君の攻略法

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第7話

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 拓也が買い与えてくれたスマホのアラームで目が覚める。
「ふわあ……っ」
 あくびとともにぐい、と伸びをする。今日も仕事だ。
 仕事といっても憂鬱さは少しもなく、自分を拾ってくれた拓也に報いたいと願うアトラにとっては、むしろ生きがいのようなものだった。
「おはよう、アトラくん。今日も可愛いね」
 アトラがリビングに移動すると、先に起きていた拓也が挨拶代わりに頭を撫でる。
 恋人同士になってからというもの、拓也の愛情表現はとどまるところ知らない。
 付き合う前はあれでもかなり我慢していたようで、近頃はまさに猫可愛がりという言葉がぴったりの溺愛っぷりだ。
 ひどい時の拓也はアトラが走るだけで可愛すぎると悶絶していて、さすがに照れを通り越して心配になった。
「お、おはようございます。ええと、その……」
 アトラが言い淀むと、拓也は急かすことなく穏やかにアトラの目を見つめる。
「拓也さんもっ、今日もかっこいいです!」
 緊張にぎゅっと握り締めていた拳をほどく。
 ずっと言ってみたかったのだ。いつもは拓也の甘い言葉に照れて俯くことしかできなかったが、アトラだって心では色々と思っている。
 かっこいいとか、大好きとか、そういうことを少しずつ伝えていくのがアトラの小さな目標だった。
「アトラくん……」
 拓也は瞠目してぱちくりとまばたきをすると、おもむろにアトラを抱きしめ、なぜかアトラの柔らかいくせ毛をもしゃもしゃと食み始めた。
「へ!? うあっ、くすぐったいです! ふふっ」
「ほんっと可愛いね。そんなのどこで覚えてきたの? 食べていい?」
 くすくすと笑いが込み上げるのはこそばゆさだけじゃない。拓也と暮らす日々は、寝てもさめても相変わらず夢を見ているみたいだった。
 しばらくそうして気が済んだのか、アトラを解放した拓也が不意にパンと手を叩く。
「よし! 朝から可愛いもの見て元気出たことだし、今日も働きますか」
「はいっ。よろしくお願いします!」
 拓也の運転する車に乗って店へ移動する。
 黒木商店は実店舗よりも通販サイトでの売上を主力としていて(拓也曰く「実店舗は趣味みたいなもん」だそうだ)、店頭業務以外にも発送準備やサイトの運営など何かとやることが多い。
 ここのところ特に注文が増え、ありがたいことに商売は順調だ。おかげさまでお客の少ない平日でもこうして忙しくしている。
「やば、これ終わるかな。今日は絶対九時までに家帰んなきゃいけないのに」
「どうしても間に合わなければアーカイブでも……」
「だめだめ! 一刻も早く次のピックアップ知りたいもん。あとSNSでネタバレ踏みたくないし」
「た、たしかに。なるべく早く帰れるように頑張りましょう」
 頷きながら作業の手を早める。
 今、日本のみならず世界中で流行っているスマホゲーム、”エターナルレガシー“。
 アトラと拓也も通称エタレガと呼ばれるそのスマホゲームに熱中しており、今夜二十一時にはそんなエタレガの新情報が大量に公開される公式番組が始まるのだ。
「まあ最悪店で見ればいいし、そんなに無理しなくても大丈夫よ! タブレットしかないから画面ちっちゃいけど」
「ありがとうございます。できるだけ間に合うようにやってみますね」
 小さな画面を二人で覗き込むのも楽しそうだが、距離が近すぎるのは緊張してしまってよくない。
 拓也からは「エッチもしてるのにまだ慣れない?」と笑われてしまったけれど、それとこれとはまったく別の問題なのだ。というか、そういう行為をする時だってアトラは未だに気を失ってしまいそうなくらい緊張している。いつかはスマートに拓也をリードしてみたいが、それは遥か遠い未来の話になりそうだった。
 そして二十時三十分。先ほどから忙しなくカタカタとキーボードを打ち込んでいた拓也が、ひときわ力強くエンターキーを押下する。
「うっし、終わり! 八時半! ギリ間に合った!」
「さすがです!」
「アトラくんのおかげよ。俺ECの対応でパンクしそうだったからマジ助かったー」
 最後の仕事を終えた拓也がぐるぐると肩を回す。数回に一度ごきりと鈍い音がして思わず肩をすくめる。
「肩、揉みましょうか? 今すごい音が……」
「いやー、パソコン業務は肩と首が死ぬわ。帰ったら頼んでいいかな?」
「任せてください!」
 拓也はアトラの返事に微笑むと、パソコンの電源を落として帰り支度を始めた。
 店から自宅までは車で十分程度の距離だから、今から帰れば配信にはなんとか間に合うだろう。
「てか、次あたりクオーレ復刻来てもおかしくないよね。アトラくん石足りるの?」
 ハンドルをきりながら拓也が尋ねる。
 クオーレとは、エタレガに登場するアトラの最推しキャラクターだ。
 キャラクターデザインはもちろん、ストーリーでの役回りが魅力的なキャラクターで、プレイヤーからの人気も高い。
 表情や口調が拓也に似ていてかっこいいから推しているということは、恥ずかしいので本人には内緒である。
「いつ来てもいいように貯めてはいるんですけど……。すり抜けたらどうしよう~」
「あはは、そん時は俺がマルチとか手伝うよ! あとはほら。大人の力を使えば、ね……」
「わーっ、やめてください! それは最終手段って決めてるんです!」
 危うく唆されそうになるアトラを見て拓也が愉快そうに笑う。
 普段はでろでろに甘やかしてくる拓也だが、こうしてゲームやアニメの話をしている時はまるで友達同士みたいに気安い。アトラはこの気取らない距離感が心地よくて、つい話しすぎてしまうのだ。
 結局家に着いたのは放送が始まる直前で、慌ててリビングのテレビをつけた数十秒後には配信が始まった。
「お、セーフ!」
「リアタイ成功ですね!」
 定番のオープニング映像から始まった番組は、まずメインシナリオ最新話の予告、それからイベントの情報。あいだにちょっとしたクイズコーナーと続き、次のバージョンで実装される新キャラクターの紹介へと移る。
「新キャラどんなだろうね。ここで闇属性のバッファー来たらアツいな~」
「たしかに、そしたら拓也さんの手持ちとも相性抜群ですね。あ、ムービー始まりますよ!」
 絶妙にもったいぶった演出で、キャラクターのイラストが少しずつ画面に映し出される。
 まずは薄赤い肌色の手。
「お、人外キャラか!」
 そしてくすんだ緑色の癖っ毛。
「頭に角?もありますね」
 丸い瞳は鮮やかなオレンジ色で。
「待って。なんかすごい既視感が……」
 自信なさげに丸めた背中からは小さな翼と垂れ下がった尻尾が生えている。
 満を持してキャラクターの全身が表示された瞬間、耐えかねたように拓也が叫んだ。
「アトラくんじゃん!」
 予想外の展開にびっくりして声が出ず、こくこくと頭を振って拓也の言葉に同意する。
「こんなに見た目被ることある? 似てるってレベルじゃないよ」
「ほ、本当にそっくり……」
 自分が二次元のキャラクターに似ているなんて厚かましいことだが、さすがにこれは認めざるを得なかった。
 二人が動揺しているあいだに番組は既にキャラクターの紹介を終え、スキルの説明に移っている。
「あ、闇属性のバッファーですよ」
 アトラによく似たそのキャラクターの名前はジェメリというらしく、拓也が望んでいたとおりの性能も兼ね備えていた。
「アトラくんにそっくりで性能も完璧とか、もう引くしかないじゃん。使うかあ、大人の力……」
「ほ、ほどほどにしてくださいね」
 番組終了後、SNSを開くと「エタレガ新キャラ」というワードと、ジェメリのイラストがずらりと並んでいた。
「うわ~、もうトレンド入りしてるよ」
「すごいですね。公開したばっかりなのにイラストまで……」
 ほかのユーザーが投稿したイラストは当然ながらどれもアトラそっくりで、なんだか不思議な気持ちになる。
「これからアトラくんの二次創作見放題じゃん。エタレガ最高。あっ、でもそしたらエッチな絵も出てくるってこと!? そんなの許さないよ俺」
「おっ、落ち着いてください。まだ存在してませんよ。それに……」
「ん?」
 口ごもるアトラを見て、拓也が優しく続きを促す。
「絵じゃなくて実物を見てほしい、です」
 引っ込みがつかなくなって、妙に恥ずかしいセリフを口にしてしまった。
 どんなアトラでも受け入れてくれる拓也に甘えて、最近どうにもらしくないことを口走ってしまう。
「……ごめん、俺としたことが似てるだけのキャラに気を取られるなんて。こんなに可愛いアトラくんが目の前にいるのにね」
 拓也が両手でアトラの頬を包んで、触れるだけのキスをする。
 それから少し考えるような素振りを見せたあと、何やら言いにくそうに口を開いた。
「あのさ、こんなこと言っておいて呆れられるかもしれないんだけど」
「なんですか?」
「一回コスプレしてみてくんない……?」
「へっ?」
 驚いた拍子に間抜けな声が出る。
「そんなっ、無理ですよ!」
とんでもない提案にアトラが全力で拒否すると、拓也は悲しそうに眉尻を下げながら「ダメ?」と首を傾げた。
「だってそんな、僕なんかがコスプレなんて……!」
「コスプレは誰がしてもいいんだよ。アトラくんなら変身解くだけで出来上がりだし、周りもコスプレばっかりだから目立たないと思うんだよね」
 拓也がそれに、と付け加える。
「アトラくん、前から同人イベント参加してみたいって言ってたでしょ?」
「そ、それは言いましたけど……」
 確かに言ったし、その気持ちは今も変わらない。
 しかしまさかコスプレ参加のつもりはなかったというか、自分にできるとも思っていなかった。
「一般参加もいいけど、せっかくならコス参加してみようよ。絶対怖い思いはさせないからさ」
 拓也はこう言っているが、つまりそれは変身魔法を解いた本来の姿で人前に出るということだ。とても平常心ではいられない。
「でも……」
 でも、本当にそんなことができるというのなら。
 気持ちが高揚して息が詰まる。同じ趣味を持つ人間たちとの交流。アトラがずっと夢見ていたものだ。
「もしアトラくんがジェメリコスしてくれるなら、俺クオーレやります」
「ええっ!?」
「ストーリーでも接点あるっぽかったし、身長差とかもちょうどよくない?」
「たっ、拓也さんがクオーレを……!?」
 拓也に似ているという理由でクオーレを推しているアトラにとって、この提案は正直魅力的すぎた。
「うん。もう昔の話だけど、俺一時期レイヤーやってたんだよね」
「えっ、すごい!」
「全然、アトラくんが思うほどすごいやつじゃないよ! ウィッグとかもお粗末だったし」
 拓也が照れくさそうに頬を掻く。
 拓也は謙遜しているが、きっとすごく人気のあるコスプレイヤーだったのだろう。この身長とルックスで注目されないはずがない。
「さあ、どうする?」
「うう、拓也さんのクオーレ……」
「ふふ。もしやるならめっちゃ気合い入れちゃうよ」
 究極の選択に唸るアトラに、拓也がいたずらっぽく笑う。
「わ、分かりました」
 アトラが渋々了承すると、拓也は「本当!?」と目を輝かせた。
「その代わり、絶対クオーレやってくださいね! 約束ですから!」
「分かってるって。ほら、指切りしよう」
 差し出された拓也の小指に自分の短い小指を絡める。
「嘘ついたら針千本飲ーます。ってこれ言ってること結構えぐいよね」
「ふふ、たしかに。熱々おでんの刑くらいにしておきましょうか」
「地味に鬼畜!」
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