14 / 42
一章 アリス・バース・デイ
ディスカーダー・エシラ その2
しおりを挟む
土曜日の朝。私は携帯のアラームと、LoOKsの端末の通知の音で目が覚めた。アラームを止めて、端末を見る。
「えーと、なになに……あー、そうなんだ」
服が変わるから意味はないんだけど、軽く着替えてログインをした。
「おはようございま……すごいピリピリしてますね」
「まあ、ね」
ディーさんが小声で近づいてくる。そしてそのままとある方へ指をさされる。見ると、先日すれ違った『赤ずきん』のチームが揃っていた。その中のひとり……不気味な恍惚とした笑顔を浮かべている人がこちらに手を振っていた。
「あの頭巾を被ってるのがリーダーの『赤ずきん』。それであのいかにもワイルドな筋肉質なのが『狼』。であの手を振ってるのが『狩人』。まあ言わなくても見た目でわかるだろうけどね」
でも、ここに一緒に居るってことは……もしかして、同じ任務を?こわ……
「で?ダムはいつ来るんだ?」
やたらとイライラした様子の白ウサさん。
「えっと、何があったんですか?」
私が聞こうとすると、ダムさんがちょうどタイミングよく戻ってきた。
「待たせた」
こんな緊迫した空気も意に介せず、ダムさんは話し始める。
「今回の作戦は大型ディスカーダー……『ディスカーダー・エシラ』と名付けられたディスカーダーを討伐することが目的だ」
端末にそのデータが送られてくる。それを見て、私以外のみんなが反応する。
「コイツは……!」
「……ええ」
特に、白ウサさんとハッタ―さんの表情が険しくなったのがわかった。
「ああ。みんな、と言ってもアリス以外だが、コイツは以前に退治した巨大ディスカーダーと同一個体、そしてその個体が何らかの影響で強化されているらしい。十分に気をつけてくれ」
「質問だ、双子兄」
「なんだ、赤ずきん」
赤ずきんさんが口を開く。
「以前と同じく巨大ディスカーダー戦ということは……また大規模戦なのか?それにしては人数が少なすぎる気がするが」
「今回は巨大ディスカーダーはエシラ一体のみだ。変わりに雑魚が大量に、いわば無限に出現している状況だ。それと……」
今度はマップの情報が送られてくる。「ヴィルへ4」と書かれていた。そして、その中央に大きな赤い丸が。
「出現が確認されているヴィルヘ4の中心に、巨大な異常反応がある。偵察に向かった魔女によると、時空が歪んでいる場所を中心にして雑魚が大量発生している……らしい」
遊び半分でその雑魚を半壊させた、と付け足されて、やっぱりあの人はチートだな、とこの前のことを思い出しながら思う。
「それで、雑魚は魔女、もといスリーエスに任せて俺達はその謎の時空の歪みに突入していくことになる」
「ほう」
その一言で、赤ずきんさん達の空気が変わる。獲物を目の前にして楽しんで、いや愉しんでいるような表情……戦闘狂、と言われるだけはある。
「これで以上だ、すぐに向かうぞ」
「おい、さっさとあいつをぶっ潰しに行くぞ」
「待て、白ウサギ。アイツを狩るのは今度こそ俺だ」
「てめぇに寄越すかよ、今ここで狩ってやろうか」
「ウサギ風情がよく鳴く」
そう言って白ウサさんと狼さんが一目散に走って出ていく。私は寄ってきたハートちゃんの手を繋いで、転送装置の方へと向かう。ハッターさん達や赤ずきんさん達も転送装置の周辺に到着し、ヴィルヘ4へと私達は魔法円で運ばれていく。
――ドガーン!ドガーン!!ドッガーーン!!!
ヴィルヘエリアに入ると、物凄い爆音が響いてくる。
「もしかしてこれ、魔女さんの?」
「ええ、そうでしょうね」
足元を見ると、地面が焼き焦げていたり、またはクレーターのようなものが出来ていたり、しまいには木々草花に燃え移ったのか一部が黒く焦げていた。燃え広がっていないあたり鎮火はしてるっぽいけど……
「ほら、あそこに居ますよぉ~」
狩人さんが指さした方向に、箒に乗って浮かんでいる人影が見える。そして、それが火球をバンバン飛ばしているのも見えた。
「……あ、あれじゃない?」
火球が飛んでいく先を見ていたディーさんが声を上げる。その声で全員がそちらを見る。すると、不気味に揺らめいている場所が。あれが言っていた時空の歪みとやらなのだろう。
「ん」
ダムさんが懐から端末を取り出す。数秒後に魔女さんの声がその端末から聞こえてきた。
『待ちかねていたぞ、諸君。雑魚敵は私に任せて突撃し給えよ』
お菓子をバリバリと食べる音がすごく聞こえる。むしろそっちの方がメインなぐらいに。あの人のアバター能力って、お菓子を生み出すんだったよね。お菓子の家の魔女のアバターはお菓子を食べるたびに魔力が倍化するとか……ひぇ、敵にすると厄介だけど味方にすると凄い頼もしいな……
「さて、もうすぐ着くぞ」
ダムさんが言ったあと、私達はヴィルヘ4の地へと降り立った。けど、すぐさま周囲に大量のディスカーダーが現れた。
『おおっと、危ないぞぉ。燃やしてしまっても私のせいではないからな』
端末から聞こえた直後、周囲のディスカーダー達に向かって上空から火球が大量に飛んできた。着弾すると同時に、凄まじい爆音と衝撃波、そして何よりも物凄い熱。
「ちょっと魔女?威力は加減しなさいよ」
『これでもだいぶ加減した。今から最大火力よりちょっと下の威力で君達にぶつけてもいいんだぞ?』
言い終わるやいなや全員の空気が悪くなった。
「……おい狩人。お前のその銃でアイツ撃ち落としてもいいぞ」
白ウサさんが急に言った。
「白ウサさん!?魔女さんはみんなのために頑張ってるんで」
「おいでませ、『ハートショット』」
私が言い終わる前に、狩人さんはハートショットと呼ばれた銃を出現させる。
「一撃で仕留めてさしあげますわ……♡」
「ちょっと、狩人さん!?撃っちゃだめですって!」
「一度あの人を撃ち落として見たかったのですけれど……」
と言いながら、流れで一発弾丸が放たれてしまった。しかし、魔女さんには何の変化もない。
『ふむ、麻痺弾か。まあいい、お返しだ』
「……!『ステープル・スキュゥーア』!」
なにかに気づいた赤ずきんさんがレイピアを出現させ、狩人さんの目の前を一閃する。
「……あらまあ」
「わぁ……」
カランという音とともに地面に弾丸が落ちる。これがさっき狩人さんが発射した弾丸なのだろう。
『流石だな、赤頭巾君』
「黙って敵を殲滅していろ、魔女め」
『もとより』
それだけ言って、魔女さんは通信を切ったようだ。
「全く人騒がせな」
端末をしまいながら、ダムさんは歩いていく。それに続いて私達も歩き始める。相変わらずディスカーダーに囲まれたりもするけど、すぐに上空から火球が降ってきてそれを殲滅していく。危なっかしいけど、これほど頼れる援護はない。
「……ひえ」
たまに見えない頭上で爆発してるような気もするけど、気のせいだと思いたい。あの人、わざと愉しんだりしてない?
「それにしても、あの忌々しいディスカーダーの強化個体、ね……先代のアリスでさえ相打ちがやっとだったのに、今の私達で対処できるのかしら」
「対処できるかじゃない、対処するんだ」
「ああ……アイツのためにもな」
ハッターさんのつぶやきに、ダムさんと白ウサさんが返す。
「先代のは、そいつと戦って死んだんだったな……決着がまだだったのだが」
「そこの新しいのが埋めてくれるんだろう?」
と、狼さんに言われて赤ずきんさんが私を見る。すごい冷たい視線で、見られているだけで萎縮してしまう。横目でディーさんに助けを求めるけど、静かに首を振られてしまった。
……というか、本当はこんなことをしている場合じゃないのに。未だに越恵は行方不明だし、まだ探さないといけないんだけど……
「アリスちゃん、どうしたの?やっぱりまだ怖い?」
「いや、そうじゃなくて……あーいや、なんでも……」
妹が居なくなってるんです、なんて言っても仕方ないよね。この世界でも見つかるわけでもないんだし……
『気をつけろ、急に時空の歪みが消し……おい、足元!』
急に通信が入ったかと思うと、ふわりとした感覚。
「え?」
それは、私含め皆が宙に浮かんでいたからだった。そして、そのまま下に落下していく。
「きゃああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」
地面をすり抜け、黒い空間に全員が落ちていく。落ちるうちに、私は気を失ってしまった…………
――――アリスさん、アリスさん!
「う……ううん……」
ハートちゃんの声で私は目覚める。確か地面に出現した時空の歪みに落ちて……
そう思い出しながら、目を開けて上体を起こす。
「おはようさん、アリスちゃん」
「と言っても、私達もさっき目覚めたばかりだけどね」
「……遅いぞ」
ハートちゃんの他には、白ウサさん、ハッターさん、赤ずきんさんが居た。
「どうやら分断されちまったみたいだ。端末も繋がらない」
「あっちに道はあるみたいだけど……」
ハッターさんが見ている先には、石の道。というか、今私が座っている場所も石の道だ。見る限り宙に浮いていて、周囲にも色々な大きさの石……というよりは岩が浮いている。
私は立ち上がって服に付いた塵を払う。
「各自武器を出しておけ。いつ何が起きるか分からないからな」
白ウサさんの一声で、私達は武器を出現させる。
「ハートちゃん、離れないでね」
改めてハートちゃんの手を繋ぎ直し、進み始める。
「分かってはいたけど、マップの位置情報は死んでるわね」
「あいつらなら大丈夫だろ。赤ずきんのとこの奴らと喧嘩しそうなのが気がかりだがな」
「……」
嫌味かどうかわからないけど、白ウサさんは言った。それに赤ずきんさんは答えなかったけど。
「周りを見渡しても……うーん、誰かが居るような感じはしませんね」
「どころか、雑魚のディスカーダーが居る気配も無いわね。ただ」
ハッターさんが浮いている道の下を覗き込む。
「一番下に、何かが居る、ってのは何となく分かるわね」
さっきから感じていた、ゾワゾワとする感覚。それは下の方からだったんだ。
「とにかく進むしか無い」
先頭を進む赤ずきんさん。さっきの弾丸を斬り落とした腕前と事前評からして、相当な実力者だ。私も皆に比べたらまだまだ弱いし、足を引っ張らないようにしないと。
無言のまま、私達は道なりに下に降りていく。たまに遠くで何かが壊れる音だったり、周囲の岩が落下していったり、うめき声のようなものが聞こえたり……一刻も早くこの空間を抜け出したいけれど、出口のようなものも見当たらない。何より、歩いてきた道が後ろで崩れている。まるで、私達を下に導くかのように。
「この道、いつまで続くんでしょう?」
下に下りている感覚はあるけど、底が見えない分終わりがわからない。かと言ってあまり気にしてないけど魔女さんが雑魚敵を倒し続けるのも時間に限りがあるだろうし(主にお菓子を生み出してるグレーテルさんの魔力切れの方で)、さっさとディスカーダーを倒してここを出ないと。
「……待て。道が無い」
赤ずきんさんが立ち止まる。私達は大きめの広さの岩の足場の上で止まった。すると、足場が下に動いていき、思わぬ移動だった。
「なーんか、敵の懐にわざと潜り込まされてるみたいで奇妙ね」
「あるいは、もう一度俺らと戦いたいから……とか言う理由かもな」
「私達はもう二度と見たくないぐらいなんだけどね……」
仲間を殺された相手、しかも白ウサさんにとっては恋人を殺された因縁の相手だし。
「アリスさん」
「どうしたの?ハートちゃん」
「今度は……今度は、守りますから。安心して……ください」
震える小さな声で、私に言ってきたハートちゃん。目は涙目になってるし、やっぱりこの子にとっても先代のアリスさんの死は相当トラウマになってる……のかな。
「大丈夫、とも言い切れないけど……ハートちゃんも、皆も信頼してるから。いつかは私が皆を守れるようになるから、それまで私のこと、よろしくね」
そう言って、ハートちゃんの頭を撫でてあげる。こんなことで気持ちが落ち着いてくれるかはわからないけど、何かしらの効果はあると思う。
「おっと」
撫でていると、急に足場が止まる。振動で皆体勢を崩しかけたけど、赤ずきんさんだけは不動だった。す、すごい……
「扉、か……」
足場スレスレのところに、扉があった。明らかに怪しさ満載の風景にそぐわないものだったけれど、これ以外に道はないし、進むしか無い。
「よし……行くぞ」
今度は白ウサさんが先頭に立ち、扉を開ける。扉の中は真っ暗闇で何も見えなかったけど、意を決して全員が飛び込む。
最後に赤ずきんさんが入ったところで、扉が閉まる音。後ろを見ると扉自体がなくなっていた。その瞬間、周囲の闇が晴れて、現れたのは見渡す限りの草原だった。
そして、私達の目の前に現れる謎の黒い塊。それはだんだん大きくなっていき、形をかたどっていき……大きなディスカーダーになった。
――――グオオオオオォォォォォ!!!!!
耳を劈くほどの咆哮。耳を塞いでも咆哮が聞こえてくる。
「く……現れたか、ディスカーダー・エシラ!」
例えるのが難しいけど、大仏様以上はある。こんなのに一人で立ち向かってたアリスさん……凄いなぁ……
「あいつ……姿が変わってやがる」
「え?」
「そうね、あの時とはちょっと違う」
改めてエシラを見る。一瞬はちまきかと思うくらいに長いウサギのような耳、巨大な拳、そして背中に背負っている大きな剣……私から見ても普通のディスカーダーと大分違うし、違う、ってのは分かるんだけど……白ウサさんとハッターさんの「ちょっと違う」、の意図が謎。
「とにかく、コイツを潰さないとな!」
一目散に、白ウサさんは突っ込んでいった。
「ぉぉぉぉおおおおおっっ!」
大きく跳躍し、エシラの顔面と思しきところに拳の一撃を御見舞する。けれど……
「……くっ、やっぱり怯みはしねぇか」
着地しながら、白ウサさんが言う。
「油断できない相手ね……」
対して、エシラは全く動かない。こっちの動きを見定めているのか、それすらも分からない。下手に動いて、無駄に消耗しても危ないし……そんな感じで、膠着状態になってしまっている。
にらみ合っていると、エシラは私と赤ずきんさんを見ているように見えた。正確には、私達の剣を、だけど。
――――…………
そして、次は自分の背中に背負っている剣を視線で見ているみたい。
「あいつ……何を考えてやがる?」
白ウサさんが言った瞬間。エシラは重そうに剣を持ち、そのまま投げ飛ばす。
「危ないっ!」
とっさにハートちゃんが防護壁を貼るけど、剣はかすりもせずに遠くに飛んでいってしまった。
「……え?」
「……馬鹿め、剣とはこう使うんだ!」
あざ笑いながら今度は赤ずきんさんがレイピアを構えて突っ込んでいく。しかし、エシラはその巨体に見合わないほどの跳躍をし、攻撃を避けてしまった。
「なっ……」
そしてその飛んだ先は、先程投げた剣の所。
――――グォォォ……
剣を拾って、両手で持ち、構える。
「あいつ、おちょくってるのか?」
「不愉快ね、実に」
その姿を見て、白ウサさんとハッターさんが静かに怒っている。何か理由があるんだろうけど、ここで追求するのは時間の無駄な気がする。多分、構え方が先代のアリスさんと同じ、とかしか思いつかない……案外正解かも。
「皆、私が魔法で補助してあげる。あのムカつく忌々しいディスカーダーをぶっ潰して頂戴」
「言われなくとも」
「手助けなどいらん」
ハッターさんの魔法で、身体が軽くなった気がする。
……私も、せめて役に立たなきゃ!
「アリス、気張りなさいよ」
「……分かってます!」
剣をしっかりと構え、白ウサさん、赤ずきんさんと共にエシラへと私は向かっていった。
「えーと、なになに……あー、そうなんだ」
服が変わるから意味はないんだけど、軽く着替えてログインをした。
「おはようございま……すごいピリピリしてますね」
「まあ、ね」
ディーさんが小声で近づいてくる。そしてそのままとある方へ指をさされる。見ると、先日すれ違った『赤ずきん』のチームが揃っていた。その中のひとり……不気味な恍惚とした笑顔を浮かべている人がこちらに手を振っていた。
「あの頭巾を被ってるのがリーダーの『赤ずきん』。それであのいかにもワイルドな筋肉質なのが『狼』。であの手を振ってるのが『狩人』。まあ言わなくても見た目でわかるだろうけどね」
でも、ここに一緒に居るってことは……もしかして、同じ任務を?こわ……
「で?ダムはいつ来るんだ?」
やたらとイライラした様子の白ウサさん。
「えっと、何があったんですか?」
私が聞こうとすると、ダムさんがちょうどタイミングよく戻ってきた。
「待たせた」
こんな緊迫した空気も意に介せず、ダムさんは話し始める。
「今回の作戦は大型ディスカーダー……『ディスカーダー・エシラ』と名付けられたディスカーダーを討伐することが目的だ」
端末にそのデータが送られてくる。それを見て、私以外のみんなが反応する。
「コイツは……!」
「……ええ」
特に、白ウサさんとハッタ―さんの表情が険しくなったのがわかった。
「ああ。みんな、と言ってもアリス以外だが、コイツは以前に退治した巨大ディスカーダーと同一個体、そしてその個体が何らかの影響で強化されているらしい。十分に気をつけてくれ」
「質問だ、双子兄」
「なんだ、赤ずきん」
赤ずきんさんが口を開く。
「以前と同じく巨大ディスカーダー戦ということは……また大規模戦なのか?それにしては人数が少なすぎる気がするが」
「今回は巨大ディスカーダーはエシラ一体のみだ。変わりに雑魚が大量に、いわば無限に出現している状況だ。それと……」
今度はマップの情報が送られてくる。「ヴィルへ4」と書かれていた。そして、その中央に大きな赤い丸が。
「出現が確認されているヴィルヘ4の中心に、巨大な異常反応がある。偵察に向かった魔女によると、時空が歪んでいる場所を中心にして雑魚が大量発生している……らしい」
遊び半分でその雑魚を半壊させた、と付け足されて、やっぱりあの人はチートだな、とこの前のことを思い出しながら思う。
「それで、雑魚は魔女、もといスリーエスに任せて俺達はその謎の時空の歪みに突入していくことになる」
「ほう」
その一言で、赤ずきんさん達の空気が変わる。獲物を目の前にして楽しんで、いや愉しんでいるような表情……戦闘狂、と言われるだけはある。
「これで以上だ、すぐに向かうぞ」
「おい、さっさとあいつをぶっ潰しに行くぞ」
「待て、白ウサギ。アイツを狩るのは今度こそ俺だ」
「てめぇに寄越すかよ、今ここで狩ってやろうか」
「ウサギ風情がよく鳴く」
そう言って白ウサさんと狼さんが一目散に走って出ていく。私は寄ってきたハートちゃんの手を繋いで、転送装置の方へと向かう。ハッターさん達や赤ずきんさん達も転送装置の周辺に到着し、ヴィルヘ4へと私達は魔法円で運ばれていく。
――ドガーン!ドガーン!!ドッガーーン!!!
ヴィルヘエリアに入ると、物凄い爆音が響いてくる。
「もしかしてこれ、魔女さんの?」
「ええ、そうでしょうね」
足元を見ると、地面が焼き焦げていたり、またはクレーターのようなものが出来ていたり、しまいには木々草花に燃え移ったのか一部が黒く焦げていた。燃え広がっていないあたり鎮火はしてるっぽいけど……
「ほら、あそこに居ますよぉ~」
狩人さんが指さした方向に、箒に乗って浮かんでいる人影が見える。そして、それが火球をバンバン飛ばしているのも見えた。
「……あ、あれじゃない?」
火球が飛んでいく先を見ていたディーさんが声を上げる。その声で全員がそちらを見る。すると、不気味に揺らめいている場所が。あれが言っていた時空の歪みとやらなのだろう。
「ん」
ダムさんが懐から端末を取り出す。数秒後に魔女さんの声がその端末から聞こえてきた。
『待ちかねていたぞ、諸君。雑魚敵は私に任せて突撃し給えよ』
お菓子をバリバリと食べる音がすごく聞こえる。むしろそっちの方がメインなぐらいに。あの人のアバター能力って、お菓子を生み出すんだったよね。お菓子の家の魔女のアバターはお菓子を食べるたびに魔力が倍化するとか……ひぇ、敵にすると厄介だけど味方にすると凄い頼もしいな……
「さて、もうすぐ着くぞ」
ダムさんが言ったあと、私達はヴィルヘ4の地へと降り立った。けど、すぐさま周囲に大量のディスカーダーが現れた。
『おおっと、危ないぞぉ。燃やしてしまっても私のせいではないからな』
端末から聞こえた直後、周囲のディスカーダー達に向かって上空から火球が大量に飛んできた。着弾すると同時に、凄まじい爆音と衝撃波、そして何よりも物凄い熱。
「ちょっと魔女?威力は加減しなさいよ」
『これでもだいぶ加減した。今から最大火力よりちょっと下の威力で君達にぶつけてもいいんだぞ?』
言い終わるやいなや全員の空気が悪くなった。
「……おい狩人。お前のその銃でアイツ撃ち落としてもいいぞ」
白ウサさんが急に言った。
「白ウサさん!?魔女さんはみんなのために頑張ってるんで」
「おいでませ、『ハートショット』」
私が言い終わる前に、狩人さんはハートショットと呼ばれた銃を出現させる。
「一撃で仕留めてさしあげますわ……♡」
「ちょっと、狩人さん!?撃っちゃだめですって!」
「一度あの人を撃ち落として見たかったのですけれど……」
と言いながら、流れで一発弾丸が放たれてしまった。しかし、魔女さんには何の変化もない。
『ふむ、麻痺弾か。まあいい、お返しだ』
「……!『ステープル・スキュゥーア』!」
なにかに気づいた赤ずきんさんがレイピアを出現させ、狩人さんの目の前を一閃する。
「……あらまあ」
「わぁ……」
カランという音とともに地面に弾丸が落ちる。これがさっき狩人さんが発射した弾丸なのだろう。
『流石だな、赤頭巾君』
「黙って敵を殲滅していろ、魔女め」
『もとより』
それだけ言って、魔女さんは通信を切ったようだ。
「全く人騒がせな」
端末をしまいながら、ダムさんは歩いていく。それに続いて私達も歩き始める。相変わらずディスカーダーに囲まれたりもするけど、すぐに上空から火球が降ってきてそれを殲滅していく。危なっかしいけど、これほど頼れる援護はない。
「……ひえ」
たまに見えない頭上で爆発してるような気もするけど、気のせいだと思いたい。あの人、わざと愉しんだりしてない?
「それにしても、あの忌々しいディスカーダーの強化個体、ね……先代のアリスでさえ相打ちがやっとだったのに、今の私達で対処できるのかしら」
「対処できるかじゃない、対処するんだ」
「ああ……アイツのためにもな」
ハッターさんのつぶやきに、ダムさんと白ウサさんが返す。
「先代のは、そいつと戦って死んだんだったな……決着がまだだったのだが」
「そこの新しいのが埋めてくれるんだろう?」
と、狼さんに言われて赤ずきんさんが私を見る。すごい冷たい視線で、見られているだけで萎縮してしまう。横目でディーさんに助けを求めるけど、静かに首を振られてしまった。
……というか、本当はこんなことをしている場合じゃないのに。未だに越恵は行方不明だし、まだ探さないといけないんだけど……
「アリスちゃん、どうしたの?やっぱりまだ怖い?」
「いや、そうじゃなくて……あーいや、なんでも……」
妹が居なくなってるんです、なんて言っても仕方ないよね。この世界でも見つかるわけでもないんだし……
『気をつけろ、急に時空の歪みが消し……おい、足元!』
急に通信が入ったかと思うと、ふわりとした感覚。
「え?」
それは、私含め皆が宙に浮かんでいたからだった。そして、そのまま下に落下していく。
「きゃああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」
地面をすり抜け、黒い空間に全員が落ちていく。落ちるうちに、私は気を失ってしまった…………
――――アリスさん、アリスさん!
「う……ううん……」
ハートちゃんの声で私は目覚める。確か地面に出現した時空の歪みに落ちて……
そう思い出しながら、目を開けて上体を起こす。
「おはようさん、アリスちゃん」
「と言っても、私達もさっき目覚めたばかりだけどね」
「……遅いぞ」
ハートちゃんの他には、白ウサさん、ハッターさん、赤ずきんさんが居た。
「どうやら分断されちまったみたいだ。端末も繋がらない」
「あっちに道はあるみたいだけど……」
ハッターさんが見ている先には、石の道。というか、今私が座っている場所も石の道だ。見る限り宙に浮いていて、周囲にも色々な大きさの石……というよりは岩が浮いている。
私は立ち上がって服に付いた塵を払う。
「各自武器を出しておけ。いつ何が起きるか分からないからな」
白ウサさんの一声で、私達は武器を出現させる。
「ハートちゃん、離れないでね」
改めてハートちゃんの手を繋ぎ直し、進み始める。
「分かってはいたけど、マップの位置情報は死んでるわね」
「あいつらなら大丈夫だろ。赤ずきんのとこの奴らと喧嘩しそうなのが気がかりだがな」
「……」
嫌味かどうかわからないけど、白ウサさんは言った。それに赤ずきんさんは答えなかったけど。
「周りを見渡しても……うーん、誰かが居るような感じはしませんね」
「どころか、雑魚のディスカーダーが居る気配も無いわね。ただ」
ハッターさんが浮いている道の下を覗き込む。
「一番下に、何かが居る、ってのは何となく分かるわね」
さっきから感じていた、ゾワゾワとする感覚。それは下の方からだったんだ。
「とにかく進むしか無い」
先頭を進む赤ずきんさん。さっきの弾丸を斬り落とした腕前と事前評からして、相当な実力者だ。私も皆に比べたらまだまだ弱いし、足を引っ張らないようにしないと。
無言のまま、私達は道なりに下に降りていく。たまに遠くで何かが壊れる音だったり、周囲の岩が落下していったり、うめき声のようなものが聞こえたり……一刻も早くこの空間を抜け出したいけれど、出口のようなものも見当たらない。何より、歩いてきた道が後ろで崩れている。まるで、私達を下に導くかのように。
「この道、いつまで続くんでしょう?」
下に下りている感覚はあるけど、底が見えない分終わりがわからない。かと言ってあまり気にしてないけど魔女さんが雑魚敵を倒し続けるのも時間に限りがあるだろうし(主にお菓子を生み出してるグレーテルさんの魔力切れの方で)、さっさとディスカーダーを倒してここを出ないと。
「……待て。道が無い」
赤ずきんさんが立ち止まる。私達は大きめの広さの岩の足場の上で止まった。すると、足場が下に動いていき、思わぬ移動だった。
「なーんか、敵の懐にわざと潜り込まされてるみたいで奇妙ね」
「あるいは、もう一度俺らと戦いたいから……とか言う理由かもな」
「私達はもう二度と見たくないぐらいなんだけどね……」
仲間を殺された相手、しかも白ウサさんにとっては恋人を殺された因縁の相手だし。
「アリスさん」
「どうしたの?ハートちゃん」
「今度は……今度は、守りますから。安心して……ください」
震える小さな声で、私に言ってきたハートちゃん。目は涙目になってるし、やっぱりこの子にとっても先代のアリスさんの死は相当トラウマになってる……のかな。
「大丈夫、とも言い切れないけど……ハートちゃんも、皆も信頼してるから。いつかは私が皆を守れるようになるから、それまで私のこと、よろしくね」
そう言って、ハートちゃんの頭を撫でてあげる。こんなことで気持ちが落ち着いてくれるかはわからないけど、何かしらの効果はあると思う。
「おっと」
撫でていると、急に足場が止まる。振動で皆体勢を崩しかけたけど、赤ずきんさんだけは不動だった。す、すごい……
「扉、か……」
足場スレスレのところに、扉があった。明らかに怪しさ満載の風景にそぐわないものだったけれど、これ以外に道はないし、進むしか無い。
「よし……行くぞ」
今度は白ウサさんが先頭に立ち、扉を開ける。扉の中は真っ暗闇で何も見えなかったけど、意を決して全員が飛び込む。
最後に赤ずきんさんが入ったところで、扉が閉まる音。後ろを見ると扉自体がなくなっていた。その瞬間、周囲の闇が晴れて、現れたのは見渡す限りの草原だった。
そして、私達の目の前に現れる謎の黒い塊。それはだんだん大きくなっていき、形をかたどっていき……大きなディスカーダーになった。
――――グオオオオオォォォォォ!!!!!
耳を劈くほどの咆哮。耳を塞いでも咆哮が聞こえてくる。
「く……現れたか、ディスカーダー・エシラ!」
例えるのが難しいけど、大仏様以上はある。こんなのに一人で立ち向かってたアリスさん……凄いなぁ……
「あいつ……姿が変わってやがる」
「え?」
「そうね、あの時とはちょっと違う」
改めてエシラを見る。一瞬はちまきかと思うくらいに長いウサギのような耳、巨大な拳、そして背中に背負っている大きな剣……私から見ても普通のディスカーダーと大分違うし、違う、ってのは分かるんだけど……白ウサさんとハッターさんの「ちょっと違う」、の意図が謎。
「とにかく、コイツを潰さないとな!」
一目散に、白ウサさんは突っ込んでいった。
「ぉぉぉぉおおおおおっっ!」
大きく跳躍し、エシラの顔面と思しきところに拳の一撃を御見舞する。けれど……
「……くっ、やっぱり怯みはしねぇか」
着地しながら、白ウサさんが言う。
「油断できない相手ね……」
対して、エシラは全く動かない。こっちの動きを見定めているのか、それすらも分からない。下手に動いて、無駄に消耗しても危ないし……そんな感じで、膠着状態になってしまっている。
にらみ合っていると、エシラは私と赤ずきんさんを見ているように見えた。正確には、私達の剣を、だけど。
――――…………
そして、次は自分の背中に背負っている剣を視線で見ているみたい。
「あいつ……何を考えてやがる?」
白ウサさんが言った瞬間。エシラは重そうに剣を持ち、そのまま投げ飛ばす。
「危ないっ!」
とっさにハートちゃんが防護壁を貼るけど、剣はかすりもせずに遠くに飛んでいってしまった。
「……え?」
「……馬鹿め、剣とはこう使うんだ!」
あざ笑いながら今度は赤ずきんさんがレイピアを構えて突っ込んでいく。しかし、エシラはその巨体に見合わないほどの跳躍をし、攻撃を避けてしまった。
「なっ……」
そしてその飛んだ先は、先程投げた剣の所。
――――グォォォ……
剣を拾って、両手で持ち、構える。
「あいつ、おちょくってるのか?」
「不愉快ね、実に」
その姿を見て、白ウサさんとハッターさんが静かに怒っている。何か理由があるんだろうけど、ここで追求するのは時間の無駄な気がする。多分、構え方が先代のアリスさんと同じ、とかしか思いつかない……案外正解かも。
「皆、私が魔法で補助してあげる。あのムカつく忌々しいディスカーダーをぶっ潰して頂戴」
「言われなくとも」
「手助けなどいらん」
ハッターさんの魔法で、身体が軽くなった気がする。
……私も、せめて役に立たなきゃ!
「アリス、気張りなさいよ」
「……分かってます!」
剣をしっかりと構え、白ウサさん、赤ずきんさんと共にエシラへと私は向かっていった。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
【R18】もう一度セックスに溺れて
ちゅー
恋愛
--------------------------------------
「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」
過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。
--------------------------------------
結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
【R-18】クリしつけ
蛙鳴蝉噪
恋愛
男尊女卑な社会で女の子がクリトリスを使って淫らに教育されていく日常の一コマ。クリ責め。クリリード。なんでもありでアブノーマルな内容なので、精神ともに18歳以上でなんでも許せる方のみどうぞ。
(完結)私は家政婦だったのですか?(全5話)
青空一夏
恋愛
夫の母親を5年介護していた私に子供はいない。お義母様が亡くなってすぐに夫に告げられた言葉は「わたしには6歳になる子供がいるんだよ。だから離婚してくれ」だった。
ありがちなテーマをさくっと書きたくて、短いお話しにしてみました。
さくっと因果応報物語です。ショートショートの全5話。1話ごとの字数には偏りがあります。3話目が多分1番長いかも。
青空異世界のゆるふわ設定ご都合主義です。現代的表現や現代的感覚、現代的機器など出てくる場合あります。貴族がいるヨーロッパ風の社会ですが、作者独自の世界です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる