一度見る。ちと熱いが、これぐらいがちょうどいい温度だ。
「……あつっ」
「大丈夫か?」
どうやらドキドキしていたのは紅茶が熱いからだったらしい。これは慣れてると思ったんだが違うのか?
「お家のより熱かったです」
「別にちょっとぐらい冷ましてもいいだろ」
「ですね……うぅ」
少し涙目になりながらメニューを見始めた。一個一個見るたびに目を輝かせたりして見てて面白い。
……そういや、今日はまさか厄介ごと無いよな?
そう思って、俺は閃電と代表の連絡を確認する。代表からは案の定何も来てなかったが、閃電からは数分前に一件来ていた。
『怪しい奴が居たからつけてたんだが、なんかお前の家を見てるっぽいぞ』
……はぁ?俺の家を?あー、本来ならそろそろ大学で家を出る時間だしな。待ち伏せして捕まえようって算段か。
『そいつは昨日言ってたやつと同じ奴なのか?』
『いや、多分別のや』
不自然な所で途切れ、そこからメッセージが送られなくなった。
『みつかった ぶじだったらあとでな』
あまりにも急展開過ぎて驚いた。無事だったらってなんだよ?
「どうしました?」
「いや、なんでもない」
言うべきか迷ったが、本人の知らないところで素性を晒すわけにもいかないと思ってごまかした。
「それより、決まったのか?」
「ふれんちとーすと?ってやつがおいしそうだったのでそれにしようかと」
持っているメニューでそれを見る。確かに美味しそうだが……見る限り、結構ボリュームありそうな感じがするが平気なのか?
「食いきれるか?」
「ダメだったら……類さんに食べて貰おうかな?」
「えー……」
別に胃の容量的には構わないが、いやでも残すよりはマシか。無いとは思うが、意外といろはちゃんの胃が大きいかもしれない。年齢的にはまだ成長期だろうし。
「類さんは何にするんですか?」
「んー……」
俺はこういうところ来ると、あれも食べたいこれも食べたいで結構悩んでしまう。それに今日はもしかしたら食べきれないがどれくらい余るかによるので、それも考慮して決めなきゃならない。杞憂だと思うが。
「うし、決めた。デザートとかはいいのか?」
「はい」
「じゃあ呼ぶぞ」
先程と同じように注文して、料理を待つ。その間、いろはちゃんは妙にソワソワしてた。
「そんなソワソワしなくてもいいだろ」
「だって、おしゃれすぎて。それに音楽もいい感じですし。本当はお高いとかじゃないですよね?」
「一応聞くが、値段は見たのか?」
「見てませんよ?」
俺は冷や汗をかきながら戻したメニューを見る。さっき確認したし大丈夫なはずだが、一応な?
……うん、平気だ。俺はそっとメニューを戻した。
もう一度コーヒーを飲んだところで、俺はさっき閃電から送られてきたメッセージの後が気になる。未だに来ていないあたり、まだ逃げているかとっ捕まったか。どちらにせよ、なにかしらの情報は早いとこ欲しい。
「~♪」
ちょっとだけ冷えたのか、紅茶を飲み始めて上機嫌ないろはちゃん。対して俺は神妙な顔。こんなんでいいのかと思いつつコーヒーを飲み進める。
「はぁ、優雅って感じでいいですね~」
すっかり顔が蕩けている。紅茶いっぱいでそんななるもんか……?
そこから俺達は料理が来るまでの間、たわいもない話をして過ごした。お互いの好みだとか、服のセンスとか好みとか……俺のほうがついていけているか心配ではあったが、何とか乗り切った。
十数分ぐらいして、料理が来る。いろはちゃんはフレンチトーストで、俺はパスタ。ジェノベーゼとかそんな名前のやつ。
「お、おぉ~……」
「なんだ、フレンチトースト見るの初めてか?」
パスタを口に運びながら聞く。その間、いろはちゃんはキラキラした目でフレンチトーストを持ち上げ、四方八方から見ていた。見てて面白い。
「これ、どんな感じなんですかっ?」
「食パンを溶き卵に一晩ぐらい漬けて、んでそれを焼くだけだ。あー、まず食パンが何かは分かるよな?」
「サンドイッチに使うやつですよね?」
「そう、それ。好みにもよるがフレンチトーストは食パンが分厚ければ分厚いほどいいとされている」
「じゃあ、これ結構分厚いですしおいしいんですかね」
「まぁ食ってみろって」
俺に言われて、恐る恐る口に運ぶ。何回か咀嚼してから、嚥下した。
「おい……しいですっ!」
「おー、良かった」
オーバーリアクション気味ではあったが、美味しいもの、それも初めて食べるものがそうだったらこんなオーバーリアクションにもなるか。
「ほら、食べてみてくださいっ!」
「え?」
「ほらっ、ね?」
トーストをちぎられ、テーブル越しに俺に渡してくる。テンションが上がって気づいてないだろうが、傍から見たら面白……恥ずかしいことしてる自覚あるのか?
まあいい。それとして俺はトーストを受け取り、口に運ぶ。
「ん、美味いな」
「ですよねっ」
その後も上機嫌になりながらトーストを食べ進めるいろはちゃん。一瞬、俺のパスタも一口やろうかとも思ったが流石にそれはやめておいた。後から恥ずかしい思いするのはいろはちゃんだし、名誉のためにもやめておこう。
「こんなに美味しいものを知らなかっただなんて……」
「喜んで貰えたようでなによ……え?」
テンションの高さにちょっと引きつつ話すと、横から急に薄切りだがフレンチトーストが出てくる。
「頼んでないですけど……え、サービス?久しぶりにそんなに喜んで貰えたからって?は、はあ……」
今日初めてだからよく知らないが、ここ個人経営のカフェとかじゃないよな?
「いいんですか?」
「らしい」
薄切りも薄切りなので、端切れとかなのだろうか?そんな俺の心配をよそに、躊躇なくいろはちゃんはそれを口に運ぶ。
「うーん……」
「ダメだったか?」
「いえ、薄いのと厚いの、どっちの方が美味しいだろうと思って……あ、両方美味しいのは当然として、です」
やけに深く考え込んでいる。いろはちゃん、許可されたら各地の美味を食べる旅に出そうなぐらい食に熱入ってないか?
「うん、やはり類さんの言う通り厚切りになればなるほど美味しい、ということにします」
「お、おう」
何はともあれ、喜んで貰えてよかった。
そんな感じのいろはちゃんを相手にしながら、俺は朝食を食べ進めた。
朝目覚める。やけに寝つきがよかったのは疲れていたのもあるが、ベッドの硬さとかも関係あったのか?
後ろに気配が無かったので、気になって見てみる。やはりいろはちゃんが居なかった。布団だけめくれていたとかそういうオチじゃなく、このベッドに俺一人しか寝ていなかったかのような状態だった。
夢、じゃないんだよな?昨日はいろはちゃんにお願いされて一緒に寝たわけだし、記憶もはっきりしている。酒を入れたわけでもないし……
俺がそう考えていると、部屋のドアが開く。
「あ。おはようございます」
「おはようさん……ふあぁ」
いろはちゃんは俺を見ると少しだけ顔を赤らめて目線をそらす。やっぱり起きてみると自分の行為が恥ずかしかったのかもしれない。俺は特に気にしてないが、いろはちゃんはどうだろうな。
「ご飯、食べましょうか」
「待て、今何時だ?」
近くに置いたスマホを見る。まだ6時になったばかりだった。
「や、この時間じゃどこも開いてねぇぞ?コンビニならまだしも」
「え、開いてないんですか?それに、コン……ビニ?って、なんですか?」
いろはちゃんの発言に、俺はぽかんとしてしまう。ジャンクフードを知らないのはまだしも、飯屋が開いてないとかコンビニを知らないだとか……こりゃ苦労しそうだ。
とはいえ、コンビニに行くのも逆に危険そうだ。ならまだ人が多い所に行って外食をした方がいい。木の葉を隠すなら森の中、人を隠すなら人の中、ってことだ。
俺はスマホで近場の朝にやっているカフェを探す。ついでにデリバリー出来そうなところも探す。気づいたら、隣にいろはちゃんが座って俺のスマホをのぞき込んでいた。その目は好奇心に満ちていて楽しそうだった。俺からしたらなんてことないんだが、そんなに楽しいものか?
「お」
ネットの海をさまよっていると、近くの駅前にカフェがあった。いい感じにひっそりとしているし、どうせ近いのでここにすることにした。
「ここにするんですか?」
「おう。それじゃ、俺準備してくる……つっても、別にあれがあるから財布とスマホだけでいいのか」
「ですね。じゃあ、待ってます」
一旦いろはちゃんを部屋に残して、自分の部屋から財布を取って戻ろうとしたところで、ふと鼻腔に入った匂いが気になった。
なんか、すげぇいろはちゃんの匂いする。正確には鐘戸家の匂いと言うべきか。一晩隣で寝ただけなのにこんなに移るもんか……今日向こうの世界に行ったら、誰かしらに突っ込まれそうで怖いな……
っと、そんなことを考えている場合じゃない。俺は改めていろはちゃんの部屋へと戻った。
「待たせたな、じゃあ行くか」
「はい」
やけにニコニコ笑顔のいろはちゃんを連れ、言ってた場所のセキュリティキーを取ってから部屋を出る。なんだかんだ、二日ぶりくらいの外出だ。
「さーて、着替えるか」
俺は例のアプリを起動して、服装を変える。一応バレないように髪も少し伸ばしたし、帽子も被ったので、だいぶ印象が変わると思う。初めてやった時は難しかったが、いま改めてやると普通に出来たので不思議に思った。
隣のいろはちゃんを見ると、こっちも普通に着替えが完了していた。単純な白いワンピースというよく見るやつだったが、それでもドレスっぽいもの着て目立つよりはマシだ。
「上手く出来ました!」
「ああ、上出来だ」
もはや当たり前になりつつあるいろはちゃんとの手繋ぎ。はぐれないようにってのもあるが、一番はいろはちゃんの安心のためだ。本人も嫌がっている様子はないし、むしろ繋ぎに来てるからまあいいだろ。外面的にもギリギリ兄妹に見えるだろうし。
エレベーターをセキュリティキーで呼ぶと、案外早く来た。俺達は乗り込んで、階下に降りる。
「今日も演習あるんですよね」
「ああ。けどあれ夜とかだし平気だろ。ゆっくりする時間自体はある」
そもそもな話、全体演習なのだから全員の都合がつきやすい夜と考えるのが自然だ。んな朝っぱらに行われても困る。
エレベーターが一階に到着し、俺達は降りた。久しぶりの地面だ。
「いいかいろはちゃん。堂々としてればいいんだ。むしろおどおどしている方が目立つ」
「は、はい……頑張ります!」
手をぎゅっと強く握られる。いつも通りでいいのにな……
俺はいろはちゃんの手を引いて、目的のカフェまで向かう。時間帯的にすれ違うスーツ姿の奴らが多い。中には多分あそこで働いている奴も居るんだろうな。
「いろはちゃん、大丈夫か?あまり外出たことないんだろ?」
「そ、外ってこんなに人が多いんですか?」
「んー、今は通勤の時間帯だから特別多いだけで、多くたってももう少し少ないはずだぞ」
「そ、そんなにですか……」
既にいろはちゃんは目を回しそうになっている。通勤ラッシュの時間帯の電車とか乗ったら倒れるんじゃないか?ってぐらいに。慣れてる俺がダメなのか……?
そんな状態のいろはちゃんを連れて、人混みを歩く。完全に俺達は通勤の波を逆流しているので、まあ人とすれ違うすれ違う。たまに思いっきり体当たりして舌打ちされたりもする。別に他に道空いてるんだからそっち通れよ……ましてや、明らか小さい子連れてるんだから避けろっての。
最初は手を繋いで横並びで歩いていたが、人混みを考慮して後ろ手で繋ぐことにした。いろはちゃんほどじゃないが、通勤の時間の人の多さを舐めていた。思えば俺は電車以外はほぼスカスカな楽な道だったな……
しばらく歩くと、目的のカフェに入るための横道に入れたため、さっきよりはマシな人数になった。
「はぁ、はぁ……」
「だ、大丈夫か?」
「ちょっと……疲れました……」
いろはちゃんは今の人混みでだいぶ疲れたのか、膝に手をついて息をしている。
「少し休憩……っつってももうすぐだもんな」
横道にさえ入ってしまえば、もうカフェはすぐ目の前。あと少し歩けば座れる。
「……ん?」
そう思ってカフェの方を見ていると、見た顔が居た。俺達を案内してくれた男だ。向こうもこちらに気づいたようで、軽く会釈をした。てことはここ、わりと安全地帯だったりするか?それならラッキーだ。
「はぁ……よし、行きましょう、か」
「お、おう……」
まだ息は上がっているが、さっきよりはマシになったいろはちゃんを連れてカフェに入る。なんというか、純粋な喫茶って感じで落ち着く雰囲気だった。
「はぁ……」
席に案内されてから、いろはちゃんが深く息を吐き、テーブルに突っ伏す。一応、窓際じゃなくて奥の方の席を用意して貰った。ので、多分見つけにくいとは思う。
「こんなにもお外って疲れるんですね……」
「そりゃあな、引きこもらされてたいろはちゃんからしたらそうなるだろうよ」
「類さんはいつもこんなのを……?」
「電車の中だけだけどな。コーヒーとか飲めるか?」
俺は受け答えしつつ、メニューを眺める。ひとまず一息つきたい。飯は落ち着いてからだ。
「こ、紅茶ならなんとか」
「んじゃそれで。すいませーん」
店員を呼び注文する。俺は普通にブラックコーヒーを頼んだが、いろはちゃんの紅茶はひとえに紅茶と言ってもメニューには無駄にあるのでそれで決めてもらった。
「にしてもこういうところ来るのも久々だな」
「来たことあるんですか?」
「大学の空き時間とかに近くのカフェで時間潰すことはあるな。大抵モノつまみながらコーヒーとか飲んで課題やってるけど」
「おぉ~……」
やたら輝いた眼で見られる。喫茶店側からはあまり褒められたもんじゃないけどな。コーヒー一杯で粘られるよりはマシだろうが。それに閃電が一緒だとかの時が多いし。
「私も、学校に行ってみたいです」
「……大丈夫か?」
いや、学力云々とかの問題じゃなくて、人見知り激しそうだし。それに客観的に見ていろはちゃんはなかなか容姿が整っている方だと思うし、注目の的になってしまうだろう。あとあまり事を知らないゆえに誰かに誑かされたりとか……あれ、なんでこんな父親目線で見てんだ?
「学校って、お友達いっぱい出来るんですよね?」
「うーん、どうだろうな。人によるとしか言いようが無い。いろはちゃんは出来るんじゃないか?」
主に金目当ての、だろうけど。
「そこまでして学校行きたいか?いきなりそんな飛び出さなくてもいいと思うぞ」
「でも、いつかは行ってみたいですね」
確かに学校は見たことないものばかりで楽しいかもしれんが、なーんか心配になるんだよな。危なっかしいのもあるが、あの人混みで疲れるなら通学もロクなことにならなさそうだ。
「類さんって、車とか運転出来るんですか?」
「一応。って、まさか送り迎えやらせるつもりじゃないだろうな?」
「えー、ダメなんですか?」
きょとんと首を傾げて言われる。送り迎えは当然と言わんばかりの目だ。そんな純粋な目で言われると弱いんだよな……
「今はまだ答えは出せない、すまん」
「あー、逃げましたね?」
バレた。俺の目線が泳いでたってのもある。
そんな話をしていると、紅茶とコーヒーが運ばれてくる。最近はカフェラテとかしか飲んでなかったから、何も入ってないブラックは久しぶりだ。
「い、いただきます……」
無駄にドキドキしながら紅茶を飲もうとしているいろはちゃんを見ながら、コーヒーをすすりつつメニューをもう一度見る。ちと熱いが、これぐらいがちょうどいい温度だ。
「……あつっ」
「大丈夫か?」
どうやらドキドキしていたのは紅茶が熱いからだったらしい。これは慣れてると思ったんだが違うのか?
「お家のより熱かったです」
「別にちょっとぐらい冷ましてもいいだろ」
「ですね……うぅ」
少し涙目になりながらメニューを見始めた。一個一個見るたびに目を輝かせたりして見てて面白い。
……そういや、今日はまさか厄介ごと無いよな?
そう思って、俺は閃電と代表の連絡を確認する。代表からは案の定何も来てなかったが、閃電からは数分前に一件来ていた。
『怪しい奴が居たからつけてたんだが、なんかお前の家を見てるっぽいぞ』
……はぁ?俺の家を?あー、本来ならそろそろ大学で家を出る時間だしな。待ち伏せして捕まえようって算段か。
『そいつは昨日言ってたやつと同じ奴なのか?』
『いや、多分別のや』
不自然な所で途切れ、そこからメッセージが送られなくなった。
『みつかった ぶじだったらあとでな』
あまりにも急展開過ぎて驚いた。無事だったらってなんだよ?
「どうしました?」
「いや、なんでもない」
言うべきか迷ったが、本人の知らないところで素性を晒すわけにもいかないと思ってごまかした。
「それより、決まったのか?」
「ふれんちとーすと?ってやつがおいしそうだったのでそれにしようかと」
持っているメニューでそれを見る。確かに美味しそうだが……見る限り、結構ボリュームありそうな感じがするが平気なのか?
「食いきれるか?」
「ダメだったら……類さんに食べて貰おうかな?」
「えー……」
別に胃の容量的には構わないが、いやでも残すよりはマシか。無いとは思うが、意外といろはちゃんの胃が大きいかもしれない。年齢的にはまだ成長期だろうし。
「類さんは何にするんですか?」
「んー……」
俺はこういうところ来ると、あれも食べたいこれも食べたいで結構悩んでしまう。それに今日はもしかしたら食べきれないがどれくらい余るかによるので、それも考慮して決めなきゃならない。杞憂だと思うが。
「うし、決めた。デザートとかはいいのか?」
「はい」
「じゃあ呼ぶぞ」
先程と同じように注文して、料理を待つ。その間、いろはちゃんは妙にソワソワしてた。
「そんなソワソワしなくてもいいだろ」
「だって、おしゃれすぎて。それに音楽もいい感じですし。本当はお高いとかじゃないですよね?」
「一応聞くが、値段は見たのか?」
「見てませんよ?」
俺は冷や汗をかきながら戻したメニューを見る。さっき確認したし大丈夫なはずだが、一応な?
……うん、平気だ。俺はそっとメニューを戻した。
もう一度コーヒーを飲んだところで、俺はさっき閃電から送られてきたメッセージの後が気になる。未だに来ていないあたり、まだ逃げているかとっ捕まったか。どちらにせよ、なにかしらの情報は早いとこ欲しい。
「~♪」
ちょっとだけ冷えたのか、紅茶を飲み始めて上機嫌ないろはちゃん。対して俺は神妙な顔。こんなんでいいのかと思いつつコーヒーを飲み進める。
「はぁ、優雅って感じでいいですね~」
すっかり顔が蕩けている。紅茶いっぱいでそんななるもんか……?
そこから俺達は料理が来るまでの間、たわいもない話をして過ごした。お互いの好みだとか、服のセンスとか好みとか……俺のほうがついていけているか心配ではあったが、何とか乗り切った。
十数分ぐらいして、料理が来る。いろはちゃんはフレンチトーストで、俺はパスタ。ジェノベーゼとかそんな名前のやつ。
「お、おぉ~……」
「なんだ、フレンチトースト見るの初めてか?」
パスタを口に運びながら聞く。その間、いろはちゃんはキラキラした目でフレンチトーストを持ち上げ、四方八方から見ていた。見てて面白い。
「これ、どんな感じなんですかっ?」
「食パンを溶き卵に一晩ぐらい漬けて、んでそれを焼くだけだ。あー、まず食パンが何かは分かるよな?」
「サンドイッチに使うやつですよね?」
「そう、それ。好みにもよるがフレンチトーストは食パンが分厚ければ分厚いほどいいとされている」
「じゃあ、これ結構分厚いですしおいしいんですかね」
「まぁ食ってみろって」
俺に言われて、恐る恐る口に運ぶ。何回か咀嚼してから、嚥下した。
「おい……しいですっ!」
「おー、良かった」
オーバーリアクション気味ではあったが、美味しいもの、それも初めて食べるものがそうだったらこんなオーバーリアクションにもなるか。
「ほら、食べてみてくださいっ!」
「え?」
「ほらっ、ね?」
トーストをちぎられ、テーブル越しに俺に渡してくる。テンションが上がって気づいてないだろうが、傍から見たら面白……恥ずかしいことしてる自覚あるのか?
まあいい。それとして俺はトーストを受け取り、口に運ぶ。
「ん、美味いな」
「ですよねっ」
その後も上機嫌になりながらトーストを食べ進めるいろはちゃん。一瞬、俺のパスタも一口やろうかとも思ったが流石にそれはやめておいた。後から恥ずかしい思いするのはいろはちゃんだし、名誉のためにもやめておこう。
「こんなに美味しいものを知らなかっただなんて……」
「喜んで貰えたようでなによ……え?」
テンションの高さにちょっと引きつつ話すと、横から急に薄切りだがフレンチトーストが出てくる。
「頼んでないですけど……え、サービス?久しぶりにそんなに喜んで貰えたからって?は、はあ……」
今日初めてだからよく知らないが、ここ個人経営のカフェとかじゃないよな?
「いいんですか?」
「らしい」
薄切りも薄切りなので、端切れとかなのだろうか?そんな俺の心配をよそに、躊躇なくいろはちゃんはそれを口に運ぶ。
「うーん……」
「ダメだったか?」
「いえ、薄いのと厚いの、どっちの方が美味しいだろうと思って……あ、両方美味しいのは当然として、です」
やけに深く考え込んでいる。いろはちゃん、許可されたら各地の美味を食べる旅に出そうなぐらい食に熱入ってないか?
「うん、やはり類さんの言う通り厚切りになればなるほど美味しい、ということにします」
「お、おう」
何はともあれ、喜んで貰えてよかった。
そんな感じのいろはちゃんを相手にしながら、俺は朝食を食べ進めた。
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