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一章 アリス・バース・デイ
チーム「不満☆爆発」 その1
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初めて戦った日から、一週間経った。小規模な戦いとか、白ウサさんやダムさん、ディーさんに訓練をして貰ったりで、少し実力がついてきた気がする。。けど……
「ゔぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~……しんど~~~~い…………」
ベッドに倒れこみながら私は呻く。学校行って、部活のバスケをして、その後訓練。いくらいつも運動しているとはいえ、とてもハードスケジュールだった。
「お姉ちゃん、最近忙しそうだね?」
「うーん、そうなんだよね……」
自分の部屋があるはずなのに、わざわざ私の部屋でポテト菓子をバリバリ食べている越恵。ただそのお菓子はしっかり自分で買ったものっていう、あんまり怒るに怒れない状況だ。
「一瞬で疲れが取れるような魔法とかないのかなー……」
「そんな都合のいいもんがあるわけないじゃん?」
「そうだけどさ、ちょっとはすがりたいじゃん?」
「まず魔法がありえないじゃん?」
……いや言えないよね、今私は別世界でバリバリ魔法を使ってるし使ってる人も見てるから存在するよ、なんて。
「夜遅くまで外で歩くのはちょっと心配なんだけどなー」
「んー?越恵も塾とか友達の家に遊びに行ったりで遅くなったりするじゃん」
「ほら、これだよ。お姉ちゃん知らない?」
越恵がスマホの画面を見せてくる。ネットニュースのサイトで、日付は二週間ぐらい前。
『変死体山奥で発見 森臣結阿さんとみられる』
「怖いよねー、山奥にこんなの転がってるなんてもう絶対犯罪に巻き込まれてるよー」
なんでも、両脚が粉砕骨折、内蔵のほとんどが破裂していて、どう考えても自殺には思えないが犯罪に巻き込まれたとも思えない死体らしい。
「お姉ちゃんも気をつけてね?後早くスマホ返して」
「え、あ、うん」
もうちょっと見てたかったけど、流石に越恵に返すしかなかった。
「でも死ぬならちゃんとおばあちゃんまで生きてから死にたいよねー」
あはは、と笑う越恵をよそに私は考えていた。これ、もしかしたらディスカーダーに負けて死んじゃった人なんじゃ、って。
……そう言えば明日だっけ、合同作戦。
「ねえねえ、お姉ちゃん。明日ちょうど創立記念日で休みだし、どこか遊び行かない?」
「どこかって?」
「これだよこれ」
越恵が何かのサイトを見せてきた。今度はスマホを渡してこなかったけどね。
「アリスとコラボした脱出ゲームなんだってー。面白そうじゃない?」
ちょっと遠出して東京まで行かないとだけど、面白そう。どうせ合同作戦は夜だろうし。
「うん、いいんじゃない?」
「やったー!それじゃあ明日楽しみにしてるね!おやすみ!」
喜んだのもつかの間、すぐに部屋を出ていってしまった。
にしても、アリスかぁ……
「えーっと、何だっけ、名前」
さっき一瞬だけ見えた脱出ゲームの題名を思い出しながら、スマホに打ち込んでいく。
「『脱出ゲーム アリスのワンダーランドからの脱出』っと」
一番上に出てきた公式サイトを見る。最初に出てきたのは脱出ゲームのロゴと、主催企業の名前。
「本当ここ、いろんなことやってるなぁ」
鐘戸コーポレーション、創業50年目前の大企業。元々家電の販売をやってたけど、10年ぐらい前から遊園地経営だったり娯楽系に手を伸ばしてきた。ただ、一族経営にしては仲が悪い、なんて噂を聞くけど……
じゃなくて、本題。最大所要時間1時間30分の脱出ゲームらしい。結構長いんだね、これ。それで、肝心の内容なんだけど、どこをピックアップするんだろう?
『STORY』の項目を押すと、どう言うストーリーなのかが出てきた。
不思議の国に迷い込んだアリス。
しかし、これは幾度目の来訪なのか……
夢の世界と分かっていても、目覚められない。
無限に続く不思議の国の世界。
あなたは夢の介入者、「リブレカ」としてアリスを助ける存在として物語に介入する。
正しい選択をすれば、アリスは夢から覚める。
間違った選択をすれば、またアリスは夢を繰り返す。
何故夢の世界はループするのか……
その謎を解き明かせ。
へぇ、かなり攻めてるストーリーだね。大体原作がある物語にオリキャラ突っ込むと結構叩かれるイメージあるけど、事前評価聞く限りかなり好評っぽい。見る限り、失敗エンドと成功エンドあるっぽいけど……なんか他に一個隠しエンドあるらしい。でもまだ誰も到達したことがないらしい……らしい、らしいばっかであやふやだけど、実在してるのかな、これ。
「……うーん」
申し訳ないことに、私は原作の方の不思議の国のアリスを見たことがない。だから、今から図書館に行ってみようと思ったけど、ディーさんが読んでたのって英語の本だもんなー……訓練も無いし、行っても誰も居ないだろうけど……
よし、行こうかな。さっき越恵が出ていったばかりだけど、バレないって、バレないバレない。
「『アリス、ログイン』」
日本語のアリスがありますように、と願ってログインする。もう何度と見た図書館に降り立ち、この前ディーさんが見ていたあたりの本棚を探す。
「あ、アリスさん……?」
「あれ、ハートちゃん。一人って珍しいね」
いつもは白ウサさんやハッターさんと一緒に居るイメージのハートちゃんが、珍しく一人だった。
「なに、探してるんですか」
「明日、アリスの脱出ゲームしに行くんだ。それで、原作のアリスをちょっと読んでおこうと思ってね」
「脱出ゲーム……」
それを言った途端、ハートちゃんの顔が暗くなったように見えた。
「ハートちゃん?」
「……あの、ちょっと待っててください」
ハートちゃんはそう言ってログアウトしていった。待ってて……?と、考える暇もなくすぐにハートちゃんが戻ってきた。
「なに持ってるの?」
「これ、アリスです」
持っていたのは、何回も読み直した跡があるアリスの原作小説。
「貸してくれるの?」
「……はい。一応、手助けです」
その差し出してきた本を受け取り、開く。当然だけど日本語で安心した。
「それで、どうしてハートちゃんは一人で居たの?」
……しまった。自分でもど直球すぎる質問だったかもしれない。
「お家に居ても、居場所が無いので……」
「う……ご、ごめんね、傷付くような質問しちゃって」
「いいんです、全然気にして無いです」
あーあ、やっちゃった……この空気どうすればいいの?
「えっと、アリスの本、ありがとね?読み終わったら返すから」
「返さなくても大丈夫、ですよ」
「いいの?こんなに何回も読み返した跡あるし、思い入れあるものなんじゃないの?」
「元は、これも貰った物ですし……では」
それだけ言って、今度はログアウトせずにどこかへ行ってしまった。あの方角は多分、ワンダーランズのチームルームだけど……
「ま、いっか」
あまりここに居るのも越恵に怪しまれそうだし、さっさとログアウトしちゃお。
「『アリス、ログアウト』」
ログアウトしてからは、寝るまでアリスを読んだ。自分のアバターネームがネームなだけに、なんかすごく変な感じがした。まあ、それを言ったら他にも同じ名前のキャラ出てくるし、それでみんなで想像したらちょっと面白かったけど。
でも、この世界は一度きりだから面白いのであって、いつ帰れるか分からないほど居たら、精神崩壊しそう……どんなストーリー、展開するんだろう……
「次のグループ、どうぞー」
翌日。私達は早速脱出ゲームを体験していた。事前予約制だったらしく、越恵はいつ予約してたんだろうと思った。入ってすぐに、ナレーションの声が聞こえてきた。
『ここはアリスの夢の世界。無限に続くワンダーランド。あなたの役目はアリスを夢の世界から解放すること。さあ、リブレカよ。アリスを救うのだ』
「わぁ、雰囲気出てるね」
「でしょでしょ」
小声でやり取りする私達。次の部屋に進むと、そこには森の中で迷っているアリスが居た。
『また夢の中……あれ、あなたは誰?私はアリス。もうずっと、この世界に閉じ込められてるの』
『私はリブレカ。あなたを救いにやってきた』
「リブレカにも声あるんだ」
「リブレカの考えを選択するって設定だから当然だよ」
それよりも、アリスの衣装がまんま私のアバター衣装とそっくりで、なんでなのかがすごく気になってた。
『リブレカ……今まで会ったことのない名前。お願い、助けて!私、この世界に閉じ込められてるの!』
『安心してくれ。私の助言を信じろ』
『よく分からないけど……私の味方なのね?じゃあ早速、助けて。この森を抜けたら、不思議なお茶会のパーティーが開かれてるの。そこで私は、どうしたらいい?』
と、ここで早速選択肢が出てきた。「お茶会に行き、紅茶を飲んで進む」か、「お茶会に行き、クッキーを貰って進む」か。
「うーん、原作通りに行くなら紅茶飲んで進むのがいいと思うけど」
「でもなにが原因で夢から出られないか分からないじゃん?きっとアリスは同じことを繰り返してるだろうから、外れてみようよ」
その後、多数決の時間があり、クッキーを貰う方が優勢だった。
『アリス。お茶会に行き、クッキーをくすねて先に進むのだ』
『クッキーを……?分かった』
アリスは言われた通りに、お茶会でクッキーをくすねてさらに森の奥へと進んだ。途中でチェシャ猫に会ったけれど、そこで私達は介入しなかった。
次の部屋に進むと、そこは薔薇の迷路だった。鼻歌を歌いながら薔薇を赤く塗っているトランプ兵。
『いつでも、トランプ兵さんは薔薇を塗ってるのね……』
『おや、そこなお嬢さん。薔薇を塗るのを手伝ってくれないかい?女王さまにお叱りを受けたくないんだ』
『え?』
『この赤いペンキで、薔薇を塗っておくれ。私はまだ別の場所があるから、よろしく頼むよ』
あれ、こんな展開だったっけ?一緒に薔薇塗るんじゃなかったっけ……
『リブレカ、どうしたらいい?』
と、また選択肢。「薔薇を赤く塗る」、「塗らずに放置する」、「周りを探してみる」の三択。これは、割れそう……
「どうする?薔薇塗った方がいいよね?」
「あまり外れすぎるのもね……よし、ここは塗っておこう」
割れると思ったけど、なぜかみんな満場一致で「薔薇を塗る」だった。
『アリス、そのペンキで薔薇を塗るのだ』
『私が薔薇を?……うーん、分かったわ』
言われた通りに、薔薇を塗るアリス。全部の薔薇を塗り終えたところに、女王と大勢のトランプ兵がやってきた。
『見たことのない者だな、名を名乗れ。そして、ここでなにをしている』
そしてまたすぐに選択肢。「真実を言う」と、「嘘を言う」の二択。
「え、早いね!?」
「うわぁ、これ絶対重要だよね……」
ここだけはグループ全員で話し合いをして、「嘘を言う」にした。
『アリス、嘘を話してこの場を凌ぐのだ』
『……私はアリス。女王さまの赤い薔薇がさらに美しい赤になるように、赤いペンキで薔薇を塗っていたのです』
『殊勝な心掛けだ。……どれ、私は機嫌がいい。貴様、クロッケーは知っているか』
『ええ、もちろん』
『ではついてこい』
ちょっと本筋からずれたけど、大体原作通りに進んでる。そしてここで次の部屋に移ることになった。クロッケー場でアリスと女王はへんてこなクロッケーをして、次は裁判というところまできた。
『女王さま、裁判のお時間です』
『よかろう。アリスなる少女よ、裁判を見ていくか?』
『えっと……』
そして恒例の選択肢。「見ていく」と、「アリスに任せる」。
「どっちにしたって見に行くことにならない?これ」
今度は話し合って、アリスに任せることになった。
『アリス、今回の選択は任せる』
『……女王さま、ぜひ、裁判を見せてください』
『よろしい。ついて参れ』
そのまま、裁判所のシーンまで飛んだ。アリスは傍聴席でその裁判を見守ることに。
「さっきくすねたクッキー、全然使わないね」
「うーん、成功するのかなあこれ」
話していると、最初の裁判が始まった。
『ハートのジャックよ。貴様は私のおやつのタルトを食べた罪で裁かれている。罪状は死刑。異存はないな』
『ま、待ってください!私ではないのです!』
『おだまり!「法則第一条、女王に逆らうものすべて死するべし」!問答無用で打ち首だ!』
『お助けください!お慈悲を!』
大体横暴なのはそのままのハートの女王。私がよく知っている「ハートの女王」とは正反対。あんなおどおどしている人見知り……全然違うね?
って言うか、本来ならここでアリスが証人になるはずなんだけど……?
『次だ。スペードのシックス、入廷しろ』
「えっ、ここでもオリジナル!?」
「ちょっと越恵、静かに」
確かに驚いたけど、もう結構介入のせいで変わってる気がしなくもない。
『貴様の罪状は白い薔薇を植えた罪。「法則五十七条、女王の薔薇の色は赤でなければならない」。罪状は死刑。異存はないな』
『はい女王さま。ですが一つよろしいでしょうか』
『なんだ、申せ』
『私は罪を認めます。ですが私の他にも同じ罪を犯したものが居ます』
『誰だ』
『そこの傍聴席に座っている見知らぬ少女でございます』
……ここで修正かかるんだ。
『アリス……証言台に立て』
『えっ』
『返事は一つ、「はい女王さま」だ!』
『はい女王さま!』
ここでようやく、原作通りアリスが証言台に立った。
「わぁ、結局こうなっちゃうんだ……」
「ここからどう変えるって言うの?」
ここから先、選択肢をするにしても裁判の証言くらいだけど、ここまで来たらもう何をしても修正効かない気がする。
『アリスよ、貴様は先程「赤い薔薇を更に紅く塗った」と私に言ったな……あれは嘘だったのか』
『あれは……さっきの人の命令で塗れと』
『言い訳無用。貴様が白い薔薇を塗ったと言う事実は変わらぬ。貴様も打ち首だ』
『そんな!待ってください!』
『ふむ……クロッケーをした仲だ、命乞いくらいは聞いてやろう』
と、ついにここで選択肢。最後なのか豪勢に四つも選択肢が与えられた。「この場から逃げる」、「ご機嫌を取る」、「考える」、「説得を試みる」。
「えぇー、難しいね……」
一番可能性がありそうなのは「逃げる」、なんだけど……「説得を試みる」もやってみたい気もする。
「お姉ちゃん、どう思う?考えてる暇は無いし、どう考えても三つ目のは捨て選択肢だと思うけど」
「うん、それは分かる」
他の人も「考える」という選択肢は捨てているようだった。となると実質的に三択になるわけだけど……
「『残り時間30秒』」
「さっきまで時間制限なかったのに!」
まぁ、今まで結構余裕あるシチュエーションだったけど、今は裁判中だしね。仕方ない。
「ど、どうします???」
越恵含め、みんなが焦りながら話す。私はというと、選択は越恵に任せたいから落ち着いていた。
「……よし、決めた!逃げよう!」
結果。逃げることになったらしい。
『アリス、今すぐに逃げるのだ』
『わ、分かった!』
『誰と話している』
『えっと……ごめんなさい、女王さま!』
アリスは脱兎の如く逃げ出した。
『罪人を捕らえよ!即刻打ち首だ!』
『きゃーっ!』
けど、すぐにトランプ兵達に捕まってしまい、断頭台に送られてしまった。
『「BADEND2 首切りアリス」』
『アリスは死んだ。だがそれは夢の中の話。夢がループしているという記憶のみ残し、アリスはまた夢の世界を彷徨う……リブレカよ、夢に介入する力が回復するまで次の対策を考えるのだ』
ナレーションの後、出口の扉が開く。残念ながら今回は失敗しちゃったけど、面白い脱出ゲームだった。
「お疲れ様でーす、こちら参加賞になりまーす」
参加賞として貰ったのは、今回出てきたアリスとハートの女王が一緒に写っているポストカード。二人で仲良くお茶会をしていて、あんなストーリーからじゃ想像出来ない光景だった。でも、私は最近この光景に近いことをやった。だからそこまで驚きはしなかった。
「むあー、ダメだったかぁー……」
「楽しかったからいいじゃん」
「そうなんだけどー、謎解きの正解がわからないまま終わるのやなんだもーん」
気持ちはわかる。でもこれを何度もやるのは……いや、それが何度も夢をループするアリスの気持ちをわかる上で重要なのかな……
「よーし、じゃあとりあえずそれは置いといて、ルナウルのCD買いに行こー!」
「え、この前あげた……」
「それとは別に押しには貢ぎたいものなの!勉強ばっかしてるお姉ちゃんとは違って私はバイト戦士だから」
「いつもご苦労様」
私はおこづかい制だけど、越恵は物欲凄いから自分で稼いでる。グッズとかもいろいろ買ってるしね。
「ほら、ルナウルの曲が私を待ってるよ!行くよ!」
「うわっ、ちょっと待って越恵!」
手を引っ張られながら、私と越恵は駆け出す。幸いにも同じ階だったからいいものの、別階だったらきつかった。でも本題はそっちじゃなくて……
「ぜぇ……はぁ……ひぃ……」
「越恵、体力無いんだから無理しないでって……」
CDショップに着く頃には、全力疾走していた越恵は息を切らしまくっていた。運動できないくせに運動好きなの本当矛盾してるよね。デパートの端から端まで走ったから仕方ないとも言えるけどさ……
「ちょっとそこの自販機で水買ってくるからさ、待ってて」
越恵を椅子に座らせ、自販機に向かって水を買ってくる。
「はい、お待たせ」
「ありがと……」
水を飲んで落ち着く越恵。すぐに水はまるまる無くなってしまった。
「ぷはぁ、生き返ったー。よし行こう」
「もうちょっと休憩してからでいいんじゃ無いの?」
「平気平気、行こ行こ」
そのまま今度は徒歩でCDショップに入る。入ってすぐにルナウルの特設コーナーがあった。
「やっぱ人気アイドルだねー」
ご丁寧に、ルナウルのサインの寄せ書きもあった。
「これを見なさい、お姉ちゃん?私の言いたいことは分かるよね?ん?」
「は、はい……」
要するに、「こんな店の広告でも一人だけのサインとかも無いんだからそんな激レア物をホイホイ持ってくるな」、ってことだよね……改めて見てそれが分かった。
「さて、早速一枚買いますかー」
と、越恵がCDを取ろうとした時。
「~♪」
鼻歌を歌いながら、ルナウルのCDを一気に10枚も持っていった人が居た。しかも女性。姫川さん本人が言ってた貴重な女性ファンを見つけてしまった。
「凄いね、あの人……」
「ここの店の特典、月映ちゃんのランダムブロマイド全5種類だったはずだから、月映ちゃんのファンなのかも?」
「姫川さんのファン、かぁ……」
先日のことを思い出す。私の中の姫川さんのファンはあのホウライさんの印象が強い。だから、あんなにおしとやかな人が強火ファンなのかなって思うと面白い。
「……ん?なんかあの人戻ってきたけど」
物凄い形相でこちらへ向かってきたさっきの人。
「あの、どっちがですか?」
「どっちがって……?」
「勿論、姫のファンの方です!」
「わ、私ですけど……」
越恵が恐る恐る手をあげる。
「~~~!感激!久し振りに姫の女性ファンに会えた!姫のどんなとこが好きですか!?私は全部好きなんですけど、特に腰から尻までのプロポーションが~~……」
……ああ、この人。この声、この口調、このテンション。確実にホウライさんな気がする。
「あっ!失礼しました!つい嬉しくてこんなテンション上がっちゃって……と、とりあえず、また会えたらその時は連絡先交換してもらっても……」
「あ、いえ、今でも別に平気で」
「やったあ!じゃあこれ、私の連絡先です!」
あれよあれよとテンションに乗せられ、越恵と推定ホウライさんは連絡先を交換した。
「それじゃ、また連絡しますね!」
この前と同じように嵐のように去っていった推定ホウライさん。これで違ったら他人の空似が過ぎると思うから、あの人がホウライさんで間違いない……はず。
「凄い人だったね……」
「怖いのがあの人、もしかしたら私の知り合いかもってのが……」
「え、お姉ちゃんあんなテンションやばい人と知り合いなの?」
「失礼しちゃう」
とりあえずCDを買って、ショップを後にした。すると、早速さっきの人から連絡が来たみたいだった。
「『さっきはいきなりごめんなさい!ついテンションが上がっちゃって……』だってさ」
「うん、確かにあのテンションはびっくりだよね、なんて返すの?」
「えーとね……『早速今夜、ちょっとだけお電話でお話ししませんか?』と……」
「勇気あるね?今日会ったばっかの人と早速電話しよう!なんて私には無理だよ」
さすが、ノリと気分と雰囲気で生きている越恵。
「あ、返信も早い。『ごめんなさい!今夜は予定があって……本当にごめんなさい!後日でお願いします!』だってさ。まぁ流石にダメだよねー……お姉ちゃん?」
あー、今夜に予定……うん、確定。ホウライさんだわあの人……
「お姉ちゃーん?」
まぁ、詳しいことは後で聞こう……そう思いながら、二人で帰路に着いたのだった。
「ゔぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~……しんど~~~~い…………」
ベッドに倒れこみながら私は呻く。学校行って、部活のバスケをして、その後訓練。いくらいつも運動しているとはいえ、とてもハードスケジュールだった。
「お姉ちゃん、最近忙しそうだね?」
「うーん、そうなんだよね……」
自分の部屋があるはずなのに、わざわざ私の部屋でポテト菓子をバリバリ食べている越恵。ただそのお菓子はしっかり自分で買ったものっていう、あんまり怒るに怒れない状況だ。
「一瞬で疲れが取れるような魔法とかないのかなー……」
「そんな都合のいいもんがあるわけないじゃん?」
「そうだけどさ、ちょっとはすがりたいじゃん?」
「まず魔法がありえないじゃん?」
……いや言えないよね、今私は別世界でバリバリ魔法を使ってるし使ってる人も見てるから存在するよ、なんて。
「夜遅くまで外で歩くのはちょっと心配なんだけどなー」
「んー?越恵も塾とか友達の家に遊びに行ったりで遅くなったりするじゃん」
「ほら、これだよ。お姉ちゃん知らない?」
越恵がスマホの画面を見せてくる。ネットニュースのサイトで、日付は二週間ぐらい前。
『変死体山奥で発見 森臣結阿さんとみられる』
「怖いよねー、山奥にこんなの転がってるなんてもう絶対犯罪に巻き込まれてるよー」
なんでも、両脚が粉砕骨折、内蔵のほとんどが破裂していて、どう考えても自殺には思えないが犯罪に巻き込まれたとも思えない死体らしい。
「お姉ちゃんも気をつけてね?後早くスマホ返して」
「え、あ、うん」
もうちょっと見てたかったけど、流石に越恵に返すしかなかった。
「でも死ぬならちゃんとおばあちゃんまで生きてから死にたいよねー」
あはは、と笑う越恵をよそに私は考えていた。これ、もしかしたらディスカーダーに負けて死んじゃった人なんじゃ、って。
……そう言えば明日だっけ、合同作戦。
「ねえねえ、お姉ちゃん。明日ちょうど創立記念日で休みだし、どこか遊び行かない?」
「どこかって?」
「これだよこれ」
越恵が何かのサイトを見せてきた。今度はスマホを渡してこなかったけどね。
「アリスとコラボした脱出ゲームなんだってー。面白そうじゃない?」
ちょっと遠出して東京まで行かないとだけど、面白そう。どうせ合同作戦は夜だろうし。
「うん、いいんじゃない?」
「やったー!それじゃあ明日楽しみにしてるね!おやすみ!」
喜んだのもつかの間、すぐに部屋を出ていってしまった。
にしても、アリスかぁ……
「えーっと、何だっけ、名前」
さっき一瞬だけ見えた脱出ゲームの題名を思い出しながら、スマホに打ち込んでいく。
「『脱出ゲーム アリスのワンダーランドからの脱出』っと」
一番上に出てきた公式サイトを見る。最初に出てきたのは脱出ゲームのロゴと、主催企業の名前。
「本当ここ、いろんなことやってるなぁ」
鐘戸コーポレーション、創業50年目前の大企業。元々家電の販売をやってたけど、10年ぐらい前から遊園地経営だったり娯楽系に手を伸ばしてきた。ただ、一族経営にしては仲が悪い、なんて噂を聞くけど……
じゃなくて、本題。最大所要時間1時間30分の脱出ゲームらしい。結構長いんだね、これ。それで、肝心の内容なんだけど、どこをピックアップするんだろう?
『STORY』の項目を押すと、どう言うストーリーなのかが出てきた。
不思議の国に迷い込んだアリス。
しかし、これは幾度目の来訪なのか……
夢の世界と分かっていても、目覚められない。
無限に続く不思議の国の世界。
あなたは夢の介入者、「リブレカ」としてアリスを助ける存在として物語に介入する。
正しい選択をすれば、アリスは夢から覚める。
間違った選択をすれば、またアリスは夢を繰り返す。
何故夢の世界はループするのか……
その謎を解き明かせ。
へぇ、かなり攻めてるストーリーだね。大体原作がある物語にオリキャラ突っ込むと結構叩かれるイメージあるけど、事前評価聞く限りかなり好評っぽい。見る限り、失敗エンドと成功エンドあるっぽいけど……なんか他に一個隠しエンドあるらしい。でもまだ誰も到達したことがないらしい……らしい、らしいばっかであやふやだけど、実在してるのかな、これ。
「……うーん」
申し訳ないことに、私は原作の方の不思議の国のアリスを見たことがない。だから、今から図書館に行ってみようと思ったけど、ディーさんが読んでたのって英語の本だもんなー……訓練も無いし、行っても誰も居ないだろうけど……
よし、行こうかな。さっき越恵が出ていったばかりだけど、バレないって、バレないバレない。
「『アリス、ログイン』」
日本語のアリスがありますように、と願ってログインする。もう何度と見た図書館に降り立ち、この前ディーさんが見ていたあたりの本棚を探す。
「あ、アリスさん……?」
「あれ、ハートちゃん。一人って珍しいね」
いつもは白ウサさんやハッターさんと一緒に居るイメージのハートちゃんが、珍しく一人だった。
「なに、探してるんですか」
「明日、アリスの脱出ゲームしに行くんだ。それで、原作のアリスをちょっと読んでおこうと思ってね」
「脱出ゲーム……」
それを言った途端、ハートちゃんの顔が暗くなったように見えた。
「ハートちゃん?」
「……あの、ちょっと待っててください」
ハートちゃんはそう言ってログアウトしていった。待ってて……?と、考える暇もなくすぐにハートちゃんが戻ってきた。
「なに持ってるの?」
「これ、アリスです」
持っていたのは、何回も読み直した跡があるアリスの原作小説。
「貸してくれるの?」
「……はい。一応、手助けです」
その差し出してきた本を受け取り、開く。当然だけど日本語で安心した。
「それで、どうしてハートちゃんは一人で居たの?」
……しまった。自分でもど直球すぎる質問だったかもしれない。
「お家に居ても、居場所が無いので……」
「う……ご、ごめんね、傷付くような質問しちゃって」
「いいんです、全然気にして無いです」
あーあ、やっちゃった……この空気どうすればいいの?
「えっと、アリスの本、ありがとね?読み終わったら返すから」
「返さなくても大丈夫、ですよ」
「いいの?こんなに何回も読み返した跡あるし、思い入れあるものなんじゃないの?」
「元は、これも貰った物ですし……では」
それだけ言って、今度はログアウトせずにどこかへ行ってしまった。あの方角は多分、ワンダーランズのチームルームだけど……
「ま、いっか」
あまりここに居るのも越恵に怪しまれそうだし、さっさとログアウトしちゃお。
「『アリス、ログアウト』」
ログアウトしてからは、寝るまでアリスを読んだ。自分のアバターネームがネームなだけに、なんかすごく変な感じがした。まあ、それを言ったら他にも同じ名前のキャラ出てくるし、それでみんなで想像したらちょっと面白かったけど。
でも、この世界は一度きりだから面白いのであって、いつ帰れるか分からないほど居たら、精神崩壊しそう……どんなストーリー、展開するんだろう……
「次のグループ、どうぞー」
翌日。私達は早速脱出ゲームを体験していた。事前予約制だったらしく、越恵はいつ予約してたんだろうと思った。入ってすぐに、ナレーションの声が聞こえてきた。
『ここはアリスの夢の世界。無限に続くワンダーランド。あなたの役目はアリスを夢の世界から解放すること。さあ、リブレカよ。アリスを救うのだ』
「わぁ、雰囲気出てるね」
「でしょでしょ」
小声でやり取りする私達。次の部屋に進むと、そこには森の中で迷っているアリスが居た。
『また夢の中……あれ、あなたは誰?私はアリス。もうずっと、この世界に閉じ込められてるの』
『私はリブレカ。あなたを救いにやってきた』
「リブレカにも声あるんだ」
「リブレカの考えを選択するって設定だから当然だよ」
それよりも、アリスの衣装がまんま私のアバター衣装とそっくりで、なんでなのかがすごく気になってた。
『リブレカ……今まで会ったことのない名前。お願い、助けて!私、この世界に閉じ込められてるの!』
『安心してくれ。私の助言を信じろ』
『よく分からないけど……私の味方なのね?じゃあ早速、助けて。この森を抜けたら、不思議なお茶会のパーティーが開かれてるの。そこで私は、どうしたらいい?』
と、ここで早速選択肢が出てきた。「お茶会に行き、紅茶を飲んで進む」か、「お茶会に行き、クッキーを貰って進む」か。
「うーん、原作通りに行くなら紅茶飲んで進むのがいいと思うけど」
「でもなにが原因で夢から出られないか分からないじゃん?きっとアリスは同じことを繰り返してるだろうから、外れてみようよ」
その後、多数決の時間があり、クッキーを貰う方が優勢だった。
『アリス。お茶会に行き、クッキーをくすねて先に進むのだ』
『クッキーを……?分かった』
アリスは言われた通りに、お茶会でクッキーをくすねてさらに森の奥へと進んだ。途中でチェシャ猫に会ったけれど、そこで私達は介入しなかった。
次の部屋に進むと、そこは薔薇の迷路だった。鼻歌を歌いながら薔薇を赤く塗っているトランプ兵。
『いつでも、トランプ兵さんは薔薇を塗ってるのね……』
『おや、そこなお嬢さん。薔薇を塗るのを手伝ってくれないかい?女王さまにお叱りを受けたくないんだ』
『え?』
『この赤いペンキで、薔薇を塗っておくれ。私はまだ別の場所があるから、よろしく頼むよ』
あれ、こんな展開だったっけ?一緒に薔薇塗るんじゃなかったっけ……
『リブレカ、どうしたらいい?』
と、また選択肢。「薔薇を赤く塗る」、「塗らずに放置する」、「周りを探してみる」の三択。これは、割れそう……
「どうする?薔薇塗った方がいいよね?」
「あまり外れすぎるのもね……よし、ここは塗っておこう」
割れると思ったけど、なぜかみんな満場一致で「薔薇を塗る」だった。
『アリス、そのペンキで薔薇を塗るのだ』
『私が薔薇を?……うーん、分かったわ』
言われた通りに、薔薇を塗るアリス。全部の薔薇を塗り終えたところに、女王と大勢のトランプ兵がやってきた。
『見たことのない者だな、名を名乗れ。そして、ここでなにをしている』
そしてまたすぐに選択肢。「真実を言う」と、「嘘を言う」の二択。
「え、早いね!?」
「うわぁ、これ絶対重要だよね……」
ここだけはグループ全員で話し合いをして、「嘘を言う」にした。
『アリス、嘘を話してこの場を凌ぐのだ』
『……私はアリス。女王さまの赤い薔薇がさらに美しい赤になるように、赤いペンキで薔薇を塗っていたのです』
『殊勝な心掛けだ。……どれ、私は機嫌がいい。貴様、クロッケーは知っているか』
『ええ、もちろん』
『ではついてこい』
ちょっと本筋からずれたけど、大体原作通りに進んでる。そしてここで次の部屋に移ることになった。クロッケー場でアリスと女王はへんてこなクロッケーをして、次は裁判というところまできた。
『女王さま、裁判のお時間です』
『よかろう。アリスなる少女よ、裁判を見ていくか?』
『えっと……』
そして恒例の選択肢。「見ていく」と、「アリスに任せる」。
「どっちにしたって見に行くことにならない?これ」
今度は話し合って、アリスに任せることになった。
『アリス、今回の選択は任せる』
『……女王さま、ぜひ、裁判を見せてください』
『よろしい。ついて参れ』
そのまま、裁判所のシーンまで飛んだ。アリスは傍聴席でその裁判を見守ることに。
「さっきくすねたクッキー、全然使わないね」
「うーん、成功するのかなあこれ」
話していると、最初の裁判が始まった。
『ハートのジャックよ。貴様は私のおやつのタルトを食べた罪で裁かれている。罪状は死刑。異存はないな』
『ま、待ってください!私ではないのです!』
『おだまり!「法則第一条、女王に逆らうものすべて死するべし」!問答無用で打ち首だ!』
『お助けください!お慈悲を!』
大体横暴なのはそのままのハートの女王。私がよく知っている「ハートの女王」とは正反対。あんなおどおどしている人見知り……全然違うね?
って言うか、本来ならここでアリスが証人になるはずなんだけど……?
『次だ。スペードのシックス、入廷しろ』
「えっ、ここでもオリジナル!?」
「ちょっと越恵、静かに」
確かに驚いたけど、もう結構介入のせいで変わってる気がしなくもない。
『貴様の罪状は白い薔薇を植えた罪。「法則五十七条、女王の薔薇の色は赤でなければならない」。罪状は死刑。異存はないな』
『はい女王さま。ですが一つよろしいでしょうか』
『なんだ、申せ』
『私は罪を認めます。ですが私の他にも同じ罪を犯したものが居ます』
『誰だ』
『そこの傍聴席に座っている見知らぬ少女でございます』
……ここで修正かかるんだ。
『アリス……証言台に立て』
『えっ』
『返事は一つ、「はい女王さま」だ!』
『はい女王さま!』
ここでようやく、原作通りアリスが証言台に立った。
「わぁ、結局こうなっちゃうんだ……」
「ここからどう変えるって言うの?」
ここから先、選択肢をするにしても裁判の証言くらいだけど、ここまで来たらもう何をしても修正効かない気がする。
『アリスよ、貴様は先程「赤い薔薇を更に紅く塗った」と私に言ったな……あれは嘘だったのか』
『あれは……さっきの人の命令で塗れと』
『言い訳無用。貴様が白い薔薇を塗ったと言う事実は変わらぬ。貴様も打ち首だ』
『そんな!待ってください!』
『ふむ……クロッケーをした仲だ、命乞いくらいは聞いてやろう』
と、ついにここで選択肢。最後なのか豪勢に四つも選択肢が与えられた。「この場から逃げる」、「ご機嫌を取る」、「考える」、「説得を試みる」。
「えぇー、難しいね……」
一番可能性がありそうなのは「逃げる」、なんだけど……「説得を試みる」もやってみたい気もする。
「お姉ちゃん、どう思う?考えてる暇は無いし、どう考えても三つ目のは捨て選択肢だと思うけど」
「うん、それは分かる」
他の人も「考える」という選択肢は捨てているようだった。となると実質的に三択になるわけだけど……
「『残り時間30秒』」
「さっきまで時間制限なかったのに!」
まぁ、今まで結構余裕あるシチュエーションだったけど、今は裁判中だしね。仕方ない。
「ど、どうします???」
越恵含め、みんなが焦りながら話す。私はというと、選択は越恵に任せたいから落ち着いていた。
「……よし、決めた!逃げよう!」
結果。逃げることになったらしい。
『アリス、今すぐに逃げるのだ』
『わ、分かった!』
『誰と話している』
『えっと……ごめんなさい、女王さま!』
アリスは脱兎の如く逃げ出した。
『罪人を捕らえよ!即刻打ち首だ!』
『きゃーっ!』
けど、すぐにトランプ兵達に捕まってしまい、断頭台に送られてしまった。
『「BADEND2 首切りアリス」』
『アリスは死んだ。だがそれは夢の中の話。夢がループしているという記憶のみ残し、アリスはまた夢の世界を彷徨う……リブレカよ、夢に介入する力が回復するまで次の対策を考えるのだ』
ナレーションの後、出口の扉が開く。残念ながら今回は失敗しちゃったけど、面白い脱出ゲームだった。
「お疲れ様でーす、こちら参加賞になりまーす」
参加賞として貰ったのは、今回出てきたアリスとハートの女王が一緒に写っているポストカード。二人で仲良くお茶会をしていて、あんなストーリーからじゃ想像出来ない光景だった。でも、私は最近この光景に近いことをやった。だからそこまで驚きはしなかった。
「むあー、ダメだったかぁー……」
「楽しかったからいいじゃん」
「そうなんだけどー、謎解きの正解がわからないまま終わるのやなんだもーん」
気持ちはわかる。でもこれを何度もやるのは……いや、それが何度も夢をループするアリスの気持ちをわかる上で重要なのかな……
「よーし、じゃあとりあえずそれは置いといて、ルナウルのCD買いに行こー!」
「え、この前あげた……」
「それとは別に押しには貢ぎたいものなの!勉強ばっかしてるお姉ちゃんとは違って私はバイト戦士だから」
「いつもご苦労様」
私はおこづかい制だけど、越恵は物欲凄いから自分で稼いでる。グッズとかもいろいろ買ってるしね。
「ほら、ルナウルの曲が私を待ってるよ!行くよ!」
「うわっ、ちょっと待って越恵!」
手を引っ張られながら、私と越恵は駆け出す。幸いにも同じ階だったからいいものの、別階だったらきつかった。でも本題はそっちじゃなくて……
「ぜぇ……はぁ……ひぃ……」
「越恵、体力無いんだから無理しないでって……」
CDショップに着く頃には、全力疾走していた越恵は息を切らしまくっていた。運動できないくせに運動好きなの本当矛盾してるよね。デパートの端から端まで走ったから仕方ないとも言えるけどさ……
「ちょっとそこの自販機で水買ってくるからさ、待ってて」
越恵を椅子に座らせ、自販機に向かって水を買ってくる。
「はい、お待たせ」
「ありがと……」
水を飲んで落ち着く越恵。すぐに水はまるまる無くなってしまった。
「ぷはぁ、生き返ったー。よし行こう」
「もうちょっと休憩してからでいいんじゃ無いの?」
「平気平気、行こ行こ」
そのまま今度は徒歩でCDショップに入る。入ってすぐにルナウルの特設コーナーがあった。
「やっぱ人気アイドルだねー」
ご丁寧に、ルナウルのサインの寄せ書きもあった。
「これを見なさい、お姉ちゃん?私の言いたいことは分かるよね?ん?」
「は、はい……」
要するに、「こんな店の広告でも一人だけのサインとかも無いんだからそんな激レア物をホイホイ持ってくるな」、ってことだよね……改めて見てそれが分かった。
「さて、早速一枚買いますかー」
と、越恵がCDを取ろうとした時。
「~♪」
鼻歌を歌いながら、ルナウルのCDを一気に10枚も持っていった人が居た。しかも女性。姫川さん本人が言ってた貴重な女性ファンを見つけてしまった。
「凄いね、あの人……」
「ここの店の特典、月映ちゃんのランダムブロマイド全5種類だったはずだから、月映ちゃんのファンなのかも?」
「姫川さんのファン、かぁ……」
先日のことを思い出す。私の中の姫川さんのファンはあのホウライさんの印象が強い。だから、あんなにおしとやかな人が強火ファンなのかなって思うと面白い。
「……ん?なんかあの人戻ってきたけど」
物凄い形相でこちらへ向かってきたさっきの人。
「あの、どっちがですか?」
「どっちがって……?」
「勿論、姫のファンの方です!」
「わ、私ですけど……」
越恵が恐る恐る手をあげる。
「~~~!感激!久し振りに姫の女性ファンに会えた!姫のどんなとこが好きですか!?私は全部好きなんですけど、特に腰から尻までのプロポーションが~~……」
……ああ、この人。この声、この口調、このテンション。確実にホウライさんな気がする。
「あっ!失礼しました!つい嬉しくてこんなテンション上がっちゃって……と、とりあえず、また会えたらその時は連絡先交換してもらっても……」
「あ、いえ、今でも別に平気で」
「やったあ!じゃあこれ、私の連絡先です!」
あれよあれよとテンションに乗せられ、越恵と推定ホウライさんは連絡先を交換した。
「それじゃ、また連絡しますね!」
この前と同じように嵐のように去っていった推定ホウライさん。これで違ったら他人の空似が過ぎると思うから、あの人がホウライさんで間違いない……はず。
「凄い人だったね……」
「怖いのがあの人、もしかしたら私の知り合いかもってのが……」
「え、お姉ちゃんあんなテンションやばい人と知り合いなの?」
「失礼しちゃう」
とりあえずCDを買って、ショップを後にした。すると、早速さっきの人から連絡が来たみたいだった。
「『さっきはいきなりごめんなさい!ついテンションが上がっちゃって……』だってさ」
「うん、確かにあのテンションはびっくりだよね、なんて返すの?」
「えーとね……『早速今夜、ちょっとだけお電話でお話ししませんか?』と……」
「勇気あるね?今日会ったばっかの人と早速電話しよう!なんて私には無理だよ」
さすが、ノリと気分と雰囲気で生きている越恵。
「あ、返信も早い。『ごめんなさい!今夜は予定があって……本当にごめんなさい!後日でお願いします!』だってさ。まぁ流石にダメだよねー……お姉ちゃん?」
あー、今夜に予定……うん、確定。ホウライさんだわあの人……
「お姉ちゃーん?」
まぁ、詳しいことは後で聞こう……そう思いながら、二人で帰路に着いたのだった。
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