悪役令息に転生したので、断罪後の生活のために研究を頑張ったら、旦那様に溺愛されました

犬派だんぜん

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閑話

7. お花見 1 (リヒター視点)

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「きれいだね」
「昨年見つけたときに、ヴェルナーと見に来たいなって思ったんです。ヴェルナーにはつまらないかもしれないですが」
「そんなことないよ。たまにはこういうのもいいね」

 マクスウェル公爵領の森の入り口にある、満開の花を咲かせている木々をヴェルナーと眺めている。
 昨年、薬草の調査でたまたまこの森に立ち寄ったときに見かけたのだ。葉が少なく木全体に薄紅色の花を咲かせている様は、桜を思い出させる。
 今日はヴェルナーの仕事が休みなので、ふたりでお花見に来た。といってもここは森の入り口、木の下でお弁当を広げて、というようなことはできないので、馬車からここまで軽いハイキングのような散策を楽しんで、花を愛でたら引き上げる。時折近くを森の恵みを取りに来た庶民や冒険者が通っている。
 魔物がいるこの世界、ピクニックが楽しめるのは見晴らしの良い、街から近いところだけだ。

「リヒターは薬草などの役に立つ植物にしか興味がないのかと思っていたけど」
「ただ花を見るのも嫌いではありませんよ」

 日頃興味があるのは薬草だが、桜のようなこの花は別だ。
 はらはらと花びらが風に舞う様は、懐かしい日本の春を思い起こさせる。
 前世では、毎年家族で近所のお寺のお庭の枝垂桜を見に行っていた。この花を見ると、整えられたお庭と綺麗な桜を家族揃って眺めていた、とても幸せな気分を思い出す。
 今はヴェルナーが一緒にいてくれる。世界は変わってしまったけれど、心許せる人と満開の花を眺めている。

 花を見上げていたら、後ろからヴェルナーにそっと抱きしめられた。私が恥ずかしがるから、外ではこんな風には触れてこないのに珍しい。

「ヴェルナー?」
「リヒターが消えてしまいそうな気がしてね」

 ヴェルナーが不安気な顔をしているが、前世に心を馳せていたからそんな風に見えてしまったのだろうか。
 姉がBLの主人公が桜に攫われそうになるのは春の風物詩だと力説していた記憶があるが、私は悪役だから関係ないはずだ。

「そういえば、木の根元に死体が埋まっていて、その血の色で花が薄紅色に染まるという話がありましたね。色素がそもそも違うのでありえませんが」
「ああ、うん……。そうだね、リヒターだものね。全くの杞憂だったね。私は花の精霊に連れて行かれそうだなって思ったんだけど」

 なるほど、この世界の神隠しの原因は精霊なのか。
 精霊が連れて行くということは、多重構造の世界で精霊界のようなものがあるのか、あるいは人間からは不可視にされてしまうのか。
 精霊の話にウキウキし始めた私に、ヴェルナーが呆れた顔をしている。

「精霊に会ってみたいと思っているね。私を置いて行くのかい?」
「聞いてみたいことが沢山あります」
「まったく。私の愛しい人は、しっかり捕まえておかないと、ふらっとどこかに行ってしまいそうだね」

 世界は謎に満ちている。その謎を解明できるチャンスは逃したくない。
 花の色素はアントシアニン等だけど、この魔法のある世界、花の色にも魔素や精霊が関わっているかもしれない。血よりもよっぽど可能性が高そうだ。ちょっと興味があるので調べてみたいけれど、今は薬草や聖水保存の研究で手一杯だし、あまり手を広げると収拾がつかなくなるので、老後の楽しみにとっておくのもいいかもしれない。

 薄紅色の花の下、優しい時間が流れる中、しばらくそのままふたりで風に舞う花を眺めていた。


「領主館の庭園を、花の時期だけ領民に開放してはどうでしょうか」
「何のために?」

 帰りの馬車でふと思ったことを口に出してみたのだが、改めて聞かれると、何のためなんだろう。
 皇居とか、造幣局の通り抜けとか、桜の時期の特別公開のノリだったのだが、公開の理由まで考えたことがなかった。いつもは入ることのできない場所で綺麗な桜が見られるとあって、ウキウキと並んでまで見に行っていたのだが。

「領民に親しみを持ってもらうため、なのかな」
「リヒターは見に行く側だったんだね」

 私の言葉で、前世の記憶なのだと分かったらしい。
 この国で庭園の一般開放は聞いたことがないが、警備上の問題だろう。身分社会では貴族と平民は明確に住み分けがなされているので、貴族の場に平民を招き入れる必要性がない。
 けれど、綺麗な花を愛でるのに身分は関係ないと思うのだ。貴族でも花に興味のない人はいるし、平民でも花が好きな人はいる。
 この領地ならそこまで警備に気をとがらせる必要はないと思う。薬剤関連のものは機密だが、庭園は今も庶民が入れる領主館の建物のすぐそばだし、調薬小屋は庭園からは遠い。
 それでも警備に人員を割かなければならないし、そう簡単に出来ることではない。

 綺麗な花を見て満足した私は、一年後にヴェルナーからその話をされるまで、提案をしたこと自体をすっかり忘れていた。



「今年の春に5日間、庭園を一般公開することにしたよ。リヒターから領民への日頃のねぎらいを込めて、という触れ込みでね」
「私から、ですか?」
「リヒターの案だからね。それで、一つお願いがあるのだけど、その期間にリヒターが実験している薬草畑に希望者を案内してもらえないかな」
「薬草畑ですか?構いませんが」
「実は今までもけっこう問い合わせが来ていて断っていたんだけど、1年に1回だけならいいんじゃないかと領主館でも話がまとまってね。もちろん機密に触れない範囲でいいから」

 私が力を入れていた薬草の栽培は、成功した。そのことは既に発表しているので見られて困ることはない。
 ただし、肥料や薬剤にかなりの費用が掛かるので、まったく採算が合わない。現在は栽培にかかる費用と品質の妥協点を探っているところだ。
 今まで見学を希望してきたのは余所の領主お抱えの薬師が多いので、見学料を取るそうだ。有料でも見たい人だけにしないと、希望者が殺到すると予想しているらしい。

 領主館の庭の一般公開を呼び水に、他の領からの訪問者を呼び込んで、領の活性化を促す。ちょっとしたことにチャンスを見出していくのが、領を運営していく手腕なんだろう。あいにくその才能を私は持ち合わせないので、私は私のできることで貢献しよう。

 といっても、畑のどこまで立ち入り可能にするかを決めたら他にすることもないので、結局いつものように研究を続けていたある日、神官長様がお見えになった。

「リヒター様、領主館に合わせて神殿も、奥の神殿を公開することにしました」
「奥の神殿ですか?」
「はい。神殿には普段は神官しか入れない小さな神殿が必ずあります。主に修行に使われているので、特別なものは何もないのですが」

 いつもは入れない場所に入れるとあれば、人が来て寄付も増えると言う目論見だ。
 この領の神殿は、浄化の魔道具を開発したいわば本場なので、訪れる人も寄付も、王都に次いで多い。それでも寄付は魔物の被害の多い辺境へ回しているので余るということはなく、寄付が増える機会は逃がさない。商魂たくましいという言葉があっているのか分からないが、神官長様は強かだ。

「そこでご相談なのですが、最初に作成された浄化の魔道具を展示したいと思っていますが、よろしいでしょうか」
「あれは私の手を離れていますので、私の許可は必要ありませんよ」

 奥の神殿には目玉となるようなものがないので、初代の浄化の魔道具を目玉にするそうだ。そんなもの見て楽しいのだろうか、と思ってしまうが、浄化の魔道具自体を見たことがない人のほうが多いので、十分に目玉になるらしい。
 浄化の魔道具は少しずつ進化しているので、最初に作ったものからは見た目も機能も大きく改良されている。
 瘴気の浄化に関しては国の垣根なく協力し合うことになっているので、瘴気を吸収する魔法陣以外を公開したことで世界中で研究が進み、私が最初に作った魔法陣もはるかに効率の良いものに書き換えられている。

 気付くと、1年前になんとなく話した、家族でお花見って楽しいよね、領主館のお庭綺麗だよね、という軽い気持ちが、大層なことになった。
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