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二章 ウサギと帽子と女王

二人だけの任務 その5

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「し、白ウサさん、ハートちゃん、大丈夫ですか!?」
「……ああ、俺はちょっと酔ったぐらいで平気だ。だがハートちゃんが魔力切れ起こしかけてダメだ」
「え、えへへ……アリスさん、強かったです……」
 演習終了後、エントランスの一角のソファーに座っていた俺達は、アリスちゃんに心配された。結果として俺達は負けたが、押し潰される直前で剣が止まり、ほぼ無傷のまま撃破判定になった。
 しかし、まさかゴシキの頭脳があるとこうも簡単に負けるとは……ホウライも頑張っていたし、本当に俺何もしてない気がする。
「ゴシキさんからあの作戦を聞いた時、予想も出来ない発想で凄く驚きましたけど、実際やってみると凄い有効ですね」
「悔しいが完敗だよ」
 そう話していると、わざとらしくカツカツと足音を鳴らしてゴシキが近づいてくる。
「見事だったな、アリス君。その計り知れぬ強さ、ぜひとも成長を見守りたいものだ」
「あ、ありがとうございます」
「うちのアリスちゃんはやらないぞ」
「まさか」
 無傷なのは同じだが、ゴシキの方は精神的にも余裕そうに見えた。
「ところで、最速で終わったチームがあるらしい」
「どこだ?」
「お菓子の家の魔女のチームだ」
「あー……」
 おおかた、上空から炎魔法を乱発して圧倒したんだろう。あいつが本気を出せば多分エリア全体を焼き尽くすことも可能だろうな。バランスブレイカーにも程があるぞ。
「あんなのどうやって勝てばいいんだよ」
「あやつ以外のメンバーが束になれば、だろうな」
 つまり、実質的にはほとんど太刀打ちできない、と。予想は出来ていた。
 その魔女を探してあたりを見回せす。俺達みたいに演習について駄弁っている奴が多数だ。だが魔女は見当たらない。人数を見る感じまだ一組終わっていないところがありそうだ。
「あ」
 ふとアリスちゃんの顔を見て思い出す。先日帽子屋が何か変な動きをしていた件だ。この際だからついでに聞いてみるか。
「なあアリスちゃん。今日帽子屋見かけたか?」
「ハッターさん?見てませんけど」
「帽子屋がどうかしたのか」
「いや、こっちの問題だから特に気にする必要はないんだが……」
 そこまで言って俺は思う。こいつは一応アイドル事務所の社長。週刊誌対策とかもしているだろうし、今俺達が欲しい身の隠し方のいい方法も知っているかもしれない。
「……ふむ、察するに、帽子屋が何か怪しい動きをしていると見る」
「えっ」「は?」
 俺とアリスちゃんのちょっとした会話だけで本質を言い当てられ、思わず驚いてしまう。どこからそれを見抜いたんだよ。
「が、私に助けを乞いたところで何も出来るはずがない。他所のチームの面倒ごとに首を突っ込むのは御免だ」
「んなのは分かってるがもうちょっと言い方ねぇか」
「性分でな」
 あまり動きすぎるのもダメだが、俺とハートちゃんに与えられた任務もバレてもいけない。まだ帽子屋と確定したわけじゃないし、決めつけで動くのもどうかと。そもそも別の奴だって可能性も大いにある。ただただ俺が過敏になっているだけだ。
「一つアドバイスをするなら、だ」
「ん?」
「隠れて行動をする奴はどこかしらでリスキーな行動を取ることが多い。粘り強く抵抗していれば痺れを切らすだろう」
「忍耐力、ってわけか……」
 どうもそういうのは苦手だ。さっさと片づけて早いうちに終わらせたいとどうしても思ってしまう。だが、このゴシキのアドバイスはありがたい。どうにか活用するとしよう。
「ダムとディーはそんな感じのことしてないんだよな?」
「そうですね、ダムさんは静かですけど、話してはくれますし。ディーさんは言わずもがな」
 うーん、ここまで露骨だと違うな、こりゃ。どうせ勘違いで、帽子屋も代表に何かしらの任務受けてやってるんだろ。いったんそれで仮定だ。
 と、噂をすれば帽子屋が居るチームとその相手のチームが帰ってくる。これで全部のチームが帰ってきたことになるな。
「これで一日目の演習は終わりでいいんでしょうか?」
「じゃないか?」
 隣からハートちゃんが聞いてくる。暗に「帰りたい」がにじみ出ていて、ちょっと笑いそうになった。この数日でハートちゃんの包み隠していることが若干分かるようになってきていたからだ。
 で、帰ってきたチームを見ていると、中にトラソルちゃんが居た。案の定ボロボロで、役に立たなかったんだろうな、と悔しそうな顔をしている。新人だし、そんなに重く受け止めなくてもいいとは思うんだが……
「行ってやらないのか」
 俺はアリスちゃんに呼びかける。一瞬何のことか分からなかったらしくきょとんとしていたが、すぐに意図を理解してアリスちゃんはトラソルちゃんのもとに走っていった。
「あの二人は出会って間もないはずだが、仲が良いようだな」
「あー、えっとな……」
 あの二人が実の姉妹だってことは話してもいいものか。ちょっと悩んだが、別にゴシキなら口堅いのは確実だしいいか、と思って話し始める。
「一応アリスちゃんは秘密にしているから口外しないで欲しいんだが、トラソルちゃんはアリスちゃんの実の妹らしい」
「ほう、ならあの少し過保護なのも頷ける」
 ゴシキが二人の方を見て言った。口元はマフラーで隠れていて分からなかったが、目元はどこか慈しみを感じる目つきだった。こいつにも慈愛ってのがあったんだな。
「歳のせいもあるかもしれんが、芸能界というドロついた世界に居ると、少し涙腺が弱くなるのかもしれないな」
「珍しい事言うな?」
「尊きモノをそう言わずしてどうする。何気ない日々の営みの中にも心を癒すものはあるだろう?」
 ゴシキの言う通りだが、今の俺とハートちゃんの状況だとすごく刺さる。
 しばらく無言のまま居ると、代表がやって来た。
「来たか」
 俺とハートちゃんは立ち上がって、ゴシキと共に少しだけ移動する。
『これにて、本日の演習を終了する。また翌日も別のチームで演習を行うので、しっかり療養するように』
 それだけだった。一瞬俺と目があった気がするが、おそらく気のせいだろう。
「さて、私は我らが姫の元に言って話すとする。さらばだ」
 代表が去ってから、ゴシキはかぐやの元へと向かっていった。俺は横にいるハートちゃんを見る。魔力切れ寸前までだったのもあって、少し回復はしているがだいぶ疲れている様子だ。
「俺達もログアウトするか」
「ですね……結構、疲れちゃいましたし」
 そう言ってログアウトしようとした時。
「おーい白ウサー!」
 遠くから犬っころがやたらいい笑顔で走ってこちらへやって来た。
「何の用だよ……」
「いやあ、お前やっぱりすごいなぁ!最後まで諦めないでさ!」
「お前は途中脱落してたからな」
「いやさ、あれ計画脱落なんだよ」
「は?」
 うざったかったので早々に切り上げようとしたが、気になる事を言われて思わず声が出てしまった。
「ゴシキに頼まれたんだ。『アリス君の戦力増強に協力してくれ』、って」
「そうなのか?」
「でも、じゃあなんで、何も言ってくれなかったんですか?」
 ハートちゃんが当然の疑問を犬っころにぶつける。俺も言いたかったが先に言われた。
「ほら、まだ戦闘経験が浅いだろ?だからゴシキの知恵でやれることをやってみた感じなんだよ」
「で、お前達とタイマンしたと」
「狼はゴシキが処理した」
 ということは、犬っころとグレーテルは知識の手助けがあれどアリスちゃんが倒したってわけか。
「どうだった?」
「いやー、手加減してたから油断してやられちまったけどよ、ありゃ強いぜ。今後の成長が楽しみだ」
 駄犬が尻尾を振りながら笑顔で言う。何に対して喜んでるんだ?
「それとしてホウライは普通にやられてる」
「なんだ、じゃあ俺達三人が知らなかっただけか」
「そうだぜ?一応名誉の為に言っておくが本当にホウライはアリスちゃんとゴシキ以外を倒してる」
「おお、じゃあお前は文字通り犬死にだったわけか」
「うるせ」
 俺達が言い合っていると、横でハートちゃんがクスクスと笑っていた。
「ふふっ。二人とも仲いいんですね、やっぱり」
「おう、なにせ俺達は親友だからな」
 ハートちゃんの言葉に、見せつけるように犬っころが肩を組んでくる。うざいのはうざいが、まあ親友というところは否定しないでおこう。
「ハートちゃんにも居るのか?親友みたいな」
「おいバカ」
「ん?まずかったか?」
「いえ、いいんです、白ウサさん……」
 さっきまで笑っていたハートちゃんは、駄犬の一言で沈んでしまう。
「私、人付き合いが苦手で……あまり、お友達とか、そういうの、作ったことないんです……」
「ワンダーランズの奴らはどうなんだよ?まだ短めとはいえ、そこそこ付き合いあるだろ」
「えっ、と……」
 ハートちゃんが困る。お前は知らないだろうがハートちゃんは住んでた世界が違うんだよ、馬鹿野郎……
「ま、人によって交友を深める速度は違うからな。ゆっくりやってけ」
「は、はい……」
 それだけ言い残して、犬野郎は手を振りながら去っていった。
「その……すまねぇな、あの馬鹿が」
「いえ、大丈夫です。白ウサさんもありがとうございます」
 改めて俺達はログアウトする。しっかりとログアウト先も今滞在している場所に行った。
 だが、俺達は少し気まずいままだった。あいつめ、今度こってりと説教食らわせてやる……
「はあ……ったく」
 ドカッと俺はソファーに座り、スマホをいじる。適当にゲームを開いて、気晴らしをした。
 そんな俺の隣に、いろはちゃんがポスッと座ってきた。
「……部屋、行かないのか?」
 横目でちらりとだけ見て言う。しかし、いろはちゃんはうつむいたまま黙っていた。どういう意図かは分からないが、そっとしておいたほうがいいのか?
 あーだーこーだ考えていると、唐突にいろはちゃんは俺の膝に寝転がってくる。
「あの」
「ああ」
「少しだけ、ここで」
「……分かった」
 足もソファーの上に置いて、完全に俺を膝枕にした。
「……」
 少しもしないうちに、寝息が聞こえてきた。いつも気を張っている顔を見ているせいか、ちょっとだけ顔が幼く見える。
 まだ俺は閃電とかある程度交友関係が現実世界であるからいいが、この子は向こうの世界経由でしか交友関係がない。だから、いつも孤独な夜を過ごしていたんだと思うと、きっといろはちゃんにとって今は少しだけ幸せな時間なのかもしれない。
 だが……俺は本当に心の支えになれているのか微妙だ。頼ってくれているのは分かるが、大したことをしてあげられていない。どうせこの逃亡中の間の関係だから別に構わないと言ってしまえばそれまでだが。
 と、そこに。
「ん?」
 閃電から一つのメッセージが送られてきた。
『なあなあ、今さっきログアウトしたら綺麗なお姉さんが来てお前のこと聞いてたぞ』
「は?」
 思わず立ち上がりかけたが、ぐっとこらえる。そっといろはちゃんを膝から下してソファーに寝転がらせ、部屋に一旦戻って閃電に電話をかける。
「閃電?」
『おう、すまねぇな急なことで』
 いつもの調子と違って、真面目な声。
『お前、何やらかしたんだ?見た感じ警察じゃないみたいだし、探偵かとも思ったが』
「今は?」
『秋士さんが知らないの一点張りでどうにかしてた。あの人、演技上手いから。窓からちらっと見てるが、近所の家中聞いて回ってるっぽいぞ』
 ありがたい、だが本当に誰が手を引いているんだ?
「一応聞くが、その訪ねてきた奴は見たことある顔だったか?」
『いや、全く。声も全く聞いたことない』
「そうか……また何かあったら連絡してくれるか?」
『分かった。気をつけろよ』
 通話が切れる。閃電の家に聞きこみに来たということは、俺の家までそう遠くはない。バレるのも時間の問題だ。
 俺はリビングに戻り、ソファーに座りなおす。
 俺を探っているということは、いろはちゃんを連れ戻そうとしているに違いない。だが、迷子とかならまだしも、本人が自分の意志で家出してきて、しかも家庭内環境が割と悪いと聞くと、なおさら返したくないと思う。
 既に捜索が始まっているのなら、向こうが俺に追いつくか、俺がある程度逃げ切るかのどちらかだ。もっとも、逃げ切るって言ったっていつが期限か分からないのが問題だが。
「……ぅ」
 考えていると、横でいろはちゃんが唸った。どうしたと思って顔を見ると、すごく苦しそうな顔をしている。
「いろはちゃん?」
 呼びかけるも当然返事はない。悪夢に魘されているのか?俺が離れたからか……?
 なら、それなら、起こせばいいのか?それとも寝かせたほうがいいのか?
 突然のことで困惑した俺は、ひとまず起こしてみることにする。
「おーい、いろはちゃーん」
 身体をゆするも起きそうにない。顔がどんどん苦痛に歪んでいっているだけだった。
「く……」
 とりあえず応急処置で、いろはちゃんを持ち上げて部屋のベッドまで運ぶ。俺が運んでいる間だけだが、顔は少しだけ安らかになる。
 少し行儀が悪いどころか滅茶苦茶悪いが、足でドアを開けて部屋に入る。それで、ベッドに横たわらせて布団をかけた。
「これで、いいのか……?」
 焦ったせいか、変な汗が出ている。腕で拭って、近くにあった椅子をベッドの近くまで持ってきて座った。
「はぁ」
 たまに俺も結阿のことで悪夢に魘されることもあるが、傍から見たらこんな感じなんだろうか?
 そう思いながらいろはちゃんの様子を見ていると、もうすっかり普通に寝息を立てていた。少しだけ安心する。
 俺があの一瞬電話に立っただけでもダメだったのだから、きっと別の部屋で寝たらまた悪夢を見てしまうのか?それが気がかりで、俺は動けないでいた。
「……る……いさん……」
「ん?」
 名前を呼ばれて反応したが、それは寝言だった。寝言に反応したらダメとかいう迷信を思い出したが、まあいい。
 それとして、俺が出てくる夢ってなんだよ。あれか?俺と暮らす日々の夢でも見てるのか?
 悶々としながら寝言の続きを待つが、それ以降は何もしゃべってはくれなかった。
「……風呂、入るか」
 さっき変な汗をかいたし、一回さっぱりしたい。俺はそう思って音を立てないように部屋を出て、自分の部屋で準備をしてから風呂に入ったのだった。
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